第1回
「地球侵攻作戦」
「0079 2月某日 ルナツー ブリーフィングルーム」
「……今回の作戦内容は以上だ。質問は?」
問いかける士官の言葉に、連邦軍の兵士達は沈黙を持って答えた。
その様子を見て士官は頷き、兵士達に解散を告げてブリーフィングルームを出ていった。
同時に、兵士達が動き出す。作戦時刻は近く、準備を急がなくてはならない。
次々と出ていく兵士達の中に、ジェイク・スレイヤー准尉の姿もあった。
「へっ、マスドライバーの破壊ってか」
廊下に出て、自分の機体をおいてある格納庫に向いながら、作戦の目標のことを考える。
マスドライバー。月面に設置されているその加速器は今ジオンが接収している。
かつてはスペースコロニーのパーツを打ち出し、人類の宇宙への進出に一役買っていた装置は、
今その打ち出すものをパーツから岩塊へと変え、その矛先は常に地球へと向けられている。
ジオン軍はそのマスドライバーを利用して、地球への戦略爆撃を実行しようと画策しているらしい。
「ま、確かにコロニーなんかよりは安上がりだがよ……」
などと、不謹慎なことを呟いていると、いきなり後ろから頭をはたかれた。
「ってえな! 誰だよ!」
「不穏当な発言は慎んでくださいね、ジェイク准尉」
振り向いて見れば、そこにはクリップボードを持った女性技師が立っていた。
腰に手を当てて自分より背が高いジェイクを下から睨み付けている。
いつの間にか格納庫までたどり着いていたらしい。視線を前に戻すとルウム戦役に乗っていたセイバーフィッシュの姿が見える。
「んだよ。実際そうじゃねーか」
「そういう問題じゃありません。どっちにしたって連邦が受ける被害は大きいんですからね!」
女性技師が背伸びしてジェイクの頭を再びはたく。
ジェイクは憮然とした表情で黙り込んだ。どうもこの技師は苦手だ。故郷の姉を思い出す。
幼い頃、彼が間違っているときには、こういう風にして姉に何度もはたかれた。
両親を早くに亡くしたジェイクにとって、姉は親代わりでもあった。
連邦軍に入るときは、その姉の反対を押し切って強引に入隊した。
その時の姉の哀しそうな顔は、今でもジェイクの脳裏に焼き付いている。
(……元気でやってかなぁ、姉さん……)
「ジェイク准尉? 聞いてますか? ジェイク准尉!」
そんな物思いにふけっていると、また叩かれた。
どうやら今回の装備について色々と確認を取っていたようだ。
「ん、ああ。なに?」
「やっぱり聞いてない……。今回の武装、本当にこれでいいんですか?」
技師が聞いていたのは、今度の作戦でジェイクが乗る機体の装備についてだった。
「やっぱり、ミサイルくらい積んでいた方がよくありませんか? 武装がガンポッドとバルカンだけだとあまりにも火力が……」
「いや、これでいい」
「でも、増槽まで積んで、誘爆の可能性だってあるんですよ?」
「いいんだ」
心配そうに話す技師の言葉を、ジェイクはキッパリと遮断した。
ジオン側のミノフスキー粒子によって、電子誘導ミサイルは役に立たない、それをジェイクはルウム戦役で思い知った。
そもそもジェイク自身が射撃戦闘が得意ではない。従ってミサイルに頼った戦闘法法では勝てない。
では、どうするか? 簡単だ。自分が得意な距離でやればいい。
得意な距離。ジェイクの場合、それは近接戦闘だ。そのために、ガンポッドを選択した。
しかし、近接戦闘は相手にとっても有利な戦い方でもある。
敵の新型兵器、モビルスーツは人型だ。当然手足がある。近付いたときに殴られでもしたら、それだけでおしまいだ。
撲殺を避けるには、一秒でも速く相手の手が届く範囲から脱出する必要がある。
そのためには、一度に大量の推進剤を使い、機体の速度を上げてやるのが手っ取り早い。
この方法をとれば燃料があっという間にそこを付くのは必然である。それをカバーするための増槽だ。
「大丈夫だって。なんとかなるって!」
どこまで行っても強気なジェイクの説得をとうとうあきらめたのか、技師は盛大なため息をついた。
「わかりました。じゃあこのままでいきます。……でも、そこまで言いきったんですから、絶対に生きて戻ってきてくださいよ?」
「あん? 誰に向かっていってんだよ。俺が死ぬ訳ねえだろ!」
ニヤッ、と笑ってジェイクは親指を立てる。その仕草を見て技師がもう一度ため息をついた。
そして、そのまま工具でも取りに行くのか、格納庫の奥に消える。
その姿を見送って、ジェイクは自機を見上げた。セイバーフィッシュに取り付けられたガンポッドが照明の光を鈍く跳ね返す。
「さあ、もうすぐライブが始まるぜ。たっぷり楽しもうじゃねえか、相棒……」
連邦軍のマスドライバー破壊作戦の実行時刻は徐々に近付きつつある……。