第1回
「地球侵攻作戦」
「0079 3月 地球軌道上 連邦軍サラミス級巡洋艦 『破軍』艦橋」
(ちょっと来るのが遅かったかな?)
連邦軍少佐ヤン・ユージンは現在の戦況を見て一瞬そんなことを考えた。
ヤン達が今から展開しようとする「軌道迎撃作戦」は、敵であるジオン軍の「地球降下作戦」を阻止するためのものである。
しかし、ヤン達が到着したころには、すでに1回目の地球降下は成功されていた。
その結果、鉱物資源採掘基地のあるオデッサや中国は占領され、現在もインドなどのアジア各地が攻勢にあっているという。
(アジアも、それほど持たないだろうな。せめてここは守らんと危ないか……)
出掛けに聞いた報告では、アジアに置けるジオン軍の戦力は圧倒的で、連邦軍はあちらこちらで敗走を続けているらしい。
そして、今回の降下作戦の目標は、北米大陸を目標としていると見られている。
今回の迎撃が失敗すれば、確実に占領されるだろう。
(今のところ、私達にはろくな戦力がないからねぇ)
ジオン軍の有する新型兵器、モビルスーツは現行の連邦軍が持つどの兵器よりも性能が高いと、ヤンは見ていた。
ヤンが今乗っているサラミスも、モビルスーツに張り付かれてしまえば満足な反撃もできずに撃沈するだろう。
その両手でこのブリッジを殴りつぶせば、それだけでケリがつく。
地上に至ってはもっと悲惨だ。火力で圧倒的に劣る戦車や航空機で相手をしなければならないのだから。
「ヤン艦長! 来ました! ジオンの機動艦隊です!」
「うん、そうみたいだね」
緊迫したオペレーターの声に、戦場にははなはだ似合わない口調でヤンな応じた。
連邦軍艦隊の戦闘のほうで光が瞬き始める。戦闘が始まったようだ。
先頭の部隊を突破してきたジオン軍のムサイ級軽巡洋艦に、次々とセイバーフィッシュが襲い掛かっていく。
やがてそのムサイは、胴体部に対戦艦用の大型ミサイルの直撃を受けて沈んだ。
しかし、爆散する直前に、艦首が切り離され大気圏に向けて突入を開始する。
「まずいね。あれが降下ポッドというわけか」
「艦長! 10時方向から敵モビルスーツ、来ます!」
オペレーターの声が艦橋に響いた。
ヤンが視線を向けたその先には、3機のモビルスーツ『ザク』と、それに守られるようにして1機のムサイ。
「……よし、メガ粒子砲、全砲門開け。目標敵軽巡。主砲一斉発射!」
号令とともに、サラミスの全砲門から眩い光が照射される。
ヤンの放ったメガ粒子砲は、狙い違わずムサイに命中したが、装甲が厚い所にでも当たったのだろう、ムサイはまだ落ちていない。
そのムサイを護衛していたザクが、ヤンの乗るサラミスに目標を決めたらしい。ムサイから離れ、こちらに向かってくる。
ムサイはその間に降下ポイントへ向かおうとしているようだ。だが、ヤンがそれを黙って見逃すわけがない。
「そうは問屋がおろさないっと。全砲座対空砲火用意。モビルスーツが来るぞ! 主砲は引き続き軽巡を狙え!」
瞬く間に、当たりは大乱戦に突入し、かくして、連邦軍とジオン軍の地球軌道での戦いが始まった。
敵のムサイは連邦の包囲網を潜り抜け、1機でも多くの降下ポッドを地上に降下させようとし、
連邦軍はそれを防ぐためにひたすらに撃ちまくった。
あるいは降下ポッドを抱えたまま爆散していくムサイ。
あるいはモビルスーツに取り付かれて散っていくサラミス。
敵と味方の区別も付かないほどの激戦は、いつ果てるとも知れず続いた。
……そして。どのくらいの時間がたっただろうか。
ヤンの艦は多少の被弾こそあったものの、大きな被害もなく戦場に留まり続けていた。
やがて、ミサイルも帰りのエネルギーも怪しくなったころ、突然辺りから敵艦の姿が消えた。
そのことをいぶかしむ前に、オペレーターが原因を知らせる。
「……艦長、敵が退却を開始しました!」
「……なんとかしのいだか……」
ヤンはやれやれと言った様子でシートに体を預けた。
だが、これで終りではない。必ず連中は戻ってくるはずだ。
ヤンがそう考えて、指示を出そうとしたとき、司令部からの通信が入った。
艦橋のモニターに士官の映像が映し出される。
尊大そうな表情の士官の襟には、大佐の階級章が縫い付けられていた。
「ヤン少佐。我々は一度ルナ2へ帰投する。速やかに準備したまえ」
「は? なぜですか。ジオン軍は引いたとはいえ、また必ず戻ってきますよ」
「それはない。今回の戦闘で奴らには相当な被害が出ている。また戻ってくることはあるまい」
「しかし、自分にはジオン軍は我々が撤退するのを見計らって、再び降下させるように思われますが」
「根拠はあるのかね?」
「我々はこの戦闘で勝ったとはいえ、現在疲弊状態にあります。ここで全艦隊を引き上げさせれば、
軌道上はほぼがら空きとなります。その隙をジオンが見逃すとは思えません。それに……」
「それに、なんだね」
明らかにいらいらした口調で大佐は促した。
少しの間黙考してから、おもむろにヤンは口を開く。
「自分には、ジオンが地球全土に向けて降下し、主要な基地を攻略しようと目論んでいるように思われます。
現状において、戦力の質の面で言えば、明らかにジオン軍のほうが優勢です。
その状態を生かすために、ジオンは早期の決着を望むはずです。
ならば、ここはどんなに損害を出しても降下を強行するべきではないでしょうか? そして……」
「わかった。もういい」
「ですが……」
「もういいと言っているのだ!」
大佐は怒鳴ってヤンの言葉をさえぎる。
そして、苛立ちを隠さずに早口にしゃべり出した。
「なるほど。大変大胆で面白い意見だな、ヤン少佐。だがな、よく聞け。我々勝ったのだ、そして我々には補給が必要だ。
そのためにはルナ2へ帰還しなければいけないのだ! わかったらさっさと準備をしろ! いいな!」
有無を言わさぬ口調で言いきると、大佐は通信を切ってしまった。
灰色になったスクリーンを見つめて黙り込むヤンに、オペレーターがおずおずと話し掛ける。
「どうしますか、艦長……?」
その言葉に我に返ったかのような表情をヤンは見せた。
そして、疲れきった表情で命令を出した。
「仕方ないよ、ルナ2へ帰還する。進路をルナ2へ……すまないけど、少し疲れたから部屋に戻っているよ」
「はい……」
クルーの心配そうな視線を浴びながら、ヤンは艦橋を後にした。
ジオン軍が再び軌道上に姿をあらわし、アフリカ・オーストラリア大陸に向けて降下を開始したのは3月下旬のことだった。
(このままではいけない。このままでは駄目だ)
ルナ2の自分の個室で、ヤンは愛用のパイプをふかしながら、いろいろと考えていた。
連邦軍の上官は考え方が甘い。
せっかく確保しかけた軌道を放棄して撤退するなんて、正気の沙汰じゃない。
その結果が、これだ。
アジアは占領され欧州はライン川までが敵の勢力下。アフリカも資源地帯を押さえられ、オーストラリアは劣勢。
北米こそ守り通したものの、地上の戦況はあまり有利とは言えない。
(指揮権が、欲しいよね。こうなると)
戦艦一隻ではない。一個中隊とは言わない一個小隊でいい
自分の考えをそのまま反映させることができるような、そんな部隊が欲しい。
軍に入って以来、そんな事は思ったこともなかった。
そもそも軍に入隊したのは、他に取る道がなかったからだし、戦争が好きだなんて一度も思ったことはない。
連邦に対して、特別思い入れがあるわけじゃない。むしろあんまり気に入ってはいない。
所詮戦争なんていかに効率よく人を殺すかでしかなく、果てしない資源の浪費の末に得るものと言えば、互いの憎悪のみ。
人の命を奪うだけの軍人なんて、最低の職種だと常々思っている。
けど、ジオンの連中が唱えてる、優良種だとかなんだとか言うあの論理はもっと気に入らない。
自分たちの優位性を正当化するために他者を貶める。
「奴らは我らよりも劣っている。だから我らが奴らの上に立つのは至極当然の権利である」
そんなの西暦の時代から繰り返されてきた論理だ。
そんなカビの生えた論理で戦争を吹っかけられて、負けるなんて冗談じゃない。
軍人はこんなときこそ役に立つべきだ。守るべきものがまだある、こんなときに。
そして、守るためには力が要る。
軍人としての力。自分の自由裁量で動かせる独立部隊。それが欲しい。
今、それが切実な願いだった。
ヤンは思わず苦笑いをうかべ、煙草の煙を吐き出した。
「やれやれ。何でこんな因果なことを……。私の趣味じゃないだろうに」
ヤンは自室のコンピュータに向かうと知り合いの将官に宛てて手紙を書き始めた。
その中身は、自分に独立部隊を作らせて欲しいと言う、嘆願書だった。
この手紙はあっさりと認められ、ヤンには独自の判断で動ける裁量が与えられた。
しかし、条件がひとつだけついてきた。送られてきた紙には、短く、こう書かれていた。
「最低10人からなるよう人材を集めること」
そして、その文面を見たとき、ヤンは微笑を浮かべて呟いた。
「簡単な話だね」
そして、ヤンは動き始める。
自分の理想とする戦略を実現させるために。
今ここに、第211独立特攻部隊『イエローウィザーズ』が発足された。