第2回
「初陣」
「0079 6月某日 ルナ2某所」
最初聞いたときは何かの手違いだと思った。
ルウム戦役で自分が所属していた隊は、自分を残して全滅。
その後、仮配属された隊では、戦場での上官侮辱により独房行き、それにプラスで配属取り消し。
それが元で起こした乱闘騒ぎでまたもや独房に逆戻り……。
もはや除隊、下手をしたら軍法会議。それしかないと、自分でも腹をくくっていた。
しかし、実際独房から出てきた自分を待っていたのは、除隊を示す文書や、軍法会議への召集状などではなく、
到底軍人には見えないひょろりとした男と、
これまた軍人には見えない自分と同じ位の女性士官ときた。
しかも男が作った独立部隊に自分を迎えたい?
正直言って。
「……冗談きついぜ……」
それが、ジェイク・スレイヤー少尉の「イエローウィザーズ」への第一声だった。
「0079 7月某日 イエローウィザーズ駐屯地」
「スレイヤー少尉! ちょっと待ってください!」
「んあぁ? んだよアイス」
「……階級つけて呼んでくださいって、何回言いました?」
「OKOK。アイス・アンセロット中尉閣下殿。何か小官にご用でございますか?」
「…………」
「……。わりぃ」
黙り込んで、上目遣いで自分を睨むアイスに、ジェイクはちょっとやりすぎように感じ、
ぶっきらぼうにあやまった。
あやまったのは、アイスの目の隅にほんの少し光るものを見た気がしたから、かも知れない。
住家をこの駐屯地に移して以来、ジェイクはほぼ毎日アイス・アンセロット中尉に小言を言われるようになった。
やれ制服がだらしない。やれ部屋の音楽の音量が大きい。顔を合わせれば何か言われる。
そのたびにこのような会話が繰り返されている。
ジェイクにしてみれば制服をきっちり着こなし、物事をきちんと整頓できるアイスのほうが信じられなかった。
幼いころに両親と死に別れて以来、ジェイクはほぼ社会の底辺といっていい位置で姉と共に生きてきた。
そこではまともに着られる服もなければ、物を整理している余裕すらない。
気を抜けばそこらの路地裏で冷たくなるとまでは言わないが、少なくても身なりを気にしている余裕はなかった。
ジェイクが軍に入ったのは、少なくてもある一定の生活が保証され、かつ金がもらえるからに他ならない。
礼儀といえば軍に入ってから叩き込まれた軍専用のものでしかない。
だから、一般的な礼節の不備をたしなめるアイスはジェイクにとってはある意味「エイリアン」であった。
「で? なんか用でもあるのかよ? アイ……いや、アンセロット中尉」
「……。今回の作戦です。本日2300に当駐屯地より出撃。地球軌道上に展開しつつあるジオン軍艦隊を叩く、とのことです」
「……。わざわざ言いに来たのか?」
「はい」
「……今からミーティングやるのに?」
「いつも、音楽を聞いていて、隊長の話を聞いてないように見えましたけど……」
「…………」
まあ、アイスの言ってることも間違ってはいない。
実際に、隊長のヤン・ユージンの話は作戦会議が終わったあと、隣に座っていた人間に聞く。
返す言葉のないジェイクは、かわりにアイスの頭に手を置いた。
不思議そうな表情で、アイスはその手を見上げる。
「……いっつもそうじゃねえよ」
「きゃ?!」
置いた手で、アイスの頭を思いっきりクシャクシャにして、ジェイクは歩き出す。
後ろから、アイスの恨みがましそうな視線を感じるが、気にせずまっすぐに。
それから、ふと何かを思いついて立ち止まった。
「そういえば、お前俺のことスレイヤー少尉なんて呼んでたか?」
「……駄目でした?」
申し訳なさそうなアイスの声を聞いて、ジェイクはニヤリと笑う。
「ジェイクでいいぜ。名字に階級付きなんて背中が痒くなっちまう」
それだけ言って、ジェイクは作戦会議室に向かった。
今日は音楽を聞くのはやめておこう。そう思いつつ。
イエローウィザーズの初陣の数時間前の出来事である。