G−STRATEGY キャラクターSS

「それぞれの一年戦争」

 

第2回

「初陣」

 

 

 

「0079 6月某日 地球軌道上 サラミス級巡洋艦『破軍』ブリッジ」

 

「敵モビルスーツ、主砲射程内に補足!」

「主砲、撃て」

 

ヤン・ユージン少佐の号令と共に、白色の閃光が漆黒の宇宙を切り裂いた。

閃光は狙い違わずジオン軍のモビルスーツ「ザク」を捕らえる。

戦艦の主砲、その直撃を受けて耐えられる機体はそうざらにはいない。

閃光が通りぬけた後には、今までそこにザクがいたという形跡はほとんど見られなくなっていた。

 

「艦長! 4時の方向より敵機接近!」

「後方銃座で応戦。味方のセイバーのところまで誘導する。前進せよ!」

「……了解!」

 

ヤンの命令にサラミスの巨体が移動を開始する。

サラミスが向かう先は敵味方が入り乱れて飛び交う激戦区だ。

そこに向かうサラミスの姿は、餌を求めて魚の群れに飛びこむ鯨を思わせる。

サラミスが完全に入り込むと敵機のうち、数機が目標をサラミスに変更した。

そのうちの一機がサラミスの背後に着けようと接近してくるのを、レーダーが捕らえる。

艦の後方につけられた銃座でも、対応し切れない角度だ。

 

(まずったか……)

 

ヤンが心の中で舌打ちをする。

ザクが、サラミスの無防備な主機関に狙いをつけた。

その瞬間。

 

『隊長、何を考えている? それでは、的にしてくれと言っているようなものだ』

 

冷静な声の通信と共に、レーダーからザクを示す光点が消えた。

通信の主である声は冷静に、ヤンの望む所を指摘した。

声の主は、バルト・シュベールト軍曹。その射撃の腕を買って、ヤンがスカウトした『スナイパー』である。

 

「いや、これでいいんだよ。シュベールト軍曹」

『? いい、とは?』

 

ヤンの答えを聞き、シュベールトの声に困惑の色が混じる。

 

戦艦を撃沈させれば功績は破格のものとなる。

敵にしてみればヤンのサラミスはわざわざやられに来てくれたものと同じだろう。

しかし、それこそが、ヤンの狙ったことだった。

おもむろに周囲を飛んでいるであろう隊員達に通信を入れる。

 

「隊各機に告げる。これより本艦が囮になる。本艦に向かう敵の後背をつけ」

『……なるほど、そう言うこ……』

『おいおい! マジかよ隊長!』

 

ヤンの言葉にシュベールトが答えようとしたとき、隊員のジェイク・スレイヤー少尉の信じられないという声が覆い被さった。

が、その後に続くジェイクの声の調子は、どこか愉快げな響きを帯びている。

 

『あんたが落とされたら一大事だぜ? 隊はどーなんのよ?』

「いやいや。大丈夫でしょ。だって……」

『大丈夫なわけ、ないでしょう!』

 

のほほんと答えるヤンの言葉を、若い女性の声が突然さえぎった。

この声は、アイス・アンセロット中尉だ。ジェイクとは対照的に、本気で心配しているのが声でわかる。

ヤンはそのことをちょっぴりうれしく思った。

 

が。

 

『隊長が撃破されたらこの戦域のバランスが崩れます! サラミスの火力は無駄にしていいものじゃないんですよ!』

「あ、私の心配をしてくれてたわけじゃないのね……」

 

がっくりとしたのを隠しきれず、おもわずため息が漏れる。

 

『真面目にやってください!』

 

ヤンを叱責するアイスの声は少しだけ、震えていた。

そこには焦りから来る緊張もにじみ出ている。

そう言えば、アイスは今回が初の戦場だった。

そのことをヤンは思い出した。

 

戦場に出る人間には心に余裕が必要だ。

生き延びるためには、心のどこかにゆとりを持ち、あらゆる状況を確認できなければならない。

今のアイスにはそれがない。このままでは危険だ。

張り詰めすぎた心はちょっとしたことで崩れる。戦場ではそのことが命取りにもなりかねない。

そんなときは少し落ち着かせるか、緊張感を忘れさせたほうがいい。

そう判断してヤンは表情を改めた。

 

「私はいつも真面目さ。アイス君。私とジェイク君で敵を追いこむ。それをしとめてくれ」

『え? は、はい。了解しました』

「ジェイク君も、いいね」

『しゃーねーなぁ。OK!』

「よろしい。アイス君。少し深呼吸をしたほうがいいね。よく戦場を見るんだ。君なら大丈夫だよ」

『……はい!』

『たいちょお〜。口説くのは後にしといたほうがいいんじゃねぇのぉ?』

「口説くって、ジェイク君、君ね……!!!」

 

アイスの声から震えは消えていた。どうやら落ち着いたようだ。もう大丈夫だろう。

そう思ったとき、ブリッジに震動が走った。どうやらどこかに攻撃を受けたらしい。

クルーが被害を告げてくる。大した事はない。若干装甲がやられただけだ。

まだ、いける。

 

「やってくれるじゃないか……さあ! 周りは敵だらけだ! 撃てば当たるさ、派手にやろう!」

『へっ、隊長、あんたもなかなかROCKしてるじゃねえか』

 

サラミスのブリッジをかすめながら、ジェイクのセイバーが飛んでいく。

彼の本領は接近格闘だ、本来セイバーにはあまり向いていない戦い方といえる。

今回の作戦が終われば部隊にも連邦軍の新型モビルスーツが配給される手はずになっている。

彼にも一機渡るはずだ。

それまで、生き延びて欲しい。ヤンはそう感じた。

 

『行きます!』

 

ジェイクとは逆の方向に、アイスのセイバーが飛んでいく。

彼女の機体にはセンサーの類が増設されている。偵察仕様を希望したアイス用の特別機だ。

彼女には部隊の目となり耳になってもらおう。

敵の位置を早期に確認することは戦場に置いては重要な要素である。

それを担ってもらうためにも、この戦場で散らせるわけには行かない。

 

『隊長、俺は二人の撃ち漏らした奴を叩く。それでいいな?』

「もちろん」

 

二人との通信中、ヤンも含めた3人を影からサポートしていたシュベールト。

彼にはその腕を活かしてもらおう。MSか戦闘機かは彼の好みだ。

彼には死ぬわけには行かない理由がある。

それがある限り、彼は戦いつづけるだろう。

不用意に突出しない彼の戦い方は、損傷ひいては撃破率の低下にもつながる。

継続して戦闘ができる。その要素は策を立てる上でも重要だ。

 

「艦長! 正面に敵機補足!」

 

ジェイク、アイスの二人に追い込まれるように、一機のザクが主砲の正面に飛び出てきた。

遠慮はいらない。やってやろうじゃないか。

 

「主砲、一斉発射!」

 

閃光が再び宇宙を切り裂いた。

 

 

……戦闘結果。

独立部隊第211独立特攻部隊「イエローウィザーズ」は

宇宙暦0079年、6月某日 23時42分ごろ、地球軌道上において

ジオン軍の部隊と接敵。これと交戦する。

隊長、私、ヤン・ユージン少佐以下13名。全員生還。一部負傷するも死者無し。

隊長以下数名が敵機6機撃墜の活躍を見せるなど、

隊初陣にしては異常ともいえる戦果を叩き出す。

 

予想を越えたこの戦果に、私自身も驚きを隠せない。

特筆すべきはアイス・アンセロット中尉並びにルーシア・ウィル曹長の戦いぶりであり……