第2回
「初陣」
「0079 6月某日 地球軌道上 セイバーフィッシュコックピット」
(……あの目標は、こちらに来るまでまだ少しかかる……)
(こっちのはジェイク少尉がダメージを与えて動きが少し鈍い……)
(私との距離も……悪くない)
(あの動きなら、次は……)
「そこ!」
絶妙のタイミングで放たれた対MSミサイルが、まるで猟犬のようにザクに向かって行く。
狙われたザクは、別のセイバーフィッシュの肉薄攻撃を避け、そちらに銃口を向けていた。
そのせいでミサイルに気がつくのが遅れた。
「ひとつ、ね。」
まず、先駆けて放ったミサイルが命中する。
その一撃でバランスを崩したところに、残りのミサイルが殺到した。
回避できるわけもなく、次々とミサイルが命中していく。瞬く間にザクの姿が炎に包まれた。
その炎が消えるころには、ザクは影も形もなくなっている。
「よいしょ」
戦場にははなはだ似合わない台詞とともに、アイス・アンセロット中尉は操縦桿を倒した。
僅かに傾けた機体のすぐそばを、敵が放ったバズーカの弾が通りすぎていく。
アイスはちらとレーダー画面を確認すると、またミサイルを放った。
しかし、今度のミサイルはそのまま虚空へと飛び去っていく。
それを確認すると、操縦桿を少し傾け、アイスは自分の近くを限界ぎりぎりの速度で飛んでいく僚機に通信をいれた。
通信がつながると、大声で歌う若い男の声がまず聞こえてきた。
歌っている曲は、あまりアイスにはなじみのない、ハイテンポな曲だ。
騒々しい、と言ってもいいだろう。
「ジェイク少尉、戦闘機一機そちらに行きましたよ! 気をつけて!」
『はっ、なめんなよ! こんな雑魚、どーてこたぁねえ!』
ジェイク・スレイヤー少尉は威勢良く答えると、機体を反転させ、自分に向かっている敵の戦闘機に向けて機銃をばら撒き始める。
彼の操縦があんなに荒っぽいのは、聴いている曲のせいだろうか。
そんなことを考えてアイスはちょっとだけ苦笑いをうかべた。
苦笑するのとほぼ同時に、レーダー上の敵機が一機、消滅する。
位置は、先ほど放ったミサイルが何の妨害にも会わなければたどり着く地点だった。
アイスの乗るセイバーフィッシュはこの作戦が始まる前にセンサー類の増設を行っている。
その甲斐あって、索敵範囲は他の及ぶところではない。
そしてアイスには一つの天賦の才と言ってもいいものがあった。
それが、『情報を読む』ことだ。
与えられた情報を自分の中で演算、再構築し、それを元に状況に適した最善の方法を選択する。
今の撃破も情報を読んだ結果だ。
アイスの周りは他のイエローウィザーズ隊員たちが連携をとりながら敵機を追いこんでいる。
ミサイルを放った付近にはフォウス・クローバー准尉と、ケイン・コスギ大尉らの5機ほどが戦線を構築している。
局地的に見れば自軍戦力は多いと言えよう。他の戦線は大体が2機か3機だ。
それに加え、自機の位置、他の敵との位置、ミサイルの速度などの情報を統合し、アイスは行動に移した。
わざと自分の周囲の戦力が薄くなるように、ジェイクに通信をいれ、自身も動くそぶりをみせた。
ミサイルの放った地点へ、弓なりの軌道を描いてたどり着き、到着したら瞬間的に孤立する、そう見えるように。
そして、レーダー上の敵の位置からはたやすく先回りができるように。
結果は見てのとおりだった。
アイスの動きを好機と見て取った敵は、フォウスらをとの戦闘を停止。
機体をアイスに向け、全力移動。到着地点を確保し絶好の迎撃チャンスを得た。
そう思ったことだろう。
突然の警告音と、すでに回避不能な位置にまで接近したミサイルの群れを確認するまでは。
「読みどおり。ふたつめ」
宇宙に広がる光を見て、アイスはポツリと呟いた。
「0079 7月 『イエローウィザーズ』駐屯地内士官食堂」
「Over Sea Room」というプレートがかけられたその食堂は、イエローウィザーズの隊員達で賑わっていた。
賑わっているといっても、部隊員もそれほど多くない独立部隊のこと、その数はあまり多くない。
アイスはこの食堂が好きだった。食堂の四方と天井は大きな窓になっており、そこから無限の星空を眺めることができる。
他にも隊長の好みだろうか、食堂には奇妙なほど甘味類が豊富だ。
ケーキなどの甘い物が好きなアイスにとって、それも食堂が好きな理由である。
今、アイスの手元には暖かな湯気を上げる紅茶と、チョコレートケーキのセットがある。
アイスはゆっくりと紅茶を口に含んだ。じんわりと温もりが体に広がっていく。
そうして紅茶を堪能していると、食堂の入り口からなにやら話し声が近づいてきた。
「ルーシア曹長、凄かったですね! 6機も撃墜するなんて、今回の撃墜王なんじゃないですか?」
「そんな……ただ運が良かっただけですよ」
「いやいや、実力でしょう。謙遜しちゃって。……でもそういう所もいいなあ」
目を向けると、手入れの行き届いた金髪を長く伸ばし、一見すると女性かと思うような容姿の男性と、
黒く艶やかな髪をポニーテールでくくり、エキゾチックな顔立ちが魅力的な女性が食堂に入ってくる所だった。
男性の方は、クルス・クリス曹長。いつも明るく人当たりもいい。よく食堂にも足を運ぶので、話す機会も多い。
一方、女性は、ルーシア・ウィル曹長。こうやって話しているところを見ると、柔らかな物腰、人当たりのよさ、そしてなによりその穏やかさ。
まるで『いいとこのお嬢さん』だが、戦場に立つとその様は一変する。
『戦闘機械(マシーン)』。そう呼ばれるほどの徹底した正確さ、そして非情さで敵を叩きのめす。
二人の話題は先日の作戦に置ける互いの戦果のようだった。部隊が赴いた戦域には敵機も多く、多数の戦果を上げた者もいる。
部隊内でのトップは6機で、隊長であるヤン・ユージン少佐、クルスの言った通りルーシア。アイスもその一人である。
ただ、正直なところ、アイスはこの間の戦闘が初の実践経験であったため、この結果がどれだけのものかよくわかっていない。
だから、そのことについてなにかを言われても曖昧に微笑むことしかできなかった。
クルスとルーシアの会話に、その前から食堂にいたヤンも参加し、さらに他の隊員も加わって食堂はにわかに賑やかさを増してきた。
アイスは紅茶とケーキを片付けると、巻き込まれないようにこっそりと食堂を後にした。
そしてそのまま足の向くままに歩き出す。
なんとなく、一人でいたかった。
理由はわからない。
気がつくと、そこはハンガーだった。何故ここに足が向いたのかアイスにも今一つわからなかった。
ハンガーは作戦が終了して数日立っていたせいか、妙に静まりかえっていた。
誰もいないハンガーに、自分の機体に向かって歩くアイスの足音だけが響いた。
自分のセイバーフィッシュを見上げ、アイスは戦場で感じたものを思い出し、思わず身震いした。
あれは2機目を落としたときだった。
『読みどおり、ふたつめ』
そう言った時、アイスは確かに笑っていた。うっすらと、酷薄に。
自分の予想通りに動く敵。彼らが哀れに思えて仕方がなかった。
自分の放つ一撃に、その身を原子の塵に返す彼らが愛しかった。
そう、自分はあのとき確かに感じていた。
ここは、自分のいる場所だと。
「違う、あれは私じゃない。あんなの私じゃない……」
自分で自分を抱きしめ、アイスは首を振った。戦場で感じたものを振り払うように。
そして、それを心地よいと感じた自分を否定するように。
しかし、それはいつまでもアイスの心から抜けては行かなかった。
「……あ、そっか……」
一人でいたい理由をアイスは突然理解した。
戦場でのことを思い出したくないのだ。自分は。
思い出せば、戦場で戦うことを望む自分がいる、その事実を改めて思い知る。
それが、嫌だったのだ。
そのことを考え付いたとき、突然肩を叩かれた。
「ひゃう! だ、誰?!」
「うおっ?!」
「あ……スレイヤー少尉……」
振り向いた視線の先には、ジェイクが不思議そうな顔で立っていた。
そしてその顔がすぐにばつの悪そうな顔に変わる。
「あ〜〜……その、なんだ。……驚かせてわりぃ。けど、泣くこたぁねえだろ……」
「……え?」
そう言われて、初めてアイスは自分が涙を流していることに気がついた。
慌てて、目を拭う。
「ちが、違います。別にこれは驚かされたせいじゃなくて……」
「そうか? ……ならいいんだけどよ」
「……ところで、なにか私にご用でも?」
「ん? ああ、いや。そんな大した用事じゃねえんだけど……」
一瞬の沈黙。
なぜか気まずいのは泣いているところを見られたせいだろうか?
「まあ、とりあえず今回の戦果に敬意を表しに来たとでも言うか……」
「え? ああ。ありがとうございます……」
「だから決めた。お前は俺のライバルだ!」
「えーと……それは一体?」
ビシッ!っと自分を指差して宣言するジェイクにアイスは戸惑った表情を浮かべる。
アイスの表情を見て、ジェイクはニヤッと笑った。
「次の作戦で、俺はお前よりも多く敵をおとす! できなかったら食堂でお前が好きなものを好きなだけおごってやる!」
「はぁ……」
今一つ、事態を飲み込めていないアイスを、ジェイクは一瞬真面目な顔で見つめそれから視線を逸らした。
「あ〜……まあ、そういうこったから、あんまし無理すんじゃねーぞ!」
「え……?」
「おめえが無理をすると俺が勝てねえしな?」
そう言うと、ジェイクはきびすを返した。そしてなにかを思いついたように、アイスのほうに顔を向け、もう一度ニヤッと笑う。
「それと、前にも言ったよな? 俺のことはジェイクでいいって。今度からそういわねえと、ここで泣いてたこと、言いふらすぜ?」
「……わかりました、ジェイク……少尉。これでいいですか?」
「ホントは階級もいらねえが……ま、許してやらあ」
「……ジェイク少尉」
「ああ?」
「ありがとう」
「……けっ」
去っていくジェイクの背中を見つめながら、アイスはゆっくりと、微笑を浮かべた。
それは戦場で浮かべていた酷薄なものではなく、心からの微笑だった。
……to be next mission!