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2002.12.30 WHAT'S NEXT?(fm osaka)
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今度は”究極のラブソングTOP3”ときましたわよ奥さん(^^;) んで田中氏がセレクトしたのが第三位:ゴダイゴの”ハピネス”、第二位:ホフディラン”遠距離恋愛は続く”、第一位:RCサクセション”君が僕を知っている”。
ラブソングというだけに歌詞をポイントに選ばれたそうなのでそこら辺に想いを馳せてみるといいのではないでしょーか。多分。
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2002.12.20 FRIDAY COSMIC COASTER(FM802)
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ヤングチームがお送りする冬のドライブミュージック。タイムリーなことに亀ちゃん、車を購入したばかりだそうで。
田「どうですか、調子の方は」
亀「いや、いいですよー」
田「(微妙笑)」
亀「あのー・・・はい。程度のいいクルマだったので快適です」
田「速いですか?」
亀「いや、速くないですよ」
田「速くはないですか」
亀「のんびりと」
どーも不安だなぁ;;;
ジミ編・・・もといジミ・ヘンドリックスの”Driving South”、バインのドリフト160(改)、ウィルコの”I Must Be High”、スピンドクターズの”Little Miss Can't Be Wrong”というラインナップ。
『広くておっきい道をね。のんびりこう、広くて空いてる道を走る時に聴くのが一番いいんじゃないかと』 ―― そのシチュエーションなら”南行き”を選んで欲しかったぞ。
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2002.12.17 RIVERSIDE DAYLIGHT(fm osaka)
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ギ兄弟のコメントトーク出演。えーと今イチ状況が掴めなかったのですが;;; クリスマスソング?冬ソング??ということでアズテック・カメラの”Walk Out to Winter”と「聴きようによっちゃ冬っぽい」という”それでも”をかけてチャチャッと喋って終わり。
っていうか、
”それでも”って初夏の歌だったんですかΣ( ̄□ ̄;)
ワタクシ今の今まで(これ書いてる今は'03/4月末;;;)秋の歌だと思っとりました・・・。
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2002.12.05 OH!MY RADIO(J-WAVE)
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尋常じゃない事態の中での番組第二弾(^^;) シカオちゃんのマイラジに田中氏ゲスト出演。あのような事情を背負っての出演ということもあってかどうか、終始声音が強張り気味の田中氏。そしてやたら低姿勢。受け答えがほとんど「ありがとうございます」と「すみません」で埋め尽くされていたぞ(汗)。
トークの内容は大体アルバム話。シカオちゃん、案の定マダカレに引っ掛かってました。思わずニヤリ( ̄ー ̄)
個人的にビビったのがこの発言↓
シ「今時ね、ゴー・ニー・ゴ(5,250円)でやってるの結構ね、良心的な値段らしいで
すよ」(←チケットの値段のこと)
シ「そーれでも長いよね2時間」(←ライブの時間のこと)
一般的な相場ってそんなもんなんですかー??;;;
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2002.12.01 TOKIO HOT 100(J-WAVE)
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そんな訳で尋常じゃない事態の中での放送となってしまった哀れな番組(涙)。ただ内容は普通に面白かったってのが救いかな・・・。
バカ兄弟での出演でした(結局このチーム名かいw)。”西原さん、本格復帰!”とか言われてるのが切ないところですが(^^;)
― バインのリーダーも西原さん、ちゃんとそのリーダーシップは今回発揮できました
か?
リ「いや、言うても僕、あのー元々リーダーっていう名前だけなんでね(弱笑)。リーダ
ーシップなんか発揮する必要ないんでしてないです(^^;)」
― あー・・・。リーダーっていうのはニックネームのような感じですか
リ「そうです。この人が勝手に呼び出したんで」
田「まぁ・・・そうですね。愛称ですね」
(中略)
田「別に”リーダー”でなくてもよかったんですけど。”キャプテン”とかでもよかった・・・」
リ「”キャップ”がいいなぁ(笑)」
― キャップ(笑)
この期に及んで新たなネーミングが(w
― キャップ(笑)復帰後にはデビュー以来5年振りの河口湖合宿ですか?・・・
田「そうですそうです」
― これをやったと。これはやっぱりキャップの意向なんですか?
リ「いえいえ、キャップねぇ・・・」
― うんー・・・(笑)
田「自分で『キャップねぇ』って(笑)」
リ「キャップ的にはねー、あのー、合宿大っ嫌いなんですよー」
普通に使うなよ(-_-;)
そんなキャップですが(笑)、”らしい”というか何というか、最後まで西原誠は西原誠なのでした・・・。
■誰にも触らせない自分の大切な物って何?
田「な〜〜んやろなぁ(悩)・・・。いやー、とーくに無いです、車かな強いて言うなら。
でも別にガンガン触らせますけどね」
リ「でも運転させてくれ言うたら『嫌や』って言うやん」
田「や、それリ・・・それキャップやからや(憤)」
ははは(笑)。
― あ、キャップ下手ですか運転
リ「や、めちゃめちゃ上手いっすよ」
― めちゃめちゃ上手いですか(笑)
田「絶っっ対この人にだけには運転させたくないね」
リ「(笑)」
― えーそれは何でですか?やっぱ上手いからですか?
田「や、もーう酷いのなんの」
リ「あっはっは・・・ふふっ(笑)」
― いわゆるあのー・・・映画であったな昔・・・『ランボー』
リ「ああー!そういうノリは出せると思いますよ(笑)」(←やめれ;;;・・・)
しかしここまで期待を裏切らなかった人ってのも凄いよなぁ・・・。
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2002.12.XX AS FOR ONE DAY
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”あの日”の事です。後世の為に(!)書き記しておきます。ただしこれはあくまでもずきん目線での記述であり、この件の受け止め方も人それぞれであったと思います。その辺ご承知おきください
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事の発端、それはニューアルバムリリースの興奮まだ冷めやらぬ2002年12月1日、朝起きていつものようにPCのスイッチを入れいつものようにネットに繋ぎいつものように巡回先をチェックしていた私の目に飛び込んできたあるBBSの書きこみ。
『リーダー、脱退』
ただその時はそれ程気にも留めませんでした。よくあるタチの悪いイタズラだろうと思ったのです。
しかし今回はいつもと状況が違っていました。いつもならさっさとスルーされていいものが一向に収まる気配を見せません。そのネタ元というのが”ROCKIN'ON(洋楽誌の方ね)に掲載されているJAPANの次号予告の表紙写真”という非常にわかりにくいものであった為、「見た。本当だった・・・」「そんなもの無かったよ。やっぱガセじゃん」という両方の声が入り乱れ事態は混迷の域に。更にタイミングいいのか悪いのか、その日はバインのラジオ生番組出演日(しかも当の本人が)。ここで何らかの発表があるものかと俄然緊張が走るがそのような素振りは全く無く。どういうことなんだ!?マジなのか!?ネタなのか!?事態は更に混乱を極めることに(ラジオの内容はまた別述)。
騒ぎはどんどん大きくなりそうこうしている内に我がサイトのBBSでも話題に上り始めます。もはやPCの前で「でどうなの?どうなの!!!?」などと他力本願してる場合ではありません。私は閉店間際の本屋へと自転車を走らせました(つーか初めっから自分で見に行けよ(-_-))。そして件のROCKIN'ON誌を手に取り震える手でページを繰るとそこにあった文字は。
『急報!グレイプバイン、リーダー西原誠脱退』
・・・頭の中が真っ白だよー・・・・・・・・・・・。
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もはやリーダー脱退というのは揺るぎない事実なのでしょう。既にこうやって雑誌の記事になっていることは確定的なのだから。それにしても一体どういうことなのだ。バインさん、そんな素振りは微塵も見せずプロモーションに勤しんでらっしゃるじゃないですか。ついさっきまで「リーダー復活おめでとう!」なんて言ってたじゃないの??もうさっぱり訳わかりません。ただでさえショッキングなニュースなのにこんな混乱まで食らってしまうなんて・・・。
憶測、そして悲嘆に暮れつつ一夜は明けます。ここまで騒ぎになればアロハも何らかの動きを見せてくれるでしょう。絶望感ととにかく真相が知りたいという渇望感の中ひたすらアロハのサイトをリロードリロード(←良い子は真似しないように)。そして正午を数分回ったその時、もうすっかり見慣れたページに新たなウィンドウがボワワワ〜ンと出現。
・・・あぁ、この瞬間の情景は今でも忘れられません・・・・・・。
曰く、「一旦は回復したジストニアの症状が再発し、再びベースの演奏に支障をきたす事態になり」「今回もこれ以上の治療は不可能であるとの診断」「西原から2002年12月をもってGRAPEVINEを脱退したい旨の申し出があり、メンバーの話し合いの結果これを承諾せざるを得ないという結論」・・・
ついに公式な発表がなされたのです。2002年12月2日、この日はバインファンとして決して忘れられない日となりました・・・。
尚、当時のずきんの心境が読みたいという方は02年12月分の日記の方をご覧ください(ただしかなりウザいです)。
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そして3日に発送済みというFC会報の内容に頭を巡らしつつ迎える12月5日、この日もタイミングいいのか悪いのかスガシカオ氏のラジオ番組に田中氏生出演。
ほとんど玉音放送です(^^;)
しばしこれまた何事もなかったかのようなごくごく普通のトークが展開されますが(ラジオの内容はまた別述)最後の最後、ついにバインメンバー直々にリーダーの脱退が語られたのでした。
田「すいませんほんまに」
バインの化けの皮、ここに剥がれたり〜 ―――――――――――― (T-T)
本来はこの番組出演も全部終わった後に発表という段取りだったのが諸事情(・・・)により早まったとのこと。う〜ん、ここまで徹底してきた、それだけの覚悟でやってきたものは最後まで貫き通させてあげたかったなぁという感もあり(というか後でわかったことですが、そうしてきたのはファンの為、そしてこれからのバインの為のリーダー及びメンバーの精一杯の配慮でした・・・(T-T))。まぁメンバー本人の声での報告が聞けてよかったという声もありましたがね。
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さて、FC会員の元には会報が届きます。10日には事件の発端となったJAPANも発売されました。
会報の方が、丸々一冊使っての4人でのインタビュー&リーダー単独インタビュー。JAPANの方はリーダー単独インタビューとその他メンバー3人でのインタビュー。
これらが彼らからの今回の事態に対する最初で最後のメッセージです。
それらをサクッとかいつまみますと ――― 01年の10月に手術を受け一旦は完治したかに見えたジストニアでしたが年末に再び状態が悪化。翌年2月に2度目の手術を受けたものの経過は今イチ芳しくなく。それでも”これ以上はもうできない”というだけの治療は施したということで5月の復帰となったのでした。
しかしその後も結局調子は上がらず。100%の力が出せないままレコーディング・イベントライブと何とか活動は続けていくも、そんな調子だから満足なライブもできない、メンバー間の空気も悪くなる。バンドがそういう”不健康”な状態になるのがダメだと思ったリーダーが「これはもう辞めるしかない」と脱退を決意したのが夏のイベントが終わった頃。そしてその意思がメンバーに伝えられたのは10月27日のイベントのリハーサル後(ところでこのリハってスタジオリハの事?会場でのリハ??このイベントは確かライブ前の定例麻雀大会で田中氏大負けし、テンション激低で望んだライブとのことだったが・・・どっちにしても奴らはこんな時まで麻雀やっとるのか(-_-))。
要するに私達が「リーダー完全復活だ!」「これでやっとまともなバインが見れる!」と喜んでいたのが実は何のことはない、以前と状況は全く変わっていなかったという話ですよ(黙)。ショックでしたねぇ・・・。こっちはもう完全にリーダーは元に戻ったと思ってるじゃないですか。ステージにも立った、曲も作った、another skyという素晴らしい作品も届けてくれた、さぁ今度はいよいよツアーだ!と積み上げていった期待が根底からガラガラと音をたてて崩されていくんですから。最高潮の盛り上がりからのこの急転直下大ドンデン返し劇。こんな事があっていいのでしょうか(大泣)。
けれどリーダーの方は実にさっぱりしたものでした。「ここまでやってダメなんだったらもうダメなんだろうな」と。「できる限りのことはやったから悔いはない」と。曲提供やアレンジだけでの参加というような中途半端な関わり方はしたくない、ベースが弾けないのにメンバーでいるということはしたくない、ただ自分が関わった最後のアルバムのプロモーションはちゃんとやって後腐れのないようにしていきたいと。脱退という道を選んだのは、リーダーはバインというものに誇りを持っていてその誇りを汚したくないという想いからなのでしょう。
バインの音楽を「大好きだもん」というリーダー。「健康なバインが見たい」というのが彼がバインへ託した願いです。
この人がいなくなる痛さというのは決して消えるわけではありません。でも本人がそうやって納得しているということが何よりの救いでした。ならばこれはこれで最良の選択なのかもしれないと思ったリーダーの言葉なのでした。
片や問題なのが残りの3人だ。田中氏のヘコみっぷり・ここへ来て俄に表面化した西川さんの意外なバンド愛には正直ビビりました(^^;)
こんな弱音全開な田中氏見たことないよ〜;;; 以前のリーダー休業時のカラ元気はどこへ(泣/アロハの打ち上げでのリーダーの「頼むで」という言葉に泣いてその場から逃げ出したという(爆))。
西川さん!、「バンドを辞めてもいいかなって思った」って何ですか〜〜(大泣)。リーダー曰く、「一人いなくなっても続ける意味があるのかってことを普通に考える人」だそうで;;; 今になってそんなこと言われても〜;;;
亀ちゃんが一番”らしい”感じでしたね。「皆が続けるっていうなら俺も続けるよ!」って感じですか。
この3人にとってリーダーの存在がいかに大切だったかということが今更にしてわかったというところですが、とにかく残ったメンバーには「頼むで;;;」としか言い様がないという・・・。うん、そうだ。頼むでバイン!
尚、会報・JAPANの内容に関しては他にも色々と言いたいことがあったのですが、それも02年12月分の日記の方をご覧ください。
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と、こんな感じでございます。かなりヘビーな日々でありましたが・・・これもまたバインファンの悲しき宿命かなと(泣笑)。
ところでリーダーの今後について。”とりあえずちょっと休む。ボーッとしたり旅行したり”、”義手・義足を作る職人というのに興味がある”、”ガラス職人・江戸切子も行ってみたい”、”鍵屋もいい”、”特許を取って一発当てて欲しい(by西川)”、”旧譜が売れれば俺の懐もあったまる(ヲイヲイ;;;)”、”曲ができたら送って(by田中)”・・・などとあれやこれやほざいてられましたが。結局リーダーが選択した道って・・・・・・(-_-)
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