フレンズ...01


潮風が吹きつけてくる道を、ヒカルと並んで歩いていた。
体を包む空気がとても生暖かくて、もうすぐ夏が来るのだなあとぼんやり思う。

さ、なんか俺たちのこと避けてない?」
「……なんでそんなこと聞くの」

今日の放課後、いつものように一人で帰ろうと玄関を出たらヒカルに呼び止められたので「何?」と聞いたら、「一緒に帰ろう」と言われた。

近頃は一緒に帰ることなんて滅多になかったから、きっと何か話でもあるのだろう、とは思った。

「最近、全然会わないから」
「……ヒカルとは学年違うもん。会わないよ」
「でもサエさんとかも、あんま顔見ないって言ってた」
「たまたまだよ」

避けてない、と言えばそれは嘘だった。確かに私はなるべくみんなに関わらないようにしていたから。だけど、決してみんなのことが嫌いなわけじゃない。

自分でもよくわからない。この気持ちの行き場が、どこにも見つからない。

「バネさんと聡くんは同じクラスでしょ?」
「ヒカルには関係ない」

私は男子テニス部のみんなとは幼なじみで、もっと小さい頃は毎日一緒に遊んでいた。

だけど中学に入ってからはみんな部活で忙しくなって、いつもテニスのことばかり。当然一緒に遊ぶ時間は次第に減っていき、私は勝手にみんなとの距離を感じてしまっていた。

いつも明るく楽しそうにしているみんながなんだか羨ましくて、まるで遠くにいるみたいで。いざ顔を合わせても何を話して良いのかわからなくなってしまう……そんなことが続いた。

あんな近くにいたみんなが次第に離れていくのが手に取るようにわかったけれど、でも幼なじみっていうのはきっとそういうものなのだと自分に言い聞かせていた。

、怒ってる?」
「……怒ってないよ」

ヒカルはちょっと心配そうな顔をして私の様子をうかがう。心の中ではそんな言い方してごめん、と思うけど口にまでは出せない。

は変わったよね」
「変わったのは……ヒカルとかの方じゃん」
「俺たちは何にも変わってないよ」
「うそ、変わったよ」
「どんな風に?」
「背とか、大きくなった……」

背が大きくなった?違う、言いたいのはそんなことじゃないのに、このもどかしい感情を上手く言葉にできなくてそんなことしか言えない。

ヒカルが寂しそうな目をして私のことを見るので、胸が苦しくなる。

「背が大きいのがダメなのか?」
「……違うよ。だってみんな、いつもテニスのことばっかり……」

六角中はテニスが強いから、全国大会目指して平日はもちろん休日も練習練習で。だから大して活動のしていない文化部の私は、いつも取り残されたような気持ちだった。

一生懸命頑張っているみんなに対してそんな風に思うのは、物凄くくだらないことだと自分でわかっているのに、いつまでも大人になれない私はそんな風にばかり感じてしまう。

「だからもテニス部入ればよかったじゃん」
「男子と女子じゃ、違う部活みたいなものだよ」
「俺たちと一緒がよかったのか?」

うつむく私の顔を、ヒカルが覗き込むようにした。中学3年にもなって、私は一体なにをやっているのだろうと自己嫌悪に陥るけど、どうにもできない。

「じゃあ、うちのマネージャーになればいいよ」
「無理だよ」
「なんで?」
「なんでって、だって……もう可愛いマネージャーがいるじゃない」

男子テニス部には、私と同じ学年の女子マネージャーがいた。明るくて素直だし、優しくて何でもテキパキとこなすしっかり者なので男テニには必要不可欠な存在だった。

彼女がヒカルたちにとって、どんどん大きな存在になっていくのがわかる。
それに、もうあまりにも今さらだ。

(私なんて、いても邪魔になるだけ)

「なんだ、ヤキモチ」
「そんなんじゃない」

私だって、マネージャーになりたかった。ずっとずっと、みんなと一緒にいたかった。

でも、なれなかった。

一年生の時マネージャーになりたいと言いに行こうとして、テニスコートの中、みんなに囲まれて本当に楽しそうな彼女の笑顔を見てしまった。

「なんで、俺たちの何がだめなの」
「……私とみんなとじゃ、違う」
「何も違わないよ」
「違うよ。だって私、……」


(……男の子じゃない……)

泣きたくなんかないのに、自然と涙が溢れてくる。これはきっと悔し涙だ。私も男の子に生まれたかった。無理だとわかっていても、時折そう考えてしまう。

だって、そうしたらずっとヒカルやみんなと一緒にいられたのに。男の子だから、女の子だからって、いちいち引き離されることもない。同じ男子テニス部に入って、一緒に毎日テニスして楽しく笑い合って。

あの子の笑顔を見て、走って逃げ去ることもなかったはずだ。

「ごめん。泣かないで、お願い」

ヒカルが困ったような顔をする。涙を止めようとしても、瞬きすると、涙はまた一粒、二粒と頬を滑り落ちていく。こんなのは嫌だ、困らせたいわけじゃないのに。

結局自分はいつも女であることに甘えているのだと、わかっているのに、それがずるいことだと知っているのに、どうにもできない。

「傷つけるようなこと言ったなら、謝るよ。、ごめんね」

ヒカルは私の背中を撫でながら、本当に心配そうな表情をしている。

いつだってそうだった。みんな、昔から私が泣き出すと慌てて笑わせたり慰めたりして、一生懸命泣き止ませようとしてくれた。みんなはとても優しくて、それは今もずっと変わらない。

変わったのは私だけだ。

(……女なのは、私だけだ)


だから、みんなのそばにはいられない。

いては、いけないのだと思う。





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