フレンズ...02


「……黒羽くん」

休み時間に教室の後ろでクラスの男子たちに囲まれて楽しそうに笑い合っているハルに、少し遠くから呼びかけてみたけど気が付いてくれない。

「黒羽くん」

もう一度呼んでみると、私に気が付いたハルのとなりにいる男子がこちらを指差してハルに教えてくれた。

「あ、ごめんな!今そっち行く」

そう言って賑やかな笑いの中から抜け出して、私のところへ急いでやって来た。
もともと背は高かったけど、中学に入ってからさらにグンと背の伸びた大きなハルは、私のことを見下ろしながらごめんごめんと笑いかける。

「どうした、なんか用か?」
「うん……、担任が黒羽くんのこと呼んでたよ」
「……だから、その他人行儀な呼び方やめろって」

本当は、小さい頃からずっとハルと呼んでいたけど、最近はみんなの前でそう呼ぶのをなんだか気恥ずかしく思って黒羽くんと呼んでいる。けれど、それをハルは他人みたいで嫌だと言う。

「……ま、いいか。ありがとな

少しため息混じりに苦笑いすると、私の頭に手をポンと置いた後、そのまま小走りに教室を出て職員室へと向かっていった。

まだ聞こえる楽しそうな男子生徒たちの声の中。その後ろ姿をぼんやり眺めていると、なんだか置いてきぼりにされているような気になって、無性に悲しかった。




「あれ、

放課後、帰ろうとして廊下を歩いていると聞きなれた声に名前を呼ばれて足を止めた。見ると、C組の教室の奥のほうから虎次郎ちゃんが手をひらひらさせながらやって来る。

「今から帰るとこ?」
「……うん」

虎次郎ちゃんはいつもみたいに私に優しく笑いかけるけれど、ふと教室の中にいる女子たちの視線をちくりと感じて、思わずうつむく。

私と男子テニス部のみんなが幼なじみだと知っている人は少ない。だから、知らないと何故私がよくみんなに話しかけられているのか、不思議で仕方ないらしい。

なんであの子が、という無言の重圧に耐えるのはいつも苦痛に感じた。

「俺も今から部活行くところなんだ。途中まで一緒に行こう」
「……あ、うん……」
「ちょっと待っててな」

本当は少し嫌だったけど、特に断る理由がない。

虎次郎ちゃんはまた教室の中へと戻っていき、自分の席に置いてあったカバンを持つとさっきこちらを見ていた女子たちに別れのあいさつをしていた。

「あの子誰?」という不機嫌そうな声が聞こえて、ちょっとだけ体が強張る。

……嫌だ。逃げ出したい。


「ごめんね、お待たせ」

ぽん、と肩を叩かれるとはっとして、うつむいていた顔を上げる。そんな私の様子を見て、虎次郎ちゃんはちょっと笑いながら「どうしたの」と言う。

「ううん……なんでもない。行こ」
「うん」

私が意識的にみんなのことを避けるようになってからも、みんなはそんなの全く気にしていないような感じで、いつも通り。昔のまま変わらずに、私に対して接してくれていた。

それは気付いているのか、いないのか。嬉しいような、そうでないような。言葉にできない複雑な感情がいつもこの胸の中には渦巻いていて、自分ですら持て余していた。

(みんなは私のこと……どう思ってるの)

私はみんなとは違う。明るくて優しくて人気者で、いつもクラスや仲間の中心にいるようなみんなとは。

勉強が出来るわけでもない、運動が出来るわけでもない、友達が多いわけでもない。いつだって誰かの後ろについて回るしかなくて、自分の意見が言えない私のことを今でも友達だと思ってるの。

幼なじみって言ったって、そんなのただ小さい頃からの知り合いなだけ。

(そんな私のことを、まだ「」と呼んでくれるの……?)


虎次郎ちゃんと並んで廊下を歩いている途中、ちら、と横を見ると「ん?」と言って笑うので、私は思わず目をそらしてしまった。

「どうした?」
「……ううん、何でもない」
「そういや、今日は部活はないの?」
「うん、うちはあんまり活動してないし……」
「そっか。どう、楽しい?」
「まあ、うん。まあまあ」
「じゃあよかった」

私は聞かれることに答えるばかり。そんな間も、虎次郎ちゃんは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれているようだった。時々、通り過ぎて行く女子生徒達がみんな虎次郎ちゃんのことを見るので、私の体は次第に小さくなっていく。

さっきC組にいた女子生徒達みたいに、なんで虎次郎ちゃんが私なんかと一緒にいるのだと思われているんじゃないかと、勝手にいつも気になってしまっていた。

みんなのそばにいると、私はここにいてもいいのだろうかと考えてしまう、そんな自分が嫌になる。


「あの、こじ……佐伯くん」
「大丈夫、誰もいないよ」
「……え?」

話し掛けようとして思わずいつもみたいに虎次郎ちゃん、と呼ぼうとしてしまって慌てて言い直したところ、そんな風に言われて私はどきりとして思わず足を止めた。

「昔みたいに呼んでよ。誰も、聞いてないからさ」

気が付くと、私たちはいつのまにか下駄箱のところまで来ていた。まだそんなに遅いわけでもないのに周囲には誰もいなくて、とても静かに感じる。

見ると、虎次郎ちゃんはいつもの優しい柔らかな笑顔をしていた。

「……知って、たの」

私の声は少し震えていた。

虎次郎ちゃんは、私が人前でいつもみたいにみんなの名前を呼ぶのを恥ずかしいと思っていること、知ってたんだ。それなら、私がわざとみんなのこと避けてるのもきっと気付いているはずなのに。

……じゃあ、なんで。

(なんで私のこと、放っといてくれないの……)


「……?」

私はそのまま黙り込んでしまい、虎次郎ちゃんは不思議そうに私のことを見ている。なんだか心臓がどきどきして、体が熱くなっているような気がした。

全部見透かされていたのが、恥ずかしいから?
知っていたのに放っといてくれなかったことを、怒ってるから?

ずっとみんなの近くにいたはずなのに、気付けば私ばかりがどんどん遠く離れてゆく。あの子とみんなの距離が縮まれば縮まるほど、私とはその反対で。

また昔みたいに元に戻りたいのに、もうその方法がわからない。私はみんなとは違うから、だからこうするしかないのに。

(……虎次郎ちゃんにはわからないよ)

、どうした」
「……もう、私のことは放っておいて欲しいの」
「え?」

虎次郎ちゃんは驚いたように少し目を見開いた。それを見て胸のどこかがズキリと痛んだけど、それは虎次郎ちゃんにごめんと思うからなのか、自分をかわいそうだと憐れんでいるからなのか、わからない。

「もう私に構わないで」
……?」
「お願い……」

みんなには、虎次郎ちゃんには、きっと理解できない。もうこれ以上、こんなみっともない姿を見られることに耐えられない、私の気持ちなんて。


一人なのも、ずるいのも、みじめなのも。

いつだって私だ。





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