7時40分、登山口の駐車場にはすでに4、5台車があった。車から下りてまずはのびのび〜。うーん、空気がおいしい。目の色が変わるのはにゃんこだけではない。ぼくの目もがらりと変わった。
東京は曇りだったが、こっちは晴れ時々曇りって天気で日差しが強い。30分ぐらいで頂上に着くと案内板に書いてあるが、あまり暑くならないうちに登ってしまおうと、8時前に出発。
ガレ土の一本道ですぐ急登になる。5分も歩かないうちにお父さんは汗だくになる。人もほとんどいないので、リードオフのぼくが先達となった。
![]() 普通にカメラを構えてもこれぐらいのアングルになる急登。 先達さんは多忙だ。前後左右、常に気を配らなければならない。 |
ホーホケキョとかカッコーとかのBGMを聞きながら、快適に岩登り。と、右手前方から何とも芳しい匂いが。
振り返ると、お父さんたちはだいぶ遅れて姿も見えない。時間調整のため、そっちの方に行ってみた。すると。オーッ!草原があるじゃないか。芝浦中央公園の10倍以上ある。
![]() ぼくには牧羊犬の血が流れているのか。 牧場を見ると血が騒ぐ。 |
気がつくとぼくはその真ん中にいた。
見通しのいい草原で、じっとしているのは危ない。アホ猟師が熊と間違えて撃ってくる可能性がある。目標を定められないように疾走した。見せてやりたかった。ぼくが全速力で走る姿は、実に優雅で美しいのだ。
おっ、これかあ!芳しい匂いの源を発見。早速ひっくり返って体いっぱいに臭い付けをした。
![]() ♪幸せだなぁ ぼかぁこのときが 一番幸せなんだぁ |
至福のひと時も束の間、「こらー!くろ、戻って来ーい」の無粋な声が。しらばっくれて聞こえない振りをした。視線も声とは反対の方に向けた。と、ダルメシアンの親分が数匹、もさーっと草などを食べているのが遠くに見えた。にゃんこは組み伏せても、あいつらは手に負えない。一目散に呼ぶ声のほうに戻った。
ありゃ、鉄条網が。元祖「大脱走」のスティーブ・マックィーンの真似をして、一気に駆け抜けた。いて!
「だめじゃないか」
(えへへ)
「えへへじゃない。あれ?おい、臭い付けしたな?」
(ばれた?)
「大変だあ!お母さん、こいつ臭い付けして、糞まみれだぞー」
「エーッ!冗談じゃないわよ!わっ、何これ。きたないー」
「生だよナマ。牛糞ドロドロ」
「わっ。胴輪も金具のとこもべっとり」
(ちょっとやり過ぎた?)
「どうしよう」
「ぼろ布もないし水もない」
![]() 一応神妙に首をうなだれてみせるぼく。 ばばっちいって格好で、ティッシュで拭き取ろうとするが… こうして見ると、大したことないじゃないか。ふん! |
ウエットティッシュ5、6枚では焼け石に水、うんちにしょんべんだ。で、このままでは登山はできないと、とにかく車まで戻ることになった。えっちらおっちら10分登った道を、数分で駆け下りた。人間もやる気になれば結構足が速い。
車を停めた登山口には、お兄ちゃんたちがまだ幼稚園や小学生のころ、星の観測にみんなで泊まったこともあるという山小屋があるにはあるが、ぼくだけのためにお風呂を貸してもらうわけにもいかないし、水が豊富なわけでもない。こりゃひょっとすると、帰るまでこのままこの臭いと一緒かと、密かにほくそえんでいた。
ところがお母さんが、もう少し車道を下ると山水が出ている所があるとの情報を聞きつけてきた。どこにでもお節介な奴っているもんだ。
なるほど、5、6分だらだらと砂利道を下ると、ホースの水のようなのが道脇にちょろちょろ流れ落ちていた。
「さ、くろ、その下に立って。違う!水を飲むんじゃなくて、立つの!」
そう言われても、滝浴びの行者経験もないし、足場は悪いし。とてもじゃないけどやだ!
「しょうがないわねえ。じゃそこにいなさい」
水が落ちてくるそばにぼけっと立っていると、お母さんが手のひらで水を汲んではぼくの体に水を掛ける。夏だからまあいいけどさ。
そのうち自慢の毛の中に水が入り込んで、黄色い水がぽたぽた落ち始めて・・・
そういうときどうする?そうだよね。水を弾き飛ばしたくなるよね。それが犬の習性というもんさ。
で、思いっきりブルブルブルッてやったわけ。
「ぎゃー!」
悲鳴が山道にこだました。ぼくのリードを持っていたお父さんの白いチノパンとズックが、一瞬にして小さな黄色い水玉模様となった。お母さんのスラックスは黒いから目立たないが、水玉が着いたのは同じだと思う。
「水筒を使おう」
道の真ん中に移動して、水筒の水を頭から掛けられる。
掛けてはパッと逃げる。そしてブルブルッ。水筒が空になるとまた山水を入れる。この繰り返しを何度かすると、黄土色がすっかり弾き飛んで、元の黒い毛並みに戻った。拭いたタオルにも色が移らなくなってから、また登山口に戻った。
![]() 頭から冷や水。ぼくはお釈迦様じゃないってんだ。 ![]() 危険なのでカメラマンは遠くから撮影していた。 |
「ああ、くろのおかげで一時間ロスした。上でお弁当にしようと思ったけど、お腹空いたからここで食べちゃおう」
何言ってんの。ぼくのおかげで、運動不足をさらに解消できたじゃないか。汚いったって、十分乾燥させれば園芸店に売れる品になるんだぜ。喉まで出かかるのをぐっと抑えて、水だけで何も食べずに離れて待つぼくは偉い。
しかしよくこんな後でカレー弁当を食べられるなあ。いくらオリジン弁当が安くておいしいといってもさ。お父さんの方がぼくより神経が太いかもしれない。
気を取り直して再びガレ土坂にチャレンジ。ごろごろ石が歩きづらいが、コンクリートのように熱くないので助かる。
右手にさっきの牧場を横目に通り過ぎ、でれでれ登ること三十分ちょっと。山頂の気配がしてきた。
![]() 勝手に遠くには行きませんよーって顔で、初めはその辺をうろうろ。 頃合いを見計らって飛んで行ってしまう。 知能犯だから、もう紐は外せないわよ!てんで、こんな急場もオンリード。 汗だくのお父さんを引っ張り上げる役にも立った。 |
![]() 途中で会った柴犬。13歳の立派なお達者クラブ会員。 足はぼくより弱そうだったが、若いもんに負けるか!って気位は高かった。 さすが柴犬だ。敬意を表して静かに見送った。 ん?ということは、ぼくを追い抜いて行ったってことか? |
蝶々やトンボが舞い遊ぶ頂上は気持ちよかった。
本格的捕虫網を振り回して、蝶々を追いかけている少女がいた。前ページの携帯電話をしている美人ママの子だ。蝶の名前もよく知っていて、ぼくとどっこいの賢そうな顔をしている。標本もきちんと作っているという。うちの兄ちゃんの子供のころそっくりだと、お母さんが盛んに話し掛けていた。
標高1955mで飲む水筒の水は、生温かくてもおいしい。がぶがぶ飲んだ。あら?これ、さっきの山水じゃないの?飲んでも平気?って、もう遅いけどさ。
![]() ヤッホー! カンボーのアッホー! |
午後はもう特にすることもないので、たっぷり頂上で寛ぐことにした。下界に早く下りても、高速道路が込んでいるだろうし。
![]() 日陰を探したが、どこにもない。これは困った。 |
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![]() あのう…お母さん ぼく日陰になってないんだけど。 まだあのこと根に持っているの? |
![]() 慎ましいのか、ちゃっかりなのか。 意見が分かれた。 |
![]() トンボが飛んでいるのが見えるだろうか。 ぼくはトンボには興味がない。バッタの方が遊び甲斐があるのだ。 |
![]() お母さん演出の「アザミとくろ」。 狙いは分かるが、写真的には失敗作。 |
12時になると山頂にどんどん人が来るようになって、下りることにした。
「おとなしくていい子ねえ」とか「きれいな毛並みねえ」とか「美人ねえ」とか「貴公子みたい」とか言われて喜んでいた。しかし「触っていい?」と訊かれたときのお父さんたちの複雑な顔がおかしかった。
下りは登りより注意が必要だ。お父さんが足を滑らせて、思いっきり尻餅をついたが、一眼レフもデジカメも無事でよかった。本人?さあ。
![]() ムクちゃんとそっくりらしい。 女の子だけど、色違いのぼくって感じでもある。 |
下る途中で牧場の見える木陰で10分ほど休憩。峰の風が通って、半そででは寒いくらい。
そこで登山でひざを骨折してリハビリ中というおばさんから「うちにもヨーキーがいるけど、あなたはおりこうねえ。きれいだし」と、さんざ誉められたものだから、目の前の草原で牛うんち付けした自慢話を切り出せなくなってしまった。
登山口まで戻ったのが、12時40分。山小屋でまた一服。
ソフトアイスクリームと黄な粉もちを食べていた。ぼくにはコーンの先二センチしかくれない。あの事件はかなり根が深そうだ。
天体望遠鏡のある山小屋は、お母さんが高校時代から夏冬と利用していて、二代目のおばさんと話が弾んでいた。入笠山はまわりに高い山がそびえていないので、天体観測にはもってこいなので有名。でも昔より空の透明感がなくなったという。京都議定書問題をなんとかしないとなあ。
蝶々少女一家がいた。訊くと日本女子大付属中学生の生物部だという。ただ昆虫採集をするだけでなく、それなりに自然を研究しようという姿勢がある子だから、双葉か桜陰に通っているのだろうと、上で会ったときから目星をつけていたお父さんは、やっぱりね、という顔をしていた。女の子を見る眼は鋭い。
セイフーでお父さんの着替えのズボンを¥1800で買ってあげたりしたから、りんどうの郷に着いたのが夕方5時。
昨夜ビデオかなんかで徹夜してしまったお父さんは、車の中でうとうとしていてまた気分が悪くなった。着くなり、ぼくを三回シャンプーして、すぐバタンキュー。露天風呂に出掛けたお母さんを待ちきれず、晩ご飯も食べずに6時には寝てしまった。
それはいいが、のみ取りリンスinシャンプーは2年前の残りじゃないのか?それと、夜の散歩忘れてませんかー?犬虐待家族って訴えるぞ。牛糞事件もこれでチャラだな。