(歩行者専用道路と駅前広場)

 さて、歩行者専用道路設定に当たって、商店が最も心配したことは商品の搬入(業種によっては搬出も含む)という問題であった。原則的には廻りの道路からワゴン車(台車)などで搬入をし、それが無理な場合は時間を限定して入口の車止めを外せるように建設省に特別許可を貰うということであった。しかし、実際には心配していた程の支障もなく、大体スムーズに行なわれている。それは、大半の建物が裏通りにも面していることと、背割線によってグリーンモールだけにしか面していない店舗も、ところどころに裏通りに通じる小路 く一部は私道)ができていることなどによるものである。

 さて、商店街近代化事業は、昭和58年度(59年3月)には、遅ればせながら完成をみることができた。そこで組合では、この完成を機に同年8月3日から5日にかけて「中込商店街近代化事業グリーンモール大完成まつり」と銘打って盛大な式典とイベントを行なった。
 この事業の成果が問われる始めてのイベントであっただけに、組合も組合員も果たしてお客さまが集まってくれるかどうか心配した。
 しかし、それは杞憂に過ぎなかった。3日間で延べ6万人からの人出で賑わい、完成まつりは大成功裡に終始した。また、完成記念として各ブロックの街並みをスケッチした「絵入り完成ハガキ」を発売したり揃いのハッピも作られた。

 ところが、肝心の中込駅前広場の整備は、市当局と国鉄との度重なる折衝にも拘わらず、話し合いは遅々として進まなかった。それは、広場の用地の約半分が国鉄所有地であったことと、整備事業費の負担の配分について調整がつかなかったためである。組合ではこのままでは折角の近代化もその効果が半減してしまう、という立場から長野鉄道管理局や国鉄本社へ、市とともに陳情を繰り返した。
 この間、井出一太郎代議士や当時国鉄本社の施設局長であった野沢太三氏(現在は参議院議員)らの陰からの支援も大きかった。
 その甲斐あって、近代化事業完成後1年を経て、昭和60年3月に、駅前広場の施設は完成を見ることができた。
 これを記念して、同年4月28日に佐久市と、中込商店街協同組合共催による「中込駅前広場完成祝賀式典」を盛大に行なった。このとき、駅正面出入口左側の花壇の中に、当時の神津武士市長揮毫による「駅前広場完成」と彫り込んだ黒ミカゲ石の記念碑が建てられた。駅前広場の整備ができたことにより、中込商店街近代化事業は、名実共に一体化され、着工以来8年ぶりに完成を見ることになった。

 歩行者専用道路のすべての施設の工事終了を待って、市は昭和61年この道路を市道として認定するとともに、維持管理について組合と管理協定を締結した。その協定によると、道路の清掃あるいは樹木の日常的な管理(水ヤリ・雑草の除去・ゴミの処理・病害虫の駆除など)は組合の責任で行い、道路の破損・樹木の枯損・施設の補修等は市の責任で行なう、となっている。いま組合では、毎週木曜日を「クリーンアップなかごみ」と銘うって、各ブロックー斉に組合員による清掃、手入れを行なっている。

 さて組合では、この道路には自分達も多額な投資をしてあるし、車も入れないので、自由に使えるものと大きな期待を持っていた。
 ところが、警察から「待った」がかかった。いかに歩行者専用の特殊道路とはいえ、道路交通法から言えば一般の道路と同じ取扱いになる。従って、この道路を占用使用する場合には、警察の許可を取らなければならないとのことであった。
 そのため、イベントなどで使用する場合は、その都度「道路占用許可願」を警察に提出して許可を取らなければならない。露店商が出店する場合と全く同じである。
 道路ができたばかりの頃、商品をワゴン車や陳列ケースで店頭に並べた場合、少しでも官民境界線からハミ出していると警察から注意を受けるということがしばしばあった。また、組合やブロックでイベントを行なうということで許可を取った時以外は、原則として個店での使用は認めないとも言われた。
 考えて見れば、この道路はあくまで公共の道路であって私道ではない。道路用地にしても商店だけの減歩でできた訳ではなく区画整理区域内全員の減歩によって生み出したものである。多少の制約はやむを得ないものと認識すべきであると思う。
 何と言っても、この道路は中込商店街近代化事業の目玉であり、これだけの空間と緑と施設は、全国どこの商店街を見てもチヨット真似のできない素晴らしいもので、自慢するに値するものである。
 ただ「田舎町に似合わない贅沢な施設だ」「広すぎて一体感がない」「にぎわい感がない」等々、いろいろな批判があることも事実である.極端なのは一時的でもよいから駐車場にしたら、という意見さえあるほどである。
 しかし、これ等はいずれも自分達の対応次第で解決できる問題である。今後、この歩行者専用道路をいかに活用し、これを商店街活性化に結びつけてゆくか、大いに期待されるところである。


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