注意! この話の中で、軍曹は人化します。その手の話の苦手な方は、ひきかえして下さいませ。
■もしも願いが叶うなら
唐突にジョー軍曹の前に現れた女性は、
「一つだけ、あなたの願いを叶えましょう。」
これまたメルヘンなセリフを言った。現実主義者である軍曹としては、”グワッ”と一声鳴くしかない。見知らぬ美女が枕元にたって、こんなことを言えば、誰だって彼と同じような反応を示すに違いない。それとも、これは単なる夢なのだろうか。それにしては生々しいじゃあないか。
黒髪の美女を寝ぼけ眼で見つめる軍曹は、あくび混じりにまたもやグワァと鳴いた。
「これは夢だと思ってますね、ジョルディ。」
「まぁな。」
「夢ではありません。」
「そうかい?」
「そう。だから、願い事を。」
ははは、乾いた笑いが心の中を通り過ぎる。なんと嘘臭い話だ。こんなご都合主義な夢を見るほど、夢見がちになった覚えはないのだが。
美女は黙って軍曹の言葉を待っている。
どうせ、夢だ。
軍曹は、目を瞬かせた。夢の中ならば、それに相応しい願い事を。眠気さめやらぬ軍曹は、深く考えもせずにその願い事を、告げた。
■□■
草原の民の朝は、鉄頭たちよりも一時間は早い。朝日の祝福を受けて目覚め、夕日が燃え尽きる頃には我が家へと帰るのは、自然と共に生きる民の生活の知恵でもあった。ビュデヒュッケに宿っている以上、夜の危険はあまり考える必要はなかったが、それでも習慣は体から抜けがたい。今日も今日とて、軍曹の目覚めは日の出と同時だ。
「ぐわあ。」
朝の発声練習も爽快に、軍曹はベットから足をおろす。昨夜の疲れもすっかり抜け落ちている。差し込む日差しは清冽で、少々肌寒いが、きっといい一日になるだろう。
「????」
──肌寒い?
軍曹は首を傾げた。五月の初旬の気温は決して高くはないが、さりとて寒さを感じるはずは…そもそも彼はダックである。飛ぶことこそできないが、羽毛に覆われた体は多少の寒さは感じないはずなのに。
「ぅぐわ?」
そういえば、声もなんだかおかしい気がする。
──風邪でもひいたかな?
ここのところ連日忙しかった。季節の変わり目は風邪をひきやすい季節でもある。それに、認めたくないが、自分ももうすぐ三十路だ。
──もう無理ができない年か。
顔をつるりとなでて、ため息一つ。朝の冷気が身にしみるようになったなら、もう若くないのだろう。考えるのがイヤになってきた軍曹は、冷えた指先で鼻先をこすると、朝食へと…。
「………え?」
──指?
バタン!!
「軍曹、おはよう!!」
常の如く、ヒューゴが元気良く飛び込んでくる。
「おお、おはよう、ヒューゴ。」
朝の挨拶を交わして連れ立って朝食へと向かうのが、二人の日課だった。
だが。
だが、自分と顔を合わせた途端、養い子の笑顔は驚愕と警戒に変わるではないか。まるで見知らぬ他人を見るかのように。
「!!だ、誰だ!お前は!!そこで何をしているんだ!?」
「ぐわっ?」
「軍曹は!?軍曹をどうかしたのか!?おまえ、軍曹に何かしたのか!?どうして軍曹の服を着てる?!お前…お前は…!!!」
「ぐわぁ?!」
「普通に答えろ!!お前は何者だ!!」
彼をなだめようと伸ばした手には羽がなく、床についた足には水掻きがない。露出した肌と五本の指、これは一体どういうことなのだ?
助けを求めてヒューゴを見たが。ヒューゴの視線は、いつも自分に向けられる馴れたものでなかった。怒りがビリビリと軍曹の肌を刺す。軍曹にとって自分の体の変調よりもなによりも、ヒューゴの視線が辛かった。
「…ヒューゴ…。」
自分は軍曹だ。そう、なんとかヒューゴにわかってもらいたいあまりに、ふらりと立ち上がった軍曹の姿に、ヒューゴが一歩後退さる。
「お、おまえ、下…下…裸…なんて、格好…!」
軍曹は、己の下半身を確認して。ヒューゴは赤面し俯いて。
あまりのことに、誇り高きダッククランの戦士は叫ぶ。
「ぐぐぐわあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
(2003/11/21)
※今度こそ、軍曹×ヒューゴの話を…と思いつつ。のっけからギャグになりつつあります。 |