モドル
注意! この話の中で、軍曹は人化します。その手の話の苦手な方は、ひきかえして下さいませ。

■もしも願いが叶うなら 四 

 酒場の外は、すでに夜の世界だった。月のかけらも見えない、真夜中。ナッシュと二人、酒場の入り口から叩き出されたばかりでなく、通行の邪魔だからという理由で右手の階段下へ運ばれた。冷たい地面に丸太か何かのように放り出され、無様に呻く。体は持ち主のいうことを全く聞いてはくれない。このままじっとしてれば間違いなく明日は風邪っぴきだ。隣に寝ていた気配が、それほど苦労せずに起きあがり、無言でそのまま立ち去るのを感じ。その後ろ姿を軍曹は、声もなく見ていた。いや、声をかける余裕もなかったというのが正しい。
 悔しいけれど認めなければならない。ナッシュは見た目通りのにやけ男ではないということを。いいパンチをしてるし、軍曹よりもずっとタフだ。
 悲鳴をあげる上半身を根性でねじ伏せて、起きあがったのはいいが流石の軍曹も唐突に襲いかかってきた嘔吐は堪えきれなかった。

──飲んで暴れるなんて、青臭いことをやらかしたもんだから…。

 血と酒臭い胃液を吐き出して、口元を拭う。胃液の匂いが目にしみた。情けない。情けなさすぎて笑える。笑ったら、笑ったで傷が痛んで涙まで出てきた。
 結局、俺も成長してないただの愚か者だったということだ。予測してなかった事態にぶち当たれば、無様に狼狽えてロクでもないことをしでかすただのアヒル。
 こんなので炎の英雄のお守り役なんて、ヒューゴの保護者面してたなんて笑える話だ。
 思い上がってた、だからヒューゴを傷つけた。

「…最悪…だな、俺は。ヒューゴ…。」

 血だか涙だかが目に入ったらしく、視界がぼやけた。頬に触れた指先が濡れて、泣いている自分に気がつく。今、周りに誰もいなくてよかった、と軍曹は思った。人通りの途絶えた真夜中、少しくらい自分を晒しても誰にもきっと気づかれない。
 ヒューゴは、軍曹を好きだと言った。じゃあ、軍曹はヒューゴのことをどう思っているのだろう?
 不安にさせたくなかった。笑っていて欲しい、思うのはただそれだけ。そんな簡単なことに、単純な思いに、ヒューゴの物と同じ名前をつけてもいいんだろうか。

「軍…曹…?」
「おぅ。」

 酒場への階段上から、青年がこちらを見下ろしていた。その姿が、こちらへ降りてくるのがわかっても、もう軍曹は笑顔を装おうとは思わない。
 一歩一歩、降りてくるヒューゴの顔は、はっきりとはわからなかった。これから軍曹が言おうとしている言葉が、ヒューゴにどんな表情をさせるか、それも軍曹にはわからない。
 ヒューゴの、足は軍曹の真っ正面で止まった。ぎゅっと唇を噛みしめて、張りつめた弓弦のように一心に、ただ、軍曹を見つめる。
 こんな目ができるくらい、彼は大きくなったのだ。
「ヒューゴ。」
 養い子の頭を胸に抱きよせれば、よろけながらも胸の中に収まる。彼だけに聞こえるよう囁いた軍曹の言葉が、彼にどんな顔をさせたのか、結局軍曹にはわからないままだった。


──終

(2003/12/07)


※逃げたな…みたいな終わり方ですいません。勿論、軍曹はヒューゴのことが好きです。キスとか迫られても拒みきれないんじゃないかと…。でも、ヒューゴのことを独占したいとはあまり思ってないんじゃないでしょうか。



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