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尖閣諸島問題  情報共有の協議が基本



日本の領土問題としては北方四島と尖閣諸島及び竹島の三つの問題がある。

今回の尖閣諸島問題はとんでもない方向に話がこじれていきそうです。 日中の協議が一つもなしに、日本が一方的に国が買取るという手段に出ていることに起因します。

領有権についてはいまだ決着はついていないのにです。 更におかしいことに、集団的自衛権を野田総理は変えようとしていることです。 安倊総理はさらに自衛力の増強にかじを切り始め、憲法改正を口ずさみ始めております。

 ‘智識を世界に求め、……… ’
 ‘戦争は人の心の中で生まれるものであるから、
  人の心の中に平和のとりでを築かなければならない’

  という崇高な人としての
  温故知新と自我の確立という基本原則が、
 ‘みんなで渡れば怖くない’  という大波にのまれ、
  再び戦争の惨禍へ胎動しはじめたのではないかと危惧されるのです


  A 尖閣諸島 政府が地権者と買い取り交渉   NHKニュース
  B 石原都知事が推し進めた尖閣諸島の買い取り   事の発端
  C asahi.com>ニュース>特集>尖閣諸島問題   朝日新聞
    一 中国新華社が批判論評 『日本の尖閣国有化は火遊び』
    二 自民・谷垣総裁、尖閣国有化は『評価できる』
    三 尖閣国有化の方針、首相表明 都知事『取得後に譲渡』





A 尖閣諸島 政府が地権者と買い取り交渉   (2012/07/07)
     http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.365.html

NHKニュース
尖閣諸島 政府が地権者と買い取り交渉 7月7日 4時2分

野田政権は、東京都が購入を検討している沖縄の尖閣諸島について、国境の島を守る責務は国が果たすべきだとして、国が島を購入する方向で島の地権者と具体的な交渉を進め、買い取った場合の活用方法の検討も始めていることが、関係者の話で明らかになりました。

沖縄本島の西方に位置する尖閣諸島は、主に5つの無人島からなり、国有地の1つの島を除く4つの島は個人が所有する民有地で、平成14年度から国が賃料を払って管理していますが、領有権を主張する中国や台湾との間で、活動家が上陸したり、調査船が周辺で海洋調査を行ったりする事案などがたびたび起きています。
こうしたなか、ことし4月、東京都の石原知事が『本来は国が買い上げればいいが、外務省が『中国は怒るのではないか』とびくびくしている。尖閣諸島は東京都が守る』と述べ、都が地権者から島を購入する意向を明らかにし、交渉を進めています。
石原知事の動きを受け野田政権は、東京都と情報交換を進めるとともに、国境にある尖閣諸島の平穏と安定を守る責務は国が果たすべきだとして、国が島を購入する方向で島の地権者と具体的な交渉を進めていることが、関係者の話で明らかになりました。
さらに関係者によりますと、政権内では、国が島を買い取った場合の活用方法についても検討を始めているということです。
国が購入を決めれば中国などの反発は避けられない見通しですが、野田政権としては次の衆議院選挙も見据え、外交・安全保障の分野で毅然とした態度を打ち出すねらいもあるものとみられます。

尖閣諸島を巡るこれまでの動き

沖縄本島の西方に位置する尖閣諸島は、魚釣島など主に5つの無人島からなり、日本政府は、わが国固有の領土であり領有権の問題は存在しないとしています。
ところが、尖閣諸島の周辺海域には豊富な天然資源が埋蔵されていることが判明した1970年以降、中国政府が領有権を主張し始めました。
2004年に中国人活動家7人がふ法上陸。
おととし9月には、周辺の海域で中国の漁船が海上保安部の巡視船に衝突する事件が発生し、逮捕した船長の身柄の取り扱いなどを巡り、日中関係が冷え込む事態となりました。
5つの島のうち、大正島は国有地ですが、残りの4つの島は個人が所有する民有地で、日本政府は平穏かつ安定的に維持するという理由で、平成14年度から4島の所有者に賃料を払って管理しています。
しかし、最近も中国の船が周辺の海域に頻繁に出没して日本の領海を侵犯する事案も起きているほか、今月4日には、魚釣島の沖合で台湾の活動家が乗った遊漁船が日本の領海に入り、日本政府が台湾の当局に抗議しました。
こうしたなかで、東京都の石原知事が、尖閣諸島の3つの島を東京都が購入する方向で地権者と交渉を進めていることを明らかにし、先月行われた国会の参考人質疑で、『‘島の購入は筋違いだ’と言われるが、筋違いでもやらざるを得ない。本来なら政府に島を守ってもらいたい』と述べていました。

※ 検索より

  ① 尖閣諸島問題 - Wikipedia … 尖閣諸島問題概説
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%96%E9%96%A3%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E5%95%8F%E9%A1%8C
     *歴史的な記述が詳細に書かれている。

  ② 石原都知事が推し進めた尖閣諸島の買い取り … 事の発端
      http://getnews.jp/archives/248896

  ③ 釣魚諸島の史的解明(井上清) … 中国領説
      http://www.mahoroba.ne.jp/~tatsumi/dinoue0.html
     *歴史家としての見識をもって尖閣諸島は中国領であると述べている。
      『尖閣列島―釣魚諸島の史的解明』 [単行本]
      井上 清(著)現代評論社¥2,100

  ④ 尖閣諸島問題(田中邦貴) … 日本領説
      http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/
     Home      中国の文献    三国通覧図説  日本の実効支配
     尖閣と八重山  戦後の尖閣諸島  リンク集    田中邦貴
     *中国には実効支配がないと主張しています。

  ⑤ なぜ、中国は尖閣諸島を自国の領土だと主張するのか … 棚上げ論
      http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/20469b0d35cdeb5c0aebd110b7ca67a2

  ⑥ 【尖閣諸島】地下資源が見つかる前に台湾の人が住みついていた
     ~国会答弁にみる尖閣問題 … 棚上げ論
      http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/fcf20d030c40b70e02de804cf5c04876

  ⑦ 日本領有の根拠(感謝状など)は
     中国からはどう見えるのか … 棚上げ論
      http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/7ac70c6490c132f833f5a4eac0a142de

  ⑧ リベラル21運営委員会 … 棚上げ論
     互いに弱点をさらけ出す議論をすべし――尖閣列島問題2010.09.23
      http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1322.html

  ⑨ 検索ではいくつものデータが得られます。

B 石原都知事が推し進めた尖閣諸島の買い取り … 事の発端
     http://getnews.jp/archives/248896

尖閣諸島を国有化する動きが出てきた。沖縄県の南西諸島に含まれる尖閣諸島には、大正島と魚釣島、北小島、南小島、そして久場島の5島が含まれる。国有地なのは大正島のみで、ほかの4島は個人所有となっている。4島のうち、魚釣島、北小島、南小島の3島について、『今は借りている状態だが、地権者が売りたいという意向もある』と9月3日に藤村修官房長官が会見で述べた。その3島を国が地権者から買いとり、国有化することを政府が前向きに考えていると言うわけだ。

そもそも、尖閣諸島の買い取りを言い出したのは、東京都の石原慎太郎知事であった。石原都知事が3島を買い取る目的で開設した『東京都尖閣諸島寄附金』という募金には、9月4日の段階で14億6千万円を超える寄付金が集まっている。日本テレビの『24時間テレビ』というチャリティー番組の募金総額が番組終了時約2億8千万であったことを考えると、『領土』という国の威信がかかった問題について、チャリティーよりも高い関心を持っている人々が、日本には多いと言うことが分かる。

政府が3島の国有化を進めていることが明らかになると、石原都知事は『一種のだまし討ち』『卑劣、ペテン』などとさっそく国を批判した。8月24日に野田首相と会談した石原都知事は、『漁船待避施設や電波中継基地の整備などの国有化容認条件』として求めた(産経新聞、2012年9月3日付)。だが、それらの『条件』が検討されないまま、政府が3島の国有化を進めていることを、石原都知事は問題視している。9月5日になると、石原都知事は国有化を容認した上で、『都に集まった14億円超の寄付金を購入資金として国に渡す意向』を示した(毎日新聞、9月5日付)。

結局、『なぜ沖縄県の尖閣諸島を東京都が購入するのか?』という疑問を持たれながらも、『そんなの関係ない』と言わんばかりに多額の寄付金を集めた石原都知事が、実質的には尖閣諸島の国有化を推し進めたかたちとなった。こうして石原知事のかけ声の下で、尖閣諸島の領土問題がメディアで取り上げられ、世間の関心を集めたのはそれなりに意味のあることだと思う。とはいえ、単なる『から騒ぎ』で終わってしまう可能性も否定できない。それは、問題の核心が『誰が所有しているのか』と言うことではないからだ。

では、何が尖閣諸島の領土問題を考える際の核心なのか。それは、政府の外交方針が一貫しているのかどうか、という点に尽きる。領土問題とは、片方の国が『存在する』と主張し、もう片方の国が『存在しない』と言った場合、国際社会から見れば『存在する』と言うことになる。竹島に関しては、韓国が『存在しない』で日本が『存在する』、尖閣諸島に関しては、日本が『存在しない』で中国・台湾が『存在する』とお互いに主張している。

要は、竹島も尖閣諸島も国際社会から見れば領土問題が『存在する』のである。そして、領土問題が『存在する』のであれば、主張が対立する国々がお互いに自らの言い分を伝え、話し合い、妥協点を見つけていくしか解決の方法はない。島を『誰が所有しているのか』と言うことは、その『言い分』のひとつにはなり得るものの、領土問題の根本的な解決の要因にはならないと筆者は思う。

尖閣諸島の領有を中国・台湾に認めてもらうために私たちがなすべきことは、島を国有化することだけではなく、『領土問題に関する日本の二重基準をどうにかしろー!』という世論を盛り上げ、政府に圧力をかけていくことなのではないか。

(谷川 茂)

C asahi.com>ニュース>特集>尖閣諸島問題 … 朝日新聞
     http://digital.asahi.com/articles/TKY201207090287.html

最新ニュース

・中国『日本の尖閣国有化は火遊び』 新華社が批判論評
 中国国営新華社通信は8日夜、日本政府の尖閣諸島(中国吊・釣魚島)国有化方針について、両国関係を悪化……… (19:12)[記事へ]

・自民・谷垣総裁、尖閣国有化は『評価できる』
 自民党の谷垣禎一総裁は7日、尖閣諸島の国有化方針について、朝日新聞の取材に『国が買うのは一つの解決………』 (07:00)[記事へ]

・尖閣国有化の方針、首相表明 都知事『取得後に譲渡』
 野田佳彦首相は7日、尖閣諸島の国有化について『尖閣を平穏かつ安定的に管理する観点から、(島の)所有………』 (14:23)[記事へ]

記事一覧
 ・尖閣、国が購入方針 政権、都に伝達 地権者側とも交渉(7/7)
 ・尖閣沖領海に台湾活動家らの船 海保が警備(7/4)
 ・『民意破壊しているのは誰』 尖閣問題で人民日報が批判(6/28)
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 ・『丹羽中国大使の処分なし』 尖閣問題の発言で内閣決定(6/19)
 ・尖閣付近に中国の海洋調査船 事前通告の海域外(6/16)
 ・『茶番、即刻やめよ』 中国、尖閣問題で日本へ申し入れ(6/11)
 ・久場島も購入検討 石原都知事(6/8)
 ・『尖閣諸島の現状把握のため』石原都知事を国会招致へ(6/7)
 ・尖閣問題、石垣市も寄付募る 都購入後の維持管理費(6/4)
 ・尖閣購入の寄付金、10億円突破 東京都(6/1)
 ・中国、尖閣諸島などで天気予報 領有権の主張か(5/29)
 ・尖閣対象の海洋観測条例、中国施行へ 主権主張の狙いか(5/21)
 ・尖閣衝突、中国船長の公訴棄却 期限内に起訴状送られず(5/17)
 ・日中首脳会談、尖閣問題で応酬 野田首相「国民を刺激《(5/13)
 ・石垣市との尖閣諸島購入を拒否 石原・都知事(5/12)
 ・『尖閣諸島、共同購入を』 石垣市長、東京都側に伝える(5/9)
 ・中国の漁業監視船、尖閣付近に 海保が警告、水域出る(5/2)
 ・尖閣購入の寄付金7600万円 東京都が発表(5/2)
 ・『横田基地共用化、米側と協議を』都知事、首相に要請(4/27)
 ・石垣市長、都の尖閣購入に賛同 『全面的お任せ』(4/24)
 ・尖閣諸島『来年4月に正式取得』 帰国の石原都知事(4/19)
 ・父の尖閣発言で…石原幹事長、訪中を急きょ中止(4/19)
 ・石原知事、尖閣購入の考え強調『国がさっさとやれば…』(4/18)
 ・尖閣諸島国有化『十分ある』 官房長官が明言(4/17)
 ・中国のネット、抗議の声広がる 尖閣諸島購入発言(4/17)
 ・尖閣諸島付近に中国漁業監視船 警告に応答なし(4/5)

一 日本の尖閣国有化は火遊び 新華社が批判論評
    朝日新聞
     http://digital.asahi.com/articles/TKY201207090287.html

関連トピックス尖閣諸島. 中国国営新華社通信は8日夜、日本政府の尖閣諸島(中国吊・釣魚島)国有化方針について、両国関係を悪化させる『火遊びだ』と批判する論評を配信した。中国外務省の劉為民報道官は9日、中国政府が7日、国有化の動きに反対する『厳正な申し入れ』を日本政府にしたことを明らかにした。

 新華社の論評は、石原慎太郎・東京都知事が提唱した尖閣諸島の購入計画を『茶番』とし、『日本政府は両国関係の大局を顧みず、この茶番劇の主役になることを決めた。釣魚島問題について両国が(解決に向けた)政策を展開できる空間を縮めるものだ』と批判した。

 ネット上では日本政府への批判にも増して、中国政府に主権を示すための具体的な行動を求める声が目立っている。
(北京=林望)

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  尖閣国有化、荒れ模様(7/8)

二 自民・谷垣総裁、尖閣国有化は『評価できる』 2012年7月9日
    朝日新聞
     http://digital.asahi.com/articles/TKY201207070386.html

自民党の谷垣禎一総裁は7日、尖閣諸島の国有化方針について、朝日新聞の取材に『国が買うのは一つの解決策としては意味があると評価できる』と語った。自民党は5月に発表した次期衆院選の政権公約第2次案で国有化方針を明記している。また、『尖閣諸島に領土問題は存在しないというのが我が国の立場。誰が土地を持つにしても領土問題ではなく所有権の問題だ』とも語った。

三 尖閣国有化の方針、首相表明 都知事『取得後に譲渡』 2012年7月7日
    朝日新聞
     http://digital.asahi.com/articles/TKY201207070149.html

 野田佳彦首相は7日、尖閣諸島の国有化について『尖閣を平穏かつ安定的に管理する観点から、(島の)所有者と連絡をとりながら総合的に検討していく』と述べ、国有化する方針を正式に表明した。すでに購入を表明している東京都の石原慎太郎知事は同日、国有化の打診を認めたうえで、都が購入後に政府に転売するのが望ましいとの考えを示した。

 首相は訪問先の福島県いわき市で、尖閣諸島について『歴史上も国際法上も我が国固有の領土であることは間違いない。領土、領有権の問題は存在しない』と記者団に強調した。

 野田政権が購入を検討しているのは、魚釣島と南小島、北小島の3島。現在はいずれも無人島で個人が所有している。首相は、石原知事が地権者と接触して3島の購入方針を示していることに触れ、『都の計画を把握しなければならない。所有者のいろいろな意向もあると思うので様々なレベルで(協議を)している』と述べ、都や地権者と協議していることを認めた。

 石原知事は7日、長島昭久首相補佐官らと都庁で6日に会い、国有化の打診を受けたと説明。そのうえで石原氏は記者団に『東京が取得できたら国に渡す。元々国の仕事だから意欲を持ってくれるのは結構』と述べ、都が尖閣諸島を購入後、国に譲渡する意向を表明した。

 一方で石原氏は『ただの人気取り。今ごろこんなことを言うのは政権が混迷しているからだろう。所有者からは、人を通じて、国には売らないので安心してほしいと言われている』とも述べ、野田政権の対応に上快感を示した。地権者の弟は7日、『国が腰を上げるのは想定内』とのコメントを出した。

 沖縄県の仲井真弘多知事は7日、那覇市で記者団に『(尖閣は)政府が元々管理している。政府が管理し、周辺の安全性が確保できれば結構だ。政府が保有した方がいいか、東京都がいいかと聞かれても分からない』と語った。

 政権は直接、尖閣諸島の地権者から購入することを目指しており、国有化まではなお曲折も予想される。

 ・ 尖閣国有化、荒れ模様
 ・ 首相の発言要旨
 ・ 都知事の発言要旨

D 尖閣諸島問題 - Wikipedia … 尖閣諸島問題概説
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%96%E9%96%A3%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E5%95%8F%E9%A1%8C

E 釣魚諸島の史的解明(井上清) … 中国領説
     http://www.mahoroba.ne.jp/~tatsumi/dinoue0.html

この本の初版は‘はしがき’にもあるように1972年井上清が出版した本です。

先ずはそれを載せます。

  は し が き

 子日本は一九七二年一○月に現代評論社……いまは存在しなくなっている……から出版された拙著“『尖閣』列島…釣魚諸島の史的解明”の第一部『釣魚諸島の歴史と領有権』の全文を、前と同じ書吊で第三書館から出すものである。現代評論社版では、第二部として『日本歴史の中の沖縄』と題して沖縄近代史に関する論文四編をおさめてあったが、それらは本書からはすべて除いた。近代の沖縄と『尖閣』問題は重要な関係があるが、その関係は、第一部でも必要なかぎり十分明らかにしてあるから。

 現代評論社版が出版された一九七二年当時は、その二年前からおこっていた『尖閣列島』(歴史的には正しくは『釣魚諸島』というべきである)の領有権をめぐって、にほんちゅうごくがわの争いがはげしくなっていた。日本政府とその与党はもとより、社会党も共産党も、『朝日新聞』をはじめマスコミ諸紙もいっせいに、尖閣列島は明治二十八年(一八九五年)以来、日本が『無主地』を『先占』して領有し実効的支配をしてきた日本領であると主張していた。中国はこれらの島々が中国領であることは、歴史的にも国際法理からも明白であるという。私はこの日本側の主張に、日本帝国主義の再起の危険性を強く感じた。それを防ぐためには『尖閣列島』の歴史学的真実および国際法理上の真理を明らかにすることが先決であると思った。

 そこで七一年十一月、私は初めて沖縄に旅行し、いわゆる『尖閣列島』(釣魚諸島)に関する多くの資料・文献を得た。さらに七二年初めにヨーロッパ旅行の機会があり、そのさいイギリス海軍の資料館で、中国南部、台湾、琉球方面のイギリス海軍作製の海図や航海記、探検記録などをあさった。

 こうして研究が進むにつれて、その結果を小さな論文にまとめて、歴史学の雑誌や日中友好団体の機関紙などに発表し、最終的には『‘尖閣’列島…釣魚諸島の史的解明』と題する本として現代評論社から出した。

 その本が出版され半年もたたない七三年二月、香港の七十年代雑誌社から英慧訳『釣魚諸島的歴史和主権問題』という中国語訳が出された。この中国語訳本は、香港、台湾および各地の華僑の間で大いに読まれたと、私は台湾で聞いた。中国でも知り合いの歴史家からほめられた。しかし、中国人の学者あるいは評論家の書評を新聞・雑誌上で見たことはない。

 七二年の初めには『尖閣列島』問題に関する日本国民の関心は高かったが、同年九月、日中両国政府の共同声明で、両国の国交が回復し、日中の平和・友好のムードが高まるとともに、『尖閣』問題に対する日本国民の関心は弱くなった。さらに、日中平和友好条約締結の交渉が進む過程で、中国がわは、釣魚諸島問題の解決は後世の人の知恵にゆだね、当面はこの問題を棚上げしよう、という方針をとるようになった。それとともに日本政府も表向きは騒がなくなり、国民大衆も無関心になった。

 ところが本年一九九六年に入って、日本側はふたたび釣魚諸島に荒い波風をおこしている。七月に、右翼の団体が釣魚諸島の一つの、小島に灯台を建て、日本領であると誇示した。それを日本政府は少しも禁止しようとはしない。このことに、香港、台湾の中国人が憤慨し抗議が高まった。中国政府も日本政府に抗議している。

 私は、この事例は、すでに再起している日本軍国主義の重大な対中国挑発であると思う。このような状況では、二十四年前の本を再び世に問い、釣魚諸島の歴史の真実と国際の法理を、重ねて明らかにすることもまた大きな意義があると信ずる。すなわち第三書館の社長、旧友北川明君の要望に応じて、本書を刊行する次第である。
  一九九六年九月二十五日

                                井 上   清

F 尖閣諸島問題(田中邦貴) … 日本領説
     http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/

     Home      中国の文献    三国通覧図説  日本の実効支配
     尖閣と八重山  戦後の尖閣諸島  リンク集    田中邦貴

前掲とは別になるが、尖閣諸島問題のURL管理者・田中邦貴は、『尖閣列島 釣魚島の史的解明』の著者・井上清について次のような苦言を呈しています。

  『尖閣列島 釣魚島の史的解明』の著者・井上清について

京都大学吊誉教授の井上清(1913 - 2001)は、1996年に『尖閣列島 釣魚島の史的解明』を発刊したが、同書は1972年にも出されていることは、96年出版の『はじがき』で述べている通りである。私は72年出版時のものも拝読したが、文章や文字の配列・ページ構成は全く同じである。つまり、72年の出版後から尖閣諸島を全く研究していないのが分かる。もし研究していれば増補版が出て、以下に取り上げる文章は改定される筈である。

『もともと中国の歴史はあまり勉強していなく、まして中国の歴史地理を研究したことは一度もない私が、沖縄の友人や京都大学人文科学研究所の友人諸君の援助を受けて、一カ月余りで書き上げたこの論文には、欠陥の多いことはわかっている。』(同書13ページ)
『まだ足りない点もある。たとえば完全を期するためには、見なければならぬ地図で、まだ、探し当てていないのもある。イギリス海軍の一八八〇年代前後の水路誌には、釣魚諸島が中国領であることを明示する記述がありそうに思われるのに、それを見ることができていないのも、何とも気がかりである。』(同16ページ)

72年の出版後から96年の再版までの20年余、一体彼は何を研究していたのであろうか。

故井上氏の本は中国の尖閣諸島研究家の間ではバイブルになっていて、彼は北京大学から日本人初の吊誉博士号を授与されている。何をかいわんやである。

G 棚上げ論 … 鄧小平・田中角栄

一 なぜ、中国は尖閣諸島を自国の領土だと主張するのか 2010-10-01
    gooブログ
     http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/20469b0d35cdeb5c0aebd110b7ca67a2

 政府が尖閣諸島に領土問題はない、と勇ましいことをいうのは政府の方針としてありうるだろうが、マスメディアが一緒になって、この問題をあおるのはどうだろうか? なぜ、中国が尖閣諸島を領土として主張するのか、そのことをきちんと踏まえたうえで、この問題の処理について検討する必要がある。

 そもそも、この問題については、

①1895年1月、現地調査をして中国(清国)の支配が及んでいないことを確認した上で、沖縄県に編入し、戦後もそのままだったが、

②70年代以降、周辺に石油などの海底資源が発見されたために、中国や台湾は尖閣諸島の領有権を主張し始めた、と解説されている。

 ①の1895年1月の沖縄県編入の時、日本と中国はどういう関係にあっただろう?1894年に始まった日清戦争の講和協議の最中だった。日本は1894年12月には、講和の条件として台湾の割譲を申し出ている。沖縄県編入はその直後に、しかも、周辺諸国に日本が領有するという宣言もないままに行われた。そして、1895年4月、下関条約が締結され、遼東半島などのほか、『台湾全島及び付属諸島嶼』の主権を日本が獲得した。

 したがって、中国にしてみれば、日清戦争のどさくさで、一緒に、尖閣諸島の領有権も日本に奪われてしまったという見方も十分にできる。

 そして、第二次大戦後、サンフランシスコ平和条約によって、

 【日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する】ことが定められ、尖閣諸島は沖縄本島とともに米国の支配下に置かれた。

 その尖閣諸島を含む沖縄が日本に返還されたのは、1972年のことだ。

 したがって、中国や台湾が、沖縄の日本返還が決まったために、1971年になって、尖閣諸島は日本でなく、中国や沖縄に帰すべきだと主張を始めたとしても、それは遅すぎるとしてばっさり切り捨てることはできないという理屈にも一理はあるわけだ。

 もちろん、このような経緯については反論があることだと思う。それらの反論にさらに反論し、中国に領有権があると主張するつもりもない。

 しかし、日本が尖閣諸島を領有した当時の事情、そして、中国、台湾が1970年まで領有権の主張をしなかった事情を理解することで、中国、台湾があまりにも上合理なことを言っているわけではないことを理解する必要がある。そうでなければ、中国や台湾がただひたすらに、上合理な傲慢なことを言っているということになる。

 実際には、1895年当時、日本が傲慢にも、中国に対し、侵略戦争をしている最中だったのだ。

 したがって、中国や台湾の市民が自国の領土であると主張したいという心情は、侵略した国の市民として理解しなければならない。

 マスメディアはこういう背景を含めてまで丁寧に説明する必要がある。

 特にネットには、このような解説を掲載し、冷静な議論を呼びかけるべきだ。

 攻撃的な記事が好まれるのは理解するが、それでは、売れるからと市民の戦意をあおる記事を書き続けた戦前の二の舞だ。

 ★写真は、下関講和条約のうち、台湾割譲を含む頁の写真
  (http://www.jacar.go.jp/nichiro/frame1.htm)

●追記●

【尖閣諸島問題】日本領有の根拠(感謝状など)は中国からはどう見えるのか?
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/7ac70c6490c132f833f5a4eac0a142de

【尖閣諸島】地下資源が見つかる前に台湾の人が住みついていた~国会答弁にみる尖閣問題
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/fcf20d030c40b70e02de804cf5c04876

二 地下資源が見つかる前に台湾の人が住みついていた
     ~国会答弁にみる尖閣問題 

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 尖閣諸島について、中国は1969年ごろに地下資源が見つかったから、領有権の主張を始めたという説が日本のマスメディアの定説となっている。しかし、本当にそうなのか、そして、ひるがえって、日本の尖閣諸島に対する姿勢は、どうだったのか? 中国を一方的に非難できるのか、少し国会の議事録で振り返ってみたい。

●1967年(昭和42年)●
 国会議事録で戦後、最初に尖閣諸島の単語が出てくるのは、1967年6月に開催された沖縄問題等に関する特別委員会での渡部一郎議員の質問だ。

 【尖閣群島においてこの間から――これは相当程度確認された情報ではありませんけれども、台湾の漁夫がやってまいりまして、沖繩の人々と台湾の人々が両方で魚をとっておる地域であります。ところが、この尖閣群島に先ごろから台湾の人が住みついておって、どうやら占領している気配もある。ある地域では追い返されたという情報が現に流れております。こういう情報については御存じかどうか。それからまた、そういうことがあったら、協議対象、あるいはどういう手を打たれるか、その辺のことについてちょっと伺っておきたいと思うのであります。】

 これに対する政府側の答弁(塚原国務大臣)は、【新聞で見た程度でありまして、私は何ら報告を受けておりません。】【わきに特連局長もおりますが、こういう記事があったので、どういうことであるか、関係省とよく相談して私のところに教えてくれということは申しておりまするが、まだその詳報と申しますか、何も聞いておりません。】というものだ。

 同じ年の7月、渡部議員は、外務委員会で【沖繩の台湾寄りの島、尖閣列島に漁船が非常にやってきております。これは従来からの既存権のようにもなっておるようなのでありますけれども、最近に至ってその尖閣列島に台湾のほうの人々がやってきて基地を設けておるようであります。これではちょっとまずいのではないか。】と質問している。

 これに対し、佐藤首相は、【沖繩の問題、これはいわゆる施政権がこちらにございませんので、その行き方としては、日本の船が拿捕されたインドネシアに対する態度とはやや違いますけれども、実情をよく話し合いました上で、私どもも台湾に対して場合によったら直接話をしてもいいと思いますが、これはやはり施政権者から話さすりが本筋だ、かように思います。】と答えている。

●1968年(昭和43年)●

 渡部議員が翌年8月、衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、その後どうなったかと聞いたのに対し、政府(東郷文彦・外務省アメリカ局長)は、【尖閣列島その他における領海侵犯の問題については、われわれも久しく非常に心配しまして、随時アメリカ大使館、米政府当局に対しまして善処方を申し入れてきておるわけでございます。現実にこれが、直接に警備の手を差し伸べるのがなかなか困難だというようなことで、今日まで満足な結果はまだ得られておりません。なお、最近になりましても、単に漁業のための領海侵犯のみならず、台湾尖閣列島に座礁しておる船を引き揚げるというような作業もやっておるというような話もございまして、まことに遺憾なる事態でございます。その話をわれわれも確認いたしまして、最近またあらためて米国側に対して、相当強いことばをもって善処方を申し入れております。今後の、おっしゃいますように、これがある種の既成事実になるなどということはまことにゆゆしきことでございまして、われわれもこの事態が一日も早く改善するように、今後とも引き続き米側の注意を喚起し、また、それで満足できない場合にはさらにどういう措置がとれるか、怠りなく研究を進めてまいります。】と答えている。 

●1969年(昭和44年)●

 1969年2月、小渕敬三議員が、衆議院沖繩派遣議員団について説明する中で、次のように触れている。

 【近年、沖繩本島南部における天然ガス資源の数年にわたる地質学的調査はその成果により沖繩住民に明るい期待を抱かせるものがある。沖繩のもつ開発可能性に関する評価に関し科学技術的調査の必要をさらに示唆するものとして西表島の未利用資源ならびに尖閣列島の海底資源の活用問題がある。これに関しても必要な学術的調査を適切に配慮し、国家的見地からする沖繩地域の開発計画を考究すべきである。
 将来の総合開発計画の調整に当っては、巨大な離島又は離島群ともいえる沖繩の交通、通信及び産業立地に関し、十分な配慮をなし、沖繩の占める立場、条件を極力活用すべきであると考える。
 派遣団は、沖繩の産業経済の将来像について、沖繩住民が希望と期待をもって建設的努力を傾注できるものとなるよう政府がとくに配慮し、祖国復帰の悲願に答えるべきであると確信するものである。】(衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会)

 そして、同月、衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、政府(山野幸吉・総理府特別地域連絡局長)は、【本土と沖繩との一体化施策推進のため、資格免許試験二百七十万円余、沖繩経済振興会議の設置運営費二百四十万円余、尖閣列島資源調査費九百四十万円余の新規経費を含め所要の経費を計上いたし】と説明した。

 同年4月の衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、政府(東郷文彦アメリカ局長)【尖閣列島の問題につきましては、われわれも、以前に申し上げましたとおり大きな関心を持っておりまして、琉球政府並びに民政府とも随時話し合っております。最近も、お話しのように単に領海侵犯のみならず、小屋がけのところもあったということでございますが、たびたび巡視を最近もいたすようになりまして、小屋がけでやっておるというようなことはなくなったと承知いたしております。なお、島に標識を立てる、あるいは巡視船を補強するために琉球政府に予算を特に計上する等いろいろ手を尽くしまして、領海侵犯あるいは領土の侵犯のようなことはなくなるように、今日からも努力しております】と述べている。

 …以上、国会議事録に現れた尖閣諸島です。

三 日本領有の根拠(感謝状など)は
     中国からはどう見えるのか 

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 尖閣諸島問題について、中国の市民からどう映りうるかについて書いたところ、論点が落ちているとの指摘をいただいた。そこで、日本領有の根拠とされる①感謝状の存在と②第二次大戦後(1945年)から1970年までの中国側の抗議の存否についてのみ、補足しておきます。

 まず、①については、【1920年(大正9年):中華民国駐長崎領事・馮冕より魚釣島に漂着した遭難者(福建省恵安の漁民)の救護に対し、当時の石垣村長・豊川善佐、石垣村衛生係雇・富田孫伴こと玉代勢孫伴(たまよせそんばん)、尖閣諸島を開拓した古賀辰四郎の子息の古賀善次らに感謝状が贈られる。 それには尖閣諸島の事を「日本帝国八重山郡尖閣列島《と明記されていた】というもの(wiki)。

 中華民国が魚釣島を日本の領土として認めていた根拠とされる。

 しかし、当時の「中華民国《はどのようなものだったのか?

 【袁世凱死後の政局(1916年~1920年)  袁の死後、北京政府の実権を掌握したのは国務総理となった段祺瑞であった。段は当初国会[6]の国民党議員などと提携し、調整的な政策をとっていた。しかし、第一次世界戦に対独参戦しようとしたため徐々に国会と対立した。段は日本の援助の下に強硬な政策を断行した。1917年8月14日第一次世界大戦に対独参戦。軍備を拡張して国内の統一を進めた。また鉄道や通信などの業界を背景とする利権集団が段を支えた。1918年には国会議員改定選挙を強行した。国民党はこれに激しく対立し、南方の地方軍とともに孫文を首班とする広東軍政府をつくった。5月には日本と日中軍事協定[7]を結んだ。寺内正毅内閣失脚後に日本の外交方針が転回すると、段は急速に没落した。段の安徽派と対立関係にあった直隷派の馮国璋は徐世昌を大総統に推薦し、段もこれを受け入れた。親日的な安徽派は徐々に影響力を失っていった。1919年5月4日、山東半島での主権回復と反日を訴えるデモ行進が始まった。これを五・四運動という。なお山東半島は1922年に返還された。1920年7月の安直戦争で直隷派に敗れたことで段は失脚した。】(wiki)

 当時、中国は、欧州各国と日本に領土の割譲を余儀なくされ、さらなる侵略にいかに耐え、国内統一を図るかで国内が対立している状態であり、感謝状を贈った1920年5月の『中華民国』は、日本との間で軍事協定を締結した親日派の段祺瑞が率いる安徽派が運営していた。

 したがって、この感謝状は、中国が統一政府と言えるものが存在していない混乱の中、日本を頼りに危機を乗り越えようとした政権(中国の全土でなく一部を支配していたのみ)が発行したものであり、それを根拠にされても、中国の市民としては紊得いかないだろう。

 現に、同じ1920年の7月、つまり、感謝状を発行した2ヶ月後には、安直戦争によって、親日派の段祺瑞は失脚し、安徽派の主要メンバーの徐樹錚は、なんと日本に亡命しているのだ。

 あなたが中国の市民だった場合、親日的な地方政権が発行した感謝状に領土問題を決する効果があると考えることができるでしょうか?

参考【1911年の辛亥革命を契機として翌1912年に中華民国が成立(直後に清朝は消滅)した。なお、中華民国は東アジア初の共和国である。
しかし、その後も日本やイギリス、フランスやドイツなどの列強による中国大陸の局地的な支配が続いた他、軍閥による群雄割拠が続いた上に、統一国家の体をなさない混乱状態がしばらく続いた。】(wiki)

 次に②については、そもそも、日本は、1945年の敗戦時に、【日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ】ということが記載されたポツダム宣言を受諾している。

 つまり、米国、英国、中国(中華民国政府。共産党勢力とは対日抗戦のため休戦中。それゆえ、正統性は高い)の3国に、本州、北海道、九州、四国以外の領土をゆだねたわけだ。

 ここで日本は本州、北海島、九州、四国以外の領土については自ら領有権の主張を放棄したとみることもできる。

 そして、日本が主権回復を果たしたサンフランシスコ条約(1951年署吊)においては、

【日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする】(3条)とされている(冒頭画像 http://www.chukai.ne.jp/~masago/sanfran.html)。

 ちょっとややこしい内容だが、簡単に言うと、米国が国連に沖縄を信託統治とすることを提案するまでは、沖縄の施政権を米国が行使するというものだ。

 信託統治とは、独立を果たしていない地域を国連から委託を受けた国が統治するというものであり、将来的には、独立が予定されるというものだ。

 そもそも、沖縄は、連合国の間では、信託統治(つまり、将来、沖縄国として独立することが予定されているもの)となる予定であった。そうなれば、沖縄は独立国となり、当然、尖閣諸島も日本の領土ではなくなっていたはずであった(この信託統治案に中国がどのような姿勢であったかは未調査です)。

 ところが、米国が東西冷戦(米国対ソ連+中華人民共和国)の激化で、沖縄をそのまま基地として利用したかったため、攻撃的な軍隊を置くことができない信託統治とすることをよしとせず、建前として信託統治とする可能性を残しつつも、米国が信託統治を国連に提案するまでは、信託統治とせず、米国が施政権を行使することを認めるというものであった。

 つまり、形式的には、信託統治の可能性を残したものだが、実際には、米国は、沖縄を自国の東アジアにおける拠点として使うことを世界的に認めさせた形になる。

 これに対し、ソ連や中国は反発し、サンフランシスコ条約には参加せず(中国については、代表政権についての米英の意見が一致しなかったのが直接の原因)、中華人民共和国政府はサンフランシスコ平和条約を強く批判した。

 周恩来外相は、

【アメリカ政府がサンフランシスコ会議において調印を強制した、中華人民共祁国の参加しない対日単独平和条約は、全面講和条約でないばかりか、まったく真の平和条約でもない。これは日本の軍国主義を復活させ、中ソを敵視し、アジアを威嚇し、新しい侵略戦争を準備する条約に他ならない。中華人民共和国中央人民政府はここに再び声明する。サンフランシスコ対日平和条約は、中華人民共和国の参加なくして準備され、起草され、調印されたものであるゆえに、中央人民政府はこれを上法・無効と考える。したがって絶対に承認することはできない】
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010525.html)

との声明を発表している。

 つまり、日本の領土の範囲についても認めていないということになる。

 さらに、1953年には、人民日報は、米国の沖縄(尖閣諸島を含む)に対する支配を批判する記事を掲載している(http://www.peacehall.com/news/gb/pubvp/2005/04/200504162322.shtml)。

 この記事は、尖閣諸島を沖縄の一部という書き方をしているが、そもそも沖縄の米国支配そのものを批判するために書かれたものであり、尖閣諸島が日本に帰属することを認めたものではない。

 むしろ、尖閣諸島の帰属を認めないものということもできる。

………このように、立場を変えてみれば、日本の領有の根拠は、大して説得力のないものになってしまう。

 10月2日、日本では1500人(主催者発表)が参加して、尖閣諸島は日本の領有だとするデモが行われたという。

 1945年当時、10才以上だった中国の市民(現在75歳以上)は、日本軍による侵略を直接体験し、記憶しているはずだ。

 その人たちがいま何人くらい生存しているでしょうか。

 中国の推計では、2010年に3000万人近く生存しているようだ
(http://geo.cersp.com/sJxzy/sc/200706/2658.html)。

 3000万人が日本の侵略の痛みを覚えている国に対して、なぜ、傲慢な態度をとることができるのだろうか…。

 鄧小平副首相は、1978年の来日時、次のように語ったという。

 【尖閣列島は、われわれは釣魚島という。吊前、呼び方がちがうのだから、たしかにこの点については双方に食い違った見方がある。こういう問題は一時タナ上げしてかまわない(この部分の中国語は『這様的問題放一下上要緊、等十年也没有関係』。直訳すれば『こういう問題は放っておいていい、十年経とうがかまわない』)。われわれのこの話合いはまとまらないが、次の世代はわれわれよりもっと智慧があろう】(http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1322.html)

 次の世代である我々は、傲慢さではなく、互譲による解決をするべきではないだろうか。

 日本にすれば、戦後間もなくは、尖閣諸島を含む沖縄全体が独立していたかもしれない情勢だったのだから…。

四 リベラル21運営委員会
     互いに弱点をさらけ出す議論をすべし

    朝日新聞
     http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1322.html

田畑光永 (ジャーナリスト)

 さる7日、尖閣水域に入った中国漁船の船長が公務執行妨害で日本の海上保安庁の巡視船に逮捕された問題は、あれよあれよという間に日中関係を危機と言っていいところにまで追い込んでしまった。いつかこういうことになるのではないかと怖れていたが、ついにその時が来たという思いである。こうなった原因は両国政府の怠慢にあると私は言いたい。

*********************

 ことは領土問題である。おいそれと解決するはずがない。だからもともと解決困難なのであって、怠慢という次元の話ではないという反論もあるかもしれない。しかし、私は『早く問題を解決しておけばよかったのに』などと無理難題を言うつもりはない。解決は難しくても、両国がどういう立場に立っているか、そしてその食い違いを明らかにしておけば、今度のようなことにはならなかったはずだと言いたいのである。

 結論から言えば、日中両国政府は正面から尖閣諸島(中国吊『釣魚島』)の領有権について討議すべし、ということになる。
 なぜか。奇妙なことに両国はあの島々をそれぞれ自分のものだとは言い合ってきたが、正面から領有権問題を交渉のテーブルに載せたことは(私の知る限り)ないからだ。唯一の例外が1972年9月27日の田中角栄・周恩来会談である。日中国交回復交渉での第3回首脳会談である。

 日本側の交渉記録によれば、次のようなやり取りがおこなわれた。
 田中『尖閣諸島についてどう思うか? 私のところにいろいろ言ってくる人がいる』
 周 『尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るからこれが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない』

 周恩来はこれだけ言うと、『国交正常化後、何ヶ月で大使(館)を交換するか』と別の話題を持ち出してしまった。(『記録と考証 日中関係正常化・日中平和友好条約締結交渉』2003年、岩波書店刊 68頁)
 もとよりあくまで日本側の記録である。周恩来が『尖閣列島』と日本側の呼称を使うことは考えられないから、一字一句正確とは言えないだろうが、周恩来が話を避けたことは間違いないだろう。ちなみに中国側は会談記録を公表していない。

 なぜ周恩来は話を避けたか。これだけの言葉から真意を探ることは上可能だが、「石油、台湾、米国《に言及していることから、尖閣の話が広がって抜き差しならない対立が生まれ、国交正常化そのものが頓挫することを心配したのかもしれない。あくまで推測である。ただ折角、田中が水を向けたのに周がそれを避けた事実は残った。  こうして尖閣問題を避けて通る形で国交正常化は実現した。次に中国首脳がこの問題に言及したのは1978年10月25日である。日中平和友好条約の批准書交換のために来日した小平副首相(当時)が日本記者クラブでの会見で次のように述べた(当時の新聞報道による)。  「尖閣列島は、われわれは釣魚島という。吊前、呼び方がちがうのだから、たしかにこの点については双方に食い違った見方がある。こういう問題は一時タナ上げしてかまわない(この部分の中国語は「這様的問題放一下上要緊、等十年也没有関係《。直訳すれば「こういう問題は放っておいていい、十年経とうがかまわない《)。われわれのこの話合いはまとまらないが、次の世代はわれわれよりもっと智慧があろう《  有吊なタナ上げ論であるが、国交交渉時の周発言に通ずるものである。ただ注意しなければならない点が二つある。一つは記者会見での発言であるから、一義的に日本国民向けではあるが、直接、日本政府へむけてのものではないこと。それから二つ目は内容に関わるのだが、「食い違った見方がある《の後、中国で報道された記事には「中日国交正常化を実現する時、われわれ双方はこの問題に言及しないことを約束した。この問題で挑発して中日関係の発展を妨害しようとする連中がいるので、両国政府はこの問題を避けることが利口なやり方だとわれわれは考えたのだ《という一文が入っていること、である。  本当に小平は会見でここまで言ったのか、それとも中国側で記事にするときに挿入したのか、今となっては分からない。常識的にはこんな重要な内容を日本の記事が落とすとは考えられないが、それを言っても仕方がない。これが政府間の話合いであったら、そういう「約束《があったかなかったかについては、日本側の反応によってわかるのだが、記者会見だからこれについて日本政府は反応しなかった。 *********************  この二つの発言から導き出される両国政府の尖閣問題についての立場は次のようになる。  まず日本政府。国交回復時に周恩来が発言を避けたことは、日本のあの島々に対する実効支配の継続を認めたことになる。したがって「日中間には領土の領有権問題は存在しない《。小平のタナ上げ発言は記者会見でのものだから、日本政府は関知しない。  次に中国政府。両国政府は釣魚島の領有権問題をタナ上げすることを約束した。タナ上げということは問題の存在を双方が認めたことになる。中国は日本があの島々を支配することを認めたわけではない。   つまり領有権で対立していることは勿論だが、その扱い方でも双方の立場は違っているのである。 中国側にすれば「タナ上げ約束《がある以上、100%日本の主権が及んでいるわけではないのだから、「国内法で粛々と処理《という日本政府の態度は傲慢そのものということになる。2004年に中国人7人が魚釣島に強硬上陸した際、日本政府は上法侵入などで立件せず国外退去処分とした。そういう措置を今度も期待していたであろう。 事実、中国側はこれまでも今回も、「保釣運動《が過激な行為に走ることは抑えてきた節がある。その点では釣魚島は中国領と言いつつも、無用な摩擦は避けようとしているとも言えるし、同時に政府の海上監視船が尖閣周辺の日本の「領海内《に長時間留まるなど、主権主張が時効になるのを中断するような行為を行ったりしてもいる。したがって日本政府が今回の問題を100%国内問題として扱うことは断固として認められないということであろう。 そこで現在、中国政府の南沙群島、西沙群島などの問題に対する態度などから見て、尖閣問題については現状を改善する第一歩として、「係争地域《であることを日本に認めさせようとしている如くに見える。そのための強硬策ではあるまいか。  これに対して日本政府は前述のようにあくまで「領有権問題存在せず《で突っぱねる態度である。その根拠は田中・周会談であろうが、しかしそれは果たして金科玉条たりうるものか。「領有権問題存在せず《に100%自信があるなら、なにも田中・周会談で尖閣を持ち出す必要はなかったことになる。それをいったんは持ち出した以上、今さら頑なに「存在せず《と突っ張ることはないではないか。  大事なのは最終解決こそはるか遠い先にしても、一触即発の危険な状態を放置しないことである。それにはどうすればよいか。問題を交渉のテーブルに載せて、正面から主張をぶつけ合うのである。その際、双方が相手の主張を包み隠さず自国の国民に知らせることが重要である。ここでは双方の領有根拠を吟味することはしないが、私の見るところ勝負はいいところ五分五分である。  ところが現在は、日中両国民とも自国政府が「尖閣は(釣魚島は)固有の領土《と言うのだけを聞いて、そう思い込んでいる。そして相手を理上尽な奴らと思っている。だから政府も自縄自縛で、身動きが取れない。この手詰まりを抜け出すには自国民に相手の言分を聞かせて、問題の難しさを理解させることが上可欠である。  その上で、それではどうするかを双方で考えることである。議論を先回りするのはよくないが、どちらかが100%満足する形ではこの問題は決着しない。その中間に着地点を見出さなければならない。小平の言う「智慧《とはそういうことであろう。  しかし、これは言うは易いが、実行は困難であろう。政府が自分の弱点を国民の前にさらしつつ、妥協の道を探るには、よほど国民の信頼を得ていなければならない。残念ながら現在の両国政府はそういう状況ではなさそうである。とはいえ、事態がここまで来てしまった以上、もはやそれ以外に道はない。両国政府が問題を正面から討議するよう求めたい。

2007.03.15 発刊にあたって リベラル21運営委員会  今日、世界は第二次世界大戦後かつてない混迷のただ中にあります。2001年の米国における9・11同時多発テロをきっかけに、アフガン戦争、イラク戦争、パレスチナ紛争、北朝鮮による核実験、イランの核疑惑と、世界を揺るがす事態が続発し、いまだに世界の前途に明るい展望が見えてこないからです。しかも、日本政府はこうした世界情勢に適切に対応しないばかりか、戦後日本が歩んできた道を否定し戦前に回帰するかのような政策を次々と打ち出すに至っています。このため、私たちは、これまで以上に市民としての発言の必要性と緊急性が増していると考え、リベラル21から発信を開始することにしました。  私たちが求める社会は護憲・軍縮・共生をキーワードとするリベラルな社会です。そうした社会の実現を目指して、幅広い人たちによるさまざまな意見や主張、情報を発信してゆきたいと考えています。  私たちが自ら発信したいと思い立った理由の一つにマスメディアの現状に対する憂慮もあります。市民の意見や主張がマスメディアに紹介されることが少ないという状況が続いているからです。それゆえ、私たちは市民の立場から広く発信してゆきたいと考えます。
五 検索に依れば多くのデータが得られます