介護8

 

 

 

 

 

 

    その8

 

岸辺マツ

明治三十八年生まれ

夫、長男、次男を亡くして、一人暮らし・ ・ ・

近くに亡兄の長男あきら(私、昭和七年生まれ)が住んでいる。 

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(平成17年前半)

 

 

2005年1 平成17年

 

穏やかな元旦で、退蔵と礼子は十時ごろマツの家を訪問した。

枕元で、

「おめでとうございます。」

と声をかけると、

「ああ、よう寝てたわ。」

とマツは機嫌よく起きてきた。家から持参した雑煮とおせちで正月を祝ってもらう。白味噌の汁がおいしかったのか、三杯半もお代わりした。体調がよかったら昼から花札をする約束をして、一旦家に戻る。 

 

礼子が昼からマツに電話してみたが、とても眠そうなので花札は後日ということになった。夕食は、おせちと柔らかいご飯とお造り、蛤のおつゆを作った。すみ子(退蔵の次女)が来たので、三人でマツのうちに出かける。礼子が台所で働いている間、居間からアッハッハッハと嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

「明けましておめでとうございます。」

ヘルパーが挨拶しながら入っていくと、マツはベッドに座り、女子駅伝を見ていた。礼子の用意しておいたお雑煮、「おいしい、おいしい」と三杯食べた。おせちのお重を膝に、マツはしばらく眺めていた。

「どれにしよう?」

と迷っていた。

「これどうですか?」

と「う巻き玉子」を勧めたが、あまり食が進んでいない。

「寝てばっかりしてるんやからな。」 

味噌汁全部と、ご飯は五分の一膳ほどで満腹と言った。

「もう入りません。ありがとう。なんにもはいらへん。」

イチゴ二個をお砂糖を付けて食べた。

退蔵が年始にいつも自分の創作した折り紙のミニ色紙をヘルパーに持って帰ってもらっているが、今年は「鶏とひよこ」の色紙を作った。毎年それを楽しみにしてくれているヘルパーもいた。  

 

冷蔵庫を開けてマツはお重を出しつつあった。

「ああよかった、来てくれて。お腹が空いたさかい何か食べよ思て・・・」

ヘルパーが急いでお重を寝室に運び、お餅を細かく切っておじやを作った。昨夕あまり食べてなかったのと、排便があったのとで、お腹が空いたのだと思う。おじやは完食。おせちも大分減った。

観世流小謡集が枕元にあり、上機嫌のマツが一声聞かせてくれた。実はヘルパーも少し習っていたので解るらしいのだが、マツはなかなか渋い声で、年期が入っているようだ。とても百歳とは思えない。

 

「頭が痒い。」

マツはベッドに座って頭を掻いていた。ヘルパーが軽くドライシャンプーをすると、

「気持ちええなあ。」

とニッコリした。

「お願い事」として、メモに「白味噌でお餅が食べたい」と書いてあったので、ヘルパーが、はまぐり、豆腐、お餅を入れて、白味噌でお雑煮を作って出した。

「おいしい!」

とお替りをした。 

お重のおせち、もう傷んでいたので処分する。

 

お正月の飾り一杯の部屋で、ヘルパーが福々しいマツの笑顔と対面。

「明けましておめでとうございます。」 

肩当ても新しくなり、小柄なマツによく似合っていた。食欲もあり、礼子が届けたカリン糖を口一杯に頬張り、

「ああ甘いなあ。おいしいわ。」

と幸せそうな顔。 

 

ヘルパーとの話の間中マツはずっと笑い続けていた。たいへんご機嫌で、「笑う門に福来る。」と自分でも言った。

夕食はきつねうどん。おかゆは完食した。焼き鮭、なす煮は手付かず、五目豆を少々摘んだ。おうどんは大好きなようだ。

 

お腹が空いていたようで、自分でかきフライ一と切れと千枚漬けをベッドの傍に置いていざ食べようとしていた。

「なんか食べたい思てなあ。」

と言っている。

「すぐ用意しますね。」

とヘルパーが答えると、

「ありがとう。」とニッコリした。

「味噌汁と、千枚漬けおいしかった。

 

ヘルパー訪問時マツは起きてテレビを見ていた。朝食の後、すりおろしリンゴ二分の一個、みかんも食べ、元気に過ごしていた。

礼子が来て、お正月の飾りなどを片付けて行った。

 

訪問時、マツは布団の中に頭までスッポリ入り、

「寒いねん、ああよかった。待ってたえ。」

暖房をすぐ点けたが、

「布団の中でも寒いねん。」 

羽毛布団の上に毛布を掛けないと羽毛は暖かくならないのだが、今のマツには毛布まできちんと整えて寝るのは無理なようだ。そこでヘルパーは毛布で足元を包んでみた。実際、

「ああ暖こうなった。」

と言った。

しかししばらくすると、せっかくヘルパーが留めてくれた毛布が、

「重たい、しんどい。」

とのことである。

 

ベッドに座ってマツはテレビを見ていた。ヘルパーの訪問をニコニコと笑顔で迎えた。

「外は寒いですよ!」

とヘルパーが自分の手をマツのほっぺに少し当てると、

「ひゃあ。ストーブに当たってぇ。冷たい手ぇして・・・」

とびっくりしている。

「ぬくもってからでええで。」

とマツは気遣いしていた。

最近のマツは、今まで食べいた少し固い目の物が食べにくそうになっている。大き目のじゃこが固いようだったのと、わかさぎの煮たのも駄目と分かった。

 

長い間髪の毛を洗っておらず、少しぎしぎしししていたので、看護師がベッド上でシャンプーしてくれた。

「つるつるになった。ああよかった。」

ストーブですぐに髪の毛も乾いた。

しかし久し振りに、「お父さん助けて」という言葉が出た。そして、

「横になりたい。しんどいから。」

と言い出した。 

 

今日は大変気丈な様子で、

「私は幸せや。」

と言った。阪神淡路大震災十年の行事を見て、

「あんたも、その時分はもっと若かったやろ?」

「岸辺さんも若かったでしょう!」

「そら十年分若かった。」

とおかしそうに笑っていた。食後、カリントウをおいしそうに食べた。 

 

ぐっすり寝たようだが、今朝は軟便、下痢ぎみの便が多量に出ている。お腹は痛くないとのことだが、いつもより少し元気がないように思う。食事はいつもどおり摂っている。でも笑顔が少ないようだ。

看護師の診立てでも、マツのお腹の痛みはなく、腸の動きも問題なかったので、下痢はすぐに治まるだろうとのこと。

 

ヘルパーが訪問すると台所から悪臭がする。流しの排水溝は漂白剤で消毒したが、臭いは取れない。パイプマンを買って来て退室前に溝に流し入れておく。

裏庭の寒椿がとてもきれいだったので、マツに断り、ヘルパーが一枝手折って部屋に生けた。

「きれいですね。」

「きれいやなあ。・・・ありがとう。」 

 

(夕方のヘルパーさん)

礼子が、電気毛布のスイッチの入れ方をマツに説明に来たが、食事中だったためマツはあまりよく理解できなかったようだ。食後にもう一度ヘルパーから説明するとなんとか分かったようだった。

「やっているうちにポチポチ分かるやろ。」

 

朝、マツは起きて氷を食べていた。

「お腹空いたわ。」

ヘルパーがすぐに朝食を準備して出すと、

「ほんまお腹空いてたんや。よかった。」

と嬉しそうに食べていた。食欲はあるが、独り言も多い。

食後、カリントウを出すと、目を輝かせてしゃぶっている。

 

「色々事件や事故が多いなあ。」

新聞を読みながら独り言。右の腰骨のあたりが少し赤くなっていた。横を向いて同じ態勢でいるせいだろう。少し痛いとも言っている。

 

マツはベッドで横になったままの状態で、急須の口からお茶を飲んでいた。

「起きるのじゃまくさいねん。」

体が重いのかもしれない。でもなかなか上手にこぼさず飲んでいた。

ヘルパーがベッド周りをコロコロで掃除をしながら、

「マツさん、カリントウを寝たままで食べたでしょう?」

「ああ分かるか?悪いことは出来ひんなあ。ばれるなあ。」

マツがお腹の底から大笑い。

 

マツは起きて財布を開いて見ていた。

「よう来てくれた。」

とヘルパーを振り返り、すぐにPTを使い、清拭後食事する。

突然、「お父さん助けて。」と独り言が口を突いた。

いつもマツは枕元でお金を包むことを考えている。必ずヘルパーの帰り際には、

「もらって。」

と頼むのだ。断ると、

「ほな、預かっとくわ。」

一人になるとまた独り言。

「ああしんど。」 

 

夕方、マツはぐっすり眠っていた。ヘルパーはストーブを点け、マツに声掛けして起こし、部屋が暖まるまで膝掛けをしておいた。

焼き鯖を眺めて、

「おいしそうやなあ。」

と目を輝かせ、しばらくがんばって食べていたが、

「もうはいらん。ごちそうさま。」

みかんを勧めると、

「ああもらうわ。ああおいしかった。ありがとう。」

 

不整脈があったが、マツに自覚症状はない。

上半身かさつきあり、看護師が清拭後ベビーオイル塗布した。

そのあとマツはテレビの時代劇を楽しそうに見ていた。

 

夕方、退蔵がゴミ出しに来て、ついでにマツの部屋のカレンダーをめくって行った。

「叔母さん、二月は何があるの?」

と退蔵がマツに尋ねた。マツは、

「わての誕生日や。」

と即答。まだまだしっかりしている。

テレビ欄にもチェックが入って、

「たのしいことばっかり。」

 

 

 

2005年2 平成17年

 

 

外ははかなり寒く、風もきついが、マツの部屋はそれほど寒くないようで、マツはそれなりに快適に過ごしていた。

洗浄時、お腹付近の皮が薄皮のようにポロポロめくれている。ヘルパーはベビーオイルを薄く塗っておいた。カサカサしているが痒みはないようだ。

「甘納豆を買ってきてください。」とメモがマツの枕元に置いてあった。 

 

礼子が来て、庭のカーテンを開けると、そこは雪景色だった。

「叔母さん、ほれ!雪が積もってる!」

「ほんまや!きれいやなあ。」

二人でしばらく庭の木々に積もった雪を見ていた。甘納豆も礼子が買って持ってきた。

節分ということで、ヘルパーが鰯の焼いたのを出すと、マツはとても喜んで、ていねいに骨を取って食べていた。ご飯のお替りも少しする。

 

看護師が訪問時マツはベッドに座って、

「お父さん、助けてー。」

と独り言。しかし、看護師が声を掛けると、パッと表情が明るくなり、

「待ってたんえ。」

と喜んだ。

今日も不整脈があった。胸部症状は特にない。

 

礼子がお雛様を持って来た。部屋が春になった。

マツの百歳の誕生日だった。

近所の方も来て、しばし大賑わい。マツの頬に涙が見られた。

電報もたくさん来ている。

「ぎょうさん人形さん並んだ。」

「お花もきれい・・・。ああきれい・・・」

「ありがとう。ありがとう。」

「長生きさせてもろて・・・」

感激の言葉が続いている。 

 

叔母の百歳の誕生日なので、礼子は朝十時ごろ退蔵と共にお祝いのお花を持ってマツを訪ねた。すでに朝のヘルパーが来ていて掃除機を掛けてくれていた。マツの友達三人がお花を持って祝いに来てくれた。

久し振りに昼から花札を三人で「十二ヵ月」した。夜は仕出屋から鯛の塩焼きと幕の内弁当が届き、マツは大喜び。

 

夕方、ヘルパーがやって来た時、マツはようやく目が覚めたとこだった。

「ああ、居眠ってしもた。」

と、すぐに起きてきた。

仕出屋から届いた祝いの膳をヘルパーが持って行くと、

「まあ、こんなごちそうしてもろて、ありがとう。」

と手を合わせた。

「満百歳・・・」と何度もつぶやき、「びっくりしてんねん。なんや夢見てるみたい。へえー。ありがとう。」

周囲のお祝いの花や人形を愛でながら、食事していた。

「とても食べられへん。・・・なんとおいしいなあ。ごちそうやなあ。もう見ただけでお腹ふくれてくる。とてもはいらへん。」

マツがとても感激しているようにヘルパーに感じられた。

「もうはいりません。・・・こんでごちそうさま。もうお腹いっぱいや。」

最後の方に、

「お父さん助けて・・・」

それでもまだ、

「わてはお魚が好きやねん。」

と祝い鯛にも箸を付けていた。

 

昼前にケアマネージャーから退蔵に電話があり、一時頃看護師たち数名でマツのお祝いに伺うとのこと。急いで夫婦がマツのところへ行ったら、彼女はまだぐっすり寝ていた。すぐにマツに起きてもらって、礼子がカーデガンを着せスカートを履かせる。

「なにがあるねん?」

とマツは薄気味悪がったが、それでも若い人達が入ってくると、とても嬉しそうな表情になった。皆から花束と寄せ書きを貰らい、みんなでいっしょにハッピバースデーを合唱し、退蔵が記念撮影をした。

 

マツは昼寝中だったが、看護師が声を掛けると起きてきた。便が一週間出ていなかったが、トイレに座ってもらい看護師がマツの肛門に触ると一気に出た。

「スッキリした。」

看護師がマツに着替えをさせ、そのあと手足の爪切りをした。マツは自分が百歳になったことを、何度も何度も喜んでいた。 

 

夕方、ヘルパーがやって来る早々マツが、自分の新しい下着のフレアー部分を見せた。

「これ見てえな。」

礼子に買ってもらった新品だった。

「おばあさんでも、うれしいもんやなあ。」品は薄いが、冬物の上に重ねるとちょうどよかった。

お腹の皮膚の重なっているところが、少し赤くなっている。

デザートの伊予柑を、

「お腹いっぱいや。」

と言うので、ヘルパーが砂糖を掛けると、「こらおいしい!」

 

マツは起きていた。ヘルパーが来訪し、すぐに清拭の後、食事となったが、その途中便意をもよおした。

「どうしよう。行儀悪いなあ。」

「いいですよ。そっちの方が大事やから。」マツは便器まで這って行き、底に紙を敷いてから、おもむろに腰を掛けた。

「お父さん助けて・・・」

を何度も言いながら大便をきばり出した。

「ごめんなあ。」

「どういたしまして。」

食事も、うなぎ全量、味噌汁一杯半。しっかり食事を摂っている。

 

ヘルパー訪問時マツはよく眠っていた。枕元の湯呑に氷が入っている。この冬の最中マツが自分で冷蔵庫から持ってきたのだ。

ヘルパーの声掛けでマツは目覚め、

「外は寒いやろ?なんか温かいもん、ある?」

朝食に熱いうどんを作った。

「こらおいしいわ!」

ふうふう息を吹きかけながら一筋ずつ食べていた。食後にみかん一個、カリントウ二本食べた。 

 

マツはおやつに煮ぬき玉子を二分の一食べてしまっていた。

「お魚好きやけどなあ。おいしそうやなあ。」

鰈にも箸をつけ、少し食べていたが、ヘルパーが肉を焼き、持って行くと、

「こらこっちがおいしいなあ。」

「もう一枚焼いてきましょうか。」

「そやなあ、食べられそう。おいしい。」

 

夕方、ちょうどトイレタイムだった。独り言を言いながら用を足している。ベッドに戻ったところでヘルパーが声を掛けると、

「よかった、来てくれて。待ってたんえ。」

とヘルパーに手を合わせた。

食後は今日の番組チェックをしていた。

「もうすぐ春ですね!」

と、ヘルパーが「春が来た」を歌うと、マツも拍子をとりながらいっしょに歌った。

 

 

ヘルパーがシーツを替えてくれる間、マツがいろいろ昔話をして聞かせた。連合いの話になるといつも、

「男前やったわ。自慢やったえ。」

と、マツは大笑いしながらぬけぬけと言い放った。

「ああ、お腹痛い。」

アルバムを見せて、ヘルパーにいろいろと旅先の話を聞かせてくれたりした。 

 

下着に便が付いていたので着替えさせる。上のシャツにも少し付いていたが、同じような替えがなく、

「これでないと寒いし、これでええ。」

とマツが言うので、下のシャツのみ着替えてもらった。 

「お腹はどうですか?」

とヘルパーが尋ねると、

「おいしいもんあるか?お魚食べたい。」

「今日はカキですけど、お魚がいいですか?」

「そんでええ。」

でも、お腹はあまり空いてないようで、少な目の食事だった。

「もうはいらん。」

とごちそうさまをした後、「お父さん助けて・・・」が出た。

 

今日は朝方からかなり寒かった。電気毛布のスイッチが入っているか心配して礼子が見に来た。

「いつも身辺の心配してくださる方があっていいですね。」

ヘルパーとマツと二人で、

「ありがたいことやなあ。幸せやなあ。」

「心丈夫ですね。」

食後マツが足が冷たいと言うので、ヘルパーが自分の膝にマツの足を置いてマッサージを試みる。

「あんたの手が暖こうて、ちょうどええあんばいや。暖たこなった。ありがとう。

 

 

 

2005年3 平成17年

 

ヘルパーの持っているケイタイにマツが興味を示した。カメラ付きで、実際にマツの顔写真を撮ってその場で見せると、

「ほんまやなあ。すごい時代やなあ。あんたの、ええお供してはんねんなあ。」

ヘルパーが電話やメールの説明をいろいろして、

「マツさんもどうですか?」

「わてはこれでええ。」

と枕元のメモ帖を指差してみせた。 

 

ちょうどマツがストーブに点火したところだった。

「ああよかった。」

ニッコリとヘルパーを振り返った。夕飯は、まぐろの刺身がたくさんあったが、とても気に入って一切れ残らず完食。

「お腹ポンポンや。」

すかさずヘルパーが、

「何ヶ月目ですか?」

と尋ねる。

「もう産み月やなあ。」

 

朝食後、

「テレビ点かへん・・・?」

ヘルパーが見に行くと、マツがエアコンのリモコンと間違えていた。

「わて、ぼけてるわ!」

とマツは照れ隠しに大笑いする。

ヘルパーは掃除機をかけながら、ベッドの端に腰掛けているマツに、

「ちょっと足を上げて!」

「これでええか?」

「足のリハビリです・・・フフフ。」

ヘルパーがくすくす笑った。

 

夕方、ヘルパーが訪れると、マツはいつになく元気なく、

「寂しかってん。来てくれてよかった。」

と真顔で言った。食欲もいつものようにはなく、

「なにも悪いことしてへん・・・」

ヘルパーがお膳を片付けたあと、

「お父さん助けて。」

と独り言。 

Pトイレの上がり下がりがだんだんと大変になってきている。

 

マツの足元にポトンとなにか落ちたので、ヘルパーが見てみると、

「きゃあ、くも!蜘蛛!」

とヘルパーが大騒ぎ。するとマツが平然とした顔で、

「キュッとねじて殺してや。」

「そんな殺生な!」

でもヘルパーも必死で追い回す。蜘蛛も必死だ。

「やった!ああごめんね・・・」

ティッシュでくるくる。マツは慌てず、

「朝の蜘蛛やったら生かしといてやってええけど・・・今、晩やしなあ、殺さないかんねん。」

 

「おいしそうなお魚やなあ。」

カマスは骨があるが、マツはおいしそうに食べている。

「ああおいし。ありがとう・・・」

しかしほどなく、

「あかん、骨がある。やめとくわ。」

決断も早い。

「お魚好きなんやけど、骨が怖いから。」

マヨ玉はとても好きで、食べやすいようだ。いちごも残りに砂糖を振り掛けるとおいしいと完食した。

 

「ようけよばれた。」

そして、「お父さん助けて。」が二三回聞こえた。トイレがしたいとPトイレに座り、さらに「おとうさん助けて。」を三四回唱え、

「ごめんなさい。」

で締めくくった。

 

礼子がおはぎを持って来た。マツはそれを一つ食べ、残りは枕元の台上に置いた。

「またあとの楽しみにしとく。」

メモに「牛肉のバター炒めが食べたい」と書かれていた。

ヘルパーがあまり元気がないように見えたのか、マツが、

「なにくそ。負けへんぞ!とがんばらなあかん。」

と逆に励ましている。

 

陰部肛門清拭、足浴をしてからヘルパーが夕食を出す。牛肉のバター焼き半分。

「もうお腹ぽんぽんで食べられへん。」

と言った。希望を叶えてもらったのに、結局牛肉のバター焼きは冷蔵庫に。 

 

マツは起きて珍しくテレビを見ていた。冷蔵庫から切り干し大根と千枚漬けを出してきてすでに食べていた。

「来てくれてよかった。お腹すいてたんや。」

すき焼き風煮物はとても好きなようで、きれいに食べてしまった。えんどう豆も好きで、一粒ずつ上手につまんで食べた。

 

マツはぐっすり寝ていた。

「誰かが来やはる夢見てた。正夢やった。ありがとう。助かった。」

と、ヘルパーの手を握って喜んだ。

玉子を落とした味噌汁はマツの希望だった。骨のある魚でも、

「お魚好きやねん。」

と上手に骨を取って食べていた。いつも残す味噌汁の具、今日の玉子はきれいに食べ尽くした。

「もう満腹。ああおいしかった。もう入らへん。ごちそうさま。」

 

ヘルパーが訪問時、マツは起きて急須でお茶を飲んでいた。

「冷たいオレンジジュース、飲まれますか?」

「そんなんあるんか?」

いつも飲んでいるくせにわざとらしくびつくりしてみせる。

「おいしいわあ!」

と大きな声。とても喉が乾いていたようだ。

 

ここしばらく便が出ておらず、看護師が摘便した結果中等量出た。

「助かった!」

身体の調子は悪くないが、足のむくみが強い。とりあえずベビーオイル塗ってくれた。

 

 

2005年4 平成17年

 

ふき煮はふきだけを食べ、かぼちゃの味噌汁はかぼちゃだけ残した。 

食後高校野球を見ていたが、「わからん・・・」とチャンネルを変えた。が再び野球を見ている。テレビ欄をいっしょにチェック、「今日はなんにもない。私の見るものない。」大好きなサスペンスもない。残念!

 

ヘルパー訪問時マツはまだ寝ていた。十一時近くに声を掛けると起き出して、

「こんな明るなってるんや。よう寝た。」

「十一時ですよ。」

とヘルパーが伝えるとマツはびっくりしていた。

 

部屋の電気がチカチカしているので、ヘルパーが棚の上の予備電球を見つけて交換した。

「やっぱり明い方がええなあ。」

とマツがいつもの笑顔。お菓子、

 

「ああよかった。来てくれて。一人寂しいと思て起きたとこやねん。」

看護師が陰洗、足浴のほかに今日は洗髪をしてくれた。

「ああツルツルや。」

そのあとバームクーヘン三分の一個を食べた。足の腫れは少しましになっている。

 

「一人で寂しかってん。」

おそらくどのヘルパーにもマツは人恋しさを訴えているのだろう。老いることの寂しさは誰もが通過する道なのだ。

ヘルパーは帰り際、ぶどう入りパン二個を枕元に置いておいた。

 

「この甘エビなんとおいしい!」

えんどう豆も好きなおかずだった。

桜の開花の話で会話が弾んだ。

 

室内に尿臭が充満していた。ベッドの下に多量の尿失禁パンツとロングシャツが置かれてあった。ヘルパーが掃除機をかける時パプリースをスプレーしておいた。

「今お通じが出そうなんやけど・・・」

とヘルパーが掃除機をかけている最中なのでマツは遠慮がちに言った。

「どうぞ!どうぞ!

とヘルパーは隣の部屋へ。バナナ大の立派な排便だった。

 

外は暖かいよい天気だった。

マツは横になって眠っていた。ヘルパーが声を掛けて起きてもらった。

「あーよかった。」

と安心した声だった。

大好きな甘エビをゆっくり時間を掛けて食べた。野菜はあまり手を付けない。食後、みかんを半分食べてから、新聞に今日見る予定の番組に丸を付け、「義経」は見ると言っていた。

 

陰洗時、マツのお腹回りがすっきりしているのにヘルパーは気付いた。便が快調に出ているからに違いない。しかし足の腫れは強く、中々引かない。

ヘルパーは、マツの好みがお粥ではなく、柔らか目のご飯が好きなように思えた。お粥の場合いつも残しているのだ。

「せっかくしてくれてはんのに、言いにくい。けど、わて、ご飯の方が好きやなあ。」

マツが告白した。

 

ヘルパーが訪問すると今日も大層喜んで、笑顔いっぱいで、

「よかった、よかった。」

を繰り返し、

「待ってたんや。」

と言った。枕元にはたくさんのおやつがあるが、あんこの甘い物は好きでないようだ。今朝も食事はしっかり食べていた。便もかなり多く出ていて、お腹もすっきりしたようだ。 

「土の中から二千五百万円見つかった」というテレビのニュースを見て、目を丸くして驚いていた。 

「今はえらい時代やなあ。昔やったら考えられへん。」

 

おいしいそうにえび天を食べている最中にマツが、

「お父さん助けて。」

と、か細い声でつぶやいている。すぐその後で、

「おいしいたくさんよばれた。お腹空いてたんやなあ。」

 

ヘルパーが訪問すると、マツがなにか大声で怒っている声がした。急いで新聞を持って挨拶に行くと、

「もう情けのうて、腹が立って、腹が立って・・・」

どうやら退蔵が近頃あまりやって来ず、来てもろくろく言葉も掛けずに帰ってしまうということらしい。しばらく話を聞くうちに落ち着きを取り戻した。 

ヘルパーが掃除機をかけている時、ベッドの下に便汚染したパンツが出て来た。二三日前に排便されているので、その時のかと思う。臭いも薄らいでいるが、ヘルパーは漂白剤に浸けておく。

 

「横になりたい。なんでやろ。」

「食欲ゼロ。分かりません。」

「お父さん助けて。」

も二度ばかり出た。マツは食後は番組に印を付けていた。ヘルパーがおみかん半分を勧めるが、

「もうそれもいらん。ただ横になりたいだけ。お父さん助けて。」

「ごちそうさま。」

「お父さん助けて。」

が五六回に及んだ。 

 

マツの食欲が少し落ちているようだ。

「しんどいことはない。」

と言っている。アイスクリームは、

「おいしい、おいしい。」

と喜んで食べた。

退蔵が、時々マツに出前を取って食べてもらうことにしたと、メモを持って来てマツ本人とヘルパーに説明した。マツはとても嬉しそうで、メモの予定日を何度も読み返し楽しみにしているようだった。

 

姪の定子が見舞いにやって来た。嬉しそうに話をしていたが、

「久し振りやさかい、なんや違う人みたいや。」

と言う。一と月ほど前にも来たのに覚えていない。

「昔を思い出してるんやけど、半分分かって半分わからん。」

定子は笑ってみせるしかしようがない。

「こうして覚えてて来てくれる。ありがたいなあ。」

定子の手を握り締めて、

「また来てや。」

と涙ぐんでみせた。

 

ヘルパーが訪問すると、

「お腹すいたわ。」

「天ぷらそば食べられますか?」

「食べる、食べる。」

とにっこり。一と玉をしっかり食べた。

礼子が鯉のぼりの置物を置いて行った。

「これええなあ!」

「楽しいですね!」

足の腫れが強い。便もずっと出てない。ヘルパーが腰のマッサージをする。

「明日出るといいですねえ・・・」

 

礼子が来て、ヘルパーといっしょに出前を待ち構えた。マツは大喜びだ。

「どれから食べたらええんか分からへんわ。」

一口食べて、

「おいしい!ようけあってボーッとする!」 

楽しんでいるのが満面に出ていた。

 

目を覚まして独り言、連れ合いと話している様子だった。

「介護て、人の世話する仕事やろ。えらいなあ。」

と言っているようにヘルパーには聞こえた。 ヘルパーが声を掛けるとマツが嬉しそうに笑顔を返した。

 

以前からフキ煮が好きなようで、ヘルパーがまたフキ煮を出した。

「おいしいわ。」

とフキには目がなく、もうおしまいと言いながらつまんでいた。ご飯もよく食べ、おいしかったようだ。

「ああ、おいしいよばれました。」

ヘルパーがそっとベッドを覗くともうマツは気持よさそうに眠っていた。新聞も読まず、テレビもうるさいと消していた。 

 

JR福知山線の列車事故をテレビで見て、

「こんなこと今まで聞いたことないわ!」

と、おかきを食べながらずっと見ていた。

「このおかき、湿ってる、もうあかん。」

「また買ってきます。」

ヘルパーが一袋まるごと捨てた。

「もったいないけどしょがない。」

足の腫れ少しましになってきているようだ。

 

ヘルパーが夕刊を渡すと、マツは列車事故の記事を熱心に見出した。

「ひどいこっちゃなあ。わては電車に乗らへんし大丈夫や。」

夕食を食べ始めると、

「食べるのに精一杯で、事故のことまで気が廻らへん。」

とニッコリ。

 

訪問時には起きていて、ぐっすり眠れたとのことで、マツはいいお顔をしていた。食欲も充分あって、味噌汁を、

「もうちょっと欲しい。」

とお替りしていた。

新聞に目を通し、電車事故の記事に心を痛めているようだった。

やはり足のむくみが強い。足浴しマッサージしてくれている。

「今日は出前の日ですね?」

「知ってるえ。楽しみや。」

夕方。

今日は二十五度という真夏日だった。

待望の「うなぎ弁当」が届いた。大喜びで、うなぎ全て完食だった。ご飯も半分ほど食べた。

 

マツは背中を丸出しで休んでいた。

「よう来てくれた。」

目を覚ましヘルパーを見つけてにっこりした。

「ありがとう。」

その次に、

「お父さん助けて」

を言った。

あまり食べられないのを嘆いている。いちごは砂糖を掛けると喜んで食べた。

「もういりません。ごちそうさま。」

 

 

2005年5 平成17年

 

新聞もテレビも電車の脱線事故のことばかり。

「わてにはよう分からんけど、なんで?・・・かわいそうやなあ。」

しかし、あまりの悲惨さに、

「もうこんなん見とない・・・」

チャンネルをあっちこっち切り替えている。

ヘルパーがカレンダーを五月にすると、

「今日から五月か?」

 

ヘルパーが訪問する早々、最初に「お父さん助けて」が出た。

「おいしい、おいしい。」

と甘えびを完食した。

「いちご、もう少しお砂糖入れしましょうか。」

「そらありがたい。ますますおいしい。」

食後はお金を包みながら、「お父さん助けて」が出ていた。

 

「あつあつご飯おいしい。」

と何度も繰り返して食べている。玉子焼きは残していた。

 

しっかりお布団を被りマツは眠っていた。ヘルパーが声を掛けると、

「よかった、よかった、来てくれたんか。」

と手を出し、ヘルパーの手に触れて、

「冷たい手やなあ。」

とニコニコした。今日は好物の甘エビに、えんどうと玉子の煮付け。

「柔らかいし、おいしいもんがこんなにたくさんあるしなあ。」

ほんとうにおいしそうに食べていた。ほとんど完食だ。

 

ヘルパーが訪問した時、マツは眠むっていた。物音で気付いたようで、

「ああ、よかった。来てくれたんか。」

廊下のカーテンが開いていて庭の青葉が輝いていた。Pトイレの処置をしてほしいとメモ書きが置かれてあった。マツが自分で書いたのだろう。ベッド下に汚れた下着が二組置いてあった。

 

おやつに八朔出したらマツがすっぱいと言うので、砂糖をたっぷり入れたら、

「これはおいしい。」

と食べた。

新聞を読み、テレビを点けて見ていた。

 

ヘルパーが尿瓶に漂白剤を入れて洗ったが、垢が石のように固まり、ちょっとやそっとでは汚れが取れない。三度試みたが、お箸でこそげても駄目だった。

 

看護師が帰りかけてカバンの中を見るとお金の包みが入っていた。マツに断りを言って返したが、毎回同じことの繰り返しだった。

「ほな甘えとこ。また来てや。待ってるでえ。」

とマツは明るくバイバイをした。お金のことで以前のようにひつこく押し付けてくることはなくなった。看護師もヘルパーも儀式だと思って付き合っている。

 

今日は葵祭だ。マツは食事を摂りながらテレビ中継を見ている。

「きれいに映ってるわ。」

と熱心に見ていた。行列の説明を聞きながら、

「ふうーん・・・」

目がテレビに釘付けだった。

 

不整脈が続いているが、胸部症状はない。便が四日ほど出ていないようなので、看護師が摘便し、普通便が中等量出た。水分を飲んでもらっている。皮膚の乾燥がみられオリーブオイル塗っておく。

ゴミ袋とバスタオル使ってシャンプーもした。「すっきりした。」とマツは喜んでいた。終了後はマツはテレビを点けて、興味深そうにニュースを見ていた。

 

今日は「出前の日」、幕の内弁当が届けられた。

「おいしそうやなあ。」

お造りがおいしかったのか、ご飯と造りを目を細めて食べていた。

「もう食べられん。」

と言いながらもあれやこれやと夢中で食べていた。ご飯は半分くらいは入ったと思われる。

食べ終わって、テレビのロボットを見ながら、

「あんなことすんやろか。誰かが入っているのんとちがう?」

 

電子レンジの後の電気の差込部分がジリジリ鳴るので、ヘルパーが心配して退蔵に連絡した。退蔵が自転車で駆けつけ点検したが、どうやら棚の上のザルから水滴がコンセント部分に当たっての音と判った。古いまな板を棚の部分に置いて応急手当をし、出来るだけ水の垂れる物は置かないようにヘルパーに申し入れて帰った。

 

「おいしそうやなあ。」

マツは甘エビが好きだった。ごま和えも好きだ。ぶどうは皮をむいておくと、おいしそうに食べる。

「ああおいし。もう一つ食べよ。」

その後、「お父さん助けて。」が出たが、やがてテレビを点けてニュースを見ていた。 

 

足のむくみ強く不整脈があるが、胸部症状なく、他の部位にはむくみ認められない。便が三日出ておらず、お腹の動き少し弱く、摘便で普通便中等量が出た。看護師はマツの手足の爪切りもして帰った。

 

 

2005年6 平成17年

 

マツは頭皮を赤くなるほど掻いていた。ヘルパーが頭髪のドライシャンプーをし、あと熱いタオルでマツ自身が顔と手の清拭をする。

「スカッとしたわ。」

足のむくみ引いてないが、そこそこ元気な様子だった。

そのあとで看護師が散髪してくれ、マツはすっきりしたと言ったが、少し短く刈ってしまったようだ。  

 

マツはベッドに腰掛けて、

「お腹減った。」

とヘルパーに訴えた。食事が出てくると、目を輝かせて、

「どれから食べよう。」

とまるで子供のよう。

食後のチョコレートジュース、

「なんとおいしいもんやなあ!」

と感激していた。 

マツの髪の毛が短くカットされていて、

「かわいくなりましたね。」

とヘルパーがマツの顔を伺うと、

「なんにも出えへんえ。」

とマツは笑った。

 

清拭の時、マツの左足ふくらはぎのところ腫れていて痛そうだった。

ハモが気に入ったようで、マツはそればかり脇目も振らず食べている。水分摂取が少ないので、ヘルパーがお茶、味噌汁を勧めるが、気に入らない物には、

「お腹いっぱい、もう入らん。」

と梃子でも動かない。

ヘルパーの帰り際、

「あんたも帰らな用事あるもんなあ。」

寂しそうな顔をする。

「またすぐ来ます。」

マツと握手してヘルパーは退出した。

 

「なんかないか・・・」

と台所まで這って出て来たところだった。ヘルパーの顔を見るなり、

「やあ、半袖や!」

「今日はとても暑いですよ。」

とヘルパーが伝えると、

「ここにいると分からんわ。ほう、半袖、涼しそう。夏なんやなあ。」

といつまでも驚いていた。

すぐ朝食を支度したが、その割にはあまり食は進まない。早々に「もう満腹。」と言った。

 

氷とスイカを自分でカットしてコップに入れてベッドに持って行くところだった。マツにもまだこれくらいのことは出来るらしい。

味噌汁は玉子もきれいに食べ、食後のスイカも、

「なんとおいしいなあ。」

と喜んで食べていた。 

 

看護師来訪時、マツはベッドの端に座って「寿会」の名簿を読んでいた。自分が最高齢であることを確認して喜び、大声で笑っていた。

不整脈あるが、胸のしんどさはないようだ。

入浴について聞いてみると、

「そら暑なってきたら入らなあかんなあ。」

と前向きなので、看護師はこれなら徐々に勧めていけるだろうと思った。

便秘二日目、お腹もやや張っており、摘便とて便を出した。 

 

退蔵の次女のすみ子が生まれて一カ月のあおいをマツに見てもらうと言うので、すみ子の車に退蔵と礼子を乗せて、赤ん坊を見せに行った。マツは大喜びで重たいあおいを長いこと抱っこしてくれた。百歳とゼロ歳のご対面と言ったところだ。皆が帰った後もマツは興奮冷めやらぬ様子だった。

 

トイレの最中、「お父さん助けて・・・」マツがつぶやいている。ヘルパーも慣れっこになっていた。

食事の時、箸箱が見当たらない。

「わて知らんえ。」

他人事のようだ。 

マツは祇園祭のテレビを見ていて、

「もう昔のことや。お祭になると皆でおいしいもん食べたわ。」

と笑っていた。

箸箱、枕の下から出てきた。

腰左側が赤くなってただれている。ヘルパーがベビーオイルを塗布したが、マツは「少し痛い。」と言っている。

退蔵の孫の写真をマツといっしょに見た。

「かわいいですね!」

とヘルパー。

「何度見てもかわいいわ。」

とマツが言った。

 

足の甲の腫れがだいぶひどいようだ。ヘルパーがさすってくれた。それでもマツは機嫌よく過ごしている。朝食もしっかり食べたが、スイカは残している。あまり甘くないので食べなかったようだ。

昼食から看護師がやってきて、マツの足の腫れが強いので足浴し、マッサージもしてくれた。さらに頭髪のシャンプーもしてすっきりしたようで、その後マツはアイスクリームを、

「おいしい。なんぼでも入るわ。」

と半分食べていた。

 

マツには新聞の活字はやはり小さくて読みづらいようだ。それでもがんばって目を通している。

今日は出前の日。

「楽しみやなあ!」

と朝から待っていた。

夕方ようやく届けられた。

「なんとごちそうやこと。」

とまず目で楽しみ、

「なんとぎょうさん・・・」

と一品ごと味わった。

足の甲の痛みはないが、

「触ってもらうと気持ちがええ。」

 

昨日今日と三十度以上の暑い日が続いている。ヘルパーが訪問すると、風が通らない部屋の中でマツは、

「暑いねん。」

と困った顔で訴えた。リモコンを探し電源を入れたが無反応だった。ヘルパーが電池を買って来て交換してONするとクーラーがカタカタ鳴りはじめた。十分ほどすると落ち着き、涼風が部屋の中を流れる。その間泣きそうだったマツの顔が笑顔に変わった。

 

お腹が空いたとマツは冷蔵庫の前で食べ物を探していた。ヘルパーがいつもより少し多い目に食事を出した。残したものもあったが、全体としてしっかり食べた。水分はあまり取れていない。尿がとても濃くて少な目だ。足の甲がひどく腫れ、ヘルパーが少しさすると、

「ああ気持ちええ。」

と言っている。アイスクリームは、バニラの方を好み、お腹満腹になってもアイスクリームは欲しいらしい。

 

ヘルパー訪問時、マツは起きてうちわでパタパタ扇いでいた。

「暑いねん。」

設定温度は二十八度だった。二十五度に下げると快適のようだが、帰り際には二十八度に設定し直して帰らなければならない。マツには、「暑かったら点け、寒くなったら消す」ように、リモコン操作の説明を何度もする。マツには温度設定は無理なのだ。

 

マツは熟睡していた。ヘルパーの物音で目を覚まし、

「ああ、びっくりした!」

マツの希望でヘルパーが朝食を冷しうどんにした。

「冷とうておいしい。」

エアコンは点けなくて大丈夫と扇風機を廻している。その上でうちわで扇ぎながらテレビを見ていた。南観音山の囃子の様子が映っていた。

「もうはや祇園祭か。早いなあ。」

 

ヘルパー訪問時マツはクーラーを消して、布団を跳ね除け、汗をかいて眠っていた。ヘルパーが声を掛けると、

「暑いわ!」

と目覚めたので、ヘルパーはすぐクーラーをオンにし、ジュースを持って行った。

「ああよかった。」

とマツはほっとした顔になった。

食後はテレビを一生懸命見ていた。

「明日お風呂ですよ。」

とヘルパーが話すと、

「久し振りやなあ、気持ちええやろなあ。」と入る気になつていた。

マツがうちわで扇いでいるので、帰り際ヘルパーはエアコンの温度を確かめた。

「これでちょうどええ。」

マツが答えたのでヘルパーはそのまま帰った。

 

今日、マツは久し振りに入浴した。

「何日振りやろなあ。」

と拒否なく入ってくれた。動作は去年と変わらずスムースだった。浴槽に五分間ほど浸かることもした。

「ああよかったあ。」

とうちわで扇ぎながら喜んでいた。

 

しかし夕方、まどろみから目覚めるとマツは入浴したことは全く覚えていなかった。しかし足の腫れはひいている。

食欲もあり、入浴後の疲れた様子もなかった。