探鳥日誌9

 

 

 

 

 

 

バードウォッチング日誌

9集

 

161-1.観音寺 2000年5月12日(晴れ)

 

信号機の故障で「しおかぜ」が三十分ほど延着して、中洲の家には一時過ぎに着く。台所の建て替えが出来ていた。家の掃除やなんかで、夕方ようやく時間が取れて、久しぶりの杵田干拓田に出かける。

橋の下を覗くと、中州にいるはいるは、チュウシャクシギの群。三十羽はいた。キアシシギも混じっている。

ヒドリガモもまだ残っていた。

河口を走るとオオヨシキリの鳴き声しきり。

桂子が干拓田の中を流れる小川でクイナの姿を見る。

 

 

161-2.観音寺 2000年5月13日(晴れ)

 

 

六時に起きだし、朝食を摂ってから、墓参りに出かける。朝少し寒かったから、腹が冷えたようだ。下しぎみでね家にとって返す。少しおさまってから、もう一度自転車で杵田干拓田に出かける。

橋の近くの休耕田にアマサギが七羽ばかりいた。

中洲には相変わらずチュウシャクシギの群がいた。

河口近くでキジの鳴き声がした。河口沿いの土手にはハマダイコン、ハマエンドウ、ハマヒルガオが咲き乱れ、ピンク色のムシトリナデシコも見かけた。

バンがいた。

昼過ぎ、森川さんに見舞いに出かける。小父さんはリハビリ中、小母さんは病院からの日帰り中。なんだか

気の毒な二人だった。

 

 

161−3.観音寺 2000年5月14日(曇りのち雨)

 

十一時ごろから有明海岸に出かけてみる。浜辺には、オオバナコマツヨイグサ、ハマボウフウ、コウボウムギ、マンテマなどの珍しい花が咲いていた。

帰りの財田川にはユリカモメが二羽まだ残っていた。

昼からは雨となり、帰りの荷造り準備をする。

夜、八時ごろ、ホ、ホーとアオバズクの鳴く声がする。近くの浄蓮寺に数百年の楠の古木があり、たぶんそこだろうと見に行くが、鳴き声も途絶え、確認できなかった。

 

 

161−4.観音寺 2000年5月15日(晴れ)

 

朝、帰り際の墓参りを兼ねて、三度杵田干拓田に出かける。今までと違って満潮に近かったので、チュウシャクの数は少なかった。

キジの雌が小道のまんなかをとぼとぼ歩いているのに出くわす。 ビデオを構えたとたん飛び上がり、草むらに隠れてしまう。

身じろぎをしないタシギを三羽桂子が見つける。

昼前、戸締りをして、中洲の家を離れる。

 

 

162.醍醐寺 2000年5月19日(曇り)

 

去年六月以来ほぼ一年ぶりの醍醐行きだ。駅前の建設予定地の工事が始まっていた。道もおいおい整備されつつある。その分道端の草花は減っていたが、一箇所変な場所にヒメレンゲの咲き広がるところがあった。

まだサンコウチョウの声は聞かれなかった。

裏山の奥にオドリコソウが咲いていた。ヤマキケマンも二株ほど見つかった。

オオルリが鳴いていた。姿も見た。

 

 

163.伊吹山 2000年5月24日(晴れ)

 

朝少し早く家を出て、八時前の新快速に間に合った。米原から普通に乗り換え、去年夏に行ったコースを辿るつもりで、関が原で降り、そこからバスで頂上にと思ったのだが、案内所で聞いてみると、日祝以外はバスは運行してないとのこと。がっかりする我々に、「もしどうしてもなら・・」と教えてくれたのが、二駅戻り、近江長岡からタクシーで登山口まで乗り、あとゴンドラが三合目まで行ってくれるので、あとは徒歩で山頂には一時間そこそこで登れるとのこと。

ほっとして、後戻りしたら、長岡からバスも出ていて、ゴンドラの着く三合目辺りの方が今時分は山頂より花見にはいいとのこと。怪我の功名とはこのことだ。なだらかな中腹の草原で芝刈り機を運転する人があり、桂子が様子を聞くと、存外花に詳しい。近くの地面に咲くフデリンドウを見せてくれ、午後一時から野草観察会があるから、よかったらどうぞと言う。

とりあえずあたりを見て歩く。イカリソウなど見つける。一時に、指定の場所から臨時に観察会のメンバーに加えてもらったのだが、驚いたのは、そのリーダーがなんと先ほどの草刈りのおじさんだった。二時間ばかりで、イカリソウ、イチリンソウ、ニリンソウ、アマドコロ、エビネ、ウツバサイシンなど十数種類の新しい花々を教えてもらった。

鳥のことを書き忘れたが、ツツドリ、ジュウイチが鳴きかわし、キジの声も聞いた。

 

 

164.高雄から清滝 2000年6月2日(晴れ)

 

久しぶりに比良山に出かけようと、京都駅まで行って、JRとリフトの連絡割引券を案内で聞いてみると、七月十九日までリフトが修理点検で休みだという。今更家に帰るのも能がないので、しかたなく駅前のバスセンターから高雄行きに乗りこむ。

高雄口で降りて歩き出したら、いきなりタツナミソウが咲いていた。神護寺の下まで来たら、もういつものコース、清滝から東海自然歩道を遡っての終点だ。いつも通りにオオルリが鳴いていた。枝先を仰ぎ見るが姿は見えない。

ホオジロもいた。これはしっかり姿を見せてくれる。谷の曲がり口の川原で弁当を広げる。ウグイスとオオルリが合唱する。

カワガラスもちらっと見かけた。

今日の下界は暑い。

 

 

165.宇治白川 2000年6月9日(晴れ)

 

メールでもサンコウチョウを聞いたとか見たとかの便りが流れてきたので、裏切られるだろうと覚悟しながら出かける。ここでもタツナミソウが咲いていた。

しかし、白山神社までのコースではほとんど鳥は出なかった。ひっそりと弁当を食べる。

畑に出たところでホオジロを撮っている人に聞いてみたが、サンコウチョウはさっぱりいないとのこと。

谷川沿いに歩くが、オオルリの声もしない。

茶畑に出て少し足を伸ばしてみるが、日差しが暑くて戻ってくる。帰り道ではホトトギスの声を聞く。またキビタキらしい鳴き声も聞いた。

バス通りに出て、去年見たホタルブクロを探すと、これはちようど満開だった。

歩いて宇治駅まで戻る。

 

 

166.鞍馬〜貴船 2000年6月16日(晴れ)

 

電話で問い合わせてみたら、鞍馬寺のケーブルは運転しているとのことで、それならと出かける。

自転車を賀茂大橋の下に置いて、出町柳駅から電車に乗る。鞍馬寺の入山料が二百円、ケーブルは百円だ。短い、五分ばかりのケーブルでも、近頃は歩いて登る気にはなれない。客は十人ばかりだった。登ってくる人もあり、山上はそこそこ人はいた。

ホトトギスの鳴く声。それからオオアカゲラらしいドラミングが聞こえた。一番の土産はヒオドシチョウをビデオに撮れたことだった。

クロツグミの囀りも聞けた。

 

 

167.霧ケ峰・八島湿原 2000年7月17日(晴れ)

 

六時起床。四十五分には家を出る。御池通りでタクシーを拾って四条烏丸へ。六時五十五分の特急に乗りこむ。七時五十分に梅田着。そこから集合場所のプラザモータープールまで十分は歩いた。大勢のグループがそれぞれ待っていて、ようやくバスに乗り込んで、出発したのは八時四十分だった。

九時十五分多賀インター着、トイレ休憩。十二時四十分駒ヶ丘インター着。そこで手渡されたお弁当を木陰で食べる。イワツバメが群れ飛んでいた。十三時十五分出発。四十五分ごろ、ようやく諏訪湖が見えてくる。十四時半、霧ケ峰高原に到着。そこでバスを降り、三十分ばかりの自由時間。ニッコウキスゲの群れを初めて目にする。ゆっくりする間もない。私が、真っ黒く夏羽になりきったノビタキをビデオカメラで追っている最中、桂子はホオアカを間近で見たらしい。お互い悔しい思いをした。

続いて、近くの八島湿原でも三十分ばかりを過ごす。コヨシキリらしいのがしきりに囀っていた。色黒のヒョウモンチョウ、コヒョウモンモドキが三つ巴で舞っている。ハナチダケサシ、オオダイコンソウ、サワヒヨドリ、イブキトラノオ、ヤナギラン、カラマツソウ、ヤマオダマキ、ミツモトソウ、キンバイソウ、オオカサモチ、などなど・・

バスは高原道路いわゆるビーナスラインをくねり、十六時二十分ごろには白樺湖に到着。小休止。かつて若い頃、経理課の連中と訪れたことがあるが、そのころは湖の中に白樺がまだ残っていた。車山も懐かしい。しかし二十分にはもう出発。

山道を二時間近くうねうねと登り、十八時半ようやく軽井沢千ヶ滝温泉ホテルにチェックインする。狭いがツインベッドでバストイレ付きだ。夕食はバイキング。そのあと温泉に浸かる。

 

 

168.軽井沢 尾瀬 2000年7月18日(晴れ一時しぐれ)

 

四時に目覚めてしまった。やがて窓の外も明け染めてきて、どうやら天気のようだ。グリーンが広がり眺めはいい。枝先にホオジロが来て囀っている。そのまま起き出して、五時ごろから一時間ほどホテルの外を散策する。ホトトギスの声も聞こえた。紅紫色のホタルブクロを見つける。朝食は六時半からバイキングだった。

七時半にバス出発。

九時半ごろ沼田インターに到着、トイレ休憩。十時四十分、片品(瀬戸戸倉)尾瀬高原ホテル前からマイクロバスに乗り換え、狭い山道を二十分ほどひた走り、十一時に尾瀬口の一つ鳩待峠に着く。バスを降り、少し時雨れたらしい濡れた谷沿いの道をどんどん下る。降りたぶんだけ帰りは登りだと先のことを心配してしまう。ホトトギスが鳴いている。途中の熊笹の陰に奇妙な花を見つける。竹の花かな?などと考えながらビデオに収めていると、通り掛かりの人が、「おや、ギンリヨウソウだ!」と私に同意を求めるので、分かった振りに私も頷く。ズダヤクシュ、マイヅルソウ、ヤグルマソウ、オオレイジンソウなどを見つけつつ行くので人はどんどん追い越して行ってしまう。十二時半ごろやっと山の鼻ビジターセンター前に到着。道の傍で、渡された握り飯弁当をほお張る。そこを抜けるとようやく尾瀬らしい風景の木道となるが、運悪く時雨れてきた。しかたなく傘をさして前進することとなる。カキツバタやニツコウキスゲが咲き乱れていた。ワタスゲもあちこちに点在。足元にトキソウを見つける。先の方で桂子が呼んでいる。行ってみるとミズバショウが二輪残っていた。二百メートルも行かぬうち、時間が気になり引き返す。コバイケイソウ、ナツトウダイ、ヤナギトラノオ、ミズチドリなど・・ヤマサギソウもあった。急ぎ足でもと来た道を息を切らせながら登る途中、ミソサザイやカッコウの声を聞いた。鳩待峠に戻ったら十四時五分だった。集合時間の三十分にまだ時間があって、惜しいことをした、もう少し見られたのにとちょっと悔む。マイクロバスで戸倉まで戻り、元のバスに乗り移って十四時五十分出発。

十四時五十五分、漬物屋に寄る。なにも買わずにそこを十五時半出発。長々とバスに揺られて、標高千八百メートルの万座高原ホテルに到着したのは十九時だった。十九時半から薬膳会席の夕食。桂子はおいしいと言ったが、私の口にはちょっと合わなかった。

あまり名も知らない歌謡曲歌手の余興を見てから五分ばかり外に出たところの露天風呂に入りに行く。ここの湯は硫黄分の多く白く濁っていて、うっかり長湯すると湯あたりするとガイドさんに注意されていたので、ほどほどにしてあがってくる。

 

 

169.万座温泉 白根山 2000年7月19日(晴れ)

         

五時起床。朝湯に行くか行くまいか迷ったが、結局湯には行かずに六時ごろ外へ散歩に出てみる。ここでもあたりにイワツバメが飛び交っている。やがて道すがら、口径の大きなカメラで鳥を狙っているらしい同好の士に出会い、聞いてみたが、生返事しか返ってこなかった。さらに先に進むと、高い枝先に聞きなれぬ囀りがする。鳥も見えたがなんだかわからない。(帰ってから分かったがアカハラだった。)

 七時半からバイキング朝食。

八時十分にバス出発。二十五分には白根山展望所に到着する。そこから山頂の湯釜まで歩いて登る。辺りに硫黄の匂いが立ち込めていた。奇妙な模様の蝶が地面をひらひらしていた。それがクジャクチョウだった。湯釜というのは、山頂の噴火口に硫黄分で出来た乳色の池のことである。それをちらっと見て急いで引き返す。青空に三十羽ばかりのアマツバメの群れが円形運動を繰り返していた。

九時にはもう出発。志賀高原ルートを通り、アルプスの山並みを楽しむ。

十時フルーツショップに立ち寄り、サンプルのすももを食べ、アップルジュースを小さなカップに三杯戴く。

十時半出発。十一時五分ごろ善光寺に到着。広い境内は日差しが暑かった。戒壇巡りを経験する。本堂内陣の長さににして三十メートルほどの真っ暗闇を手探りで歩くのだ。子供の探検ごっこのようで楽しかった。

十二時十分出発。川中島古戦場に立ち寄るが、地上の暑いこと。信玄謙信の銅像があるだけの小狭い公園だ。

十三時、ようやく釜飯の昼食にありつく。

十三時五十分出発。十四時四十分大王わさび園着。どこもここも暑いだけだ。

十五時十分出発。

十七時五分、飯田の「おかし城」。サンプルのお菓子をつまむ元気もない。

十七時半出発。

二十時ごろ山科インターに着いたが、ここから帰りたいのはやまやまだが、そうはさせてくれない。

梅田には二十一時過ぎに戻ってきた。阪急急行に乗り、家に辿りついたのは二十二時半だった。

 

 

170.比良山 2000年7月26日(曇り)

 

九時半に家を出て、五十分ぐらいの電車に乗る。比良駅からバスに乗る。十人ばかりで空いていた。見上げるところ山上は雲が懸かっている。

あいかわらず長いリフトに乗せられる。オオルリが鳴いていた。同行のおばあさんが酔ってしまってぐったりしている。そこからさらにロープウェーで山上駅まで乗る。山上は晴れてこそいなかったが、そう悪い天候ではなかった。

八雲ヶ原湿原へ回る。ヤブサメ、イカルの声。シモツケソウが咲いていた。ミズギボウシも。モウセンゴケの小さな白い花。ヒツジグサも一輪残っている。尾瀬で見たトキソウがここにも咲いている。不思議な花カキラン。ジュンサイ、サワヒヨドリ。アサギマダラはあちこちで見かける。食草がヒヨドリバナなのか?売店の近くに黄色いユウスゲが二輪咲いていた。

戻りはゲレンデを登る。アカゲラを樹の間にちらっと見かける。ミヤコグサ、ホタルブクロ、トゲアザミ、それからコウリンタンポポ。大きな白い蛾を見つける。オオミズアオという蛾だった。ジュウイチの声もちらっと聞く。

四時ごろ下山。

比良の駅舎にはいつもながらコシアカツバメの巣があり、あたりに飛び交っている。