一・夢  

 

 血に塗れた何かが自分を追ってくる。だから逃げる。

 逃げるが、足が鉛のように重い。前に進まない。

 血に塗れた何かが、すぐ後ろまでやって来る。

 肩に手がかかった。振り向く。

 振り向いて、そこに見たもの――――。

 

「――――!」

 

 ユウトは声もなく跳ね起きた。全身が総毛立ち、汗がじっとりと寝間着に染み込んでいる。とても気持ちが悪い。

 部屋の中は暗く、時計を見ればまだ午前四時だった。

 

「ちぇ……起きるには早すぎるってーの……」

 

 誰に言うでもなく悪態をつくと、再びベッドの上に横になる。しかし、すっかり目がさえてしまい眠れそうにはなかった。

 

「あぁあ。また学校で居眠りしちゃいそうだな、これは……」

 

 蒲団を跳ね除け、しかし起きるわけでもなく部屋の天井を眺める。

 ここ数日、ずっとこんな感じで目が覚めている。

 単純に言えば、変な夢を見て飛び起きる。それだけだ。

 夢の内容はいつも決まりきっていた。

 いつも、何かに追いかけられている。追いかけてくるものは血まみれで、自分を捕まえようとしている。

 捕まったら、どうなるかはわからない。ただ、捕まったらやばいと感じて逃げようとする。

 しかし、おかしなことに足が一歩も前に進まない。

 そして、いつも肩をつかまれる。そこで、振り向いて――――

 ユウトは少し顔をしかめた。

 

「……やたらと見覚えのあるものなのは確かだったんだけど……」

 

 これも同じだ。いつも、その『何か』を見たあたりからの記憶が、早々と頭から抜け落ちている。

 

「まあ、どうせ夢だしな」

 

 天井を見ながら呟く。

 だが、そう言うたびに、掴まれた肩を見てしまう。

 夢にしては明確に感じられる肩を掴まれたときの感触。

 べったりと血がついた手で、肩を鷲掴みにされた時、布越しに感じる血の温かさ。

 そして、なによりも、あの血の匂い。

 生臭く、吐き気をもよおすようなあの匂いが、鼻の奥にいつまでも残っている。

 ユウトにはそんな気がしてならなかった。

 

「まぁ。んなこと言っててもしょうがないか。どうせただの夢さ……」

 

 もう一度、天井を眺めながら呟いた。

 そう、ただの夢だ。だのに、この自分の内側から這い上がってくる気持ち悪さは、一体なんだ?

 ユウトが感じていたもの。それを言葉にするなら、それは『不安』だったのだろう。

 なにか、自分の中から大切なものが欠け落ちていくような。 言葉に出来ない、不安。

 欠け落ちたもの、そして、これから欠け落ちるものが何か。

 ユウトはまだそれを知らない。