第5回
「作戦名・星一号」
ジェイクをおいて、早々と駐屯地に戻ってきたアイスは、自室へ戻るなりベッドに身を投げ出した。
士官用とはいえ、あまり高いものではないベッドのスプリングが軋む。
そのまましばらく身を横たえ、つい先ほどまでのジェイクとの会話を思い出していた。
『はっきり言っちまえば、俺はお前がこれ以上軍にいることには反対なんだよ』
そう言ったジェイクの声が耳に残っている。
ジェイクが自分のことを心配してくれているのは、その前の言葉や態度でなんとなくわかった。
だから、途中から、ジェイクは自分が軍に残ってほしくないと考えていることが、アイスにはわかってしまった。
わかってしまった上での、あの言葉だ。それ自体は予測はできていた。
だが。
(私は、あの時どう言ってほしかったの……?)
わかっていても、アイスの心は大きく揺らいだ。
ジェイクにどう言ってほしかったのか。そのことを考えると、アイスの頭の中で色々な言葉が渦を巻く。
しかし、結局どれも自分の願いであって、ジェイクの言葉ではない。
(彼の言葉じゃなきゃ……何の意味もないのに)
(それはわかってる。わかってる……でも)
アイスがジェイクに求めていた言葉は、ただ一言。
(「俺のそばにいろ」。そう言ってほしかったな……)
その一言をあの時アイスは言ってほしかった。
(けど、もう彼は……私のお守りはまっぴらごめんみたいだしね……)
あの時、ジェイクは答えてくれなかった。
アイスにとって、その沈黙はジェイクの答えとして受け取れる沈黙だった。
答えは「YES」。ジェイクはもう自分のことをなんとも思っていないんだ。
そう考えた瞬間、眺めていた天井が突然じわりと滲んだ。
アイスは慌ててベッドに突っ伏すと、顔を枕に埋めた。その目から涙が溢れ出す。
あの時押さえつけていたものが溢れ出してきたかのように。
「う…………」
アイスは泣いた。思いっきり、声を出して。嗚咽は枕が吸い込んでくれた。
悲しかった。ただ悲しくて、涙が止まらなかった。しばらくの間アイスは泣きつづけた。
やがて、アイスは顔を上げた。涙は止まっていた。
泣いてる間、アイスはずっと不思議に感じていた。
なぜ、自分はここまで泣けるのか。なぜ、ジェイクが自分のことをなんとも思ってないだけで泣いたのか。
その答えはすぐに見つかった。
(不思議。私、いつの間にこんなに彼に惹かれてたのかな……)
アイスは濡れた頬をぬぐって、悲しげに微笑んだ。
「はじめは、だらしない人だなってしか思わなかったのにな……」
ポツリともらすと、ジェイクが初めて彼のほうから声をかけてきた時のことが、ふと頭に浮かんだ。
あの時、自分は初陣のときに感じた、自分への恐怖とでも言うものに押しつぶされされそうになっていた。
戦場での自分といつもの自分のギャップに苦しんでいた。
そこに、彼がやってきたのだ。そしてこう言った。
『あんまし無理すんじゃねーぞ!』
あの一言で、自分は随分救われたと思った。
彼は何の気なしにそういったのだろうけど。あの時そういってくれたのは彼だけだった。
それから、彼はいつも自分を助けるように動いていた。
2戦目も、その次も。いつも自分の方が先に戦場に到着しているのに、彼はそれをすぐに追いかけてきた。
「それで、私より前に出るのよね。その度に隊長に出すぎだよ〜って注意されて」
アイスはくすりと笑うと、もう一度指で目をぬぐった。
「でも結局私の方が戦果がよくて……その度に自棄食いして、カミラおば様をあきれさせたっけ」
だがしかし、アイスにはそれがうれしかった。
この部隊に来るまでは、アイスは男性から守られるという経験は皆無に等しかった。
男性士官はほとんど全員が自分を見下すか、激しい競争意識を剥き出しにするだけで、守るなんて言う人はいなかった。
それも当然かもしれない。男性優位の軍において、いつも自分は異端だったから。
「だから、かな」
だから、ジェイクの態度が人一倍うれしかった。
自分をちゃんと一人の『女の子』として扱ってくれてる。それがうれしくて。
守ってもらえることの安心。そこから生まれたジェイクへの信頼。
そういったものが生まれた中で、アイスは自分の中で確実にジェイクへの感情が変わっていくのを感じた。
「彼のことを考えるだけで、胸の中が暖かくなる。いつのまにかそうなってたっけ……」
そうつぶやいて、アイスはまた悲しげに微笑んだ。
「彼が、軍にいるなって言うんだもんね……」
アイスはまたつぶやくと、机へと向かった。
引出しの中から、一枚の書類と便箋を取り出し、席に着く。
「でもねジェイク……いいよね、私だけなんだもん呼び捨てでも…………私は……」
その次にアイスの口から出た言葉は、ジェイクが時計台の広場で聞くことができなかった言葉だった。
「私は、あなたのそばにいたかったのに……」