幕間
「3年間の休暇」
ヤンの部屋を辞したジェイクは、人気のない廊下を格納庫兼倉庫へと向けて歩いていた。
角を曲がったところで整備兵の一人で出会う。ジェイクと同じ年頃の女性技師だ。
ジェイクはその整備兵に慣れた様子で声をかけた。
「よ。オツカレ。今、俺の機体動かせっか?」
「なんですか、いきなり。 MSでピクニックにでも行く気ですか?」
「ばぁか。訓練だよ」
「ホントかなぁ? アイスさんとデートじゃないんですかぁ?」
女性技師は悪戯めいた笑いを浮かべながらジェイクを見上げた。
「そいつは内緒だ」
ジェイクはニヤリと笑って、女性技師のおでこを弾いた。
いい音がした。女性技師は額を押さえてジェイクに抗議する。
「いったーー! もう、何するんですか!」
「マスドライバーのときのお返しだ」
「もう、そんな時のこと、まだ覚えてるんですか? 子供だなぁ」
「……もう一発いくか?」
「結構です」
ジェイクが右手を上げると、女性技師は間髪いれず言った。
そして、そのまま手にした書類をぱらぱらとめくる。一通り目を通して、頷いた。
「機体ならとりあえず動きますけど、地上ですから扱いに気をつけてくださいね?」
「わかってるって。元々俺はこっちの出身だぜ? ……ありがとよ」
「はい。行ってらっしゃい」
ジェイクに微笑むと、女性技師は廊下の先へと歩いていった。
あの女性技師は、元イエローウィザーズの整備兵だ。今は、この基地の整備班員として、この基地に配属されている。
ちなみに、配属されたのは、ヤンがこの基地の指令に就任してからだ。そして、ジェイクの後に配属された。
この基地にいる連邦兵は、あまり多くない。
そして、その中からイエローウィザーズ関係者以外を探すのは、とても難しかった。
「しっかし、あのおっさん。本気で食えねぇなぁ……」
ジェイクは低く笑いながら呟いた。
つまりはそういうことだ。この基地には、解散したイエローウィザーズのスタッフが、なぜか大量に配属されている。
ヤンは、「偶然って、あるものなんだなぁ」などとのたまうが、それを信じる純粋な人間はいないだろう。
明らかに、ヤンが裏で手を回している。この基地は、存在しないイエローウィザーズの駐屯地に近かった。
「……だが、そんなことをするってこたぁ、やっぱり警戒してんだな」
ジェイクは顔をしかめて足を速めた。
ジオン公国は総帥のギレン・ザビをはじめとした首脳陣の大半を最終決戦で失った。
その結果サイド3の穏健派が降伏を申し入れ、戦争は終わった、はずだ。だが。
「火種、か」
まだ、あちらこちらにジオンの信奉者は多い。それは事実だ。
結局一年戦争後も、連邦政府は宇宙民に対して、何ら友好的な手を打っていない。
それどころか、締め付けを強化する方向で話が動き始めている、ということも聞く。
その不満がいつか爆発する、ヤンはそう考えているのだろうか。
「ま、やるって言うなら受けて立つがよ」
不穏当な発言を漏らしながら、ジェイクは格納庫にたどり着いた。
目の前には、星一号作戦の時に乗ったジェイクのジムクゥエルが立っている。
本格的な戦闘は、あれ以来行われていない。だが、整備はいつでも万全に行われていた。
「あれ、ジェイク?」
自分の機体を見上げていると、奥の倉庫から一人の女性が出て来た。
ストレートの黒髪をなびかせて、歩いてくる。
「よお、アイス。ご苦労さん」
ジェイクはそちらを向いて、片手を上げた。
アイス・アンセロット中尉は、ジェイクの傍らに立つと、彼の機体を見上げた。
その視線をジェイクに戻して、微笑む。
「どうしたの? 今のところ、ジェイクやることないんでしょ?」
「悪かったな。どうせ俺は事務仕事なんてできねぇよ……ところで、そっちはどうなんだ?」
「うん?」
「いや、おっさんから何か言われてるだろ?」
アイスはその言葉を受けて、少し眉をひそめた。
すこし視線をさまよわせてから、ジェイクの方に向き直る。
「うん。一応物資は集まってきてる。このままなら、本格的な戦闘にも十分耐えられる量は確保できそう」
「ってことは、やっぱりか?」
「多分、ね。隊長はもう一回本格的な戦闘があると見てる」
アイスはため息をついた。
「でも、結構大変なんだよ? こんな辺鄙なところの基地に、怪しまれないようにたくさんの物資を集めるのって」
「へぇ、そうなのか?」
「そうなの。書類を誤魔化したりとか、知り合いにお願いしたりとか。他にも結構危ない手も取らないと、隊長のおっしゃる量は確保できないもん。
ばれたら隊長ごと皆クビになっちゃうよ?」
「そん時はそん時だ。なるようにしかならないって」
あっさりと言い切るジェイクを見て、アイスがもう一度ため息をつく。
「もう。ジェイクはいいよね。オキラクな立場だもん」
「おいおい。そりゃあんまりな台詞だろ」
「だってそうじゃない。一応、守備隊長やってるみたいだけど、メンバーってジェイクだけだし」
そう言って、アイスは頬を膨らませて、拗ねたような表情をした。
ジェイクは苦笑を浮かべながらアイスの顔を両手で優しく挟み込んだ。
「そう言うなって。それで? 今日の仕事はもう上がりか?」
「……うん」
「それじゃ、二人でドライブにでも行こうぜ」
「え、でも……」
「嫌か?」
「…・…ううん」
「じゃ、決まりだ」
ジェイクは優しく微笑むと、アイスの手を取ってMSのコクピットへと続くタラップを上り始めた。
「え? ジェイク、ドライブってコレで?」
「おう。たまにはいいだろ?」
アイスが戸惑った声を出すが、ジェイクは気にせずにハッチを開け、中に滑り込む。
手早くセットアップを済ませる。ジムクゥエルのエンジンに火が入り、機体全体が低い起動音を上げ始めた。
ジェイクは、まだタラップに立ったままのアイスに手招きをする。
「ほら、来いよ」
「来いって。私、どこに座るの?」
アイスは声だけでなく、表情まで戸惑わせて、ジェイクに問い掛ける。
ジムクゥエルのコクピットは一人乗り用に出来ている。サブシートなどはない。
ジェイクはニヤリと意地悪そうに笑って、自分の膝を指差した。
「ここ」
「……本気?」
「おう」
「……」
アイスは顔を赤くしてうつむいてしまった。
ジェイクはやれやれといった顔をしてから、強硬手段にでる。
「よっと」
「え? あ! ジェイク!」
ようするに、強引に引き寄せた。
アイスは突然の行動に意表を突かれて、ジェイクの胸に転がり込む。
「よし。そんじゃつかまってろよ? ……ジェイク・スレイヤー。周辺のパトロールに行ってくるからなー」
『え? あ、は、はい!』
通信を入れると、管制官の慌てたような返信が返って来る。
その聞き覚えのある声に、ジェイクは首をひねった。
疑問は、モニターに映し出されたウィンドウによって氷解する。
映し出されたのは、顔を真っ赤にした女性兵だった。
「お? アオイじゃねーか。お前何やってんだ?」
『え? あ、えと。その。ぼ、ボクもやることがないので、管制のお手伝いをしてるんです!!』
「なるほどな。それじゃ少し行ってくるわ」
『はははい! お、お気をつけて! ご、ごゆっくり!……あ』
ジェイクが通信を終えると、胸の中のアイスが少し恨めしそうな目でジェイクを見上げていた。
「……バレバレってか……ん? どうしたよ?」
「……強引。ずるい」
「ま、今に始まったことじゃないだろ?」
「知らない!」
今度こそ、アイスは完全にそっぽを向いてしまった。
ジェイクはまた苦笑を浮かべながら、ゆっくりとジムクゥエルを歩かせ始めた。