G−STRATEGY キャラクターSS

「それぞれの一年戦争・その後

 

幕間

「3年間の休暇」

 

 

「もう……本当に強引なんだから」

 

 アイス・アンセロットは、口ではそう言いながらも、まんざらではなさそうな様子で自室への廊下を歩いていた。

 つい先ほどまで、ジェイクに付き合って基地の周囲をジムで散歩していた。

 お題目はパトロールだったが、実際はデート以外の何者でもない。

 

「けど。楽しかったから、いっか。うん」

 

 微笑みながら頷いた。その時、アイスの視界に一人の少女が映る。

 同僚の、アオイ・ラザフォード准尉だ。

 

「あれ、アオイさん?」

「え? あ! あ、アンセロット大尉。お帰りなさい!」

 

 そう言って、アオイはアイスに向かってお辞儀をする。

 その手には、空になったお盆を下げていた。

 

「どど、どうでした? 何か異常とか、ありませんでした?」

 

 頭を上げたアオイは、生真面目にそう聞いてくる。

 しかし、顔は赤い。二人が何をしてきたかわかっているようだ。

 それにつられて、アイスの頬も赤くなる。

 

「え? ええ、べ、別にこれといってありませんでしたよ?」

「そ、そうですか! それは何よりです!!」

「ほ、本当にそうですよね! あは、あはは……」

「アハハ……」

 

 二人とも、意味もなく笑ってみたり。

 そして、そこで会話が途切れた。微妙な沈黙が二人の間に流れる。

 アオイはまだ、顔を赤くしている。

 

「あ、あの、本当にただのパトロールでしたからね?」

 

 一応、念押しという形でジェイクとの間に何もなかったことをアピールしてみる。

 だが、残念ながらそれは逆効果のようだった。アオイは赤い顔をますます赤くしてしまう。

 

「え、ええ?! い、いやだなぁ。そ、そんなこと、わ、わかってますよぉ!」

 

 アオイは赤い顔のまま、お盆を持った手を勢いよく振って笑った。

 駄目だ、このままでは話が進まない。アイスはそう判断して話の矛先を自分達からそらすことを試みた。

 

「あ、そうだ。そのお盆……」

「え? あ。あの、隊長にコーヒーでも淹れて差し上げようかなって思って……」

 

 アオイは、顔を隠すようにお盆を軽く掲げて見せる。

 

「隊長に?」

「はい。ヤン隊長、今日もほとんど部屋から出てこられないので。また、何かをお考えなのかな、って」

「……」

「でも、根を詰められると、あまりよろしくないから……だから、少し息抜きをしてもらおうと思ったんです」

 

 少し視線をうつむかせて、アオイは照れたように笑った。

 アイスも、柔らかな微笑を浮かべる。

 

「アオイさんは、優しいんですね」

 

 アイスに言われて、またアオイの顔が真っ赤になる。

 

「い、いやですよ。アンセロット大尉! からかわないで下さい!」

「からかってなんかいませんよ。隊長も幸せな方ですね……」

「だから〜からかわないで下さい〜」

 

 真っ赤なまま、アオイは困ったような顔をする。

 しかし、アイスは微笑を収めると、少しだけ、真剣な表情で口を開いた。

 

「アオイさん。貴方、今の状況をどう思いますか」

 

 アオイの言う通り、ヤンはここ数日、ろくに部屋から出てこない。

 一日中、どこから集めてきたのか様々な資料を見ては、何かを考えている。

 アイスも、そのことを気にしていた。

 自分に与えられた任務、そして、ジェイクやイエローウィザーズのスタッフの召集。

 これらは、やはりヤンが何かを警戒しているということを考えさせずにはいられない。

 

「え? 今の……状況ですか?」

 

 急な問い掛けに、アオイは一瞬きょとんとしてから、少しだけ眉をひそめた。

 

「……なんだか、変な、気がします」

「変?」

「はい。落ち着いてるような感じはするんですけど。何か……ありそうで」

「……」

「戦争が終わっても、連邦のスペースノイドに対する風当たりは、やっぱり辛いままです。

……そのせいでそう感じるのかも知れません」

「……貴方も、そう思いますか」

「はい。ボクがサイド1出身だから、かも知れませんけど」

 

 ほんの少しだけ、アオイは哀しそうな表情を見せる。

 連邦は宇宙の民に対し、ジオン公国と戦争をする以前から圧力をかけ続けている。

 そして、ジオンが挙兵したことにより、それはより一層強くなっている。

 自身が宇宙出身のアオイにとっては、辛いだろう。

 そして、その日に日に増していく圧力がアオイに不安を感じさせているようだった。

 

「……何も起きなければ、いいんですけれどね……」

「はい……本当に」

 

 アイスにはそれしか言えなかった。

 しかし、頭の中では、それがおそらくはかなう事のない望みであると考えている。

 アオイの表情からも、同じような思いであることが窺えた。

 先ほどとは違う沈黙が二人の間に下りる。

 だが、今度も長くは続かない。アオイが何かを思い出したような顔をした。

 

「……あ! すいません。そろそろコーヒーができる頃ですから……」

 

 お盆に視線を落としたままだったアオイが勢いよく顔を上げて言う。

 

「あ、そうでしたね。……ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」

 

  アイスが軽く頭を下げると、アオイは首を横に振った。

 

「いえ。実際変な感じはしてましたから……それじゃあ、失礼します!」

 

 生真面目に敬礼をして、アオイは歩きすぎようとする。

 アイスは、その背中に声をかけた。

 

「あ、アオイさん」

「はい?」

「隊長をよろしく」

「え?」

 

 またきょとんとした表情を浮かべるアオイに、アイスは微笑だけ返して歩き出した。

 その後ろに、言われた意味を理解できず、首をかしげるアオイを残して。

 

「……でも、やっぱり皆なにかを感じてる」

 

 歩きながら、アイスは言葉を口にした。

 その声は、戦場で情報を読んでいる時のそれだった。

 

「……この平和は、やっぱり……」

 

 その声に応える者は、いない。