隆くんは優しいから、あれから時々私に連絡をくれるようになった。あんなこと言ってしまったから心配してくれているのだろうけど、私は思い出す度に恥ずかしくて、早く忘れたい気持ちもしていた。

あんなこと誰かに口走るなんて……。

隆くんにも妹がいるから、妹を持つ兄の気持ちがよくわかるらしい。隆くんみたいなお兄ちゃんがいて、妹さんはさぞ幸せだろうな、と感じていた。

私も、もし兄が仁くんじゃなかったなら、純粋にお兄ちゃんを好きと慕う気持ちだけでこんな風に思い悩むこともなかったのだろうか。








ある日、自分の部屋を出てリビングに行くと優紀ちゃんが楽しそうに誰かと電話をしていた。

お父さんが出張で数日留守にしてるから、もしかしたらお父さんなのかな。それにしてはずいぶんテンション高い感じがするけど、と不思議に思って、電話を切ってから聞いてみた。

「誰と話してたの。お父さん?」
「え?あ、うん。ちょっとね」
「……?」

優紀ちゃんは珍しく答えを濁して教えてくれなかった。ちょっと気になったけど、それ以上追及するのもどうかと思ってそこで終わりにした。

それから二人で夕ご飯を食べている途中で、やっぱり我慢できなくなったのか、優紀ちゃんは嬉しそうな顔して自分から言い出した。

「あのね、さっきの電話なんだけどね……」
「なに?」
「仁からだったの」
「……」

その名前を聞いて、私は思わず固まってしまった。

確かに優紀ちゃんがあんなに楽しそうにする相手なんて、よく考えてみれば仁くんしかいない。そうだったのか、と思う気持ちと、だからなに、という複雑な感情が心の中で交差する。

「仁ね、時々連絡くれるの。優しいでしょ?」
「……へえ」
「それでね、いつものことばっかり聞くのよ。はどうしてるかって」
「……」
「時々仁のアパートに行った時にも聞かれててね。でもアパートにはもう来るなって言われちゃったし、夏の間はあんまり電話なかったんだけど。最近また、よく連絡くれるの」
「……」
「やっぱり仁ってば、いくつになってものことが可愛くて心配みたいね」

無理やり喉の奥に押し込んだおかずの味なんて私にはもうわからなくて、ただ優紀ちゃんの話す内容を半ば呆然と聞いていた。嘘だ、と思ってもわざわざこんな嘘吐く必要なんてないし。

「あ、これには絶対に言うなって念押しされてるから、内緒ね。怒られちゃう」
「……うん」

張り裂けそうな胸の想いを気付かれない様に、平気な振りをして頷いた。本当は、仁くんのことが今でもあまりに好き過ぎて、どうにかなりそうなのに。

きっともう嫌われていると思ってた。私みたいな妹なんていなければよかった、って思ってるんじゃないかってずっと悩んでいた。だから……本当は嬉しくて仕方ない。

(……好き)

大好き。私は、仁くんの他には誰もいらない。たとえもう会えないとしても、私は一生仁くん以外の人なんて好きになれないし、なる気もない。誰に好きと言われても、容姿を褒められても、嬉しくない。どうでもいい。

他の男の人はすぐ私の体に触って、したがるのに、仁くんはそうしなかった。そんなところが酷くもどかしくもあり、だけど余計に好きと感じてしまってもいた。

私のこと、仁くんの好きな様にして欲しいのに、でもそんなこと絶対にしないから、だから堪らない。……私は、この期に及んでまだそんなことばかり考えてる。本当に馬鹿だ。

そんなこと、あるわけないのに。











「じゃあね、ちゃんと戸締りするのよ」

優紀ちゃんとお父さんの二人は朝早く旅行へ出掛けて行った。年末年始の間、温泉旅館でゆっくりするらしい。当然私も誘われたけど、ちっともそんな気分にはなれなくて、友達と出掛けるからと適当な理由をつけて断ってしまった。

本当はそんな予定なんて一つも入ってない。もし私がピノキオだったら、きっと今頃鼻が伸び過ぎて物干し竿くらいの長さになっているはずだろう。口には出せないけど、心の中でごめんなさいと懺悔する。

誰もいない家の中で一日中、ぼんやりとテレビを眺めたり、適当に何か食べたりして過ごしていた。こんな風にずっと一人きりなのは初めてかもしれなくて、夜になって外が暗くなると、なんだか急に不安になってくる。

これから数日間もこうやって過ごすのか……やっぱり気乗りしなくても一緒について行けばよかったかな、と若干後悔しながらお風呂に入り、いいやもう早々に寝てしまおうと思っているとインターホンが鳴った。

こんな時間に誰だろう。嫌だな、と思いつつ見てみるとそこに映っているのは仁くんだった。


……なんで?

予想外の展開に色々と思考が追いつかないまま、とりあえず見知った顔だったので鍵を開けると少ししてから仁くんは玄関のドアを開けて中へ入って来た。

パジャマ姿の私は、わけがわからずそれをぼんやり立ちつくして眺めていると、仁くんはやけに不機嫌そうな顔をして私のことを見る。

「……お前、誰彼構わずホイホイ家に上げてんじゃねえよ」

自分からやって来たくせに、なに怒ってるんだろう……。それにちゃんと誰かくらい確認したし……そう思っても口には出せず、私は黙ったまま。

久しぶりに見た仁くんの姿に胸が苦しいし、それに一瞬であの夜のことを思い出してしまって恥ずかしさに体が熱くなる。どうしたの、なんて聞けずに思わず目を逸らすことしかできない。

すると仁くんはさっさとリビングの方へ行ってどっかりとソファに座った。もしかして、優紀ちゃんとお父さんが出掛けることを知っていて、来たのだろうか……?仁くんはお父さんのこと嫌いだから絶対に会うわけないし、だから家を出て行ったわけだし。

きっと優紀ちゃんが電話で話したんだろうな、と思った。それなら、ここには今は私しかいないとわかっているのに、何しに来たんだろう。

もしかして、一人で留守番してる私のことを心配して……?まさか。

優紀ちゃんが言っていたことを思い出して、胸がきゅっとなる。仁くんはいつも私のことばかり聞くって、そんなの本当なのかな。

……そうだとしたら、どうするつもりなのだろう。様子を見に来ただけ?それとも、泊まっていくのだろうか。

その横顔を眺めながら一人頭の中でそんなことを考えていると、視線に気付いたのか私の方を向いた仁くんと目が合ったので、どきりとする。

「……泊まってくの……?」

思い切って尋ねてみてもそれには何も答えない。本当は泊まっていって欲しいとも言えず、私は仕方なく自分の部屋へ向かったけど、ドアノブを掴んだところでやっぱり引き返してまた元いた場所へ戻る。

「……着替えなら、仁くんの部屋にあると思う……優紀ちゃんが置いてるの見たから。仁くんの部屋はあそこ」

私は、自分の部屋のとなりのドアを指差して言った。

お父さんはちゃんと仁くんの部屋も用意してくれていたけど、当の本人は一度もその部屋に入りもしないまま。だけどいつか帰ってくるかもしれないから、って優紀ちゃんが着替えとか色々準備してあげてた。

私は、何もないガランとした部屋の中に、少しずつ物が増えていくのを眺めながらいつもなんとも言えない気持ちになっていた。

「お風呂はあっちだから、好きに使って。……じゃあね」

知らない。泊まるかどうかなんて、そんなの。だけどとりあえず淡い期待を込めて聞いてるのかどうかもわからない人に簡単にそんな説明をすると、私は自分の部屋に戻ってドアをパタンと閉めた。

ベッドの上に横になり、そういえば仁くんの部屋にはベッドがないことを思い出したけど、でも前だってよくソファで寝てたしまあ大丈夫だろ、と勝手に考える。

朝、目が覚めてもまだあそこにいたらいいのに……としばらくの間ぼんやりしていて、そうしたら、いつのまにかうとうととしてしまっていたらしい。

そろそろ寝ようかな、と思って明かりを消そうとして体を起こすと、部屋の外から「おい」という声が聞こえた。

急に心臓の鼓動が速くなっていくのを感じながら、ベッドから下りて行って少しだけドアを開いて見るとやっぱりそこに立っているのは仁くんしかいない。

「……なに?」

私の説明した通り、お風呂に入った後素直に優紀ちゃんの用意してくれてあった部屋着を着たらしく、すっかり髪を下ろして前髪のかかったその目が視界に映れば、なんだか胸が苦しい。

仁くんは何も言わないままグイ、とドアを開けて中に入って来るとそのままバタンと閉め、私のベッドに腰掛ける。現状がよく理解できず、少しの間それを眺めていたけど仕方なく私もベッドの上に乗り、ちょっと距離を開けて壁に寄り掛かる様にして座った。

「……」

何も言わないので、私も口を開くことができないまま。若干緊張した心持ちでいると、しばらくしてふと仁くんが顔を私の方へ向けてじっと見た。

「……。お前、他の男にもあんなことやってんのか」

急に、そんな風に言われて一瞬何のことだかわからなかったけど、すぐにあの夜私が仁くんにしたことだとわかった。それを思い出すと、また体が勝手に熱くなってくる。私が黙ったままでいると、仁くんはどこか苛立った様子で続けた。

「いつもああやって男からかって遊んでんのか、って聞いてんだよ」
「……」

その声は低くて、なんだか怒ってるみたい。あの日もこんな風に怒ってた。だから少し怖くなって私は何も言えないし、どうしてそんなに怒るの、なんてそんなことも聞けない。

「テメエのそのツラでふざけたことしてんじゃねえ。痛い目見ても知らねえぞ」

心配……してくれているのだろうか。あんなことした私が、他の男の人にもいつもああやってるんじゃないかって、気にしてるのかもしれない。

「……してないよ、そんなこと……。仁くんにしかしてない」
「……」
「他の男なんか興味ない……」

私が好きなのは仁くんだけだから。キスしたいと思うのも、抱いて欲しいと思うのも、仁くんだけ。他の男の人となんて、考えられない。考えたこともない。

「私って、変なの……おかしいの。仁くんのことしか好きになれない」
「……」
「仁くんじゃなきゃ嫌なの……」

私は仁くんの方を見られずに、ベッドのシーツばかり見つめていた。

こんなこと言ったって困らせるだけだとわかるのに、もう、止められない。仁くんは何も言わなくて、私のことどう思ってるだろうって不安になりながらも、勝手に溢れ出してくる。

あの時あんなに後悔したのに。それでも、離れている間胸の中で大きく膨らみ続けていたこの想いを、もう我慢することなんでできない。

「他の人になんて、するわけない。だって、私……仁くんとしか、したくないもん……」

心臓の鼓動が、聞こえてしまうのではというくらい、大きくなっているのを感じた。妹が兄とセックスしたいと思ってるなんて、そんなのおかしい。……なのに、だって私はもうそんなことばっかり考えてしまう。

「……ずっと仁くんとしたかったの、……だから……」

何言ってるんだ……。本心だけど、口に出してしまったことをやっぱり後悔して、それからはもう黙って俯いていた。仁くんはきっと、私のことおかしいと思ってる……。

すると、急にベッドが軋んで、仁くんが私に近付いて来たのだとわかった。

顔を上げると、すぐそばに座ってじっと私のことを見ているその視線に、体はまた熱くなっていく。逸らすこともできずに、堪らない気持ちでただ見つめ返すことしかできない。

急に仁くんの片方の手が私の方へ伸びて、そっと頬に触れたかと思えば、顔が近付いてきてキスをされた。

(…………)

突然のことに目を瞑ることもできず、唇が離れた後も、逸らすことなくじっと私を見つめる仁くんを茫然と眺める。すると今度は抱き締められて、それからもう一度キスをされた。

「……んん、っ」

舌がぬるりと入り込んできて、それが私のと絡む感覚に、思わず仁くんの服をぎゅっと掴む。

舌が離れてキスをやめても、視線を逸らさない。動揺して息の上がっている私とは違い、仁くんは随分と落ち着いている様子だった。前髪のかかったその鋭い目に見つめられたら、もう、どうにかなりそう。

「……っ、やっ……!」

首にかかる私の髪をそっと払う様にしてから、耳の下や首筋に口付けて更には舌で舐められると、ビクッとして耐え切れずに口から声が漏れてしまう。そのまま、ベッドに柔らかい力で押し倒されると、顔の近くで両手首を軽く掴まれた。

じっと私を見下ろすその視線に、一瞬、呼吸が止まってしまう様な感覚がする。

「……お前がそんなに俺とやりてえんなら、してやるよ」
「……」

低く、囁く声に、鼓動が速くなっていくばかりで何も答えられない。あんなに、自分から誘うくらい、こうなることを望んでいたのに。仁くんに抱かれたくて堪らなくて、仕方なかったのに。

今にも理性がどこかへ飛んでいってしまいそうな中、私が出した小さな声は、あの時みたいに少し震えていた。

「……べつに、いい……」
「……あ?」
「私とは嫌なのに……無理にしてくれなくていい……」

こんな場面で、一体何言ってるんだ。本当はずっとこうなりたかったのに、それなのに。だけど私はいつだって自分の気持ちを押し付けるだけで、さっきだってあんな風に、仁くん以外の人とはしたくないなんて言ったりして。

仁くんはきっと私のこと、妹としか思ってなくて、女としてなんか見てないのに。だから、仁くんのことしか好きになれない私のことを、かわいそうだと思ってしてくれるんなら、……無理になんて……。

…………。

「んなこと、俺がいつ言った」
「…………だって、この前は……」

どんなに私が誘っても、それに乗ることなく部屋から出て行っちゃったのに。だからそう思ってたのに、違うのだろうか……。続きを言えずにじっと見つめていると、私の手首を掴む力が少しだけ強くなる。

「阿呆、こっちにも心構えってもんがあんだろうが」
「……」

え……?と思ったけど、それ以上はもう何も言わなかった。もしかして、あの時怒ってたのは、彼なりに動揺していたからなんだろうか。私が急にあんなことしたから、驚いたのかもしれない。じゃあ、もしかして仁くんも、私としたいって思ってくれてるのかな……。

「お前が嫌ならやめる」
「…………嫌なわけない……」

もしそうなら嬉しくて、じっと仁くんの目を見つめてそう言った。すると見下ろしていた顔が近付いてきて首筋に何度かキスされながら、手首を掴んでいた手が離れると次にそれはパジャマの中へ入り込んで、私のお腹や胸をを撫でるので思わず身をよじった。

首元に熱い吐息を感じ、それに反応する様に私の体温も上昇していく。

……それなのに。

嫌だ……。この行為に集中したいのに、どうしてなの、私の頭の中にはあの女の人の姿が浮かんでくる。仁くんと並んで歩く、あの、綺麗な人……。

「……ねえ……」
「……」
「……でも、……彼女に怒られちゃうよ……」

こんなこと、言いたくなんてないのに……。心の中の私はやめてよって、止めるのに。私のパジャマのボタンに手を掛けようとする仁くんに対して、余計なことを口に出してしまう。

「……んなもん、いねえよ」

吐息を含んだ声で答える仁くんに、本当に……?って聞く前にキスされて口を塞がれてしまったので、もうそれ以上は何も言えなかった。私は、心の中でずっと彼女に嫉妬してて、羨ましくて仕方なかった。

仁くんとキスして抱き締められるのは、セックスするのは……どんな気持ちなんだろうって、ずっとずっと考えてた。その度に堪らない気持ちになって、胸が苦しかった。

だから、ずっとそう言って欲しかった。彼女なんかいないって、私が一番好きだって。

「……ん、」

今、仁くんがキスしてるのは私なんだから。もう、そんなことくだらないこと考えるのはやめよう……と思って、その首に腕を回すと自分からもぎゅっと唇を押し付けて、息が苦しくなるくらいの間そのままでいた。

他の人のことなんて忘れて、私だけを見て欲しくて、唇を離した後じっとその目を見ていると次第に仁くんの視線が熱を持っていく様な気がした。

……そんな目で見つめられたらもう、だめ、気が変になりそう……。

仁くんは、一度は止めた手を再び動かして私のパジャマのボタンを外していく。この前は勝手に自分で脱いだのに、こうやって脱がされると恥ずかしくて仕方ない気持ちになる。段々とボタンが外れていって下着が見え始めると、私はあることを思い出して堪らず声を出した。

「……待って。ねえ、部屋暗くして……」

だって、今日こんなことになるなんて思わなかったから、今着けてる下着、子どもっぽいやつなんだもん……。

だけどそんなこと言っている間にも仁くんはボタンを外し終わっていて、次にパジャマの下を脱がそうとしているので、私はその手を掴んだ。

「……だめ、見ちゃやだ……」
「……」

以前に散々自分から脱いでおいて、こんなこと言うのはおかしいと思っただろうけど、でも、大人の仁くんに見られるのはどうしても恥ずかしい。それに、これからもっと恥ずかしいところを見られることになる。

仁くんは黙ったまま一旦私の体から手を離すと、立ち上がって照明のスイッチを押してまた戻って来る。だけどそれだとあまりに真っ暗なので、私はベッドサイドのランプを点けるとその辺りだけオレンジの明りがぼんやりと照らして、お互いの顔が見えるくらいだった。

これなら下着なんてよく見えないだろうし、体も……。まあいいか……と思って、それからは脱がされても黙ったままでいた。

(……あ、……)

すっかり露わになった肌や胸を、いつの間にか自分も服を脱いで裸になっている仁くんの大きな手の平が撫でたり、舌で舐められたりするのを心地よく感じながらも、なんだか緊張してきて段々と呼吸が浅くなっていく。

柔らかい秘部に、仁くんの指が優しく触れて擦る様にされると、堪らず声が出そうになるのを我慢する。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのに、それなのに気持ちが良くて、中から生温いものが溢れ出してくるのがわかる。

仁くんにこうやって触ってもらうのを想像して、自分でしたことは何度かあっても、実際にそうされるとやっぱり全然違う。なんだか、私の体じゃないみたい……。

仰向けになって足を開いたまま、緊張でどきどきと脈打つ心臓を思わず手で押さえるようにしながらも、仁くんの顔を眺めていると気が付いたのか、視線が合った。

「……目瞑ってろ」

低いけれど優しい声に小さく頷くと、私は言われた通り目を瞑った。それから先のことは見てないけど、指の入り込む感覚とか、キスされたり頬や胸を撫でられたりするのは感じていたし、時々、何か言われるとちょっとぎこちないながらもその通りに動いた。

何度か痛くないか聞かれたけど、それには全部首を横に振った。だって、うんって答えたら絶対に止めると思ったから……。私は、べつに痛いくらいのこと、平気。そんなのどうだっていい。

これまでの、仁くんを想う胸の苦しみに比べたら……。

そう言えば、私、コンドームなんて用意してなかったな……。この前の時も……、とぼんやり思っていると、何か音が聞こえたので片目を開けてこっそり見てみると、仁くんはちゃんと用意して来てくれてたみたいだった。

もしかして、今日は初めからそのつもりで来たのかな。仁くんも、私としたいと思ってくれたんだ……。

(嬉しい……)


少しずつ、ゆっくりと仁くんが私の中に入り込んでくる時も痛いか聞かれたけど、目を瞑ったまま平気と言った。

安心させるためか、仁くんは指を絡ませる様にして手を繋いだので、私もそれを握り返す。それでもやっぱり、感じたことのない痛みに涙が滲むけど、気付かれない様に目はきゅっと瞑ったままでいた。




「……

そっと覆い被さってきた仁くんが、耳元で私の名前を呼ぶその声は今までに聞いたこともないくらい優しくて、胸の震える様な感覚がした。

(……仁くん……)

声に出さずに、心の中でその名前を呼ぶ。

ずっと好きだったの。大好きで、もういっそ気がおかしくなりそうなくらい。こうなる日をいつも夢に見てて、こんな風に優しく抱かれて、この上もなく幸せ……なのに。

私の他にもこうやって抱かれた女の人がいるのかな、仁くんにも、初めての人がいたんだろうな……なんて。まだそんなくだらない嫉妬心に縛られてる自分がいて。何もかも自分のものにしたいだなんて、そんなの、できるわけないのに。どこまでも我儘になる自分に、うんざりする。

せめて今だけは、そんなこと、忘れたい……。




もう一度名前を呼ばれて、それに思わず瞼を開けてしまうと、仁くんと目が合った。優しい眼差しにこの胸は甘く苦しく締め付けられて、好きと想う感情が溢れ出していく。

痛みのせいなのか、それとも、ずっと望んでいたことが叶って嬉しいのか……私の目からは、ぽろ、と一粒涙がこぼれ落ちた。もしかしたら、知らない誰かに嫉妬してるせいなのかもしれない……。

絡み合う手にぎゅっと力を込めると、仁くんの大きな手も同じ様に握り返してくれる。そしてもう片方の手でそっと優しく頬を撫でてくれるのを、黙ったまま、じっと見つめていた。









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