次の日の朝、目を覚ますと仁は先に起きていて、ベッドの上で壁に寄り掛かる様にして座っていた。何か考えごとでもしているのか、伏し目がちなその横顔をぼんやり眺めていると、視線に気が付いたのか私と目が合う。

「……ねえ抱っこして」

昨日の夜と同じ様な甘えた声を出して両腕を仁の方へ向かって伸ばすと、軽く息を吐きながらこちらへ近付き、私の体を抱き起こすとそのまま腕の中に収まった。

まだ眠たい気持ちのまま、その胸に頬をくっつけてしばらくの間ぼーっとする。

ふと、夜中に脱がされたはずの下着をまたいつの間にか着ていることに気が付いた。寝ぼけてる間に自分で着たのかな、それとも仁が着せてくれたのかな。私、いつの間に眠っちゃったんだろう……。

そんなことを考えていると、ふと、近くに転がっている仁の携帯が目に付いた。まだ寝起きでぼんやりしていたのと、仁の腕の中の心地良い温かさに忘れていたけど、そうだ、私昨日あの携帯の中を見たんだった。

そこにはあの女の人の番号がまだ残っていて……。

…………。


「……それ貸して」

目線だけを動かしてそう言うと、それの意味がわかったのか仁は昨日と同じ様に何も言わずロックを解除すると素直に私に手渡した。受け取ると、仁の胸に寄り掛かったまま私は勝手に操作して、「これ消して」と画面を指差す。

と言ってもどうせやり方わからないだろうから「ここ」と押す場所を指示すると、仁は黙ったまま私の言う通りに指を動かした。すると私の目の前であの人の連絡先は消えてなくなり、もう掛かってこない様に設定させても、もやもやした気持ちはまでは消えてなくならない。

ぽい、と携帯を近くへ放り、それからぴったり仁と向き合うとその背中に腕を回しぎゅっと抱き付いた。

「二度とあの人に会わないで。あの人のこと思い出さないで……」

なに、馬鹿なこと言ってるんだ、と心の中では思うのにもうどうしても止められない。いつかはあの人が仁の彼女だったんだ、って考えればちっとも冷静でなんていられなかった。

だって連絡先は消えても、付き合っていた過去までは消せないし、それにあの人の心の中にはきっとこれから先も仁が棲みついてる。抱き合って愛された記憶を、忘れられずに体がずっと覚えてる……。

妹の私は、彼女になれないことくらい、わかっているのに。それなのに、そうなりたくて仕方がなくて、だから、本当の彼女だったあの人のことが羨ましくて、憎らしくて、こんなにも嫌い……大嫌い。

「もう女の人に連絡先教えたりしちゃ嫌」
「……」
「ねえ、もう教えないって約束して……」

勝手に約束を作ってそれを一方的に押し付ける。亜久津はモテる、というあの男の人の言葉が頭の中にこだまして。

腕の中、駄々をこねる様に上目遣いでそう言うと、仁は返事こそしないもののべつに怒るわけでもなく、手の平でそっと私の頬を撫でたのできっと言う通りにしてくれるのだろう……と思った。

私だけを見てくれなきゃ嫌、だなんて。いつだって仁のことになると子どもっぽくなって、我儘ばかり言ってしまう。自分でもそんなのは恥ずかしくて馬鹿らしくて嫌なのに。まるで自分じゃないみたい。

だけど、どうしても直せない……何故なのかは、自分でもわからなかった。











私の下着を脱がせる仁の手付きはとても優しくて、誰かをためらいなく殴り、蹴り飛ばす乱暴な様子からはまるで想像もつかない。それは、本当に同じ人物なのだろうか……、と疑いたくなるくらい。


二人きりの、静かな夜。薄暗い部屋の中、私はベッドの上で四つん這いになり、目を瞑りながら両手できゅっとシーツを掴んでいた。

ゆっくりと前後に揺れる仁の腰の動きに身を委ねていると、時折、その大きな手の平が腰から胸の辺りまでをすーっと滑る様に撫でてそのまま乳房を揉んだり、肩や背中にそっとキスを落とされたりする。

「……あ、っ……」

そうすると、その度に堪え切れず声が漏れてしまうのが恥ずかしくて小声で「だめ……」と反抗してみても、本当にだめではないことをわかっているからか、仁はそれを繰り返す。恥ずかしいはずなのにすごく気持ちがいい……。

私の腰をそっと掴んでよりぴったりとお互いの体をくっつけると、前後する動きが少しだけ早まるけれど、それでもその腰付きは優し過ぎるくらい私のことを気遣っているのがわかる。

いつか友人の言っていた、嫌がっているのに無理やり激しくされる、なんてそんなことあるわけない。だって、仁はいつだって私の嫌がることや痛いと思うことを絶対にしたりしないし、何も言わなくてもちゃんと避妊してくれる。

だから、愛されてる。大事にしてくれている。と、自分の体でひしひしとそう感じて、それを本当に幸せだと思っていても、心のどこかではたまにはもう少し強引にされみたい、とねだる我儘な自分がいた。

何度体を重ねても、いつもとは違う自分の姿を仁に見られるのは恥ずかしい思いがするのに、それでも、そんな余裕すら奪われるくらいに強く抱かれてみたいと願ってしまうのはどうしてなのか……。


普段は仁の方から誘ってくることはあまりないけれど、ここのところは私がねだったりしなくても、夜になる度に抱かれていた。

それは、まるで私の機嫌を取るかの様。ひたすらに尽くされるばかりで、仁でもそんな風になるんだ……と思えばなんだか優越感に浸る思いがしてすこぶる気分がいい。

指や舌で心ゆくまで体中を優しく愛撫され、前戯も含めて既に何回か達してしまっていた私は、確かに機嫌が良かった。こうすれば私の機嫌の直ることを、仁はわかっているのかもしれない。

私は、妹のくせに別れた彼女にヤキモチをやいて不機嫌になり、今はもう何もないとわかってはいても面白くなくて連絡先を消去させた上もう思い出さないでと無理を言い、勝手に約束まで作ってそれを押し付けた。

それでも仁は怒ったりせず、こうして私の機嫌を取ろうとばかりするのでなかなか悪いところを直せない。あの兄に優しく甘やかされて、愛されれば愛されるほど、私はどんどん自己中心的で我儘な自分になっていく気がしていた……。


背中から抱き締められると体はそのままくるりと仰向けになり、キスをされながら、一度は離れた仁がまたゆっくりと私の中に入り込んでくる。それに少し腰を浮かせながら、仁の下唇を軽く食んだ。

「……

唇が離れると、そっと私の頬を撫でる。返事をする代わりにその目をじっと見つめると、仁の視線は静かに熱を帯びてゆく。

仁は、私を子ども扱いしていて、だからこんな風に優しい抱き方をするのだろうか……?もっと強く、激しくしてくれてもいいのに。私はべつに傷付いたって、壊れたって、構わない。

本当の仁が見たい。快楽に溺れ、自我を失うくらいに乱れ、本能のままに愛を貪る仁の姿が見てみたい。それは酷く恐ろしいだろうけれど、それでも、体が震え出すほどぞくぞくして、気絶しそうになるくらいの快感に違いない。

私の体なんて、好きな様にしてくれていいのに。それでも仁はそんなこと、絶対にしたりしない。私を大事に想ってくれてるから。それなのに……私、また、無い物ねだりしてる……。


乳房を撫でる様に揉まれて、そこに存在する突起を摘んだり指の腹で擦ったりされるとくすぐったくも心地良い。すっかり敏感になったそれを舌で舐めたり、唇で吸う様にされるとゾクリとして思わず声が出そうになるけれど、自分の手を口に当てて堪える。

既にさっきから散々漏れていたって、それでもやっぱり部屋の中に自分の喘ぐ声が響くのは恥ずかしい。

それに気が付いてか、仁は私の両手を軽く握って顔近くへ抑えつけるようにして拘束すると、耳の下辺りから首筋、鎖骨にかけて音を立てながら口付けていくので、我慢できずに口から嬌声が零れる。

「いや、……あっ、……」

その間も、開いた足の間に入り込んだその体は腰を動かし続けていて、大きく隆起したものがゆっくりと出入りする私の中からは、生温いものが溢れ出して時折卑猥な水音を立てる。

掴まれた腕を少し動かすと、拘束していた手が離れてすんなり解放されたので、腕を仁の首に回してぎゅっと自分の方へ引き寄せるとぴったりと体をくっつけた。それからはただ、彼の作り出す動きに身を任せる。

(……気持ちいい……)

抱き合っている間も仁はいつもみたいに無口で何も言わないけれど、耳元でその荒い息遣いと、時折微かな呻き声が聞こえる。

目を瞑り快感に歪むその表情を想像してみると、もう気がどうにかなりそうになって、「好き」という感情がこの胸の中に溢れ出し、同時に得も言われぬ快感が押し寄せる。

「……あっ、あ……っんん……」

堪え切れずに口から泣き声にも似た嬌声が漏れて、思わず首に回す腕にぎゅっと力が入る。

兄妹でこんなことをしていると知ったら、みんなはどう思うだろうか。優紀ちゃんやお父さん、それに清純くんや壇くんの顔を思い浮かべれば罪悪の感情が湧き上がってくるのに、それ以上に心地良いスリル感が溢れ出し、溺れそうになる。

私達はルールを犯している。なんていけないことをしているのだろう……。そう自覚すればするほど、自分でもおかしいと思うくらいに興奮して、この上も感じてしまう。

首元に熱い吐息がかかり、その唇が首筋を這う様に音を立てて口付ければこの体中を支配する快感は増していくばかりで、いよいよ理性はどうにかなってしまいそうだった。

「仁……」

快楽に溺れ、朦朧とする意識の中、思わず口から零れるその名前。

それに反応する様に仁の両腕が私の脇の下をくぐって背中へと回り、包み込む様にぎゅっと抱き締められる。よりぴったりと二つの体が密着すれば、まるで身も心もすべて仁に支配されてしまったみたいで、今は他のことはもう、何も考えられない。

「……好き……、大好き……」

普段は面と向かってそんなこと、恥ずかしくて簡単には口に出せないのに、何故かベッドで抱き合っている時だけは素直になれてしまう。それはまるでうわ言の様に、好き、好きと喘ぎながら何度も繰り返す。

一体、誰が予想しただろう。あんなにも嫌っていた兄と、こんな風に求め合う日が来るなんて……。

けれど私は、心の中ではずっとこうなることを望んでいた。乱暴でも、強くて頭が良くて根性のある仁のことが男として堪らなく好きで、だから私のことも女として見て欲しくて、抱いて欲しくて仕方なかった。

妹のくせに兄を誘惑して、ねだって、自分のものにして……。

こんなことはいけない、そんなのだめなのに……と心の中で自分に言っても、それとは反対に快感は高まっていくばかり。素肌のまま抱き合って甘ったるい声を上げる自分のことをなんて淫らだ、いやらしい、と思えば思う程に興奮してしまい、心も体も濡れていく。

「あっ、あ……だめ……もう、いく……」

我慢できなくなって、その首にしがみ付く。速まることなくゆっくりと動き続ける仁の腰の動きに、気持ちいいと泣きたくなるくらいの快感の波が押し寄せてくると、それに目をきゅっと瞑りながら、口からは甘い嬌声が漏れた。

額に汗を滲ませて呼吸を荒くしながら、熱く火照った自分の中が鼓動しているのをぼんやりとしながら感じる。

「……ん、……」

優しくキスされているその間も、仁はぎゅっと私を抱き締めたまま離れたりしない。

……これは甘い毒だ。

じわじわと全身に巡り、痺れて、次第に身動きが取れなくなる。痛く苦しいのに、気がおかしくなりそうなほどに快感で、もうそれ無しじゃいられなくなる。

(……仁……)

私は、彼の温かい胸の中で愛されながら絶頂を迎える度に、いっそこのまま死んでしまいたいと思ってしまう。このまま死ねたらどんなに幸せだろう……。そう、いつも思っていた。





仁の横にぴったりとくっついて腕枕をしてもらいながら、すっかり機嫌の良くなった私はじっとその目を見つめて甘えた声を出す。

「仁、大学で誰かに私のこと聞かれたら、彼女だって言って?……ね?」
「……」
「ねえ、うんって言ってよ……」

我儘な子どもみたいに駄々をこねてその胸に手を当てると、仁は自分のもう一方の腕を私の頭の後ろへ伸ばし、軽く抱え込む様に顔近くに引き寄せた。

「……わかったよ」

返事なんてしてくれないと思ったけれど、案外優しい声を出してそう答えた。

そんなこと言わせたところで、仕方のないことだとわかっている。仁は、私が勝手にしている恋人ごっこの遊びに、付き合ってくれているだけなんだって。わかってるけど……。

だって仁は私の言うことならなんでも聞いてくれる。絶対に本気で怒ったりしない。仁は私のことが好きなんだって、口に出して言ってもらわなくても、痛いくらいに感じていた。だから、どうしてもやめられない。

「キスして……」

仁の胸の辺りをそっとさすりながらねだると、唇に柔らかいものがそっと触れる。

水音を立てて何度も繰り返す甘い感触に目を瞑りながら、頭の中であの女の人の顔を思い浮かべ、優越感に浸る意地悪な私がいた……。











「ペアリングがしたい」と私が仁に言ったのは、それからいくらも経たない頃だった。

初め、仁は「はあ?」といつもの様な低い声を出してあまりいい顔しなかったけれど、もう一度「ねえ」とねだれば、最終的には「……好きにしろ」と答えた。


「私はこれがいいな。仁、どう思う」
「……なんでもいい。お前の気に入ったやつにしろ」

さっそく一緒にアクセサリーショップへ行き、気に入ったデザインの物を見つけた私は試しに指にはめさせてもらい、それを見せると仁は両手をポケットに突っ込みながら興味なさそうな顔して言った。

「仁は気に入ったのないの」
「べつにねえよ」

せっかく、仁が前にくれたネックレスと同じブランドのお店に来てみたのに……。

「じゃあこれにしちゃうよ?」と一応聞いても「ああ」とそっぽ向いて言うので勝手にそれに決めて、それから「仁もサイズ測ってもらってよ」と背中を押した。だけど店員の人に対応してもらってる間も、全然指輪見てない。ほんとに興味ないんだ。

「彼氏さんですか?」

待っている間近付いてきたべつの店員に笑顔でそう聞かれ、「はい」と答えた。

それから、「格好いい方ですね」と褒められ、まあお世辞だろうなと思いつつも「そうでしょ?そうなの」と言いたくて仕方なかったけれど我慢して、さほど興味なさそうな顔しながら「そうですか?」と答えた。


指輪は仁が買ってくれて、オーダーしてからの受け取りも仁が行ってくれた。数週間後のある夜、家に帰って来た彼に無言で差し出されたブランド名の入った袋を「ありがとう」と言って受け取る。

「左手出して」

私は仁の手を取ると、さっそく指輪をその薬指にはめてみる。それから、今度は私の左手を差し出すと、興味なさそうな感じでだるそうにしながらも指に通してくれた。

仁の左手の薬指に自分と同じ指輪がはまっているのを眺めていると、言葉にできない様な快感にゾクリとして、私の中の支配欲みたいなものがじわじわ満たされていく。

ベッドに腰掛ける仁の膝の上に乗り、向き合う様にして座ると首に腕を回して顔を近付けてじっとその目を見つめた。

「絶対外しちゃ嫌だよ、いつもしててね」
「……」
「……ね?」
「……ああ」

うるせえ、とか言われると思ったけど、一応は頷いてくれた。「約束だよ?」と耳元で甘く囁いてから、少し顔を傾けて唇にキスすると、仁の腕も私の背中へ回りぎゅっと抱き締める。


兄のくせに妹の言いなりになるなんて変なの、と思いながらも、私は機嫌が良かった。

仁みたいな乱暴で、横柄で、誰の指図も受けない様な人間が、私の言うことならなんでも素直に聞くのが面白くて、顔には出さないけれど私は……心の中で愉しそうに笑っていた。









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