水族館に行きたいと言ったら、仁の予定が空いている日に連れて来てはくれたものの。

「可愛い。ね、ほら仁見てよ」

私が魚を指差すと一瞬だけそこを見るけどまたすぐに逸らしてしまう。仁は終始死ぬ程退屈そうな顔をしていて、今にもその口から「クソつまんねえ」という言葉が出そうだったけど、彼なりに我慢したのか実際に言われることはなかった。

じゃあなんで来たのかな、と不思議に思いつつも、それは当然私がお願いしたからだってわかってる。あの仁が、文句も言わず黙って付き合ってくれるだけで十分すごい。

こうしてると、まるで恋人同士でデートしてるみたい。他の人にもそう見えてるのかな。薄暗い水族館の中でずっと仁と手を繋ぎながら、そうだったらいいのにな。と、そんなことばかり考えていた。


「楽しかった。連れて来てくれてありがとう」

水族館を出た後にそう言ってみても仁は黙ったままで何も答えない。そんなにつまらなかったのかな。もしかしてあまりに退屈過ぎて苛立ってるのだろうか、と若干心配になる。

「仁、ありがとう」

ちょっと顔を覗き込んで笑ってみせると、ちらりと私のことを見た後、小さく「……ああ」と答えたその声はべつに怒ってるわけではないみたいだった。

少し歩いてから、ちょっと休憩してもいい?と聞くと、好きにしろと言うので近くのカフェに入り、頼んだ紅茶を飲みながら向かいの席に座る仁のことをぼんやり眺めていた。

私が代わりに注文してあげたケーキをさっさと食べ終えてしまった仁は、お店が禁煙なので煙草を吸うこともできずにここでも退屈そうにしてる。すると私の視線に気が付いたのか「なんだよ」とちょっと不機嫌そうな顔をした。

「べつに……」

周りの席にもカップルが何組かいるけど、仁が一番格好いい。多少ガラは悪くても、身なりはきちんとしてるし、体付きだって大きくて男らしいし。騒がしくお喋りしたりもしない。

みんなにもっと私の男を見て欲しい、自慢したい気持ちで一杯だけど、やっぱりそんなのおかしいから絶対言ったりはしない。顔に出さない様に我慢しながら、仁のことをじっと見ていると段々堪らない気持ちになってくる。

(……、好き)

今すぐキスしたいけど、でもこんなとこでしたら普通怒られるし、他にそんなことしてる人いないし。と思ってなんでもない平然とした振りをしながら、カップをソーサーの上に置く。

仁は、家の中でなら私から一日に何回キスしてもべつに何も言ったりしないのに、たまに外ですると急に不機嫌になって、「ふざけたことしてんじゃねえぞ」って怒り出す。

誰も見てないよ、って私が笑っても怖い顔はそのまま。案外シャイなのか、そんな仁がなんだか面白いから時々、耳打ちする振りしてキスしてはからかって遊んでる。その度に「二度とすんな」って怒られて、それには一応頷くもののちっとも守ってはいない。


「ねえ仁、この後どうする……?」

テーブルの上に置かれている仁の手に自分の手を重ねて撫でながら、少し首を傾げてちょっと甘えた様な声を出す。

まあ、いつもならこのまま家に戻るかもしれないけど。でも、なんだか今日はまだ帰りたくない気分……。どうするってなんだよ、と聞かれても黙ったままそれには答えない。

「……」

じっと目を見つめたまま、今度は指を絡ませる。そのまま何も言わずにしばらくそうしていると、じきに仁の大きな手が動いて、私の手を包み込んでぎゅっと握った。

カフェを出てから、また手を繋ぎながら、次第に陽の暮れていく街の中を歩く。いつか私が、たまには外でしてみたいなって言ったこと、仁は覚えていてくれただろうか。

そうだったらいいな、と期待を抱きながらずっと黙ったままの仁について歩いていると、じきにホテル街の様なところに入ったのでどうやらわかってくれたみたいだった。











ソファに座って煙草を吸う仁の横にぴったりくっついて、その体に抱き付く。時々、私が顔を近付けてその唇にキスしても、それには抵抗もせずなされるがまま。

抱き合ってる時でもなければ、普段仁の方からキスしてくることはあまりない。朝出掛ける時とか料理してる時とかに、いつも私がくっ付いていって無言で胸や肩を撫でると屈んでくれるので、その首に腕を回しながら私から口付ける。

それでも十分幸せだけど、たまにはもうちょっと強引にされてみたいな……。キスも、……セックスも。

いつもならそんなこと口には出せないのに。今日は、普段と違う場所だし。どうしてもそうされてみたい気分で、私は仁の肩から腕の辺りを撫でながら「ねえ、仁」と少し首を傾げる。

「……今日は強引にして欲しいな」

ちょっとどきどきしながらもそう言ってみると、私の方を向いた仁と目が合う。だけど何度か瞬きしている間も、べつに何も答えない。仕方ないのでもう一度頼んでみることにした。

「ねえ仁、強引にして……?」
「……はあ?」
「無理やりするみたいにして欲しいの……」

仁は眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そう。自分で言っておきながらちょっと恥ずかしくなってくるけど、でもずっと、そうされてみたかったから。仁に強引にされるのって、どんな気分なんだろうって、いつも勝手に想像してた。

「……くだらねえ」

目を伏せながら、心底そう思っている様子の仁が白い煙を吐き出すのを、黙ったままとなりで眺める。

「んなことしてなにが面白えんだ」
「……だって、ずっとそうされてみたかったんだもん……」

お前マゾかよ、と言われてそれには「違う」と返したけど、全然聞いてないし多分違わない。自分からそんなことお願いするなんてやっぱりちょっと変だよなとは思いつつも、どうしてもされてみたくて我慢できない。

「私が嫌がってもやめないで。仁の好きな様にしていいよ」
「……」
「ね、いいでしょ……?」

私は甘えた声を出しながら、仁の太股をそっと撫でた。

「……」
「仁……お願い」
「……、ったく」

溜息を吐く様に煙を吐き出した後、煙草を灰皿に押し付けると、仁は私のことをじっと見た。

「……」

だけどそれは、もういつもの仁の目とはまるで違った。私に向かって不機嫌そうな顔する時とは比べ物にならないくらい、鋭くて、感情のない色をしていて……思わずぞっとする。

「立て」

聞いたこともない冷たい声でそう命令されて、なんだか急に怖くなった私は固まったまま動けない。すると先に腰を上げた仁に強く腕を掴まれて強制的に立たされると、そのままベッドまで連れて行かれ、その上に荒っぽく放り出された。

「きゃ、」

一瞬目を瞑ってしまった後、何かがのしかかる重みを感じてすぐに瞼を開くと、動けない様に両手を押さえ付けながら仁が私の上に覆い被さっている。

掴まれている手首が痛い、と思っても我慢してそれは口には出さない。抵抗してみたって、握るその力はもっと強くなるだけで身動きなんてまるで取れない。力の差はあまりにも歴然で、普段仁がいかに私に手加減してくれているかを実感してしまった。

私のことを見下ろすその視線に、優しさなんて微塵も感じない。どこまでも冷酷で、深い残忍さを帯びている。

(……怖い)

いつも一緒にいる仁とはまるで違う。今まで、こんな視線を向けられたことなんてない。まるで、ケンカして一方的に誰かを殴っている時の目だ……。もう止めてくれ、と相手が懇願するのも無視して、暴力を振い続ける時の、加虐性を秘めた仁の目だ。

「……やだ……」

……嫌だ、怖い。

自分でそうして欲しいと頼んだくせに、今の仁のことが怖くて仕方なくて、思わず震えた声を出す。だけど、やめてなんてくれない。だって、私がそうお願いしたから。

掴まれていた手首から片手だけが離れると次にそれは服の中へと入り込み、ブラジャーごと上へ押し上げて乳房を覆い、揉みしだく。それと同時に首筋にキスされるけれど、まるで噛み付かれているかの様に感じて私は小さく悲鳴を上げた。

心臓の鼓動が速まって、呼吸がどんどん荒くなる。それは恐怖からなのか、それとも初めて仁に手荒にされて興奮しているからなのか……自分でもよくわからない。

残る方の手も手首から離れたので、両手でその胸を押し返して体から離そうとしてみても、びくともしない。自分なりにかなり強い力を入れているつもりなのに、仁はまるで何も感じてないみたいで、黙ったまま冷たい目でじっと私のことを見下ろしている。

すると今度は大きな手がスカートを強引にめくり、荒々しい動きで下着の中へと入り込むと、遠慮もなしに柔らかく敏感な箇所を指で弄った。

「や、っ……」

手で制止しようとしたって、そんなの力で敵いっこない。ショーツを強引に下ろして脱がされると、隠すものもなく露わになった秘部へ仁の指が入り込む。私は、軽い痛みに混じった妙な快感と、明るい部屋でその部分を仁に見られることへの恥ずかしさから思わず身をよじった。

けれど、「いや」と声を漏らしてもやめてくれるはずがない。さらには、大きく広げられた足の間に仁が顔を埋め、熱く疼く箇所へその舌がやらしく這えば、抵抗する心とは反対に体の中からは生温いものが溢れ出す。

卑猥な水音が部屋の中に響き、その大きな手が私の太股を抑えながらも撫で回す様にされると、堪え切れない羞恥心と快感に思わず口から声が漏れる。

「……あ、……やぁっ……」

視界には、服装を乱された自分の体と、その先にはいつもと違う仁の姿が映る。怖いと思うのに、口では嫌だと言うのに。仁に女として求められている気がして、どこか興奮してしまう。

手の甲で口元を押さえながらもその様子を見ていると、じきに体を起こした仁が自分のベルトに手を掛ける。カチャカチャと音を立てながら外している間も、私は何もできずベッドに横たわったままそれを眺めていた。

こんな時でもちゃんと避妊はするんだ、と頭の隅でぼんやり考えながらも、やっぱり、いつもより随分と早く強引な挿入に対する恐怖心は拭い切れず、鼓動が速くなる。

いつもはあんなに優しいのに……。だけどそれは私が頼んだから、こうしてくれているのだ。と、理解はしていても、実際にそうされてみるのは想像とは違った。私は、仁がすっかり優しい男になった様に思い込んでいたけれど、本来の彼はとてもそんな人間などではない。

凶暴で、反抗的で、横柄で常識外れ……それなのに、酷く利発。人を傷つけることにも一切躊躇しない。大人も、誰も、仁には敵わなかった。だから、そんなもの何一つ持っていない私のことを、仁は妹だからっていつも大目に見て、容赦してくれていただけだ。

本当は、ずっと怖い人だった。その本性はきっと……今も変わらない。


「いや、っ……」

強引に仁のものが私の中に入り込んでくることに、抵抗してみても、そんなの何の意味も持たない。心の奥では、ずっと小さい頃から仁のことが好きでも、きっとそれ以上に恐ろしいとも感じていた。

いつだって仁は、自分の気分次第で、弱い私のことなんていくらでも好きな様に扱えるのだろうと、怯えていた記憶がある。乱暴されたことはないけど、それは仁がしなかっただけで、今みたいにこうやってしようと思えばいつでもできたはずだ。

周りのみんなは仁のことが怖いと言った。強くて敵わない、何をされるかわからない、と。妹の私もどこか同じ様に感じていた。好きと思いながらも、いつも……なんだか怖かった。

「……やだ、……やめて……」

自分でも忘れていた幼少期のトラウマに、思わず仁の腕の辺りの服を掴むけど、やはりやめてはくれない。感じる痛みと、普段よりずっと激しい動きに呼吸はどんどん浅くなり、まるで仁じゃない別の誰かとしているのではないか。そんな錯覚にまで陥った。

怖い……兄が怖い。

幼い日に抱いた恐怖心に、心は支配される。


「やだあっ、仁やめてお願い」

耐え切れずに悲鳴の様な声を上げると、仁はピタリと動かすのを止めた。私は肩で息をしながら、見下ろしている仁の顔を恐る恐る見ると、その目はもういつもの仁の目に戻っていた。

本気なのかと思ったけど、やっぱりそういう振りをしていただけなのか……と、心底ほっとして息を吐き、脱力する。

「…………ごめん……」
「……」
「大丈夫……、続けて……」
「……もうやめとけ」

仁は低い声で溜息交じりにそう言うと、掴んでいた私の手首を離した。自分でそうして欲しいと頼んだのに、いつもの仁だ……と安心してしまう。本気で嫌がったりして悪いことをしてしまった。

私は、自分で思っている以上に仁のことを怖いと感じていたのだろうか……。

「いいの、平気だから……」
「嘘吐くな」
「……」

確かに、未だに心臓はどきどきしているままだし、額や体にはなんだか変な汗をかいてる。全然平気なことなんてないけど、でも元はと言えば私がそうしてと頼んだのだから。強引にしてみて欲しかった気持ちは本当だったし。

早々に体を起こして私から自身を抜くと、離れようとする仁の腕を「待って」と、思わず掴む。

「……やめないで」
「……」
「お願い……もう嫌って言わないから……」
「……」

少しして、仁は溜息を吐きながら再び私に覆い被さると、その手で私の額に滲む汗を拭う。もう一方の手は、今度は掴むのではなく、そっと指を絡ませて繋いだ。

いつの間にか私は泣いていたのだろうか……。なんだか視界がじんわりと滲んでいて、目の端から一筋、涙が零れ落ちると、仁はそれもそっと拭ってくれる。

その後、唇や首筋に何度か優しくキスされながらぼんやりとしている間に、次第に鼓動や呼吸も落ち着いてきた。あんなことを希望しておきながら、やっぱり普段の仁に戻ってほっとしている自分がいる。

「……仁」

小さい声で名前を呼ぶと、少しして「……なんだよ」と返ってきた。

「ごめんね……」

そう謝っても答えはなかったけど、数秒見つめられた後、また唇にキスをされた。それからの仁の抱き方は、いつもみたいにすごく優しくて、まるでさっきまでの強引さなんてどこかへ消えて行ってしまったみたいだった。

気が付けば、何度か体勢を変えるうちに私の服はいつの間にか全部脱がされていて、仁も裸になっている。抱き締められながら、また仰向けになると仁は私のことをじっと見下ろす。だけど、もうその目を見ても怖いとは感じなかった。

緩やかな腰の動きに身を委ねながら、その肩から背中、腰とお尻まで手を滑らせる様にすうっと撫でる。私がどこをどんな風に触っても、仁はいつもちっとも怒ったりしない。

「……あっ、……ん」

心地良い快感に熱い吐息を含んだ声が漏れると、仁は音を立てながら私の首筋や耳元にキスした後に、唇にもキスをされたので、目を瞑りながらその背中を抱き締める。

日常生活の時も、もっと仁からキスして欲しいだなんて、私は随分と贅沢なこと考えてたな。仁はベッドの上でなら、いつもこうやって数え切れないくらい自分からしてくれるというのに。

私は無い物ねだりばっかりしてる……。我儘たくさん言って、付き合わせて、仁のこと振り回してる。それでも怒りもせずに優しく抱いてくれる仁の腕の中で、私はあんな風に望んだことを後悔していた。

仁は、ああしたら私が怖がるってわかっていたのかもしれない。だからいつも嫌がることせずに、優しくしてくれていたのに。私はそんなこと、気付きもしないで。もう、あんなこと言ったりするのは……やめよう。


「……

仁の落ち着いた声が私の名前を呼びながら、そっと頬を撫でられる。いつも仁に名前を呼ばれると、私の胸は甘く、そして苦しく疼く。

「……

じっと見つめられるともうそれだけで更に感じてしまい、押し寄せる快感に泣き声の様な喘ぎが口から漏れる。気がどうにかなってしまいそう……と思いながらも、視線を逸らせない。


「……だめ、……呼んじゃだめ……」

普段あまり名前を呼ばれないのに、抱かれている時に、それもすごく優しい声で何度も呼ばれたりしたら、おかしくなる。と思って、背中に回していた手を離し、両手で仁の頬を包むと片方の親指で軽くその唇を抑えた。

仁はそんな私のことを見て、からかっているのか少し笑っている。それから私の手を掴んで顔から離すと、それは握ったままぴったりと体をつけて首筋に何度もキスをする。耳元には熱い吐息がかかり、キスの途中にも、仁は「」と私の名前を呼んだ。

「……だめだってばぁ、っ……」
「……
「やぁんっ……、あっ……だめぇ」

それからも優しく何度も名前を囁かれ、全身を襲う快感になんだか気が遠くなる。私は、仁に名前を呼ばれながら、甘ったるい嬌声を零しつつ達してしまった。

ぎゅっと抱き締めらて、甘美な余韻にぼんやりとする。軽く息を切らしながらも目を瞑って、仁の温かさに優しく包まれたこのまま、永遠に眠ってしまいたいと……思った。











家に戻り、夜、寝支度をしてから部屋に入ると仁はベッド上に胡坐をかいていたので、その上に座って胸に顔をくっ付けると背中に腕を回して抱き付いた。

上目遣いに仁のことを見ると、私を見下ろすその目はもうすっかりいつもの仁で、今日見たあの恐ろしい姿はまるで嘘の様に思える。しばらく黙ったままそうしていると、仁は私の頭をそっと撫でた。

「……
「んー?」
「お前、どっか痛むか」
「え……?」

くっ付けていた体を離して仁とまっすぐ向き合うと、じっと私のことを見ている。なんのことだろう、と一瞬思ったけれど、すぐに今日強引にされた時のことだとわかった。

もしかして気にしてるのかな、と思いつつ、「べつに平気だよ」と言ってみても黙ったまま何も喋らない。嘘だってわかってるのかな。私が、あんなに嫌がって泣いてたから……。

「うーん……そういえば、掴まれた手首がちょっと痛かったかも……」

と手を仁の前に差し出すと、大きな手でそれを包み込む様にして、そっとさすった。それから「こっちも」と反対の手も見せると、同じにさすってくれる。

(……べつに気にしなくていいのに)

頼んだのは私なんだから。そう思いながらも、こんな仁は珍しくてちょっと嬉しかった。だからついでに、僅かに噛まれた首も、髪の毛を払って見せてみる。

「あとね、仁に噛まれたところが痛かったの……ここ」

さっきお風呂で確認してみたら、べつに跡なんか付いてなかった。だから、「ここ」と指で示してみても正しくその場所なのかは、もはや自分でもわからない。だけど仁は眉間に皺寄せてじっと私の首を見てる。

そっとその場所を指で撫でた後、ぎゅっと抱き締められたので、私はぱちぱちと瞬きをする。仁はもうそれ以上何も言わなくて、だから私も、静かにしていた。

少しして部屋の明かりを消し、ベッドの中に入った後も相変わらず仁に抱き締められたまま。どうしたのかな、と思いつつ、ちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ……私のこと強引にして、楽しかった……?」
「……楽しいわけねえだろ」
「興奮したりしなかったの」
「するかよ」

仁の声は不機嫌そう。

「仁は私に無理やりしてみたいって、思ったことない……?」
「……ねえよ」
「ふうん……」

そうなんだ。随分、本気そうに見えたけど、やっぱりそう演じてただけなのか。私がやめてって言わなくても、もしかしたらあの後無理には続けてなかったのかもしれないな。

私はいつも自己中心的な考えばっかりで、仁のやりたくないことさせたりして、悪いことしてしまった。と、心の中で反省した。

「俺をお前の変態趣味に付き合わせんじゃねえよ」
「……変態じゃないよ」
「変態だろうが。男に犯されてみてえとか」
「……違うもん……」

そういう表現をされると確かに変態感あるけど、私はべつに男なら誰でもいいのじゃなくて、仁に対してだけなのに……と思いつつただの言い訳にしか聞こえないから、もう反論しないことにした。途中ちょっと興奮してたのは本当だし。また変態だって言われちゃう。

「馬鹿なことさせんな」
「……ごめん……もう言わないよ」

あんなにまで仁のこと、怖いと思ってたなんて自分でも知らなかった。きっと忘れてただけで、ずっとそうだったのかな。仁も、私にそういう風に思われるのが嫌だったのかも……。

確かに怖いけど……でも、恐怖心に泣いてたのは、小さい頃の私であって今の私じゃない。仁は、すごく恐ろしい人だと、知っている。それはこれからもずっと、変わらないだろう。

でも、それと同じくらい私には優しいのだともうわかったから。だから平気。と、ぎゅっと一層強く抱き付けば、それと同じに仁の腕にも力が入ったのを、感じていた……。









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