私はなんとなく、仁が戻って来たのは清純くんのお陰なのではないか、と思っていた。だから電話して尋ねてみたけれど、清純くんは知らないと言う。

「ほんとに清純くんじゃないの……?」
「うん。でもよかったね、亜久津が帰って来て」
「……うん、嬉しい」
「そっか。じゃあ、できれば優紀ちゃんとお父さんにも連絡してあげて?」
「……」
「あ、無理とは言わないけどさ。すごく心配してるみたいだったから」

連絡しなければ、と何度思ってもなかなか出来なかったけれど、やっぱりいつまでも心配掛けているのは申し訳ないと思ったし、清純くんにそう言われたのではとても断れなくて「うん」と頷く。するとお風呂に入っていた仁が出てきたので、「ごめん、またね」と言って電話を切った。

「お前、今誰かと喋ってたか」
「……うん。清純くんと電話してた」
「千石?」
「そう……。あのね、清純くんとっても良くしてくれたの」

もう嘘は吐かないと言ったし、べつにやましいこともないから私は清純くんとのことを、全部正直に打ち明けた。私をすごく心配して、気に掛けてくれたことと面倒見てくれたこと。あ、でも彼に迫ったところだけは内緒にしちゃったけど。

仁は黙ったまま静かに聞いていて、機嫌が悪くなったりもしない。ちっとも実家に帰らず、連絡もしていないことをどうしようと相談すると、仁も清純くんと同じ様に「連絡しろ」と言った。

「うん……」
「なんだよ、できねえ理由でもあんのか」
「べつに、ないけど……」

そう尋ねられて、浮かない表情を隠せない。両親に嫌なことをされたわけじゃない。だって、したのは私の方だから。とっても優しく、愛してくれていたのに、私は自分勝手にあの家を出たりして。それに、お父さんのことだって……。

でも、いつかはちゃんと会って謝ろうと思っていたし。思い切って「明日実家に行ってみる」と言ってはみたものの、喉から出た声はちっとも覇気がない。そんな私の様子を察したのか仁は、

「一緒に行ってやろうか」

と言った。そうだ。仁だって、私と似た様なものじゃないか。ロクに連絡も寄越さないで、居場所も教えずに。と、俯いていた顔をぱっと上げたけれど、なんだか余計にややこしくなりそうだったから、いいよと断ると仁は「そうかよ」とだけ言って、私の頭を軽く撫でた。


私は次の日、仁が乗って来たバイクで実家のマンションまで送ってもらうと、両親のいる部屋には自分一人で行った。休日だから、きっと二人とも家にいるんじゃないかな。優紀ちゃんは結婚してからウェイトレスの仕事も辞めてるし。

事前に連絡すればよかったけど、それはなんだか怖くてできなかった。自分の家だというのに妙に遠慮しながらそろそろと中へ入って行き、リビングへ続く廊下のドアを開けたところで、先にすぐそこにいた優紀ちゃんと目が合った。

「……?!」
「あの、……」

長い間実家に帰らず、連絡先も変えたまま教えていなかったことを謝ろうとすると、その前にぱっと近付いて来た優紀ちゃんにぎゅっと強く抱き締められたのでそれは口にできなかった。

「よかった……!無事だったのねっ」
「うん、その……」

いっそ痛いくらいの力を込めながら優紀ちゃんは、わっと泣き出したので、どうしようと思っているとそんな騒ぎを聞き付けたのかお父さんも違う部屋からやって来た。それからはお父さんにも抱き締められて、両親は二人とも「よかった」と言って泣くので、そんな様子を見ていたら私の目にも次第に涙が滲んでぽたりと零れ落ちる。

「ごめんなさい……」

抱き締めてくれるお父さんに泣きながら何度もそう謝ると、「ちゃんが無事ならそれでいいんだよ」と怒りもせず、頭を撫でながら優しく言ってくれた。

三人でソファに座り、これまでどうしていたのか聞かれたので話し、それからお金をずっと振り込んでくれていたことに対してもお礼を言った。お父さんのお金はずっと使わないでいたけれど、毎日飲みに行く様になってからはいくらか飲み代に消えていった。でも、そんなの気にしなくていいのだと笑う。

「お父さん、ありがとう……」

酷いこと言ってごめんね。今でも時々はパパに会いたいと思ってしまうけれど、でもお父さんのことも本当に大切だから。今なら、そう思える。私もお父さんのことが好き。大好き。


「もう家に帰ってらっしゃいよ」

優紀ちゃんにはぎゅっと手を繋がれたまま、そう言ってくれたけれど、私はちょっと俯いてしまう。両親のことは大好きだし、もう心配掛けたくない。でも……。

仁の姿が頭に浮かんで、すぐに「うん」とは答えられなかった。元はといえば仁がいなくなって寂しくて仕方なくて、なんだか優紀ちゃんまでお父さんに取られてしまった気持ちになっていた私は、勝手に孤独だと思い込んでこの家を出た。

でも、その仁が私の所へ帰って来てくれた今、一体どうしたらいいのだろう。私達の関係なんて、当然正直に話せるわけない。でも、また嘘吐いてどこかで暮らすと言えば心配掛けちゃうし……。

「ちょっと考えてもいい……?」

そう聞くと、二人は顔を見合わせた後、それでも頷いてくれた。泊まっていきなさいよ、という優紀ちゃんの言葉に、悪いなと思いつつも仁が外で待ってくれているから「ごめんね、また来るから」と謝り、実家を後にした。




エレベーターを下りて外へ出ると、バイクの横にしゃがみ込んでいた仁が立ち上がって私のことを見る。

「いたかよ」
「……うん」
「話せたのか」
「……うん」
「どうした」

仁に近付いてその胸にそっと体を預けると、背中にそっと大きな手を当ててくれる。

「なんか言われたのか」
「ううん……」

違う、と言っただけでそれ以上は話せずにいると仁も追及することなく、黙ったまま背中を撫でるだけ。少ししてゆっくり体を離すと、下からじっと仁の顔を見上げた。

「……仁」
「なんだよ」
「私……仁とずっと一緒にいたい……」
「……」
「もう離れたくないよぉ……」

私の瞳にはまた涙がじわりと滲み、あっという間にぽろりと零れ落ちる。仁は「どうしたんだよ」と聞くけど、それには答えられずにただ泣いていると両腕でぎゅっと抱き締められた。

「なに泣いてんだよ」
「だってぇ……」
「言ってみろ」

仁に頭を撫でられながら、顔を覗き込まれる。その優しい声に余計に涙が出てくるけど、私はぼろぼろと涙をこぼしながら嗚咽交じりにも、なんとか説明しようとする。

「優紀ちゃんは、帰って来なって……言うの。私、もう二人に、心配掛けたくない……」
「……それで?」
「でも、……でも仁と一緒がいい……離れたくない、……そばにいたいんだもん……」

仁にしがみ付きながら、私はそれからも泣き続ける。なにがそんなに悲しいのか、自分でもよくわからないけれど、もしかしたらまた仁と離れることになるのかも……なんてそんな可能性を少しでも考えただけで涙が溢れ出して止まらない。

「ならずっと一緒にいりゃいいだろ」
「……いいの……?」
「いいもなにも、離れんなっつったのはお前だろが」
「うん……」
「俺はどこにも行かねえから、もう泣くな」

背中をさすられて、それから泣き止ませる様に優しくトントンと叩かれる。こんなの、もう子どもを通り越して赤ちゃんだなと思いつつも、それでも嬉しい。だって、いくつになっても仁に甘えたくて仕方がない。

時折近くを通り過ぎて行く人達が、不思議そうに私達のことを見ては去ってゆく。しばらくして気持ちと涙が落ち着くと、仁にヘルメットを渡されて後ろへ乗る様に促され、またバイクで私のアパートへと戻った。

部屋へ上がり、ベッドの上に座ってぼんやりしていると仁も後からやって来て、横へ腰を下ろすと私の体をぎゅっと抱き締める。

「……仁」
「なんだ」
「仁はこれからどうするの……?」

これからもこの日々が続けばいいのに……そう願いながらも、今のままではいられないという不安も確かにあった。二人ではここに住み続けられないし、仕事も見つけなくちゃいけない。

ずっと一緒にいたいけれど、具体的に考えれば考えるほど、心配にもなる。これからどうするのだろう、どうしたらいいのだろう、私達は……。

「お前はどうしてえんだよ」
「……私は、……」

ずっと夢に見ていたこと。私達のことを誰も知らない場所へ行って、二人だけで静かに暮らしたい。そこなら兄妹だって知る人もいないから、隠す必要や、気に病むこともきっとない。

「なんでもいい、言え」

ちょっとだけ躊躇したけど、そう促されたので心の中で思っていた希望を口にすると、仁は「わかった」とだけ答えた。

「どうするの……?」
「お前の言う通りにすりゃいいんだろ」
「え、でも……」
「なんだよ」
「……そんなの、いいの……?」

嬉しいけれど、なんだか信じられない様な気持ちで尋ねると、仁は私の頭を撫でた。どうやら、本気で私の言う我儘を全部聞いてくれるつもりでいるみたいだ。


何日かすると、私は仁に連れられて少し遠くへ出掛けた。そこは東京を出て、車で数時間。決して都会とは言えないけれど、それほど田舎というわけでもない。こんな所へ来て一体どうするのだろう、と思っていると、仁は家を見つけるのだと言った。

「ここで暮らすの……?」
「ああ。不満か?」
「……ううん」

そう答えて、首を横に振った。私はどこでもいい。仁がそばにいてくれるなら、どこだって。でも、まさか本当に夢が叶うとは思っていなかったから、驚いていた。それもこんなに早く。確かにこの辺りなら知り合いに会うこともないし、さすがに仁を知っている人もいないだろう。

不動産屋へ行き、いくつかのマンションなどを見て回った。どこがいいかな、と尋ねると仁は「お前の好きな所にしろ」と言うので、私の気に入った部屋に決めた。大事なこと、こんなにあっさり決めてしまっていいのかな……とぼそりと呟くと、「住めりゃどこでもいいだろ」とあまりこだわりがなさそうだ。

仕事はなにかあったの?と聞くと、以前にバイトしていたバイク屋の店長さんの知り合いの人が、この辺りで同じ様にバイク屋をやっているので、紹介して貰ったらしい。

「そうなんだ……」

仁は頭が良いし、なんでもすぐに覚えられるからたとえどこへ行っても、どんな仕事でもできると思うけど。

(私も、なにか見つけないとな……)

それからまた東京に戻り、新しい家の家具を探したり、引っ越しの荷造りなどをしていた。もうじき、望み通りになるんだ……と喜びを感じてはいても、同時に、ずっと胸に引っ掛かっているものがある。

それは、やっぱり両親のこと。せっかく帰っておいでと言ってくれたのに、また離れてどこかへ行ってしまうなんて……。そう思って作業する手を止めて、じっと考え込んでいると仁がとなりへやって来て座った。

「明日、優紀んとこ行くぞ」
「……え?」

急に何を、と思って顔を上げて仁の顔を見る。さも二人で一緒にいくかの様な口振りに、きょとんとしていると。

「お前、もう嘘吐くのはやめんだろ」
「……うん」
「なら、あいつに全部話す」
「……え、……」

ちょっと待って、と言って思わず仁の服を掴んだ。全部話すっていうのは、当然、東京を出て二人で一緒に暮らすこと。だけど、そうしたらどうしてそうなったかも言わなくちゃならなくて、つまりそれは……。

「……やめて」
「あ?」
「やだ、言いたくない……」
「いつまでも黙ってたって仕方ねえだろが」
「……だって、……」

私達の関係を優紀ちゃんやお父さんが知ったら、なんて思うかなって。ずっと、長い間考えていて、でもそれは想像するだけで怖くて仕方なかった。一体どんな顔するだろう、どんな風に思うだろう……って。

思わず俯き、膝の上に置いた自分の左手を眺める。薬指には、仁と同じ指輪。この前実家に戻った時、ずっと自分の部屋の引き出しに仕舞ってあったのを持って帰って来た。仁はもっと高いのでもなんでも好きなのを買ってやると言ってくれたけど、私はこれがいいと答えた。

ずっと一緒にいたい。そばにいたい。それなら、いつかはきっと、ちゃんと話さなければいけないと。わかってはいたけれど。

すると私の左手に仁の手が伸びてきて、ぎゅっと握られた。重なったその手には、お揃いの指輪……。ぱっと顔を上げると仁はじっと私の目を見ている。

「ずっと一緒に暮らすんだろ」
「……うん」

穏やかなその声に、この胸は切なくもどこか安らぎを覚える。微かに笑ってみせると、そっと抱き締められて、もう私は一人じゃないのだから。何も不安に思うことなどないのだ……と、目を瞑りながらなんだか目の奥が熱くなるのを感じていた。









「えー?結婚は嘘だった……って、どうしてよお。なんでそんなこと」

当然、優紀ちゃんは不思議そうな顔した。

「それに、今度はと一緒に住むだなんて……」

突然仁が私と一緒に帰って来たかと思えば、結婚した話は全部嘘で、その上これからは兄妹二人で暮らすだなんて。そんなの、誰だってすぐに受け入れられるはずがない。

仁の戻ったことにせっかく喜んでいた優紀ちゃんは、一体何がどうしちゃったの、という雰囲気でちっとも自体が飲み込めていない様子だった。仁は回りくどいこと話さないからな。いつも説明が足りないから、そうなっても仕方ない。

私はというと、仁に「優紀には俺が話す。お前は黙って座ってろ」と言われていて、だから仁のとなりで何も言わずに大人しく二人の話を聞いている。 そして、お父さんは気を遣ってか私達からは少し離れた場所に、一人静かに座っていた。

「これから、の面倒は全部俺が見る」

はっきりとそう口にする仁の言葉に、優紀ちゃんは目をぱちぱちさせる。それに、嘘を吐いていただけでこれまでにも一緒に住んでいたことがあるのだと正直に話せば、余計に不思議そうな顔をした。

「そりゃ、仁が一緒にいてくれるなら安心だけど……。でもあなた達、そんなに仲が良かったの?」

子どもの頃から嫌っていたはずの兄と実はこっそり同棲していて、一度離れたとはいえ、またこれからずっと二人で暮らすだなんて。いくら優紀ちゃんでも、きっと想像もしていなかったに違いない。

「だったらなんだ」
「ううん、べつにいいんだけど。ちょっとびっくりしちゃった」

(……なんだ、全部話すわけじゃないのか……)

私は、仁は私達の関係を言葉通り全て話してしまうのかと心配していたけれど、一緒に住む話くらいで深いことまでは口にしなかったので随分とほっとしていた。

「でも、なにも東京を出なくたって……。近くで暮らせばいいじゃない」

ねえ、と優紀ちゃんは私の顔を見たので意見を求められているのだとはわかっても、仁に黙っている様言われているので口を噤んだまま何も返さない。すると少しして、

「もう決めたことだ」

と仁が代わりに答えてくれた。私の我儘で、両親とは離れた場所で暮らすことになったから、寂しがる優紀ちゃんにはなんだか申し訳なくなる。これまでずっと心配や面倒ばかり掛けてきたのに。また二人でどこかへいなくなってしまうだなんて。

「……そう。でも、せっかく仁もも戻って来たのに」
「……」
「以前にがルームシェアするとか言って、出て行っちゃったことがあったでしょ?ちっとも詳しいこと話してくれないしあんまり帰って来ないから、心配で……だから仁に相談したの。そうしたら割とすぐにが戻って来たんだけど……」

優紀ちゃんの話す内容に、え……?と思ってちらりと仁のことをみるけれどその横顔がこちらを向くことはない。

「あれって、仁と一緒に住んでたのね。なんでよ、言ってくれればよかったのにぃ」

責めるつもりでもなく素直にそう言うだけの優紀ちゃんに、仁は何も返さない。二人でお揃いの指輪をしていることに気付いているのかいないのか。優紀ちゃんはそれについては言及しなかった。

私達の詳しい関係については確固として話さない仁に、優紀ちゃんは諦めたのか小さく溜息を吐いた後「まあ、それはいいわ」と言い、それからも話を続ける。

「でも、ってば一人暮らししたいって、またそのうちいなくなっちゃって。仁だって、大学生の時出て行ったきりでしょう」
「なにが言いてえんだよ」
「……だって、寂しいじゃない」

そういう風に言われると、改めて私達二人がいかに問題児であるかを痛感させられる。怒っているわけではなく、しゅんとした雰囲気の優紀ちゃんは少し幼げにも見えて、それに後悔や反省の気持ちが湧いてくる。心配ばっかり掛けてごめんね、という言葉が私の頭の中を埋め尽くした。

「お前にはあいつがいんだろが」

そう言って仁が顎で示す先には、キッチンの椅子に腰掛けているお父さんの後ろ姿。優紀ちゃんは「そうだけど……」とちょっと拗ねた様にしてまだ完全には納得できていないみたいだった。

だけど少しの沈黙が続いた後、優紀ちゃんは自分の心の中で整理をつけたのか、俯きがちになっていた顔を上げた時にはもういつもみたいに笑っていた。

「わかったわ。でも、またちょくちょく顔見せに来てね」
「ああ」
「ちゃんと電話もちょうだいね」
「ああ」
「そうだ、向こうに行ったら新居の写真を……」
「まだあんのかよ、うるせえな」

あれこれ言う優紀ちゃん対して仁は鬱陶しがるけれど、慣れているせいか全然気にしていない様子でにこにことしていた。それに仁もべつに本気で言っているわけではない。きっと、心の中ではまたいなくなってしまうことを悪いと思っているだろう。

「でも、よかったわね。二人とも仲良しになって。仁、昔からのこと好きだったものね」
「……あ?なに言ってんだテメエ」
「えーだって、小さい頃いっつもって言ってたじゃない」
「言ってねえよ」
「うそぉ。がいないと、はどこに行ったんだってすぐ聞いてきて……」
「ざけんな、いい加減にしろよババア」

なんだか妙な親子喧嘩を繰り広げる二人のとなりで、私はそれでも黙ったまま。優紀ちゃんの口から語られる事実にちょっと驚きつつも、仁がそんな風に私のこと言っていただなんてちっとも知らなくて。聞いているだけなのになんだか恥ずかしい気持ちになってくる。

「素直じゃないんだから」

仁も仁だけど、笑いながらさらっとそんなこと言える優紀ちゃんはやっぱりすごい。そんなやり取りに疲れたのか仁はしばらくの間押し黙ると、ふとどこかから封筒を取り出して無言でそれを優紀ちゃんに手渡した。

「なあに……?どうしたの、このお金」

優紀ちゃんの様子と封筒の厚みから察するに、それなりの金額が入っているみたいだ。仁なりの、お詫びの気持ちなのだろうか。今までと、これからに対する。本人が何も言わないからはっきりとはわからないけれど、きっとそうに違いない。

「……面倒掛けたな」

ぼそりと呟いた後、「行くぞ」と私の背中を軽くポンと叩き、先にソファから立ち上がった。優紀ちゃんの顔をじっと見た後に私も同じ様に立ち上がり、リビングのドアノブに手を掛けていた仁を追い掛けると後ろから声が聞こえた。

「仁くん」

それは、お父さんだった。振り向くと、これまでずっと黙って私達の話を聞いていたお父さんがそばまでやって来ている。すると名前を呼ばれた仁は、ドアを開けようとしていた手を動かすのを止めた。

ちゃんのこと……よろしくね」

穏やかに、けれど頼み込む様な声を出すお父さんの表情は、とても真剣だった。そしてその言葉に振り返った仁は、お父さんのことを鋭い眼光で睨み付ける。まるで、そんなことお前に言われる筋合いなんてない。とでも言いたげな雰囲気で。

昔の仁ならここで殴り掛かっていったかもしれないけれど、彼も大人になったのか少しの間睨んだだけでそれには答えず、軽く舌打ちをするとこの部屋をさっさと出て行ってしまった。

追い掛けて廊下へ行くと、バタンと玄関のドアが閉まるところが目に入った。続いて外に出ようと靴を履いていると、私のことを玄関まで見送りに来てくれたらしい両親に呼び止められる。

「元気でね、

優紀ちゃんにぎゅっと抱き締められて、それに「うん」と頷いた。仁はいないから、ちょっとくらいなら話してもいいよね……。そしてそれから、交代してお父さんも私のことを抱き締めてくれる。

「体には気を付けるんだよ。たまには連絡してね」
「うん……、わかった」

こんなに愛してくれて、大事にしてくれて。私はなんて幸せなのだろう。寂しいはずなんてなかったのに、と過去の自分を心から反省し、そして二人に感謝していた。

「私、優紀ちゃんもお父さんも……大好き」

この頃すっかり涙脆くなってしまった私は、言いながらまた思わず涙ぐんでしまうと、二人の目にも涙が浮かんでる。どうしてもっと早く言えなかったのだろう。遅くなってしまったけれど、それでも、この気持ちを伝えたくて玄関のドアを閉める直前にも、もう一度「大好きだからね」と伝えた。

それと同時に瞳からは涙がぽろ、と零れ落ちたけれど、それは両親とも同じことだった。


玄関を出るとすぐそばで仁が壁に寄り掛かりながら待っていて、私に気が付くと姿勢を正した後に手を差し出されたので自分のと絡ませて繋いだ。それからもう片方の手で濡れた頬を拭うと、仁が頭を撫でてくれる。

「また泣いてんのか」
「……うん」
「お前はなんも心配すんな」

不安になって泣いていたわけじゃないけれど、そんな仁の優しさが嬉しくて、私はそれに「うん」と頷き、その目を見つめて微笑んだ。










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