お風呂の浴槽に肘を置きながら、仁は「……狭ぇな」と低い声を出した。

「お前、風呂ぐらい一人で入れよ」
「だって……」

寂しいんだもん、とちょっと上目遣いをすればそれ以上は何も言わない。

最近はよく仁とお風呂に入る。一緒に入りたいの、とお願いすると「テメエはガキか」と初めは文句をこぼしながらも、結局はなんだかんだ私と入ってくれる。

だっていつも一緒がいい……。できることなら一日中そばにいたいけど、そんなの無理だし。仁はどうだか知らないけど、私は視界の中に仁がいないとなんだか落ち着かない。自分のそばにいる。どこにもいかないのだと、安心したいのかもしれない。

「お前、もう痩せんのはやめたのか」
「え?うん……」

だって仁がうるさいから。一度は頷いてみたものの、やっぱりあの後ウォーキングでもしてみようかと思って「ちょっと散歩してくるね」と家を出ると、何故かいつも仁が後ろをついて来る。少し距離を空けて、戻るまでずーっと。毎回。絶対。

黙ったままで私には何も言ってこないけど、なんか、うるさい。

「……の割にはここは成長しねえな」

向かい合って湯船に浸かる仁は、ちらりと私の胸に視線を落としながらそんなことを言った。体重が増えたのに胸は大きくならないなっていうイヤミ?思わずぴくりと反応し、その顔をじっと睨んでしまう。

「事実だろが」
「……そんなこと言う人には、もう触らせてあげない」
「……」
「一生」

わざと怒った顔して、ぷいとそっぽを向くと、「……冗談だよ」という言葉とともに頬を撫でられた。だけどべつに、本気で腹を立てているわけじゃない。



滴のぽたりとしたたり落ちる私の髪を耳に掛けながら、優しい声音で何度か名前を呼ばれれば、子どもの様に拗ねていた機嫌など、すぐに直ってしまう。

また仁の方を向いてその顔をじっと眺めると、ほんわりとした白い湯気に包まれながらその白い頬は薄っすらと上気している。濡れた髪をしている仁は普段よりも色気のある様に感じて、私はいつもどきどきとしてしまっていた。

濡れた静かな空間に、時折、天井から水滴が湯船へ落ちる。その度ピチャンという水音が響いて、何故だか妙にいやらしい……。


「……ね、近所に住んでる人猫飼ってるんだよ。知ってる?」
「猫?」
「よく窓から外見てるの。可愛いんだ」

うっかり堪らない気持ちになってきたので、気分を紛らわせようと、そんな話を持ち出した。ウォーキングをしている時に通り掛かった家でよく見掛けた猫の話。でも仁は初耳って感じの顔をしていて、私の後ついて来てたのに。見ていなかったのだろうか。

メスかなオスかな、と聞いてみてもあまり興味なさそうに「さあな」と答える。そんなの、仁が知るわけないけど。べつに、話の内容はなんでもよかった。

「いいな、私も猫飼ってみたい」
「猫ならもう家にいんだろうが」
「……んー?どういう意味?」
「お前ほど手の掛かる猫もいねえよ」

仁はそう言うと指で私の喉をくすぐる。私が猫ってこと?と初めはちょっと不満に感じつつも、見れば仁の口元は緩く笑っているので、まあいいか……。と思いその体にぴったりとくっ付き、猫みたいに首元に擦り寄って甘えてみると頭を撫でてくれる。

まあこれも冗談なのだろう。私がねだればきっと飼わせてくれるだろうけど、でも仁の膝の上は私のものなのに、もし猫に取られたりしたらちょっと嫌だな。私子どもっぽいから、可愛い猫にまでヤキモチやいちゃうかも……。だから仕方ない、と心の中で諦める。

「首輪買ってやろうか」
「……いらないもん」

少し頬を膨らませてみても仁は笑ってるから、胸がきゅんとする。なんだか、仁が飼ってくれるのなら猫でもいいかな……という気持ちになってきた。まあ、今でもほぼそんな様なものだけど。

私は仁の手を取ると、そこに軽く爪を立てて引っ掻く真似をした。

「なにしてんだ」
「じゃれてるの……」

上目遣いにそう言うと、柔らかい色をした目で、じっと私を見た。その視線にどきどきして、なんだか心が蕩けてしまう。のぼせてしまったのだろうか……、火照った体でぼんやりとしながら黙ったまま見つめ合っていると、ふいに顔が近付いてキスをされた。

「なら、遊んでやるよ」
「……」
「……後でな」

唇が離れると、仁は囁きながら誘う様に笑った。片方の大きな手の平が、私のお腹の辺りを撫でながら胸まで上がって来ると、乳房を覆って優しく揉まれる。

柔らかい突起を親指で擦った後、みるみるうちに硬くなったそれをそっと摘まれると思わず口から声が零れる。仁はまるで、私の反応を見て愉しんでいるみたい。でも、こんなことされたら我慢できなくなってしまうのに。だって私はもう、さっきから……。

「……今じゃだめ……?」

その肩を撫でながら甘えた声を出して聞いてみても、私を見下ろして含み笑いをするばかり。だけど聞かなくてもそんなことはわかっていた。だって仁は、私をベッドの上以外で抱いたりしない。他の人がどうだったかは知らないけれど、私とはいつもそう。

「あ、っ……意地悪しちゃ、やだぁ……」

胸を揉まれながら首筋をぺろりと舐められると、耐え切れずに喘ぎが漏れる。私はいい加減堪らなくなって、訴えた。

「意地悪されんの好きなんじゃねえのか」
「……違う、もん」
「へえ」

違わないけど……。見透かした様子の仁は鼻で笑ってる。いじめられてるのに、私、なんであんなに興奮しちゃうんだろ。言わされたとはいえ、自分からもっといじめて欲しいってお願いした気がする。思い出したら恥ずかしくなってきた。

「……ん、……」

そんなことを考えている間にも、またキスをされ、その間両手で乳房を弄られる。頭の中ではだめ、と思うのに体は悦んでいる。私達が動くたびに聞こえる湯船の水音を卑猥に感じてしまい、体が熱い……頭も、胸も、何もかもが。

「……仁、……」
「……」
「早く出ようよ……」

仁の目を下からじっと見つめる。どうにかなってしまいたい気持ちを抑えて、私の乳房を触る手首をそっと掴み、そう言った。

お風呂を上がって早々に寝支度を整えると私は仁の手を引きながら寝室へと入り、先にベッドの上へと乗った。それからその顔を見上げ、繋いだままの手を引っ張り無言で「早く」と催促する。

仁はのそりとベッドへ上がって来ると、となりに座ったので私はその膝の上へ乗り、向かい合うと少し首を傾げて甘えた声を出す。

「ね、遊ぼ……?」
「……」
「さっき、遊んでくれるって言った……」
「なにして遊ぶんだよ」

わかってるくせに……。首に腕を回して口付ける。音を立てながら何度か繰り返し、ゆっくり離すとその目をじっと見つめた。熱を持ったとろりとした眼差しに胸が甘く疼き、これ以上焦らされるのにはもう耐えられない。

「ん……仁が、私のこといじめる遊び……」

恥ずかしいながらもそう言うと仁の口元は笑ってる。そして気が付けば世界は反転していて、私はいつの間にか組み敷かれていた。

「今日は早く寝るんじゃなかったのか」
「だって、……」

あんなことするから……。言葉には出せないまま潤んだ瞳で訴える。仁は私の気持ちをわかっていて、わざとそんなことを言うのだ。

「……いじわる……」

それなのに、もっとそんな風にされたくて仕方がない。

頭を撫でて優しくキスされると、もう心も体も、何もかもが溶けてしまいそう。次第に見下す様な少し冷たい視線に変わっていく仁の目に、この胸は震えながらもきゅんとした甘い疼きを感じる。焦らされて、意地悪されているのに、嬉しい。

指を絡めながら繋いだ手に、きゅっと力を込める。耳元で低く囁く声に目を瞑り、私は、交わり沈んでいく深い夜の時間に想いを馳せた……。









「いつものね」

喫茶店へやって来た仁が席に座るのと同時に、私は持っていた注文票にメニュー名を書き出す。まだ仁は何も言ってないけど、どうせ毎日同じ日替わりランチ注文するんだから聞かなくてもいいや。

仁は私の顔を見てるけど、黙ったままだし。勝手に決定して、ちょっと待っててね。と言ってそこを離れるとキッチンへ戻る途中、他のお客さんに呼び止められた。

ちゃんは今日も可愛いね」
「……はあ、どうも」

注文を受けた後、そんなことを言われて控えめに笑い返した。そのサラリーマン風の中年男性はよく来てくれる常連の人で、べつに私にだけじゃなくて他の従業員にも親しげに話すから、単にそういう人なのだろう。

「あの人、ちゃんの旦那さんって聞いたんだけど。本当?」
「あ……、はい」

こっそり耳打ちをするので何かと思えば、仁のことを見ながらそんなことを言った。店の人に聞いたのだろうか?まあ、以前から来ていた人にしてみれば、急に仁みたいな奴が現れたら普通気になるよな。

「へえ、格好いいね。ワル!って感じで」
「そうですか」
「旦那さんも東京の出身なのかい」
「はい」
ちゃんみたいな可愛い奥さんがいて幸せだねえ」

話している間、仁がこちらをチラリと見る視線を感じたけれど、顔を向けるとそれはすぐに逸らされてしまう。常連さんは、仁のことをしきりに格好いい、洗練されてる、と褒めてくれてなんだか気分が良かった。

だけどそんな私とは反対に、仁は機嫌の悪そうな顔してる。べつにいつものことだけど、お会計の時献立聞くのもちょっとぶっきら棒だったし。家に帰ってから夕ご飯食べてる時も一緒にお風呂入ってる時も、黙ったままだった。


「今日は忙しくて疲れちゃったな」
「……」
「脚がむくんじゃって痛い」

先にベッドに寝転がっていたところ、後から寝室へやって来た仁に、独り言みたいにそんなことを言った。反対を押し切ってまで勝手にバイトしておきながら、文句こぼすなんて怒られるかな……と口に出してから思ったけれど仁はやっぱり何も言わなかった。

仁はベッドに乗ってとなりまで近付いて座ると、上には仁に借りた大きめなTシャツを着ているだけで、太股から下すべてが露出している私の脚をちろりと見下ろした。そしてゆっくりとそこへ手を伸ばすと、黙ったまま指圧してマッサージしてくれる。

(……え、)

どうしたのだろう。ちょっとびっくりしながらも、スポーツをやっていただけのことはあるのか、元々器用だからなのか。とても気持ちが良くてしばらくの間そのまましてもらっていた。

仁の大きな手が素肌に触れて、優しく滑る。何も言わずに伏し目がちで、そんな様子を眺めていれば……次第に堪らない気持ちになってきてしまう。

「……もういいよ。ね、こっちに来て……」

手を前に伸ばすと、仁はマッサージするのをやめてこちらへ近付いて来る。すると私が胸に抱いていた、この前買ってもらったぬいぐるみを掴み、邪魔だと言わんばかりにそれをポイと近くへ放るとゆっくり覆い被さった。

そっと頬を撫でられて、その目を見つめていると顔が近付いて口付けられる。唇が離れると、仁はぼそりと「あいつ誰だ」と言った。

「あいつ……、って?」
「……」
「……ああ、常連さんのこと?」
「……」

今日の昼間、常連の男性と話している時、仁の視線を感じたことを思い出した。そういえばあれからずっと、なんだか機嫌悪そうだったな。

「あの人はみんなにああいう感じなの。私にだけじゃなくて」
「……」
「私達が結婚してると思ってるから大丈夫だよ。それにね、仁のこと格好いいってすごく褒めてくれてたの」
「知るか。あんな野郎と口利くな」
「お客さんなんだから無理だよ……」
「お前もうあの店辞めろ」

私のことが心配なんだろうけど。べつに絡まれたっていうほどでもないし、普通に良い人なのに。そう思っても、でも仁にそんなこと言われるのが嬉しいと感じてしまう。束縛されて喜ぶなんて、おかしいかな。

仁がそう望むのならその通りにしてもいいけれど、でも昼間会えなくなってしまうのがどうしても寂しい。たとえ短い時間でも、私は仁の顔が見たい。

「他の男の人と喋っちゃだめなの」
「……だめだ」
「なんで?私が好きなのは仁だけだよ」
「……。それでもだめだ」
「ちょっとだけなら、」
「だめだ」

何を言っても却下されてしまい、それ以上反抗しようものなら「うるせえ」と言葉を遮られてしまう。仁は、こんなに心配性だっただろうか。学生時代はほとんど私に口出しなどしてこなかったのに。

むしろ大人になってからの方が、あれはだめだこれはだめだと、色々なことを気にして制限される。それとも言葉にしなかっただけで、昔から心の中ではずっと思っていたのだろうか。

「お前を他の男にくれてやる分なんざ、微塵も残ってねえんだよ」

不機嫌そうにそんなことを言い出す仁の目を、黙ったまま見つめた。なんだか子どもみたい。でも顔に出したらきっと怒られちゃうから、にやけるのをなんとか我慢する。

「もうあいつと口利くな」
「あの人とだけ喋らなければいいの」
「……他の男ともだ」
「管理人のおじさんも?」
「……」
「コンビニで温めますかって聞かれたら?」
「……口答えすんな」

ムスッとした顔で、むに、と頬を摘まれる。そんなに心配しなくたって私、自分ではそんなに可愛いとも思えないし大してモテたりなんかしないのに……。だけど、心の中では仁にそう言われて嬉しいと笑ってる。

「ヤキモチやきの旦那さんがいると大変」
「……」
「いいよ、顔に”仁”って名前書いといてあげよっか?」
「……馬鹿にすんじゃねえよ」

仁は低い声を出しながら顔から手を離すと、私の首元に軽く噛み付き、キスマークを作った。

(…………)

これまで、どんなに頼んでも絶対に付けてはくれなかったのに。急にどうしたのだろう。じっと私の目を見つめるその視線は、熱を持ちながらもどこか切なげで。この胸の中には、静かに波紋が広がってゆく。

「テメエは大人しく俺のもんになってろ」

束縛され、抑圧されているはずなのに何故だか心地良い。見えない鎖に繋がれることも、苦痛には感じない。首輪を買ってやろうかという仁の言葉も、もしかしたら案外、本音なのかもしれないな。

「うん……全部、仁のものだよ」

微笑んでみせると頬をそっと撫でられた後に、唇に口付けられる。私はその首に腕を回して、それから何度もキスを繰り返した。甘く絡み合う感覚に身も心も蕩けそうになっていると、ふと近くで携帯の震える音が聞こえて、失いそうになっていた理性を少しだけ取り戻す。

片方の手を首から離すと、キスは続けたまま手探りで枕元に置いてある携帯を探した。見つけてそれを掴むと顔近くまで持って来て、視線の隅の方で名前を確認する。

「……優紀ちゃんだ」

私は半ば無理やり唇を離すと、少し焦った様な気持ちで呟いた。聞こえているはずだけれど、仁の手の平は私の太股を撫でながら滑り、下着の中へと入って来ようとする。だから「だめ、ちょっと待って」と言葉で制止した。

通話ボタンを押して出た途端、こちらが何か言う前に電話口からは明るい調子の声が聞こえる。

「もしもし、〜?」

当然、こちらの状況など知る由もない優紀ちゃんはいつも通り楽しそうだ。まだ昨日電話したばかりなのに……と思いつつ、そんなこと言ったら悲しませちゃうので「どうしたの」と聞くと、特に用はないけど暇だから連絡してみたのだと言う。

ベッドの上で仁に抱き締められたまま、優紀ちゃんが他愛ない話をあれこれと話すのをなるべく明るい調子で「そうなんだ」と聞いていた。

「仁とは仲良くやってるの」
「……うん、仲良くしてるよ」

仲が良過ぎるくらい、仲良くしてるけど……。と思いつつも、言葉には出さない。

それからお父さんに代わると言うので、断ることもできずに「うん」と頷くと、待っている間に仁が首筋に口付けてぺろりと舐める。思わず声が出そうになるのを堪えて、小声で「だめ」と言った。

「……あ、お父さん?ううん、なんでもない……」

お父さんにも、ちゃん元気にしてる?などと聞かれて、心配させないように「元気だよ、大丈夫」と明るく答える。今度また近いうちに帰っておいでよと言われて、それには素直に「わかった」と頷くと、少し話した後、おやすみと電話を切った。

「お父さん、仁くんにもよろしくって言ってたよ」
「……」
「それにね、またいつでも帰っておいでだって。もう、本当のお父さんみたいだね」
「……」

仁は黙ったまま私の携帯を掴むと、ぽいと近くへ放った。どうしたの、と聞いてみてもそれには答えず無言のままにキスをされる。お父さんにもヤキモチ……?まさかね。

時々は実家に帰って、会えば優紀ちゃんもお父さんも喜んで迎えてくれる。子どもの頃に思い描いていた父母の揃った温かい家庭の夢が叶った上、大好きな兄とも一緒になった今、私はこれ以上ないくらいの幸せを感じていた。

……だけど、それでもふとした瞬間にパパのことが頭をよぎる。パパは今にどこにいるのだろう、誰といるのだろう。幸せに暮らしてるのかな。私達のことを思い出してくれることなどあるのだろうか……と。

お父さんもパパも、私の父親であることには変わりない。どちらも大切で、優劣なんて付けられない。たとえ血が繋がっていなかったとしても、顔を知らなかったとしても。

「……

柔らかな感触に目を瞑りながらそんなことを考えていると、そっと唇を離しながら小さく名前を呼ばれて瞼を開いた。仁の瞳は、静かな色をして揺らめいている。

「今でもあの男に会いたいと思うか」
「……」

あの男……パパのことかな。不思議だ、仁は私の考えていることがわかるのだろうか。何度か瞬きしながら、じっと見つめ返す。

「……うん……、たまに……」

嘘を吐いても仕方ないので、私は正直に答えた。

「あんな野郎のことなんざ、もう忘れろ」
「……」
「お前には俺がいんだろ」

仁は、知っているのかもしれない。私が、子どもの頃からパパに会いたがって泣いていたことや、いくつになっても忘れられずにいることを。

それなら、そんなのは無理だとわかっていながらも「忘れろ」と発したその言葉はいささか強引に思える。だけどその真っ直ぐな視線は鋭さの中にも優しさを含んでいて、私のためを想って言っているのだとわかるから。

見つめていると、幼い日の痛みにも似た寂しさは薄れ、どこか和らぐ様な気がした。

「俺が一生そばにいてやるよ」

そっと頬を撫でられて、その温かさにこの胸は柔らかな安らぎで満たされてゆく。そして、大人になった今の私はこんなにも恵まれて幸せなのだと感じれば、視界がじわりとにじみ、堪え切れず瞳に溜まった涙がぽろ、とこぼれ落ちた。

大好き。私もずっと仁と一緒にいたい……。けれど、想いばかりが込み上げてうまく言葉にはできずに小さく「……うん」とだけ応えると、そっと唇が重なった。何度かキスを繰り返しながら、静かな空間には水音だけが響く。

しばらくしてゆっくりと離れると、お互い黙ったままに見つめ合った。仁さえそばにいてくれればそれでいい。他にはもう何もいらない……。私は手の平でそっと、その頬に触れた。

「……仁、……愛してる……」

涙とともにそんな言葉が口から溢れ出すと、体ごとぎゅっと抱き締められた。強く逞しいその腕の中で温もりを感じながらゆっくりと呼吸を繰り返せば、幸福も、永遠も、何もかもを手に入れたかの様な気持ちになる。


仁が好きなのは、愛しているのは、私だけ。妹の私……だから。

どれだけの人が、世界が、彼の才能を望もうと。そんなの、知らない。関係ない。仁の愛情も未来も、すべては私のために存在していて、だから誰にもあげない。たとえ優紀ちゃんにだって。渡したりなんかしない。

絶対に。


(……この男は、私のものだ)