フレンズ...10
...side kurobane...
ダビデには言えなかった。 が女子校に行くということの他に、本当は、もう一つ伝えなければならないことがあったのに。 俺は、言えなかった。 それは、ダビデがつらくなるからか?それとも…………。 「……ハア」 放課後の部活が終わって、いつもなら自然とダビデと一緒に帰る流れになるけれど、今日は気が付くと奴はもういなかった。まあいい、ちょうど俺も一人になりたかったところだ。 まだ残っていた剣太郎たちに「じゃな」と言って部室を出た。 潮風に吹かれながら、時折、つまづきそうになる。途中、寄り道をして俺は海に向かった。まだ開かれたばかりの海は、人気もなく寂しい。 まっさらな砂浜に足跡をつけて歩き、しばらくして腰を下ろす。こうして海を見ていると、まるで世界に自分ひとりだけのような気さえする。ガキの頃はそんなこと思わなかったのにな……。 昨日、と別れたあと部活に顔を出したけど全然身に入らなかった。突然、「女子校に行く」なんて言われて、俺は「そうか。お前が自分で決めたんなら、俺は何も言わねえ」とか冷静を装ってたけど、内心動揺していたんだろう。 何度かサエに名前を呼ばれたけれど気が付かなくて、突然肩を叩かれたので驚いて声を上げた。 「どうしたんだ、バネ。考え事か?」 「いや、何でもねえ……」 そうは言っても俺はきっと目が泳いでたと思う。 結局、誰かに相談したくなったが、ダビデは適任ではないような気がして、俺は部活の休憩時間にサエに「聞いて欲しいことがあんだ」と頼んだ。するとサエは 「ちょうど、俺も話があるんだ」 と言った。 話?と思いながらも、俺たちはコートを出て人の滅多に来ない場所へと移った。 「先、バネからどうぞ」 「お、おう。そのよ……のことなんだけどよ」 「うん」 「俺、さっきあいつと話してて、そんで……何か急に、女子校に行くって言い出だしたんだよ……」 「そうなんだ」 「あんま、驚かねーのな……」 「うん、まあ、そんな気はしてたんだ」 さすがと言うか何と言うか、それを聞いてもサエはいつもと変わらずに涼しい顔をしていた。他の奴らだったらきっと驚くだろうに。なぜだろう、俺はそんなサエに少し苛立っていた。 「だけ違うトコ行ってもいいってのか」 「ごめん、そういうつもりじゃないよ。でも、きっとそうなるかもって」 「かも……?」 「最近の見てればね。そうも感じるよ。でもバネ、もう放っとけって言った割には、随分のこと気に掛けるんだな」 「……!!」 図星だった。確かに一番に関わりを放棄したのは俺だったし、鬱陶しいと感じていたのもきっと俺だっただろう。なのに、なぜ今こんなにも焦りのようなものを感じているのか。 サエは冷やかすわけでも馬鹿にするわけでもなく、ただサラリと冷静にそう言った。 「本当はバネが一番のこと心配してるんだろ?」 「……俺が、か?」 「そうだよ。だって昔からバネはいつものこと気にかけてたじゃないか」 「だって、そりゃあ……」 あいつが危なっかしいからだ。目を離せばすぐに転ぶし、悪ガキにいじめられて泣くし。歩くのに疲れたらおぶってやるのも俺だった。 「まだ受験までは時間があるし、もう一度話し合ってみればの気持ちも変わるかもしれないよ」 「……俺らの話なんか聞いてくれると思うか?」 「うーん……。誰か、が話のしやすい人が言ってみたらどうかな」 「が素直に言うこと聞くのは、サエしかいねえだろ」 「俺かい?」 仲は良くても、は何だかんだダビデには結構強く出るし、俺のこともこの頃少し怖がってるみたいだし。優しくて決して押し付けたりしないサエの穏やかさが、一番にとって心が落ち着くだろう。 「俺はだめだよ。関わらないでくれって、言われてるんだ」 「ああ……そうだったな」 「だから話しかけないようにしてる。どうも避けられてるみたいだし……」 サエは苦笑いをした。 あのがサエにそんなことを言うなんて、よっぽどなんだろうか。昔なら、は絶対にそんなこと言わなかった。 「今はそっとしておこうか。少しすれば、落ち着くかもよ」 「そうかあ……?」 「無理に言って、さらに機嫌を損ねたら大変だからね」 こんなこと言えばまたお前は……と言われそうな気もするが、本当にこの年頃の女子は扱いが難しいと思う。ちょっとのことで泣くし不機嫌になるし。そのくせ男子を子どもだと言って大人ぶる。 もそうなんだろうか。他の女子たちと同じなんだろうか。 (……) 「バネ、どうかした?」 「いや、なんでもねえ……。それよりサエ、お前の話ってのは?」 「ああ、そうだね。やっぱりバネに言うのが一番かなと思ってさ」 「なんだ?」 「俺、マネージャーと付き合うことにしたんだ」 「…………は……?」 一瞬、自分の耳を疑った。サエが何を言っているのか理解できなかった。 風に吹かれて、髪を揺らしながら、サエの口は笑いもせず淡々とそう動いた。 「なんで、だよ……?」 だって、は……、 「俺も、色々考えたんだ。でも、彼女すごくいい子だし……バネも知ってるだろ?」 「そんなん、当たり前だろ……」 一年の時から、ずっと一緒に頑張ってきたんだ。あいつがいい奴だってことは部員みんなわかってる。だけど、今まで何度告白されても断ってきたじゃないか。何で今さら。 何で、今なんだよ。 「みんなに言おうかどうか、迷っているんだけど。どう思う?」 「どうも、何も……」 その時俺は思い出していた。 ガキの頃、サエとが浜辺で結婚の約束をしたことを。そして、その約束をずっと何年も信じ続けて、苦しみ続ける、の涙を。 「…………」 「バネ?」 「あ、いや、なんでもねえ。その……いいんじゃねえか?サエのしたいようにすればよ。言いたけりゃあ言えばいいし」 「……うん、そうだな。彼女にも聞いてみるよ」 「そうか、ハハ……それにしてもよかったじゃねえか」 引きつった笑顔でわざとらしく祝福する俺に、サエは控えめにありがとうと笑った。 「……だけどよ、一つ、頼みがあるんだ」 「頼み?何だい」 「には……にだけは、サエの口からちゃんと直接言ってやってくれ」 この話が耳に入ったらは、きっと、いや必ず落ち込んで泣くだろう。俺たちの中に、それがわかっていてにそんなこと言える奴なんて一人もいない。根性なしと言われようと、きっと俺も無理だ。 「……わかったよ、には俺から話す」 「頼む」 お前が誰と付き合おうと、誰を好きになろうと、それはお前の自由だ。俺がどうこう口を出す問題じゃない。サエがそれでいいのなら、俺たちはそれを受け止めるべきだ。 ……なのに、 (……なんでだよ?) なんで、サエ、お前そんなにつらそうな顔して笑うんだよ。 ………………、 ザザザ……という波の音で、ふと我に返る。 昨日のこと、やっぱりダビデにも言うべきだろうか……。サエがマネージャーと付き合うって、ただそれだけのことなのに。いつものように、昨日のテレビ番組の話をするように、さらっと話せばいいのに。 ダビデはどう思うだろうか……? 当然、が傷つくのはわかっているから、嫌な顔するだろうな。 俺はどうだ?心が重苦しいのは、なんでだ? が泣くから? 違う ダビデが嫌がるから? 違う 本当は、本当は……思い出してしまうからなんじゃないのか? はサエが好きなんだと、サエもを好きなんだと、ずっと自分に思い込ませてきた。だから諦められた。二人の結婚の誓いを目の前で見て、その立会人になって、俺は自分の気持ちを殺した。 を自分の妹だと思うようにした。 「お前は俺の妹だからな」って、口に出して何度も言った。 自分すらだまし続けて、完全に忘れたと思っていたのに。 「こんな想い、今さら思い出したって、邪魔なだけじゃねえかよ……」 を好きだなんて、こんな気持ち、誰にも知られずに死んでいけばよかったのに。 |