フレンズ...09
...side amane...


テニスウェアに着替えてコートに向かう途中、ベンチに座っているバネさんとを見かけた。けど、あまり楽しそうな雰囲気じゃない。

また何か、に問い詰めているんじゃないか……と思って近づいて声をかけてみると、顔を上げたの目から透明な粒がぽろりと落ちた。

責めるつもりはなかった。
けど結局そうなってしまった感じだった。

何の話か聞いたらバネさんはの腕を引っ張って連れて行ってしまって、追いかけたかったけれど、何か嫌な思い出が頭の中を横切ってうまく足が動かなかった。昔にもこんなことがあった気がする。

置いていかないで。
を連れて行かないで。

(…………)



「昨日は悪かったな」

次の日、朝練で俺と顔を合わせたバネさんが開口一番そう言った。怒っていたわけではないので、「べつにいいよ」と言ったあと、何の話だったのかもう一度聞きたかったけれど、何だかバネさんは落ち込んでいるようにも見えて、聞けなかった。

昨日、と何かあったのだろうか。

練習でもあまり身が入っていないように見えた。部室で着替えたあと教室に向かおうと校庭を歩く途中、俺はバネさんのとなりを歩く。

「バネさん」
「何だ?」
「元気?」
「……は?」
「……」
「わかってるよ……昨日のことだろ。話す」

バネさんは足を止めて、俺とじっと目を合わせると、真剣な顔をした。その後ろを、おはようと明るく挨拶しながら何人かの生徒が通り過ぎてゆく。

なあ、高校女子校に行くんだと」
「……え?」
「そう言ってた。昨日」
「……」
「……ダビデ、が自分で決めたことだ。お前はあんま口出すなよ」

バネさんの言葉は静かだけど、鋭く重たいような感じで、俺は何も言えず頷くことしかできなかった。

「あと、……」

バネさんがもう一つ何か言いかけた時、おっす!とクラスメイトらしい男子がバネさんの肩をバシッと叩いて、そのまま「そんだけ、じゃあな」と言って一緒に歩いて行ってしまった。

が女子校……?どうして。

約束、したのに。
みんなで、一緒に、同じ高校に行くって、約束したのに。



校内で声を掛けるのをは嫌がるから、部活が終わったあと、家に帰る途中で里花の家に寄った。呼び鈴を押して、少ししてTシャツ姿のが玄関のドアから顔を出した。

「……。ちょっと、今いい?」
「……」

俺が歩き出すと、は何も言わないままドアを閉めて後ろをついてきた。それからの家から少し離れたところで、振り向く。空は陽が傾き、少し薄暗くなり始めていた。

、……その」
「高校のことでしょ」
「……ごめん。バネさんに聞いたんだ」
「行きたい高校が変わったの。たまたまそこが女子校だっただけ」
「……、でも」

が自分で決めたことだ。お前はあんま口出すなよ』

その言葉を思い出し、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。を見ると、何となく悲しそうな、疲れているような、元気のない雰囲気だった。

は「もういい?」と言って下の方に目をそらした。確かに行きたい高校は自分で決めるもので、俺や周りの人間がどうこう口出す問題ではない。バネさんにも言われた。わかっている。わかっているけど……。

「本当に?、だって前は……、」
「関係ないじゃん、ヒカルにはさ」
「……」
「……」
「…………俺が、年下だから?」

顔を上げたは、何も言わず、じっと俺の目を見るだけ。
いつの間にか、俺は、を見下ろすようになっていた。グングン背が伸びて体も大きく強くなって、それでもとの間の年齢差は縮まらないまま。たったの一歳なのに、その壁はあまりにも大きい。

あと何回、先に卒業していくや、みんなの姿を見送ればいい?

『じゃなダビデ、俺らは先中学行ってるからよ』

置いていかないで。
を連れて行かないで。


「俺は、あと一年早く生まれたかった。そうしたらずっと、みんなのそばにいられた」
「……」
「もう置いていかれるのは嫌だ」

生温い風がさらさらと髪を揺らした。越しに見る空はオレンジと紫が交じり合った色をしていて、何となく胸が苦しくなる。

「違うよ、ヒカル……ごめん。そういう意味じゃ……」

泣きそうなのは、俺よりもの方だった。瞳をうるうるさせながら困ったような顔をしている。


いつだって一緒だった。手を繋いで歩いて、みんなで遊んで笑って、ずっとずっとそれが続くと思っていた。遠い日々の記憶は色褪せるどころか次第に濃くなってゆく。弾けるようなの笑顔と、笑い声が今も頭を離れない。

ずっと一緒だと思っていた。この世に、生きている限り。
の笑顔を、一番近くでずっと見続けられると、そう信じていた。

「ヒカル、もう一緒にはいられないの」
「どうして」
「……」

中学に上がった頃から、はあんまり笑わなくなったし、あんまり、しゃべらなくなった。

けれど、その代わりに、はよく泣くようになった。何がそんなにもを苦しめるのか。俺たちには、わからなかった。

「どうして、
「…………私、虎次郎ちゃんのことが、好きなの……。だから、」

涙をぽろぽろこぼしながら、が震える声で言った。時たま通り過ぎる人たちが、何とはなしに俺たちを見やってはいなくなってゆく。

俺は、が俺のことを好きなってくれなくてもよかった。ずっとそばにいられるなら、が幸せなら、それでも構わなかった。

サエさんのことを好きなのなら、尚更。サエさんがイイ奴だってことはみんな知ってる。誰かべつの男にとられるくらいなら、サエさんと一緒にいてくれた方がいい。そうすればきっと俺も近くにいられる。

「……俺が、そばにいると迷惑?」
「…………ごめ、ん」

いくら邪険されても、疎ましがられても、俺自身は構わない。でも、俺と一緒にいることでが傷つき苦しむのなら。


「……わかった。もうには近づかない」
「……」
「約束する」

じゃあ、と言って俺はくるりと体の向きを変えて歩き出した。自分は一体、今どんな顔をしているだろう。何か顔にまとわりついてる生温いこれはきっと雨だ。急に雨が降ってきたんだ。

「雨は甘え……、なんつって。……グス。しょっぺ……」

少し歩いて、自分の家についてから庭にうずくまる。
小石や雑草がやけにアップに見えた。


『……私、虎次郎ちゃんのことが、好きなの……』


が誰のことを好きでもいいと、思っていたじゃないか。好きになってくれなくても構わないと、あんなに自分に言い聞かせたのに。

なのに、なんで俺泣いてんだ。

「…………ダ、セぇ」



『みんながいなくなっても、俺は、最後まで里花のそばにいるよ』




どんなにダサくても、往生際悪くても

弟でも、2番目でも3番目でも


やっぱりそばにいたいよ





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