フレンズ...17


放課後、テニスコートの近くまで行ってみると、みんな真剣に練習をしていた。
そこにはオジイの姿もあって、小さい時に私も教えてもらったことを思い出す。

ボールの弾ける音や応援する声を聞いていると、まるで昨日のことのように思い出せる。とにかく楽しくて、夢中でボールを追いかけていた。

あのまま続けていたら、今あの場所にいられたのかな……?

少し強い風が吹いて私の制服のスカートを揺らすと、でもやっぱり私は女だから、そんなの無理だと気付く。 ふざけて笑いあって、馬鹿みたいなことばっかりして、私も仲間に入りたかったな。

もし、私が男の子に生まれていたら、そうなれていたかもしれないのに。
虎次郎ちゃんがマネージャーと付き合うのだって、おめでとうって心から笑って祝えただろう。

ハルはいつか戻ってきてくれるか、って言ってくれた。優しいハルに悲しい思いはさせたくないけど、でもそれはできない。

(…………私は、女だから)

虎次郎ちゃんとマネージャーのこと、おめでとうって笑って言ってあげられないから。 もうこれ以上、誰も傷つけないうちに、いなくなろう。

もしも私が生まれ変わって、男の子に生まれたその時は……また、みんな一緒に遊んでくれるかな……。



それからの毎日は、なるべくみんなと関わらないようにした。でも、もう私のせいで悲しませたくはないから、話しかけられたりした時にはなるべく笑顔で明るく振る舞うようにしていた。


「……佐伯くん」

休み時間に廊下を歩いていると、虎次郎ちゃんに声を掛けられたので一瞬どきっとしたけど、すぐに何でもないように笑顔を作る。

「どうしたの?」
「うん、その……あれから体調はどう?」
「大丈夫だよ。ありがとう」

虎次郎ちゃんは何度か瞬きをした。やっぱりおかしいと思われたかな?でも、冷たい態度をとるよりはずっとマシに思えて、笑顔はずっとそのままでいた。

……何かあった?」
「何もないよ。どうして?」
「いや、ちょっと、そんな気がして……」

虎次郎ちゃん。彼女とのこと、ちゃんと心からおめでとうって言ってあげられなくてごめんね。私は昔から自分のことばっかりで、虎次郎ちゃんの気持ちを考えてあげられなくてごめん。

今でもずっと虎次郎ちゃんのことが大好きだから。

すぐにはまだ無理かもしれないけど、きっといつか、虎次郎ちゃんの幸せを願えるようになるから。心からよかったね、って言えるようになるから。

(……でも……そんな日が、来るのかな……)


「たまにはうちの部活に顔出しなよ。オジイもに会いたいって言ってるんだ」
「そうなんだ、わかった」
「それと、今度またみんなで海行くからさ、にも来て欲しいな」
「うん、いいよ」

笑いながら頷くけど、本当はそんなことできないとわかっていた。嘘までついてこんなこと言うのに意味があるのかは知らないけど、でももう寂しそうな顔なんてさせたくないから。

「それじゃ、……また」
「うん、またね」
「また話してもいいかい?」
「もちろん、いいよ」

じゃあ、と言って去っていく虎次郎ちゃんに軽く手を振って、その姿が見えなくなるまで笑顔を保った。

(……ごめんね、虎次郎ちゃん)

もうこれ以上みんなを傷つけたくないから。せめて、嘘でも笑っていよう。
私には、もうこんなことしかできないから。



放課後、玄関で靴に履き替えていると、ヒカルが近づいてきた。周囲を見渡して、他に人がいないか確認してから私に話し掛ける。

……、一緒に帰ろ」
「部活は?」
「今日はない」
「そうなんだ。べつに、いいよ」

私があっさりOKしたことにちょっと驚いていたようだった。
今まで冷たくした分、なるべく優しくしたい。ヒカルが望むことなら、叶えてあげたいと、思った。

校門を出て、しばらくは周りに他の生徒がいたので私の後ろを歩いていたけど、誰もいなくなるととなりに並んだ。


「なに?」
「元気?」
「元気だよ」
「……本当に?」
「うん」

努めて笑顔で答えるけど、ヒカルの方はしゅんとしたような雰囲気をしている。

「どうしたの」
「俺には……あんまりそうは見えない」
「そんなことないよ」
「……」

ヒカルを悲しませたくないから明るくしているはずなのに、反対にヒカルはだんだん落ち込んでいくように思えた。

、最近変だ」
「そうかな」
「なんか無理してる」
「してないよ、大丈夫だよ」
「俺には、気を使わなくていい」
「……」

その表情を陰らせたくないのに。それだけなのに。
ずっと、年下のヒカルに甘えて傷つけて、散々振り回してきたから。もうこれ以上寄りかかる訳にはいかない。

「べつに、気なんて使ってないけど」
「……そういうのは嫌だ」
「そういうのって?」
「なんか、遠くにいるみたいだ……」

ヒカルが寂しそうな顔をするので胸が痛んだ。繊細な子だから、すぐ感じ取れるんだろうけど、でもこれもヒカルためなんだから、と自分に言う。

「なにそれ、そんなわけないよ」

そう笑って、そちらを見ないようにまっすぐ前ばかりを見る。
それからしばらくそのまま歩いていると、ヒカルが少し沈んだ声で言った。

、なんか、離れようとしてる……?」
「…………え?」

思わず立ち止まって、ヒカルのことを見ると同じように歩くのを止めた、伏し目がちなその横顔は寂しそうだった。どうしてそんな顔するの、と聞きたくても聞けない。違う、そんな顔させたいわけじゃないのに。

私は不器用だから、こんなやり方しかできない。
みんなの大事なものを壊してしまったから、せめて、みんなだけでも元通りになれるように。そう、思っただけなのに……。

「してないよ」
「……本当に?」
「うん……」
「……本当、に……?」
「……」

小さい頃から、ずっと一緒にいた。一番近くにいた。みんなで毎日暗くなるまで海で遊んで、笑って、本当に楽しかった。

今さらになって、あの日々の思い出ばかりよみがえる。

人見知りで、いつもハルや私の後ろを黙ってついて回っていたあんなに小さかったヒカルは、今はもう見上げるくらいに大きくなった。だけど、優しくて繊細な心はいつまでもそのままで変わらない。……変わらないでいて欲しい。

私がきみにできることは、もう、離れていくことしかないのか……?

(…………)

そのまま黙り込んでいると、急に自分の手が温かく感じて見るとヒカルが私の手を握っていた。

、離れてかないで」

寂しそうな声を聞くと、胸が苦しくて、気持ちが揺らぎそうになるけど。だけど、ヒカルのことが、本当に大切だと思うから。

「ヒカルはみんなと一緒にいな」
「……は?」
「……」
も一緒じゃなきゃ嫌だ」

手を握る力がぎゅっと強くなる。小さい頃みたいに不安そうな目をして私のことを見るから、この心は今にも罪悪感に押し潰されそう。

私はいつもみんなを振り回してばかり。大事なものを壊すことしかできない。

みんなは今でも変わらずに優しくて本当にいい子ばかりだから。ずっとこれからも、どんな時も仲良く笑顔でいて欲しいと思う。

たとえ、……そこに私がいなくても……。


「……私も、一緒だよ」

ヒカルを慰めるつもりで言ったはずだったのに、一体その言葉に縋りついているのはどちらなのだろう。不安で今にも泣き出しそうなのは、どちらなのだろう。

「本当に?」
「……うん」

何よりも一番大切な、みんな。私の……たった一つの居場所。
ずっと、すぐそばにあるはずなのに、どうしてこんなにも遠く感じるのだろう。それは私が離れているのか、みんなの方が離れていくのか……もうわからない。

(それは……私だけ、女だから……?)

ヒカルの瞳を見つめながら、聞きたくても口に出せない。その代わりに、目を伏せると涙が一粒だけぽろり、と瞳からこぼれてそのまま地面に落っこちた。

(……もしも、)

もしも私があの子だったなら、こんな風にはならなかったのかな。いくつになっても、ずっとみんなで仲良く笑い合っていられたのかな、なんて、そんなこと考えたところでくだらないのに。

「……

ヒカルは、手を握っていない方の手で頬の涙を拭った。それから少し屈んで、私の顔を覗き込む。

の居場所は俺が守るから」
「……」
「だから、何も心配しなくていい」

ヒカルは、私が何も言わなくても、嘘をついててもいつもみんなわかってしまう。……だからなんだか安心して、私の瞳からはもう一粒涙がこぼれ落ちてゆく。

本当は、いなくなりたいなんて思ってない……ずっと。だけど、みんなに嫌われるのが怖かったから。あの子と自分のことばかり比べてしまうのが、嫌だったから。

(……私も、ずっとみんなといたい……)

みんなのことが大好きだよ、って。
ずっと一緒にいたいよ、って。


もっと早く、そう素直に言えていたなら……。





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