フレンズ...18 それから、部活の練習のない日にはヒカルがよく私と登下校をしたがったり、休みの日に家に顔を見に来るようになった。きっと私のことを心配してくれているのだろう。 それを、嬉しいと思ってしまう自分がいた。いつかまた傷つけてしまうかもしれないと思うのに、それでも、ヒカルの顔を見るとなんだか安心する……そんな日々が続いた。 「、サエから聞きましたよ」 「……いっちゃん?」 廊下を歩いていると、のんびりした声が聞こえて足を止める。見るとやっぱりいっちゃんだったのでなるべく明るくしようと笑顔を作った。いっちゃんの方も、どこか嬉しそうな顔をしている。 「今度、海遊びに来てくれるんでしょう」 「え……?えっと、それは」 虎次郎ちゃん、この前の話みんなに伝えたのかな。元はといえば嘘をついた自分が悪いんだから、全部自業自得なんだけど。まさかこうなるとは思ってなくて、焦って変に胸がどきどきした。 「へえ、そうなんだ」 なんて言い訳しようかと若干引きつった笑顔で必死に考えていると、横から亮くんがふらっとやってきて、会話に混ざった。何故このタイミングで、と思っても口には出せない。 「楽しみなのね。ねえ、亮もそう思うでしょう」 「うん。、最近全然顔出さないからさ」 「えっと、でも私がいたら迷惑なんじゃないかな……テニス部員でもないし」 「何言ってるのねー。はそんなこと気にしなくていいんです」 「そうだよ。俺達みんな身内みたいなもんだろ」 「……え、う、うん。そうだよね……」 優しい二人に申し訳なくなって、それ以上は何も言えなかった。 きっとマネージャーの子も来るだろうから、私なんていない方がいいのに、と思いつつそれも言えなかった。 (……違う。あの子がいて嫌なのは私の方だ……) どこまでも真っ直ぐに育ったみんなの素直さが、今の私にはあまりにも眩しくて。 こんな私になってしまってごめんね、と心の中でしか謝れない。 みんなみたいに優しくて素直になれなくてごめんね。いつまでも変わらずにいられなくて……、ごめんね。 それから何日か、行くかどうしようか悩んでいる間に海遊びの日が来てしまった。土曜日、午前中練習した後、午後は海遊びをするらしい。 悶々としながら自分の家でじっとしているとハルとヒカルとケンの3人が迎えにきたのでこうなってはもう仕方ないと、なるべく楽しそうな振りをしながら後をついて一緒に海へやって来た。 途中、ヒカルが何度か心配そうに私のことを見ていたけど、気を使わせないように笑顔でいるようにした。 「、その辺ガラスの破片あるから気をつけて」 「うん、わかった」 「日差し暑くないかい?帽子貸そうか」 「ありがとう。大丈夫だから、虎次郎ちゃんもみんなと一緒に遊んできて」 「あ……そうだな。も一緒に行かないか?」 「私は、もう少しここにいるよ」 「わかった……。じゃあ」 来てはみたもののどうしたらいいのかわからず、とりあえず砂浜に座っていると、虎次郎ちゃんが色々と心配してくれていた。自分が誘ったからと、気を使ってくれているのかもしれない。 みんなのところへ行くよう促すと、虎次郎ちゃんは頷いて海の方へ走っていった。 陽の光に照らされてきらきらと輝く水面も、青い空を飛びまわる鳥達も、海の中で楽しそうにはしゃぐみんなの姿も。全部あの頃と変わらないように思えて、なんだか無性に懐かしかった。 (やっぱり、来なければよかったかな……) あの頃に戻れたらどんなにいいか、そんなことばかりを考えてしまう。 このままずっとみんなのそばにいたい。ここを離れたくない……と思ってしまうのが嫌で、みんなの方を見ないように顔を横に背けると、少し先の砂浜で虎次郎ちゃんとマネージャーの彼女が二人で砂のお城を作っているようだった。 小さい頃あの場所には私がいたのだと思えば、また胸が軋むような感覚がしたけど、全部私が悪いのだから仕方ない。 (…………) あの頃と変わらないことなんてなかったのに。 みんなの望む””はもうここにはいない。どんなに、ここにいていいのだと言ってくれても、あの頃の私じゃない。 みんなの大事なものを一緒に守れなくてごめん。 いつまでも変わらずに、大切にできなくて……ごめんね。 顔を下に背けて砂ばかり見ていると、ふと自分の体の周りに日陰ができたので、不思議に思って上を見上げるとパラソルが広がっていた。 「……ヒカル?」 どうやらヒカルが広げてくれたみたいで、さっきまで体に照りつけていた日差しが一気になくなった。 「ありがとう。これ、わざわざ持って来たの?」 「うい」 さっきまでみんなと一緒に海で遊んでたのに、いつの間にこっちに来たんだろう。ずっと下を見てたから全然わからなかったな。 そんなことをぼんやり思っていると、ヒカルは私のとなりに腰を下ろした。 「、暑くない?」 「うん」 「、腹減ってない?」 「うん、平気」 「、」 「なに?」 「……大丈夫?」 「……」 心配そうなヒカルに、大丈夫だよって笑って言ってあげたかったのに、ちっとも笑えなかった。大丈夫とも言えなかった。 ヒカルの顔を見たら、なんだかずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたような気がして、本来の私が顔を出す。何でも言える、甘えられるヒカルがいてくれてほっとしてる。もう無理して笑いたくなんかないって、思ってる。 (そんなのだめなのに) みんながそばにいるのになんだか一人ぼっちみたいな気分で、寂しかった。ここからいなくなってしまいたい、って思ってしまう、そんな自分が嫌だった。 『の居場所は俺が守るから』 『だから、何も心配しなくていい』 ヒカルがそばに来てくれて、心底安心した。 ……それは、小さい頃からいつもそう。 男の子ばっかりだから、遊ぶ内容によっては時々、みんなも気付かないうちに私だけついていけないような時もあって。だけどそういう時、いつの間にかヒカルが私のそばに戻ってきたりしていた。 いつも、私が一人にならないようにしてくれてた。あの時、私はどんなにほっとしたか。 ずっと守るべき存在だと思っていたヒカルは、いつからか、私のことを守ってくれるようになっていた。 「……べつに、平気」 ヒカルの前では無理していい子にならなくてもいいのだと思えば、ついそっけない言い方をしてしまう。 (……だめだ) いい子でいたいのに。みんなに好かれる、優しい素直な子でいたいのに。でも本当の私はそんなのじゃないから、ちっとも上手くいかない。 少し離れたところではしゃぐみんなの楽しそうな声を聞きながら、それからもあいかわらず砂ばかり見ていた。 「ヒカルも、みんなのとこ行けば」 「俺はいい」 「なんで、ここいても何もないよ」 「べつにいい」 「……」 ヒカルは最近、今まで以上に何かにつけて私のそばにいるようになったけど、それを嬉しいと思う自分もいて……私はもうそれ以上何も言えないまま。 体に吹きつける潮風の生温かさを感じながら、膝を抱え、押し寄せては去ってゆく波を見つめていると、少ししか経ってないのにまるで時間が永遠のように感じた。 「そんなとこで黙りこくって何してんの〜、お二人さん」 急に明るい調子の声が近づいてきたかと思えば、そこには茶化すように笑った顔のケンがいた。夏の太陽を背負って、いつもより余計に眩しく感じる。 「ちゃん、せっかく海に来たんだから遊ばないと!」 「う、うん……でも」 「さあ立って立って、ほらダビデも行くよ!」 私の手を引っ張って立たせると、そのまま小走りに海の方へ連れて行かれた。さっきまで砂浜が熱かったから、海水の冷たさが心地よく感じる。 「おーいバネさん、ちゃん連れてきたよ!」 「おー、お前あんなとこずっといたら干からびちまうぞ」 ぽん、と軽く私の背中を叩くハルは、久しぶりに私がみんなに混ざって嬉しいのか、やけに楽しそうな気がした。周りにはいっちゃんや亮くん、聡くんもいる。振り返ると、ヒカルも後をついてやって来ていた。 「はい、ちゃんこれ持って」 「……なに、これ?」 ケンに渡されたのは両手で抱えるくらいの、大きめなウォーターガン。すでに水が入っているようで軽そうな見た目に反して意外と重い。 よく見るとみんなも手に何か持ってるけど、私のよりかはもっとずっと小さい、片手に収まるくらいの水鉄砲だった。 「みんなで打ち合うんだよ」 「……は?」 「ずぶ濡れになった奴から脱落な。よーし、いくぜ!」 「ちょっと待って、ルールがよく……」 「負けないのねー」 「ちょ、バネさん!いてっ目に海水が……!!」 わからない、と言っている間にみんなはゲームを始めてしまった。ずぶ濡れって一体どれくらいのレベルで?!と悩みつつ、何が何だかわからないままにとりあえずウォーターガンの引き金を引く。 それは想像よりもはるかに威力が強くてびっくりした。ちょうど近くにいたケンに当たったらしく、胸から下の辺りがびっしょり濡れている。 「ご、ごめんケン大丈夫?」 「全然ー!まだ頭濡れてないからセーフだやったー!」 「、敵の心配なんかしてねーでいいから早く打ちまくれ」 「敵って……ええ、なんなのこれえ」 よくわからないまでも、みんなでぎゃあぎゃあ騒ぎながら打ちあっているうちにだんだん楽しくなっている自分がいることに気が付いた。 まるで小さい頃に戻れたような、そんな錯覚が起こる。 でも、ふと砂浜の方に目をやると砂のお城の前で虎次郎ちゃんが彼女に笑い掛けているのが目に入って、急に意識が現実に戻った。 (……これは錯覚だ) やっぱり時間は元には戻らない。私もみんなも、それは同じこと。 これは思い出をなぞっているに過ぎない。 そんなこと、はじめからわかっていたつもりなのに。 |