フレンズ...19 「ちゃんの勝ちだー!」 負けたのにケンは嬉しそうにしてるし、みんなも笑っている。結局、私以外はみんなすっかりびしょ濡れになって次々と脱落していった。 (……まあ、そうなるよね。ていうか未だにルールよくわかんないし……) みんなの水鉄砲の10倍以上の大きさはあろうかというウォーターガンを下ろしながら思った。それに、元々私は狙われていなかったのだろう、体も大して濡れていない。 「なんだ、が勝ったのか?」 すると、向こうから虎次郎ちゃんとマネージャーがやって来たので、急に心臓がどきっとした。虎次郎ちゃんは笑っていて、となりの彼女も笑っている。 「サエさん、ちゃん強いんだよ!」 「すごいじゃん、」 「……私じゃなくて、これがね」 手にぶら下がっているウォーターガンを見下ろしながら言うと、マネージャーが「さんの水鉄砲すごいね」と言うのが聞こえた。 (…………) みんなは楽しそうに笑い合っているけどなんだか急に、居心地が悪いような気持ちになった。このまま、ここにいたいだなんて、みんなのそばにいたいだなんてそんなの思っちゃいけなかったのに……。 それから、少し離れたところで、とうもろこしとかハマグリとか焼いてみんなで食べるのだとそのまま連れてこられた。断ることもできず、言われるままに椅子に座ってそれらが焼けていく様子を眺めているだけ。 マネージャーは虎次郎ちゃんのとなりで何か手伝っている様子なので、何だか落ち着かなくて私も手伝うと言うと「いいからは座ってて」と言われてしまい、仕方なくまた椅子に戻る。 オジイが近くの椅子の上で正座しているのをちょっと見ていると、離れたところからケンが「オジイもちゃんが来て喜んでるよ」と言った。 「オジイ、久しぶりだね。元気にしてた?」 「ん〜〜……うぇるかむ」 (……喜んでる、ぽいな……?) 私が子どもだった頃どころか、私の親が子どもだった頃からずっとオジイだったらしいけど、いつ会ってもちっとも変わらないなと思っていると、 「、焼きもろこし食うか?」 「え、あ……うん」 急にハルに話し掛けられて、はっとしたように慌てて返事をする。 「わーい焼きもろこしだー!」 「剣太郎、が先です」 いっちゃんにたしなめられて、ケンは「わかってるよー」と唇を尖らせる。目の前の紙皿にごろりと置かれた焼きもろこしは程良く焦げ目がついて美味しそうだ。 「熱いから気をつけろよ!ちょっと待ってからにしろな」 「ありがと、ハ……」 ハル、と言いそうになって途中でやめた。そういえばここにはあの子もいるんだということを思い出したから。 でも黒羽くんと呼ぶのは嫌がるし……。次の言葉が思い浮かばずそのまま終わってしまったけど幸いハルは気付かない様子でまた戻っていったのでよかった、とほっとした。 それからみんなでテーブルを囲んでいる時も、入れ替わり立ち替わり、次々に焼けたハマグリや野菜なんかを私のお皿に乗せてくれるので、自分のお皿ばかり見ながらありがとうと言った。 嬉しいはずなのに、素直に喜べない、楽しいと思えない自分が嫌だった。 なんで嫌なのか、考えるのすらも嫌だった。 食べ終わると、みんなはまた海に戻って行った。私も誘われたけど、ちょっと疲れたのでそれを断り、みんなが少し離れたところで遊んでいるのを椅子に座って眺める。 しばらくしてふと横を見るといつの間にかオジイはいなくて、ここには私とマネージャーの子だけが残っていること気付いた。 パチ、と思わず彼女と目が合ってしまい妙に焦る。今まで二人になったことなんてなかったし、そもそもろくに話したこともなかったから、なんだか気まずくてどうしたらいいのかわからない。 私もみんなについて行けばよかったかな……なんて、思っていると彼女の方が口を開いた。 「サエに聞いたんだけど、さんてみんなと幼なじみなんだってね」 「え、……あ、うん。まあ、そんな感じ……」 「みんなよくさんと話してたし、親しげだったからずっと不思議だったの」 「……そう」 迷いなくはっきりした口調で話す彼女は、きっと性格も真っ直ぐで明るいのだろうなと思うし、そんな彼女のことをきっと心のどこかで羨ましいと感じていた。 「みんなさんのこと好きなんだね。ずっと嬉しそうだったもん」 「……そう、かな」 「サエもさんにはすごく優しくて、仲良さそうだった」 「……」 そう言われて一瞬どきっとした。だけど彼女はべつにヤキモチを焼いて言ってる雰囲気でもなくて、ただ思ったことを素直に言っているだけのようだった。 本当に、いい子なんだと思う。優しくて、しっかりしてて。1年の時からずっとマネージャーとして男子テニス部を支えてきて、すごく頑張ってる。 この子のことを嫌いとは、どうしても思えなかった。 自分の気持ちに行き場がなくなって、なんだか胸が苦しい。いっそ嫌いになれてしまった方が楽だったのだろうか……?うつむいて考えていると、穏やかな優しい声が聞こえて顔を上げた。 「おや、二人でお話しかい」 「サエ」 とっさに虎次郎ちゃん、と言おうとして慌てて口をつぐむと、先に彼女の方がその名前を呼んだ。 「これから貝殻拾いでもしようかと思うんだけど、一緒にどう」 「私はまだここにいようかな。さんは?」 「……え、」 今、虎次郎ちゃんと……?ちょっと考えたけど、でもここに彼女と二人きりのまま残るよりかはいいかなと思って、それに頷いた。 「じゃあ行こう、」 虎次郎ちゃんの後をついて砂浜を歩いていく。途中、他のみんながまだ遊んでいる場所を横切っても、まだ足を止めないので黙ってそのままついて行った。 (虎次郎ちゃんはみんなと一緒に遊ばないのかな……) ちょっと疑問に思っても、そんなの聞けるはずもなく。だいぶ歩いて、もうみんなの姿が遠く小さく見えるくらいの場所まで来ると、虎次郎ちゃんはやっと足を止めてこちらを振り向いた。 「この辺にしようか」 「……うん」 こくりと頷き、浅瀬で貝殻を探し始めるけど、私はちっとも貝殻のことなんて考えられなかった。虎次郎ちゃんと二人きりで緊張して、海の中に手を突っ込みながら違うことばかり頭に浮かんでくる。 それは……あの子のこと。虎次郎ちゃんに、お似合いだと思った。本当は思いたくないけど、気付けばそう思ってしまった。 なんだか、いつかの学芸会の時のことを思い出してしまい胸が痛くなる。 王子様にお似合いの、可愛いお姫様……まるで、あの子みたい……。 (……あ、) ぼんやりしていたので、足元に大き目の石があるのに気付かず、それにつまずいてしまった。てっきり、転んで海に倒れ込むと思っていたのに、気が付くと私は虎次郎ちゃんの腕の中にいた。 「大丈夫かい、」 「……え、う、うん……」 「怪我しなかった?足は切ったりしてない?」 「うん、大丈夫……」 とっさに助けてくれたのだろう。珍しく焦ったような様子の虎次郎ちゃんにぎゅっと抱き締められて、私の心臓はうるさいくらいどきどきと騒いでいる。 「その、もう平気……ありがとう」 「そう?危ないから、もう浜辺へ行こう」 「……うん」 腕を解いた後、そのまま手を引かれて砂浜に上がるとそこへ二人並んで腰を下ろす。すると、虎次郎ちゃんが「足見せて」と言うので、大丈夫と断ったけどもう一度言われたので仕方なくさっきつまづいた足を差し出した。 「……本当に大丈夫みたいだな。痛くはない?」 「うん、大丈夫……」 「そう。が無事でよかったよ」 ちょっと大げさのような気もしたけど、こうして心配してくれるのが嬉しいと思ってしまう。さっき抱き締められた感触がまだ体に残ってて、今でもどきどきが続いていた。 空を見ると、だんだん陽が傾いてきてオレンジ色が混ざっている。 ざざざ、という波の音を聞きながら、この時間がじきに終わってしまうことが急に寂しくなった。 さっきまで、あんなに居心地悪く思っていたのに……。 「今日は、来てくれてありがとうな。」 「……え、うん……」 「みんな楽しそうだったし、オジイもに会えて喜んでたよ」 「……そっか」 本当に私は来てもよかったのかな。邪魔じゃないかな、とずっと思っていたからそんな風に言ってもらえてなんだかほっとした。虎次郎ちゃんは優しいから、きっと気を使って言ってくれたのかもしれないけど……。 「なんて……、本当は嘘なんだ」 「……え、?」 「みんなのためみたいに言ってさ、のこと誘ったけど。本当は……俺がにいて欲しかっただけなんだ」 「……」 思わず横を見ると、虎次郎ちゃんの端正な横顔はなんだか寂しそうだった。みんなと一緒にいたさっきまでは、そんな顔少しもしてなかったのに。 「この貝殻探しだって嘘だったんだ。と話すためのただの口実だから」 「……私と……?」 「うん……少しでも、と一緒にいたくて」 陽日に照らされて、オレンジがかった虎次郎ちゃんの瞳はどこか思い詰めたような色をしている。波の音も、鳥の鳴く声もなんだか急に遠くに感じて、まるでこの世界に虎次郎ちゃんと二人きりみたい。 そのまましばらく私は何も言えず、柔らかい潮風が虎次郎ちゃんの髪を揺らすのを、ただ見つめていた。 |