フレンズ...20
...side saeki...
震えるの睫毛を見て、やっぱり言わなければよかったかと思ったけれど気が付いたときにはもう口から出てしまっていた。 を誘ったのは、本当はみんなのためでもオジイのためでもなくて全部俺自身のためだった。と一緒にいるなら、こうするしかないと思ったから。 この頃学校で話し掛けるとは笑ってくれるようになったけど、でもどこか無理してるみたいで。その寂しそうな笑顔を見ていると心配でたまらくなる。 が、どこか遠くに離れていってしまうように感じて、どんどん不安になった。 ずっと一緒にいられるわけなんてないと頭ではわかっているのに、気持ちが追いつかない。大人になっても、このままでいられる訳なんてないと、知っていた。 なのに、が俺のそばからいなくなると思えばどうしたらいいのかわからなくなる。 「その、のことが……心配でさ」 違う。本当は俺自身のためだ。に、ここにいて欲しいと思ったから。みんなと一緒に、ずっとこれからもそばにて欲しかったから。 (をここに閉じ込めて一体何になるんだ……?) それでも、思い出の中のを何にも奪われたくなくて、今の俺にはこうするしか思いつかない。 (…………) さっき抱き締めたの体の感触がまだ腕の中に残っている。 幼い頃はみんな同じくらいの背丈だったけど、いつの間にか見下ろすようになっていたは、こんなに小さかっただろうか。当然だけど、やっぱり女の子なのだと実感した。 柔らかくて、頼りない体。微かに香るシャンプーの匂い……。 年齢は一緒でも、は俺達よりずっと弱いから、守ってあげたいと心から思う。 できることなら、これからもずっとそばで。 「……虎次郎ちゃん……?」 ぼんやりしている俺のことを、心配そうな顔してが見る。 「あ、ごめん。陽も暮れそうだし、そろそろ戻ろうか」 「……うん……そうだね。心配かけて、ごめんね」 気が付くと空はすっかり夕焼けで、遠くの方は紫色をしている。 立ち上がって砂浜の上を歩き出し、となりに並ぶに歩幅を合わせながら、時々その横顔を見る。 (、……大好きだよ) あれから何年経っても、いくつになっても、は俺にとってずっと特別だ。 マネージャーの彼女のことももちろん好きだと思うけど、はもう彼女にしたいとか、そんな感情では割り切れない。 恋なんて、いつかは終わってしまう。 (……俺は、を失うのが怖い) 恋は楽しいだけじゃないから、きっとを傷つけてしまうこともあるだろう。 手に入れたとしても、いつか失ってしまうのなら……自分のものにならなくてもいい。 にはいつも笑っていて欲しい。あの頃のままいて欲しい。 そう思うのに、心のどこかではのことを独占したいと思っている自分がいることも、また事実だった。だからこうやって今も、を独り占めにして二人きりでいるんじゃないのか……? 俺は自分がわからない。 とずっと友達でいたいのか、それとも……。 「お、サエ、。お前らどこ行ってたんだ、もう帰るぜ」 「サエさん急にいなくなっちゃうんだもん、ちゃんも」 「ごめんバネ、剣太郎。みんなも」 は俺のとなりで、黙ったまま何も言わなかった。 それから帰り支度をして、みんなで帰路についた。とりあえず一旦家に持って帰ろうと浮輪やパラソルなんかを抱えながらぞろぞろと歩く中、俺のとなりで彼女が話す雑談に笑って頷く。 途中、振り向くとは一番後ろのあたりにダビデと並んでいた。何か話しているみたいだけど、他の人の雑談にかき消されて、さすがに聞こえなかった。 のとなりにはいつもダビデがいる。それは俺達にとってはもう当たり前のことだから今さら誰も気にしないけど、なんだか今日はやけに気に掛かる。 「……サエ?」 「あ、ごめん」 「どうしたの、大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ。ごめんそれで何だっけ」 心配する様子の彼女に大丈夫だと言うと安心したように笑った。彼女の笑顔も素直さも、そばにいるとなんだか懐かしい感覚になる。俺はいつの間にか、彼女に誰かを重ねているのだろうか……? 彼女のことも、とても大事だと思う。守ってあげなくてはと思う。だけどいつか、と自分どちらが大切なのかと聞かれたら、俺は一体何と答えたらいいのだろう。 彼女はそんなことを聞くタイプの子ではないと思いながらも、いつも、少し不安だった。 幼い思い出の中で笑い会った日々は、いつまでも色褪せることなくこの胸の中で永遠に生き続ける。は誰とも比べられない。比べることなんて、できない。 「……サエさん」 月曜日、部活中フェンスの近くでみんなの練習の様子を見ていると、いつの間にか横にダビデが立っていた。 「わ、びっくりしたな。何だい、ダビデ」 「俺、サエさんに色々ひどいこと言って……ごめん」 「……え?」 ダビデは大きな体を小さくして、しゅんとした様子をしている。突然そんなことを言われて俺は一体何のことかわからず、しばらく二人の間にはポーンと弾けるボールの音が響くだけだった。 「サエさんのこと、嫌いとかそういうことじゃなくて……」 「はあ、……?」 そう言えば、以前にマネージャーと付き合うことを知ったダビデに色々と質問されたことがあったな。 『を傷つけるなら、許さない』 ダビデはどこか悲しそうな顔をしてそう言っていたっけな。 俺にはなんでダビデがそんなこと言うのか結局わからなかったし、そこまで深く考えていなかったけどダビデの方はどうも今の様子を見るからにだいぶ気にしているようだった。 「俺はべつに気にしてないよ」 「本当か……?」 「うん」 (よくわからないけど……) 笑って言うと、ダビデはほっとしたような顔をした。 「俺、サエさんのこと好きだから……」 「そうかい?ありがとう」 「サエさんもバネさんもいっちゃんも好きだし、あと剣太郎と……」 「わかった、もういいよお前の気持ちはわかったから」 「うい。サエさん、”カッター貸して。わカッター”……プッ」 「……はは、」 呆れたように笑いながらも、本当はいつもそんなダビデのことが羨ましいと思っていた。無口かと思えばそんなこともないし、意外とストレートに感情を伝えるし、素直で純情で優しい。いつもバネあたりに構われて、可愛がられてる。 それに、いつも気が付けばのとなりにいるし。 (…………) 小さい時からずっと、ダビデはのことが大好きで何かと一緒にいる。もそれを拒んだりしないし、それにダビデがそばにいる時は素のでいるように感じた。 二人の関係は、いつも特別のように思える。 以前にダビデが部活になかなかやって来なかった時、探しに行ってみるとと一緒に体育館の裏にいるのを見つけたその瞬間、俺は何も見なかったことにしてすぐに踵を返してテニスコートへ戻った。 ダビデがの頬を撫でていて、俺はすぐさま視線をそらしてしまったあの時の、なんとも表現しがたい感情。 それだけじゃない。昔から、ダビデはいつもの手を握ったり髪を撫でたりするのを、何でもないような顔してやっていた。他の奴らならそんなこととても照れてできないのに。ダビデは平然としてたし、も普通に受け入れていた。 そんな様子を見るたびに、なんだかもやもやした気分になったことを思い出した。 ……この感情は、一体……? 「おい、ダビデ交代だぞ」 「わかった」 考えて黙り込んでいると、練習を終えたバネがダビデと交代にやってきて入れ替わるように今度はとなりにバネが並ぶ。 「どうしたよ、浮かねえ顔して」 「……いや、何でもないんだ」 「そうかあ?」 腕を組みながら、コートの方を見て笑い飛ばすバネの横顔を眺めながら、俺はまだぼんやりと考え込んでいた。 「土曜日は楽しかったな」 「ああ……、うん。そうだな」 「も来たしよ。あいつ、最近元気そうだよな」 の名前が出て一瞬どきりとしたけど、相変わらずコートへ視線をやっているバネには気付かれていない様だった。 バネは何でも見たまま素直に受け止めるタイプだから、が笑っていて安心したんだろう。それをバネらしいな、と思うし、そのままでいて欲しいとも思う。 本当はバネが一番のことを気にしていたから、それでいいんだと思って俺は「そうだな」と頷いた。 「そういやサエ、お前と二人で何してたんだ?」 「ああ、貝殻拾いをしてたんだ」 「へえ……二人でか?」 「うん。彼女も誘ったけど断られたから、と俺で」 「そうか、まあいいけどよ。お前ももう彼女いんだから、あんま前と同じようにといると勘違いさせんぞ」 「……どういうことだい?」 バネは軽く溜息をついてからちらりと俺の方を見る。 「お前は無自覚に誰にでも優しいからな、あいつも心配にもなるだろ。そんで特に、には度が過ぎるくらい優しいの、自分で気付いてるか?」 「……そうなのか?」 「まあ、昔っからそうだからな。今さら直せって言ったところで無理だろうが」 あいつ、というのはマネージャーのことだろう。 自分では自覚なんてなかった。女の子を手伝ったり気遣かったり、そういうのは当然だと思っていてべつに優しくしようと決めてやっていたわけではなかったから。 たしかに、俺はいつものことが気になっていた。他のどの女の子よりも、を一番に優先したかったし、助けになりたかった。 「虎次郎ちゃんありがとう」って、笑って欲しかった。の笑顔を見るのが好きだから。その気持ちは、今もずっと変わらない。 「俺は今でも不思議だぜ。なんで、お前がとじゃなくて……いや、何でもねえ」 「……と、何だって?」 「何でもねえって。ほら、次サエの番だろ呼んでんぞ」 バネは誤魔化すように、ポンと俺の背中を押してコートの中へと押し込む。 それから、俺は向かってくるボールを打ち返しながらさっきバネに言われたことばかり思い出していた。 (俺はもう、に優しくしちゃいけないのか……?) のことがこんなにも大切なのに。 ずっとそばにいて、笑っていて欲しいと思うのに。 俺は自分がわからない。 とずっと友達でいたいのか、それとも……。 |