フレンズ...03


、サエさんと何かあった?」

昼休み、私はヒカルに呼び出されて理科室にいた。ここには私たち2人の他に誰もいなくて、ただ白いカーテンが窓からの風に吹かれて踊っているだけだった。

「……べつに、何も……」

私は昔から嘘をつくのがヘタクソで、今も向かいに座っているヒカルとは目が合わせられないでいる。

理科室は嫌いだ。薬品の独特な匂いがするし、人体模型と骨格標本は気持ち悪いし。それに、蛙や魚のホルマリン漬けもある。何でよりによって理科室なのか、べつに美術室とかでもいいのに。

「なんでヒカルがそんなこと聞くの」
の話したときの、サエさんの様子が変だったから……」

虎次郎ちゃんの名前を聞いて、何でもない振りをしながらも私の胸の心拍数は明らかに上がっていた。そんな私のことを見て、ヒカルは心配そうな顔をしている。

あの日から、虎次郎ちゃんと口を利くことはなかった。たまに校内ですれ違っても、目も合わせない。

でもそれでいいんだ、それが私の望んだことだったのだから。

「ヒカルっておせっかい」
「……そうかな」

ヒカルが私のことを心配して言ってくれていることは百も承知なのに、そんな言い方しかできない。だけどべつにヒカルは私に対して怒ることもなくて、少し寂しそうな目をするので胸がチクリと痛んだ。

(…………)

私が男子テニス部のみんなと幼なじみだと言うと、いつだって友達は信じらんない、と言って笑った。かと思えば、レギュラーメンバーの誰かしらを紹介して欲しいと頼まれる。

私の存在というのは、そんなものなのだろうか。
ヒカルは、私とみんなは何も違わないと言った。だけど、そんなわけない。そんなことは、誰が見たってわかることだ。

(違いすぎる……何もかも)

何も、……かも。

……。


「もう、私に構わないでって言ったの」
「……どうして、」

そんなこと言ったの、とヒカルは少し驚いていたようだった。真っ直ぐで純粋なその目を見るとなんだか胸が苦しくて、私はそちらを見ないように目線を逸らしたまま言った。

「ヒカルも、もう私に構わないで。会っても話しかけないで」
、」
「うるさい」

何かを言いかけたヒカルの言葉を遮って椅子から立ち上がり、早足で理科室のドアのところまで行くと、そこには何故かハルが立っていて驚き、思わず足を止めた。

バネさん、と後ろからヒカルの声がする。

「……お前、最近どうしたんだよ」

ハルは眉間にしわを寄せ、怪訝そうな顔をしている。一瞬戸惑ったけど、それに何も答えずに行こうとするとぎゅっと腕をつかまれたので、驚いて思わずハルの顔を見上げた。

「俺たち、お前に何かしたか?」
「……」
「言いたいことがあるならはっきり言えよ、
「バネさん、あんまり……」

ハルの声は少し苛立っているようだった。それを止めるようにヒカルが言葉を挟んできたので、教室の方を振り返ってみると心配そうにこちらの様子を伺っている。

黙ったまま、何も返せない。この胸の苦しさは次第に強くなっていくように感じた。

私はいつから、こんなに嫌な奴になってしまったのだろう。それとも自分が気づかなかっただけで、ずっと昔から嫌な奴だったのだろうか。

みんなと楽しく笑い合っていた日々は、今はもうあまりにも遠く感じる。当たり前だったものが、どんなにか特別で大切なものだったのか、今さらになってわかってももう遅いのに。


「……バネ、どうしたの?」

急に女の子の声が聞こえてそちらを見ると、教室を出た廊下に男子テニス部のマネージャーが少し驚いたような顔をして立っていた。そしてその子の後ろには、虎次郎ちゃんもいる。虎次郎ちゃんの方は落ち着いていてそれほど驚いた様子はない。

「お前……サエも、なんでこんなとこに?」
「部活の連絡伝えようと思って。教室行ってもいなかったから……そしたらサエも一緒に探してくれたの。あれ、なんだダビもいるのね。えっと……さん、だったよね?どうしたの?」

ハルに腕を掴まれている私を見て、彼女は現状がよく理解できないでいるようだった。彼女は私のことを知らない。それもそのはず、これまで同じクラスになったことはないし、ろくに話をしたことだってない。

なぜ私が今ここにいるのか、みんなと話しているのか、彼女にわかるはずないだろう。

「あ、おい

思わず腕をつ掴む力が緩んだハルの手を振りほどいて廊下へ出ると、私はマネージャーと虎次郎ちゃんが立っている場所とは逆方向に走った。

誰かが、と呼んだ気がしたけれどそれには振り返らずに、とにかく一番近くにあった階段を全速力で駆け下りる。その間頭の中に浮かんでくるのは、懐かしい思い出ばかり。


小さかった頃、あの子がいる場所には私がいた。
だけどそれはもうずっと昔の話で、今は違う。

みんなは何も変わらないと言うけれど、それでもきっと毎日少しずつ変わってきていたのだ。昔から何も変わらないのは私だけで、知らないうちに置いてけぼりになっていたのにそれにも気が付かないで。だから私だけが変わったのだと感じるんだ。

(誰よりも一番、昔を追いかけているのは私だったんだ……)

今でもあの頃に戻りたいって思ってる。あのままの日々が永遠に続けばいいのにって、願ってる。あの子がいなかった時代に帰れたら、こんなにつらいと思うこともきっとなかったはずなのに。

でも、そんなの無理だから。

階段を降りた後も廊下を走り続ける。いい加減苦しくなっても、足を止めることなんてできないまま。

私が持ってないもの、失くしてしまったものを彼女は全部持っているように思えて、そんな自分が嫌だった。マネージャーと一緒にいるみんなの姿なんて見たくなかったのに。


どうして私じゃないの。
どうして虎次郎ちゃんのとなりにいるのは、私じゃないの。


(虎次郎、ちゃん……)

あの日の約束、きみはもう忘れてしまっただろうか。





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