フレンズ...21
...side amane...


一時の感情に任せて、サエさんにあんな風に言ってしまったことをずっと後悔していたけど、なかなか謝るタイミングが見つからなかった。

だけど、あれからサエさんは特に変わった様子もなくいつもどおりで。ようやくサエさんに謝るとべつに怒ってなどいなかった。それを心の中でよかった、と思う反面、なぜだろうという気持ちにもなる。

(サエさんは、がサエさんのこと好きだと思ってないみたいだ……)

サエさんはいつもすごく優しいけど、昔からなぜかちょっと鈍感なところがあって、だからあの時もよくわかってないみたいだった。

(なんで)

結局、やり場のない思いをああやってぶつけてしまったことを、ずっと反省していた。……俺は、いつも心のどこかでサエさんのことを羨ましいと思っていたのかもしれない。

そんな自分が嫌だった。がサエさんのことを好きなように、俺もサエさんのことが好きだ。もちろん他のみんなのことも好きだし、いつまでも仲良くいたいと思ってる。

小さい頃は、みんなでずっと仲良くいられるなんて当たり前だと思っていた。

だけど、体が成長するにつれてみんなの心も次第に成長していき、子どもの時のままのバランスを保つことがどんなに難しいことかを思い知った。

特に、は女の子だから。男の俺達とは、年齢を重ねるごとに外見も内面もどんどん違うところが増えていき、まるでだけが遠くに離れていってしまうように感じて、ずっと不安だった。

そして次第にに笑顔が少なくなって、口数が減っていくことに戸惑っていた俺は、それをサエさんのせいにしていた。

大好きながよく泣くようになったのはきっとサエさんのことが好きだから。だからサエさんのせいなんだ。サエさんが悪いんだって、誰かのせいにして、そう思い込んでしまいたかった。

(好きなのに……、大事な友達なのに)

俺はいつも、サエさんに対してどこか複雑な感情を抱いていた。

サエさんにをとられるのが嫌だった。がそれでいいなら俺もそれでいいと思っていたけど、本当はそんなの嫌だったんだ。

あと一年早く生まれていれば、俺もサエさんみたいになれたのかな。に好きと思ってもらえたのかな、って。そんなことばかりずっと考えてしまう自分のことがくだらなくて、嫌いだった。

それなのに、海で遊んだ日にがサエさんと二人でずっと浜辺を歩いて行くのを見掛けて気になって、俺は帰り道に聞いてしまった。

「サエさんと、何してたの」
「……べつに、何も」
「ずいぶん遅かったみたいだけど」
「ちょっと、話してただけだよ……」

自分のことが子どものように思えて嫌だった。のためを思えばサエさんと一緒にいてそれでよかったはずなのに、面白くないと感じてしまう自分がいた。

なんでかなんて、そんなことわかってる。でも、のこともサエさんのことも好きだから。どっちにもいなくなって欲しくないし、どちらか一方なんて選べない。

の居場所は俺が守るから)

そこには、サエさんもいなくちゃいけない。



校舎の中を歩いていたら、たまたまサエさんとが話しているところを見掛けた。この頃、よく二人は話しているみたいだ。

べつに友達なんだからそんなの当然だと思うのに、心の中で何かが引っかかる。スルーするつもりだったのに、気が付けば俺は二人に近づいていた。

「あれ、ダビデじゃないか。どうしたんだ」
「……べつに、通りかかっただけ」

何の話をしていたんだろうと思いながらの方を見ると、俺のことを見上げながら瞬きする。前だったらこうやって校舎内で話し掛けると嫌がったけど、今はそんなこともない。

この頃、は笑うようになったし、俺達を避けることもしなくなった。だけどそれはどうやら気を使っているからみたいで、俺はなんだか嫌だった。

俺にだけは、はいつも本音を言ってくれているように感じていたから。べつに笑ってくれなくても冷たくされても、の一番近くにいられればそれでよかったのに。

「何の話」
「ん?ああ、授業の内容とか、テストのこととか話してたんだ」

(……俺にはわからない話か)

たった一年の差だと大人は言うけど、その”たった”に何度阻まれてきただろう。広がることはないけど、だけど縮まることもない……永遠に。

「そういやこの前海行った時、があんなに撃ち合い強いとは意外だったなあ」
「え、私明らかに反則勝ちしてたよ」
「そうだっけ?楽しそうだったから俺も混ざればよかったかな」
「あの遊びみんなの間で流行ってるの?全然ルールわかんないんだけど……」

とサエさんが話しているのをいつの間にかぼんやりと眺めていた。またがこうやってサエさんと話せるようになってよかったと思う一方で、素直にそれを喜べない自分がいた。

「ダビどうした、ぼーっとして」
「……え、べつに」
「そうか?……あ、もう休み時間終わるな。行こう、二人とも」

それからサエさんに背中を押されるままに、三人で廊下を歩いて、向かう教室が違う俺と二人は途中で別れた。じゃあ、と手を振って去って行くサエさんと、そのとなりに並ぶ

その後ろ姿を眺めて、一緒について行きたかったけどできなかった。
俺は、2年だから。



「ねえ天根、さっき3年生の佐伯先輩と話してたよね」

クラスに戻って自分の席に座ると、さっきの様子を見ていた奴がいたらしく数人の女子が近付いてきた。
そうだと答えると、女子達は口々に「格好いい」「素敵」とはしゃぐ。サエさんは校内の女子に人気があってファンもたくさんいるみたいだ。

「佐伯先輩って彼女いるのかなあ。ね、天根知ってる?」
「さあ……知らない」

俺は女子に目を合わせず、机の上を見ながら答えた。

「一緒に女の先輩がいなかった?あの人って誰?」
「……のことか?」
「えっ!先輩なのに呼び捨てにしてるのっ?まさか、天根の彼女……」
「違う」
「じゃあ佐伯先輩の……」
「違う」

ただ話してただけなのに、それだけで付き合ってることにされるのか?と不思議だった。黙ったままでいるとじきにチャイムが鳴って、勝手に騒いでいた女子達が席に戻っていなくなったので内心ほっとする。

いくつになってもいつまで経っても、男も女も関係なく仲の良い友達でいることはおかしいのだろうか。

と、彼氏でもないのに一緒にいるのはおかしいのだろうか。

そんなことを考えていたらいつの間にか今日の授業が終わっていて、そのまま部活へ移っても相変わらずそんなことばかりが頭の中を巡っていた。

「どうしたダビデ、今日は随分ぼんやりしてるな」
「……サエさん」

休憩中、誰かにぽん、と軽く肩を叩かれてそちらを見るとサエさんだった。

「何か悩みごとか?」
「べつに」
「ダジャレの調子が悪いとか?」
「違う」

そっか、と笑うサエさんの横顔を眺めつつ、聞いてみようか悩む。でもバネさんとか剣太郎じゃ、なんかわかってくれなさそうだし。

「なあ、サエさん」
「なんだい」

男女のユージョーってのは、いくつになってもあると思うか。べつにコイビトじゃなくたって、ずっと一緒にいて仲良くてもおかしくないよな、と聞きたいけど口から出てこない。

「……」
「ダビデ?」

一生、と友達でいたいけど。でも、そんなの無理かもしれないって頭のどこかではわかっていた。男同士ならきっとうまくいくことも、それが女の子だったならわからない。

サエさんは、どう思ってるんだ……?サエさんだったら、どうするんだ。


「……サエさん。最近、とよく話してるな」

口から出たのは、聞こうとしてたことと全然違う。でもそれは、この頃こっそり心の中でずっと思っていたことだった。

「そうかな、べつに普通だと思うけど」
「でもこの前海行った時だって、サエさんいつの間にかいなくなってと……」

違う。こんなこと言いたいんじゃないのに。ただ話をしてただけなんだって、に聞いて知ってる。それなのに、なぜそんなことを口走ってしまうのか。

「ああ。あれはな、少し話をしていたんだ」
「……ごめん」
「え?」
「困らせてごめん。ほんとはこんなこと聞くつもり、なかったんだ。だけど……」

サエさんは目をパチパチさせて俺のことを見る。それから、目を細めるようにして優しく笑った。

「ダビデは、本当にのことが好きなんだな」
「何、急に……」
を独り占めにしてごめんな。心配だったんだろ?」
「そんなんじゃない」
「はは、そっか」

そんなんじゃない……わけない。サエさんの言うとおりだ。俺は小さい頃からいつも、とサエさんのことを気にしてた。もう子どもじゃないのに、今でも、気になってしまう自分にうんざりする。

彼女がいるんだから、そんなの心配する必要なんかないのに。それなのに、サエさんは昔から、俺よりずっと落ち着いてて大人に感じるから。いつだって優しくて余裕があって、誰にでも分け隔てなく接してくれるから。

だからが、好きと思う気持ちもわかる。……でも、いい加減そんなくだらない嫉妬心、捨てなくちゃいけない。大事なものを守るためには。

「サエさん」
「なんだいダビデ」
「前、もうに干渉しない方がのためだって言ってたけど……今でもそう思うか?」
「……」

サエさんは思い出すようにちょっと考え込んでいて、その髪を風が揺らすのを、そのまま黙って見ていた。

「あの時は、確かにそう思っていたよ。でも、今はそうじゃない」
「本当に?」
「うん、本当だよ」
「じゃあサエさん、これからもずっとの友達でいてあげて欲しい」
「何だよ、そんなの、当然じゃないか」

(……当然……なのかな)

サエさんは、当たり前だろって、笑っていた。彼氏でも彼女でもないのに、ずっといつまでも仲良く一緒にいることはカンタンなことなんだろうか、と頭の中で思うけど聞けない。

俺は、誰にもいなくなって欲しくない。
みんなにも、にも、……サエさんにも。

ずっと、サエさんを好きと思うのことを好きと思い続ける人生だって、もう、べつにいいんだ。みんなが離れずに、バラバラにならずに、一緒にいてくれるなら。

が俺のことを好きって思ってくれなくても、一生友達でいられるなら。サエさんがいる限り一生片思いでも。

(べつに、いいんだ)

「ダビデ、休憩終わりだ。戻ろう」
「うい」

みんなの笑顔を見ると、大事なものを失いたくないという気持ちが強くなっていく。このままのバランスを保つことがどんなにか難しいと知っていても、それでも何一つ奪われたくない。

ずっと、友達のままでいたい。みんなとも、とも。

だから。


(べつに……、いいんだ)





back / top / next