フレンズ...22
...side kurobane...


「でもさあ〜」と、剣太郎はテニスコートをフェンス越しに遠巻きから眺める数人の女子生徒を見ながら言った。

「サエさんってほんとモテるよね」
「そうかあ?」
「あの子もあの子も、みんなきっとサエさん目当てだよ」
「なんでそんなことわかんだよ?」
「だって、さっきからサエさんのことばっかり目で追ってるもん!」

こいつよく見てんな、とちょっと呆れつつ言われてみると確かにそんな気もした。さっきまで何か喋ってた様子なのに、サエがコートの中に入った途端、熱心に視線を送っているようだ。

「僕とサエさんと何が違うのかな〜?」
「何って、そりゃ全部じゃねえのか」
「全部?!」

うっかりそう言ってしまうと、剣太郎はこの世の終わりみたいな顔をして叫んだ。全部はさすがにまずかったか、と慌ててフォローする言葉を考える。

「いや、そのなんつーの、”サワヤカさ”ってやつの違いじゃねえのか?」
「爽やかさ……」

爽やかさの違いって何だよ、と自分に突っ込むものの、剣太郎は真に受けて真剣に考えて込んでいるようだったので、まあいいかと放っておいた。

サエは優しいからな。それに見た目もあんなんだから、昔からとにかくよくモテる。

べつに羨ましいとか感じたことはねえけど、女はああいうのがいいのか、と不思議に思ったことはある。例に漏れず、もサエのことが好きだから余計に……。


「でもバネさん、ダビデも結構モテるんだよ」
「あ?そうだっけ?」
「えー知らないの、よく女子からお菓子とか貰ってるじゃん」
「……そういや、いつも妙に菓子持ってるな」
「ダビデはべつに爽やかって感じじゃないのに、なんでー」

剣太郎は頭を抱えて悩んでいる。気の毒に思いながら、チラリと少し遠くにいるダビデのことを見ると、近くの奴にまた何かくだらないことを言っている様子で、思わず溜息が出る。

「まあ、あいつは見た目だけはいいからな。中身は……あんな風だけど」
「サエさんもダビデもずるいよー!僕も女の子にモテたいのに!」

ダビデは普段は割と口数少ないから、くだらねえダジャレさえ炸裂させなければ中身はわかんねえし、みんなあの外見に騙されてるんだろう。だけど、あいつはべつにモテても嬉しそうな顔しない。

「またモテちまったぜ」と冗談で言うけど、べつに本心では何とも思ってなさそうだ。

ガキの頃から日本人離れしてて目立つ容姿だったから、色々言われたみてえだし、どちらかと言えばコンプレックスに感じているように思えた。他人から見れば羨ましいと思うものも、本人には、そうではないようだった。

出会ったばかりの頃のダビデは今みたいにふざけたりすることもなくて、人見知りで、無口で、ちっとも笑わない奴だった。だけど、仲良くなると次第に明るくなっていった。

(ダビデは、一度懐いたらとことんだからな)

成長した今でも、俺達……特に、のそばを離れようとしない。ガキの頃から、成長して図体のでかくなった今でも、自分よりずっと体の小さいの言うことを素直に聞いてる。

まあ、そんなとこがあいつの可愛いとこなんだけどな。


「サエさんてさあ、せっかくモテるのに彼女作んないよね」

そんなことを考えていると、もう悩むのはやめたらしい剣太郎が不思議そうな声を出して呟く。思わず、お前知らねえのか、と言ってしまいそうになって口をつぐんだ。

「バネさんなんでだと思う?」
「さ、さあ知らねえよ。べつにいいじゃねえか、サエの自由だろ」
「ねえなんでそんなに目が泳いでんの」
「は?泳いでねえよ。俺は泳ぐならお前、海で泳ぐに決まってんだろ」

意味分かんないよ、と眉間にしわを寄せる剣太郎の声を聞きながら、妙な汗をかいている自分に気付く。まったく、何で俺は昔からこんなにも嘘をつくのが苦手なんだ。

だけど、剣太郎はどうやらまだ知らないらしい。サエはタイミング見て言うって言ってたが、まだなのか。なら、俺が言う訳にもいかねえしな。

マネージャーとはみんな一年の頃から親しいし、サエとは特にそんな感じだったから、他の奴らもべつに不思議に思わないんだろう。

「そういえば、サエさんとちゃんって仲直りしたみたいだね」
「……あ、ああそうだな」
「なんかケンカしてるみたいだったから心配だったんだ。でも海行った時二人で話してたみたいだし、よかったよね」
「ああ、まあな」

はこの頃また笑うようになった。ほっとしたのは、剣太郎だけじゃなくて俺も、他のみんなも同じだろう。あいつだけがいなくなる未来なんて、俺には想像もできない。

だけど時々、ちょっと陰ったような表情を見せるのが気になっていた。もう大丈夫なんじゃないかと思う一方で、どこか不安に思う自分もいる。

がどこへも行かないと確信できるまで、この気持ちはなくならないのか。


「サエさんとちゃんてお互いに好きなのに、なんで付き合わないんだろう」
「……は?」

俺は思わず脇に抱えていたラケットを地面に落としそうになった。
鈍いのか鋭いのかよくわかんねえ剣太郎は、べつにふざけているつもりではないようで真面目な顔をしている。

「何言ってんだ、お前」
「えーだってそうでしょ。ちゃん昔からサエさんのこと好きだし……」
「仮にがそうだとして、サエの方はわかんねえだろうがよ」
「わかるよ。サエさんてみんなに優しいけど、実はちゃんに一番優しいんだよ。ちゃんのことが特別なんだって、見てればわかるんだもん」
「……」
「それって好きってことでしょ?」

こいつ、ほんとによく見てんな、と思いつつすぐには何も言えなかった。サエがに対して度が過ぎるくらい優しいことはわかっていたし、それを本人に注意もした。

確かに、俺も剣太郎と同じ様なことを考えていた。だけど、きっとそれは昔からの癖みたいなもんなんだと、すぐに思い直した。

だってよ、サエは……、サエはな……。

「そんなわけ、ねえだろ」
「え、なんで?」
「なんでも何も、だってあいつはよ……」

マネージャーと……と言おうとしたところで、はっとして止めた。剣太郎は「えー何だよ」と気になってる様子だったけど、結局「何でもねえ」で押し切って、俺はその場をやり過ごした。

それから練習している間、時々サエのことを見たけど、当然あいつは普段通りの笑顔で。マネージャーと仲良さそうに話しているところを見掛けては、俺は複雑な感情を抱いていた。

付き合ってるんだから、当然、サエはマネージャーのことが好きなはずだ。
……だけど、心から素直にそう思えるかと聞かれれば、そうだとは答えられない自分がいる。

マネージャーと付き合うとサエが言った時、あいつがつらそうな顔して笑っていたことを思い出しちまった。なんでなのか、その時の俺にはわからなかったし、今でもよくわからねえ。

もし、剣太郎の言うとおりにサエがのことを好きと思っているのなら。なんでマネージャーと付き合ってるんだ……?当然の疑問が、頭の中に湧いてくる。

サエが誰を好きになろうとそれは勝手だし、俺に口出しする権利はない。

けれど、サエの気持ちを尊重しながらも、本当はサエがマネージャーを好きという事実に、俺はショックを受けていた。それは俺だけじゃない、きっとダビデもそうだろう。

実はを好きと思っていた俺の気持ちは、はサエを好きでもサエを好きだから、仕方ないのだと思い込んで諦めて心の奥底にしまい込み、そのまま鍵を掛けたから。

だから、サエにはを好きでいてもらわないと困る、と思ってしまう自分がいた。サエの自由だと自分に言い聞かせながらも、本当は、「なんでだよ」とずっと思っていた。

はサエを好きなのなら。サエもも好きなのなら。

(……何故だ……?)



「大丈夫か、バネ。今日なんか調子悪そうだったけど」
「……あ、ああ。何でもねえよ」

部室で制服に着替えてロッカーの扉を閉める途中、心配そうな顔をしてサエが俺の肩に手を置いた。まさかお前のこと考えてたなんて言えず、ここでも「何でもねえ」で押し通す。

バタン、と扉を閉めた後、サエの横顔を眺めながらいっそ聞いちまうかどうか悩んだけど、いやまさかこんなとこでそんなの聞けるわけねえ。

「ん?バネ、どうかしたかい」
「は、いや何でもねえよ。あー!なんか腹減ったな、なあダビデ!」
「バネさん声でかい」

ダビデの背中をバシッと叩いて、そのまま一緒に部室から出ると校門へ向かって歩く。やけに強い風に吹かれながら、となりに並ぶダビデがまた何かくだらねえこと言ってるけど全然頭に入ってこねえ。

本当は、サエを羨ましいと思ったことなんてない、ってのは嘘だった。べつに女子にモテたかったわけじゃねえけど。ねえけどな、でも、は別っていうか……。

「……

急にダビデがその名前を呼んだのでどきっとして横を見ると、ダビデも横を見ていてその視線の先にが歩いていた。

気付くとダビデはの元に駆け寄っていて、俺は歩きながらそれに続く。

「よお、お前も今日部活あったのか?」
「うん。二人も今帰り?」
「おうよ」
、俺達も一緒に帰る」
「いいよ」

俺達のことを見上げて笑うを見て俺も笑い返した。昔ならこうやって三人で下校するのは当たり前だったが、今はまるで特別なことの様に思える。

(お前はそうやって、いつも笑ってりゃいいんだよ)

お前のためなら何でもしてやりたい。ガキの頃から、その気持ちはずっと変わらねえ。突然変なこと言って困らせたけど、今でもこうやってすぐそばで笑ってくれることにほっとする。

見て、あの雲の形オジイみたい」
「え、どのへんが?」
「ほら、あの長くなってるとこなんか髭みたいだし」
「ほんとだ」

ダビデが指差しながらと他愛もないことを話している後ろ姿を、微笑ましく眺めながら歩いていた。こいつらは昔からいつもこんな感じで、急に不思議なことを言い出すダビデのことをはよく理解してやっていた。

「ねえ、ハルはあれオジイに見えるよね?」
「ん?いや……俺には全部同じにしか見えねえけど」
「バネさんには独創性ってモンがないんだよな」
「なんだとこらダビデ」
「いて、バネさんごめんって」

このまま、くだらないこと言って笑い合えるこんな関係のまま時間が止まってしまえばいいのに、と願わずにはいられない。

が俺達に笑ってくれる、このまま。ずっと。





back / top / next