フレンズ...23


いつの間にか夏休みになったと思えば、それももう今日で終わろうとしている。

男子テニス部は休みの間テニスの練習や大会で忙しく、時々ヒカルが私の家に寄るくらいで他のみんなと顔を合わせることはなかった。

夏休み前、虎次郎ちゃんに「試合、ぜひ応援に来てよ」と言われて、「うん」とそれに頷くしかなかった。

だいぶ悩んだ末に、結局関東大会の会場までは行ってみたものの、遠巻きから眺めているだけで話し掛けたりはできなかった。

たくさんの声援を受けるみんなの姿は、すごく眩しくて遠くに感じた。それを寂しいと思ってしまう自分が嫌で、申し訳ないと思いつつ全国大会には応援に行けず終いだった。

ヒカルから大体の話は聞いていて、詳しいことは言わなかったけどどうやらオジイが怪我したらしい。でも大事には至らなかったみたいで本当によかったと思う。

(みんなは、元気にしてるかな)

私は部活もほとんどないままに引退して毎日退屈だった。暇を持て余した結果仕方なく夏休みの宿題に打ち込んだり、よく一人で海に散歩に行ったりして気を紛らわせていた。

小学生の頃は夏休みも毎日一緒に遊んでいたから、中学生に上がってから夏休みの間は暇で仕方なく感じるようになった。

だけど、これから先はきっとずっとそうだ。
みんなから離れて一人になれば、この夏休みがずっと続くんだ。

(ずっと、このまま一人なのか……)

自分の部屋の窓の外に顔を向けて、星がきらきらと光る空を、膝を抱えながらぼんやりと眺める。

あれから、なるべくみんなには笑顔で明るく振る舞うようにしていた。卒業まで、ずっとこのままでいよう。もう私のせいで困らせたり、悲しませたくないから。

私が笑っていれば、みんな安心するだろう。
昔みたいな、私でいれば……。

でも、昔の私って……一体どうだったのかな。もう自分ではどんな風だったかなんて思い出せない。確かに、今よりは活発だったような気もするけど。

みんなは、私は変わったと言う。
それがみんなを悲しませている原因なのなら、無理してでも昔の自分でいよう。

そう思って子どもの頃のアルバムを棚から引っ張り出した。どの写真も、私はみんなと一緒に写っていて、楽しそうに笑っている。

(……みんなの好きでいてくれる、でいよう)

たとえ、それが今の私とは違っても。



その時、玄関のチャイムが聞こえたので、こんな時間に誰だろうと思いながら部屋を出て行って玄関のドアを開けるとそこにはヒカルが立っていたのでちょっと驚いた。

「……何、どうしたの」
、花火やろう」
「花火?」

見れば、確かにその手には花火セットとバケツがある。でもこんな夏休み最後の日の夜に……?と思いつつ、ヒカルがそう言うなら断ることもできない。

「いいよ。どこでやるの?」
「海」

まあ大体わかってたけど。行こう、と言ってくるりと方向転換するヒカルについて夜の道を歩く。もうすっかり暗いけど、体で感じる空気は生温かった。

まだこんなに暑いのに、もう明日からは2学期が始まるんだな……と思う。

、元気だったか」
「うん……だって、たまに会ってたでしょ」
「そうだった」
「宿題やったの?こんな最後の日に遊んでて大丈夫なの」
「たぶん」

多分て……と思いながら、本当は私も寂しかったのだろう。ヒカルの顔が見られてどこか嬉しかった。

二人で並んで歩きながら海に着くと、向こうから数人の人影が近付いてきて、目を凝らすとどこか見覚えのある姿ばかりだった。

「おー、来たか」
「……ハル?」

それはハルだった。その後ろには、ケンや他のみんなもいる。それぞれ花火セットとバケツを持ち寄って集まって来たみたいだった。

「みんなで花火やることになってよ、そしたらも呼ぼうぜってなってな」
「そうなんだ」
ちゃん、はい!いっぱいあるからどんどんやってね」
「ありがと、ケン」

ケンに数本渡された花火にとりあえず火を点けて、飛び散る火の色が変わっていくのを眺めていた。他のみんなはそれをぐるぐる回したり追いかけっこしたりして遊んでいて、ハルに「お前ら火傷すんなよ!」と言われている。

、来てくれたんだ」
「……虎次郎ちゃん」

それから、みんながねずみ花火でわいわい盛り上がっている声が聞こえる中、少し離れた場所に座っていると虎次郎ちゃんが近付いてきた。
念のため周りを見ると、やっぱり今日はあの子は来ていないみたいで、少しほっとする自分がいる。

「あの……ごめんね、試合応援に行けなくて」
「え、来てくれてただろ?関東大会」
「……気付いてたの……?」
「うん。遠慮しないでベンチの方来ればよかったのに」
「あ……うん。そうだよね、ごめん」

そういえば虎次郎ちゃんは視力よかったんだっけ。それにしてもあんなにたくさん人がいたのに、よく見つけられたな……と思いながら、手元でバチバチ閃光する花火を見つめる。

「オジイの調子はどう?」
「ああ、もう大丈夫だよ。すっかり元気だから」
「そう、よかったね」
「うん。はどう?夏休み元気にしてた?」
「……うん、元気だったよ」

みんなが一生懸命テニスを頑張っている間、私は退屈で死んでしまいそうだった。みんなは唯一無二の大切な経験と思い出を手に入れても、私は同じものを持つことはできないのだな。

……当然だ。私は、テニス部員じゃないのだから。
ずっと一人でいて、寂しかったけど今こうしてみんなと一緒にいてもなんだか寂しさを感じてしまっていた。まるで自分だけが取り残されたような、そんな気持ちになる。

みんなはどんどん成長していく。心も、体も、大人になっていく。

(……いつまでも子どもなのは、私だけだ)

、花火終わってるよ」
「え?」

虎次郎ちゃんに言われて手元を見ると、とっくに花火は終わっていてただの黒い棒になってしまっていた。それをバケツの中に入れると、ジュ、という音がする。

「次何にする?は線香花火好きだったよな」
「あ……うん、そういえば」

よくヒカルと一緒にやっていたような気がする。どちらが長く続けられるかで、何故かいつも私の方がヒカルに勝ってしまって羨ましがられていたような。

パチパチと控えめだけど丸い塊が可愛い線香花火は、思いの外寿命が短い。あっという間に消えてしまい、二本目、三本目と火を点けていく。

「夏休みの最後の日に、の顔が見られてよかったよ」
「明日から、また学校で会えるのに?」
「そういやそうだな。でも、休みの間会えなかったからさ」

虎次郎ちゃんの花火は赤になったり緑になったり。その明かりに照らされる虎次郎ちゃんの顔を見ると、向こうもこっちを見ていて目が合った。

「昔は、夏休みの間も毎日一緒に遊んでただろ」
「うん……まあね」
「洞窟探検したり、どこまで泳いでいけるか挑戦して大人に怒られたりしてさ」
「やんちゃなことばっかりしてたね」
「よくゲンコツされたよな」

虎次郎ちゃんは昔を懐かしそうに思い出して笑っている。
男の子に混じっていつも無茶なことばっかりして叱られていたあの日々。あちこちに傷作って、女の子なんだからとたしなめられては連れ戻されていた。

あのまま大きくなれていたならよかったのにな。そうすれば今も、みんなと心から楽しく一緒にいられたかもしれないのに。

(私が、虎次郎ちゃんを好きにならなければな……)

それはずっと変わらなくて、今さらその気持ちを忘れようとしてもできないままだった。虎次郎ちゃんはもう彼女がいるんだから、そんな想い持ち続けたところで仕方のないことなのに。

虎次郎ちゃんは格好いいし、優しいし、モテて当然だ。可愛くて性格のいい、お似合いの彼女がいて当然だ。

小さい頃にした約束なんて、とっくに忘れてるに決まってる。だから、いい加減諦めなくちゃと思うけど、でも虎次郎ちゃんがこうやってそばにいる限り、想いはどこにも行ってくれない。

思い出はいつまでもキラキラと輝いて、眩しくて。私のすべてを作るあの大切な日々を忘れることなんて、この気持ちを捨てることなんて……まだ、できない。

それは、私が私ではなくなってしまうような、そんな気がする。

、どうかした?」
「え、あ……何でもないよ。虎次郎ちゃんも線香花火やる?」
「うん、やろうかな」

パチパチとハジけるオレンジ色した火を二人で眺めながら、なんだか胸がきゅっとしたけど、これはきっと夏の終わりだからかな。夏の終わりって、いつもなんか切ないし。

ジリジリ燃える丸い塊が、ポトリと砂の上に落ちるのを黙ったまま見守っていた。





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