フレンズ...24


「おーいサエさーん、向こうで噴出花火やるって!」
「ああ、わかった。今行くよ」

ケンが向こうから走って呼びにやって来て、ちょうど線香花火が消えたところの虎次郎ちゃんは立ち上がりながらその声に答えた。

「あれ、ちゃんもいたの?僕お邪魔しちゃったかなあ」
「なーに言ってんだ」

にやっと笑うケンのおでこを、虎次郎ちゃんがコツンと小突いたので「イテテ」と言って手でそこを抑えている。

、行こう」
「うん」

私も立ち上がって後をついて行くと、虎次郎ちゃんが先に歩いて行ったことを確認してから、ケンがそっと近寄って来て「ごめんね」と言った。

「なにが?」
「だって、せっかくサエさんと二人で話してたのにさ」
「なんで、べつに大丈夫だよ」
「えーでも、なんか良い感じだったのに……」
「なにそれ、そんなんじゃないよ」

唇を尖らせるケンに、笑いながら言った。何か勘違いしてるのかな、と思いつつわざわざ虎次郎ちゃんがマネージャーと付き合ってることを口に出して言う気にはなれなくて、そのままはぐらかしてしまった。

みんなの元に行くと、ちょうど花火に点火したところだった。ヒュン、と炎が飛び出して辺りがぱっと明るくなると、みんなの楽しそうに笑う顔がよく見える。

子どもの頃もよくこうやって、みんなで花火を囲んで笑い合っていたっけ。

(これが、みんなと過ごす最後の夏休みなのかな……)

眩しいくらいの明りに照らされながら、そんなことをふと考える。みんなから離れるって、自分で決めたはずなのに、この期に及んでまだ未練を感じている自分がいた。


それからもみんなは大きめの花火なんかでわいわいと盛り上がっている中、私はそこを抜け出してしばらく砂浜を歩いた。途中、腰を下ろして海を眺めていると誰かの足音が近づいてくる。

、どうした。疲れたか?」
「……ハル。ううん、大丈夫だよ」

それは気遣うように笑う、ハルだった。ハルは三角座りした私の横に胡坐をかくように腰を下ろすと、みんながいる方へ顔を向けて笑う。

「昔もよくこうやって遊んだよな」
「そうだね」
「昼間は海で泳いで、夜は浜辺で花火してな」
「うん」

みんなのはしゃぐ声を少し遠くに聞きながら、ハルは昔を懐かしむように言った。
遠くで様々な色に燃える花火の色を眺めながら、とても綺麗だと思う。

「何年経っても、何十年経ってもこうしてまた一緒に花火やろうな、
「……うん」

ハルの真っ直ぐな思いとまなざしが胸に刺さる。何十年どころか、来年にはもう私はここにいないのだとはとても言えなくて、無理に笑顔を作ってそれに頷いた。

苦しいような思いがするのは、ハルの願いを叶えてあげられないことよりかも、きっと自分のためなのだろうとわかる。だからそれを振り切るためにも、余計に明るく答えなければ。

「俺達の友情は永久に不滅だぜ」
「恥ずかしいこと言わないでよ……しかもどっかで聞いたことあるやつだし」
「はは、そうか。悪りい」

きっと私のためにちょっとふざけて言ったのだろうけど、多分はハルは本心からそう思ってるはずだ。そんなこと言えるハルはすごいし、本当に羨ましいと感じてしまった。

こんな風に迷いなく真っ直ぐ未来が見られたら、どんなにいいか。

(……羨ましいよ、ハル)

ハルには、どんな先の将来もみんなと一緒にいる自分がはっきりと見えているのだろう。そこにはきっと私もいるのだろうけど……でも、現実の私は違うから。


秋が来て、冬が来て、そして春が来たら……

(……みんなとは、お別れだ……)



「……なに?」
「俺達はいつだってみんなで一つだ」
「え、?」
も入れて、みんなで一つだからな」
「……」

月の明かりにぼんやりと照らされるハルは、こちらを向いて私の目をしっかり見ながら言ったけれどそれにすぐには何も返せなくて、しばらく波の音だけを聞いていた。

「あ……うん。そうだね」
「お前の居場所はいつもちゃんと空けとくから、なんも心配すんなよ」
「……」

ハルは安心させるように、優しく笑った。だから私は、上手く演じられていなかったのだろうかと心配になる。

昔の私のように明るく振舞っていたつもりだったけど、それが下手だったから、ハルはこの心の奥底に沈んでいる気持ちに気付いてしまったのかな。また……気を遣わせてしまったのかな、と思った。

「ありがとう、ハル。私心配なんかしてないよ」
、」
「大丈夫だってば」
「お前は、俺達と何も変わらねえからな」
「……え?」
「前に言ってただろ、自分はみんなと違うとか何とか」
「……それは、」

これ以上気を遣わせないように笑顔を作ったつもりだったけど、そんなハルの言葉に、いつの間にか私は笑うことを忘れてしまっていた。

以前に、ハルに言った言葉を覚えてくれていたのだろうか……。そんな心配させるようなこと、やっぱり言わなければよかった。

「ハル、それはさ……」
「俺達は年齢も性別も関係なくみんな同じだ。上も下も、前も後ろもねえ。横一列に並んでんだよ」
「……」
も俺達と一緒だ。だから、いつでもみんなお前のとなりにいる」
「……」
「昔から今も、これから先も、ずっとだ」

いつになく真剣な表情のハルにの言葉に、私も何も言えないまま。

だ。自分が女だからって、そんなの気に病んでお前だけいなくなることなんて、ないんだからな」
「……」

この口から何か言葉が出る前に、目から涙がにじんできて大きな粒になったかと思えば、溢れてこぼれ落ちては頬を滑り落ちていく。

私が女に生まれなかったら、虎次郎ちゃんを好きにならなかったら……って、何度も後悔して考えてたこと。ごめん、ごめんね、って心の中で謝り続けて来たこと。

私さえいなくなれば、みんなはまた丸く収まってこれから先もずっと仲良くいられるんじゃないかって思っていた。本当はそんなの嫌なのに、でも、そうするしか思いつかなくて。

みんなの前ではこれからずっと笑顔で明るくしようって決めたのに、私は涙を止めることができなかった。

「だから、ずっとここにいて俺達のそばで笑っててくれ……な、
「……」

何か言いたくても口から出るのは嗚咽ばかり。
そんな私の頭をハルが右手でポンポンと撫でた後、グイっと自分の方に引き寄せたので、私はその肩に寄りかかるようにしながらハルの逞しい腕の中に収まった。

その体はとても温かくて、なんだかすごく安心する。ハルと一緒にいると、いつもそうだ。大雑把なところもあるけど、でもとても心が広くて、すべて受け入れてくれる。

だからか涙は止まることなく、ぽたりと落ちてはハルのTシャツに染みをつくっていった。

「……ハル、……私」
「うん」
「私……みんなのことが、大好き、……」
「うん」
「だから……離れたく、ないよ……」

嗚咽に混ざりながら上手く話せない私の言葉を、ハルは静かに頷きながら聞いてくれていた。ずっと胸の中で隠し続けてきた思いを、どうして今になってさらけ出してしまうのか。

みんなためを思えば、そんなのいけないと思うのに、それでももう我慢できなかった。

ハルは、時折片腕で抱き締める私の体をその手の平で軽くポンポン、と叩くから、優しさにまた涙が溢れてくる。

「……ずっと、一緒に……いたい」
「俺達はずっと一緒だ、

そこでまた、わっ、と子どものように泣いてしまったら、ハルの左腕が私の背中に伸びてきてぎゅっとその胸に押し付けるように、両腕で強く抱き締められた。

それから片方の大きな手の平で私の頭を撫でる。同い年なのに、まるでハルが本当のお兄ちゃんのように感じてしまい、それからしばらくの間私は小さい子どもみたいに泣き続けた。

けれどハルは何も言わずに、ずっとそのままでいてくれた。

「……ハル、……ごめん、ね」
「いいんだ、気にすんな」
「みんな、に……たくさんひどいことして……、ごめん……」
「もういいんだよ」

遠くで、波の音と、みんなの声が聞こえる。だけど、一番近くで聞こえるのはハルの心臓の音だった。どきどきと脈を打つ、その音は温かくて本当に安心する。

強い力で、けれど優しく抱き締めるハルの腕の中で、もう嘘をつくのも意地を張るのも嫌になってしまった自分がいた。

いつもそばにいて守ってくれたハル。どんな時も最後まで私のことを見捨てずに、励まし続けてくれたハル。そんな彼の前で、隠しごとするなんて、もう疲れた。

子どもだって、いい。情けなくたって、いい。
さんざん遠回りして、やっと言えた……私の、本当の気持ち。



目を瞑ると、ざざざ……とささやく波の音。

海はいつも、私達のことを優しく見守ってくれているように思えた。





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