フレンズ...25


それからしばらくの間、ずっとハルの腕の中にいて、やっと気持ちが落ち着いてきた頃。みんなはもうすっかり花火を終えていて帰る準備をしているようだった。

、立てるか」
「……、うん」

ようやく涙の止まった目をこすりながら、もう片方の手をハルに引かれて立ち上がり、そのままみんなのところへ戻ると私達に気付いたケンが声を掛ける。

「あれ、バネさん。ちゃんどうしたの」
「ああ、の奴、眠いんだってよ。な?」

手を繋いだまま、ハルがごまかすように笑いながら私のことを見下ろしたけれど、それには何も答えられずにただコクンと頷いた。

「そっかー、もう遅いもんね。じゃ早く帰ろ!」

多分、今私の目は泣き過ぎて真っ赤なんだろうけど、夜で辺りが真っ暗なおかげで見えないのかもしれない。みんなはハルの言葉に納得した様子で私のことには気付かず、それ以上何も聞かれなかった。

それからぞろぞろと歩いて、一人、また一人と道を別れて去っていく。「また明日」という言葉を何度聞いただろう。見ればいつの間にかハルとヒカルと虎次郎ちゃん以外のみんなは、別れていなくなっていた。

、本当に大丈夫かい」

虎次郎ちゃんの心配そうな声が近くで聞こえたけど、そっちを見たら泣いてたのを気付かれてしまうかもしれないと思って、私は相変わらずハルと手を繋いだまま、俯いて地面ばかりを見ながら頷いた。

「大丈夫だって。昔からは眠くなるとこんな感じだろ」
「そうだっけ……?やっぱり俺も、の家まで一緒に行くよ」
「ったく心配性だなサエは。ダビデもいるし、平気だって」

虎次郎ちゃんの家は向こうだから、本当はもっと前に別れるはずだったと思うけど、しばらく一緒についてきているみだいだった。

「そうかい……?」
「そうそう。明日から学校なんだからよ、お前も早く帰ったほうがいいぞ」
「うん……わかったよ。じゃあ、みんな気をつけてな」
「おう。じゃな、サエ」

ハルに押されるように、虎次郎ちゃんは元来た道を帰っていく。
別れ際、私に向かって「、また明日」と言ったので、それに小さく「うん」と答えたけど聞こえているかはわからなかった。

そうして最後に残った私達三人は、時々街灯がぼんやり明るいだけの暗い道をゆっくり歩いて行く。ヒカルは、さっきからずっと黙って私とハルの後ろを歩いているだけだった。


「……バネさん」

しばらくしてヒカルの声がすると、ハルが足を止めて後ろを振り返ったので私も同じようにした。

は俺が送ってくから、バネさんは帰って」
「ん?いやべつに俺は平気だぜ」

そういえば、ハルの家へ行くのに曲がる角を過ぎていたけれど、ぼんやり歩いていたから気付かなかった。きっとこのまま、私の家まで送ってくれるつもりなのだろう。

「でも、俺のが近いから」
「……。……ああ、そうだな。じゃあ後はダビくんに任せるとするか!」

ハルはちょっと考えた後、何か察したようにそう言うとずっと私と繋いでいた手をぱっと離して、それからヒカルの肩をバシッと叩いた。

「じゃあな、ダビデ、。明日寝坊すんなよ」

冗談ぽく笑いながら手を振ると、ハルはくるりと方向転換して自分の家の方向へ帰っていた。その後にはぽつん、と私とヒカルだけが残される。

、行こう」
「……うん」

ずっとハルに握られていた手を、今度はヒカルに握られる。そうして手を繋ぎながら、ゆっくりしたペースで歩き始めるヒカルのとなりを、黙ったまま歩き続けた。

まるで小さい子どもみたいだけど、昔からこういうことは時々あった。私が泣いたりすると、みんなが代わる代わる手を繋いで歩いてくれて、最後はいつも私と一番家の近いヒカルになるのだった。

まだヒカルが私より背の低かった頃から、ずっと。手をぎゅっと繋いだまま、私の家まで一緒に帰ってくれていた。

「……、大丈夫?」

ヒカルが心配そうな声で言ったのでそれに小さく「うん」と返す。

「バネさんが、何か言ったのか」
「……ううん」
「じゃあ、何か嫌なこと、あったのか」
「……ううん」

ヒカルには、私が泣いていたことわかってしまっているみたいだけど、何で泣いたのかまでは言えなかった。

やっと、自分の素直な気持ちを口に出すことができた。くだらない感情に邪魔されてずっと言えなかったことをようやく言葉にできて、どこかほっとしたような気持だった。

「なんでもないから、大丈夫」
「……でも」

泣いてたのに、とヒカルは言いたげだったけどそれ以上聞いてくることはないまま、それからはお互いまた黙って歩いていた。

海へ向かって歩いていた時はあんなにまだ暑かったのに、帰り道に吹きつけてくる風はもうすっかり涼しく感じた。

もうじき、秋が来る。そしたら寒い冬が来て、あっという間に春が来る。さっきまでは、それが怖くて仕方なかった。自分から別れを選んだはずなのに、その日が来なければいいのにと願っていた。でも……、

(もう、そんな風に思わなくてもいいのかな……)


「……。着いた」

聞こえたヒカルの声に、ずっと俯き加減だった顔をぱっと上げると、そこはもう私の家の前だった。

「ありがと、ヒカル。……じゃあね」

そう言って繋いでた手を離そうとしたけど、それはぎゅっと握られたままで離すことができなかった。だから不思議に思って、私はヒカルの顔を見上げる。

「……ヒカル……?」
「……」

ヒカルは何も言わないまま、しばらくの間私達はただ見つめ合っていた。そのままでいると、少しして、その大きな手がそっと私の手から離れていった。

「……、おやすみ」
「うん……おやすみ」

どうしたのだろう、と思いつつ聞けないまま私は玄関のドアを開けて、それを閉める直前にもう一度ヒカルのことを振り返ったけどやっぱり何も言わなかった。
それから自分の部屋へ行き、すぐに窓を開けて下を見ると、ヒカルがこちらを見上げていた。

「……、また明日」
「うん、また明日……ヒカル」

そう言って去っていくその後ろ姿を、遠く小さく見えなくなるまでずっと見続けた後も、しばらくの間そのまま眺めていた。


(…………)

明日は始業式なんだからもう寝なくちゃ、と思いながらベッドの中で目を瞑るけれど、ハルに強く抱き締められたことばかりを思い出してしまいなかなか寝付けないでいた。

以前にも、あんな風に抱き締められたことがある。
その時……、ハルは私のことを「好き」と言っていた。

『俺のことも見てくれよ』

苦しそうな表情をするハルの姿が、今さらになって急にフラッシュバックする。
それに、資料室でハルにその気持ちに感謝を伝えた時に、「ありがとよ」と笑う姿も。

私はずっと自分のことばかりで頭がいっぱいだったから、ハルの気持ちを真剣に考えてあげられていなかった。

嬉しかったよ、なんて言ったって、心のどこかではなぜハルが私のことを好きなのか不思議だった。ずっと妹みたいに接してくれていて、そんな風に思っていたようには感じなかったから。

(……ハル)

ハルも、昔の私が好きだったのかな……?

どきどきと脈を打つハルの心臓の音を思い出す。「ずっと俺達と一緒だ」と言ってくれて……嬉しかった。

ハルがいるといつも安心する。優しくて大らかで明るくて、面倒見がよくて。そんな彼のことが昔から本当に大好きだった。

だけど、そんなハルの真っ直ぐな想いを、私は自分の虎次郎ちゃんに対する恋心が壊れてなくなるまで、察して思いやってあげることができなかった。涙をにじませるあの瞳を思い出して、今さらになって胸が痛い。

私だけじゃなかったのに。

もう、虎次郎ちゃんの彼女と自分を比べて勝手に苦しんだり悩んだりして、自分ばかりがかわいそうだと思うのはやめにしよう。すぐにはそうできなくても……きっとそうしよう。

みんなに優しく、明るくして、いつも笑っていなければ。
ハルみたいに。


(……みんなとずっと一緒に、いたいから)





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