フレンズ...26
...side kurobane...
夜が明けてすっかり一面見渡せるようになった浜辺を、一人で歩いていた。まだ朝も早いこの海には、他に誰もおらず、どこまでも波の音と鳥の鳴き声が聞こえるだけ。 昨日の夜の出来事はまるで夢の中の出来事だったんじゃねえのかと一瞬思えたけれど、砂浜に残る俺達の足跡を眺めると、それは間違いなく現実だったことを証明していた。 となれば、やっぱりを強くこの腕の中で抱き締めたのも現実ってことだ。 俺はなんであんなこと……いや、だってよあいつが泣くから……。 頭の中でしどろもどろ、言いわけが始まり、我ながらアホらしくて溜息が出る。 のためを思って格好つけたこと言ったような振りして、本当は俺自身があいつにどこか遠くへいって欲しくなくて、なんだか必死だった。 (なーにが、俺達は一つだ……だよ) 結局あの後、ろくに眠れなかった。……の体ってのはあんなに柔らかかったっけか?以前に思わず抱き締めちまった時にも感じたが。 おんぶしてやったり、ふざけてくっ付き合ったり、ガキの頃は何度もしたけどべつにそん時は何とも思わなかったのにな。 女だからってそんなの気にすんな、ってに言っておきながら。 俺は一体、何考えてんだ。 (……ん?あそこにいんのは……) 「サエ!おーい、」 「……バネ?」 少し遠くから呼ぶと、道を歩いていたサエは俺に気が付いて浜辺へ下りるとこっちへ近付いてきた。 「なんだバネ早いな。散歩かい?」 「いや、昨日の花火の残りがねえか一応確認しに来たんだよ。暗くてよく見えなかったからな」 「俺も一緒にやるよ」 「いや、いい。もう一通り見終わったとこだ」 「そっか。ありがとな」 「そんなことより、お前こそどうしたんだよ」 まだTシャツ姿の俺とは違って、サエはすでに制服を着て、手には鞄を持っている。 「いくら何でも早過ぎだろ。そんなに二学期楽しみにしてたのか?」 「いや違うよ、学校行く前にの様子見に行こうと思ってさ」 「……は?」 朝日を浴びながら、さらっとそう言うサエに一瞬ぽかんとする。 「まさかお前、ん家に行くつもりかよ?」 「え?うん、そうだけど。、昨日なんか元気なさそうだったから……、具合でも悪いのかと思ってさ」 「オイオイ……」 サエは何でもないような顔してる。いくら心配でもそこまでするか?といぶかしげに見ても、こいつはそれには気付いてないみたいだった。 「に優しくすんのはいいけどな、度合い考えろっつったろ」 「え、おかしいかな」 「おかしいだろ。お前はあれか?の彼氏か何かか?」 「いや、違うけど……友達だよ」 「んなこたわかってんだよ」 どんなにサエが優しい奴だからって、普通友達にそこまでするかよ、と思う。俺は少し呆れながら軽く溜息をついた。 「だっていきなりお前に家に来られたら、びっくりするだろ」 「あ、そうか。そうだよな……そこまで考えてなかった」 落ち着いてる割には案外考えなしで急に無鉄砲なことをやり出すサエに、俺達は時々冷や冷やさせられることがあった。 「そんなにのことが心配なのかよ」 「……うん。なんか気になるんだ」 「でも、お前には彼女だっていんだぞ。にばっか構ってるわけにいかねえだろ。わかってんのか?」 「わかってるよ。でも、はなんか特別で……」 (……特別?) 『ちゃんのことが特別なんだって、見てればわかるんだもん』 『それって好きってことでしょ?』 剣太郎の言ってた言葉が頭をよぎる。特別って言うのならそれは普通彼女に対してじゃねえのか?なのにサエはのことが特別だって言うし、剣太郎も確かにそう言ってた。 だから、俺は以前サエに聞こうとしてやめた質問を思い出しちまった。 (……サエ、お前は。一体、誰が好きなんだ……?) 朝日が眩しくて、目を細めながらサエのことを見ると、ザザザ……と波音の聞こえる中、風に吹かれてサエの真っ白なYシャツが揺れている。 これは聞いてもいいことなのだろうか……。そう少し不安を覚えながら、口に出してしまうか止めるべきか少しの間考えていた。 もし、サエがを好きと言ったら俺はどうしたらいい。サエにはを好きであって欲しいと思いながら。今さらそう言われたところで、何て返したらいいのかわからなかった。 それでも、本人に聞いてみないことにはわからない。 「バネ?どうかしたのか」 「……え、ああ。べつに、どうもしねえけどよ。お前……その、のことどう思ってんだ」 「どう、って?」 「いやだってよ、ただの友達だったらそこまで心配なんかしねえだろ?だから、友達以上っていうか……なんだ、その。好き……みたいな」 なんで俺の方がなんか緊張してんだ、と思いながらもなんとか聞いてみると、サエは最初黙ったまま何度か瞬きをした後、急に吹き出して可笑しそうに笑った。 「なんだ、バネどうしたんだ」 「わ、笑うなって。俺は真剣に聞いてんだよ」 「ごめん、ごめん。好きだよ、のことならみんな好きだろ?」 「違えよ、そういうのじゃなくてだな……」 まさかこいつ、自分でものこと好きって気付いてないわけじゃねえよな?と不安になってくる。サエは何故か妙に鈍いとこがあって、周囲の奴はみんな気付いてるのに本人だけわかってないことがたまにあったりした。 「何かあったのか?」 「……べつに何もねえよ」 自分だけがやきもきしてることが急にアホらしくなる。結局、そんなこと聞いて自分はどうしたいのかよくわからなくなったからだ。サエがを好きって聞き出したところで、そんなの一体何になる。 サエはマネージャーと付き合ってんだ。それが答えだ。 もう、いいじゃねえか。 「さて、俺もそろそろ家に戻るかな。サエはどうすんだ?の家に行くのか」 「うん、どうしようかな……思い付きだけで出て来ちゃったから。のことまで考えてなかったし」 「行けばいいじゃねえか。も喜ぶだろ」 「が?どうして」 「どうしてって、そりゃはお前のこと好きだからな」 「……え?」 「あ、」 どこまでこいつは鈍いんだ、と思いながらうっかりそんなこと言ってしまった後、しまったと妙な汗が出た。サエは不思議そうな顔をしてじっとこっちを見ていて、何て言い訳するべきか必死に考えてもこういう時は何故か何も浮かんでこねえ。 「違うんだよサエ。いや、違わないんだが……その、」 「そんなわけないだろ」 「え?」 「は、俺のこと好きじゃないから」 「……は?」 「俺はずっとのこと傷つけてたんだ。だから、今はもうすっかり嫌われてると思うよ」 サエはどこか寂しそうな顔して笑っている。なんでサエがそんな風に思ってるのかなんて、俺にはわからなかった。サエがのことを傷つけた?そんなことあるわけがない。 「何言ってんだ、そんなわけねえだろ。お前がいつ、のこと傷つけたんだよ」 「きっと自分でも気付かない間にだよ。でも、もう嫌われてるってわかってても、のこと気になってしまうんだ」 「……」 「迷惑だよな、こんな風にのこと心配したって」 どうやらサエは、知らない間に自分がを傷つけたのだと思い込んでるみたいだった。何をどう解釈してそうなったのか俺にはまるで検討もつかなくて何だか頭の中が混乱する。 「がお前のこと嫌いなわけねえだろうが」 「……そうかな」 「そうだろ?ガキの頃からずっと好きなんだって」 「え、でも、が好きなのはダビデだろ?」 「……何だって?」 サエはきょとんとした顔してる。今その顔したいのこっちの方だ、と思いながらも俺はなんでサエがそう考えるのか心底不思議だった。 (こいつ、何か盛大に勘違いしてるな) 「なんでそうなるんだよ」 「だって、はいつもダビデと一緒にいるし。俺達のこと避けるようになってからも、ダビデとだけはよく話してただろ」 「そうかもしれねえけどよ……。ダビデはちょっと別だからな」 「やっぱり、にとってはダビデが一番なんだよ」 には悪いが、もうこの際誤解を解くためにサエのこと好きというのを言ってしまったけれど、それでもサエはわかっていない様子だった。一体、いつ、どうしてそんな風に曲解してしまったのか。 「だけど、お前はと結婚の約束までしたじゃねえか。忘れたのか?」 「したけど……それは子どもの頃の話だろ?」 ……そうだけど、そうじゃねえんだよ。違うんだって、は今でもずっと変わらずにお前のこと好きでその約束覚えてるんだって。 砂浜に押し寄せる波が、俺の足を濡らす。こいつらのすれ違ってる思いをわからせてやるにはどうしたらいいのか、朝日を浴びながら考えてみたけど上手い方法が見つからない。 なんとなくまとまりかけてる気がした俺達の関係は、ちっともそんなことなかったのか。 サエとマネージャーが付き合ってる今。が俺達の元から離れていかないためには、どうしたらいいのかずっと考えていた。だから昨日もあんな風に必死にをなだめた。 (……俺は一体、どうしたらいいんだ……?) 確かに、はダビデと一番気が合うみてえだし。それなら、あいつらが上手くいけばいいのに、なんて頭のどっかで考えていた俺のそんな思いは、あっという間にすっ飛んでいった。 サエと、ダビデと……。どうしたらいい? はサエが好きなのなら、サエとくっつくのがいいのか。だけど、彼女がいるからそれは無理だし。ダビデはが好きだから上手くいって欲しいとも思うし。だけどサエはを好きかもしんねえし。 ああ、なんだか訳わかんねえ。頭が痛くなってくる。 (ったくよ……こいつらは) 「やっぱり俺帰るよ。バネ、また学校でな」 頭の中が混乱する俺にそう言って軽く手を振ると、砂浜に足跡をつけながら去っていくサエの後ろ姿に何も言えないまま。潮風に吹かれながら、しばらく眺め続けていた。 一体、どうしたらいいのか。俺は、どうしたいのか。 (……俺は、それでいいのか……?) そんなこと、聞いてみたところで答えなんて返ってきやしない。いつまでも、どれだけ考えても、聞こえるのは波の音ばかりで、ちっともわからないままだった。 |