フレンズ...27
...side amane...


の家の前で壁に寄りかかるようにしてしゃがみ込み、出てくるのを待っていると、「いってきます」という声のした後に玄関のドアが開いたので立ち上がった。

「……ヒカル?」
、おはよう」
「おはよ……ずっと待ってたの?」
「うん」
「外にいないで、中に入ってればいいのに」
「べつに、いい」

それには首を振ると、は「そう」と言ってそれ以上は言わなかった。それから歩き出すの後ろ姿について歩き、少し経った頃こっそり横に並んでみても嫌がらなかったのでそのままでいた。

朝の明るい日差しの中で見るの目は、やっぱりなんだか少し腫れているようにも見えるけれど、何も言わないから、俺も何も聞かない。

昨日の夜みんなで騒いでいる時、なあバネさん、と話し掛けようとしたらいなくて、そういえばの姿も見えないし、ちょっと探しに行ってみると二人が離れた場所に座りこんでいるのを見つけた。

辺りは暗くてよくは見えなかったけど、パッと花火で辺りが明るくなった一瞬、バネさんがを抱き締めているのが目に入った。

俺はその場でちょっと固まってしまった後、いや、もしかしたら気のせいかも……と思いつつ踵を返してみんなのところへ戻ったけど記憶の中の二人の姿はやけに鮮明で、やっぱり気のせいなんかじゃなかった。

……なんで?

気になったけど、でも、が「何でもない」って言うから、それ以上聞けなかった。は泣いていたはずなのに、それでも、それ以上は聞けなかった。

「じゃあね」

学校に着くと、玄関前ではそう言った。下駄箱の場所が違うから、ここで別れないといけない。俺がそれに小さく「うん」と答えると、は3年生の方へ歩いて行く。

俺も一緒に行きたかったけど、そっちに俺の下駄箱はないから。無理だった。





……久しぶりの校長の話はやっぱり長く感じる。一体今、何分経ったんだ?

(校長先生、絶好調だな……)

そのダジャレを言うチャンスだと思ったのに、俺の前の奴が先にそれを言ってて、となりの女子がそれに笑ってた。先を越された……と少し悔しい気持ちで、心の中でいやべつにそんな面白くないぞ、と負け惜しんでみる。

だけどそんな間にも一向に話が終わる気配はない。

首を動かして、3年生の列に目をやってA組を探してみるとの姿を見つけた。背が高いとこういう時に便利だな……と思いつつ様子を眺めていると、そのとなりには聡くんが立っていて、退屈なのかにこっそり何か話し掛けているようだった。

はそれに笑っている。

(いいな、と同じクラスになれて)

俺は一生とコイビトにはなれないんだから、せめてクラスくらい同じにしてくれたっていいのに。

(……神様はいじわるだ)

そう思ったところで急にマイクがキーンって鳴り出して、みんなが両手で耳を塞ぐ。校長はそれからも頑張ってなんか話してたけどやっぱりキーンは直らなくて、仕方なく話は終わった。マイクもいよいよ話が長過ぎて嫌になってきたんだろうか。

マイクの仕事もなかなか大変なんだな。





ホームルームが終わった後、部室に顔を出してみるとバネさんがいて、様子はべつにいつもどおりだった。

だけど、俺の頭の中の映画館では「昨日の夜の光景」っていうタイトルの映画が勝手に上映されてて、しかもずっと同じシーンばっかり繰り返し。違うシーンも見せろ、と言ってもやっぱり同じとこばっかりだった。

「ん?ダビデどうしたよ、ボーっと突っ立って」
「……いや、何でもない」

バネさんにバシッと背中を叩かれて、俺は首を横に振った。とりあえず椅子に座って剣太郎とバネさんが笑って話しているのを眺めていたけど、ふと剣太郎は何か思い出したようにここから出て行ったので二人きりになり、そしたらバネさんと目が合った。

「まあ、俺らはもう引退だからな。これからのテニス部は任せたぜ、ダビデ。剣太郎と協力して頑張ってやってってくれな」
「……え?」
「え?じゃねーよ。引退しただろ?俺ら受験なんだからよ」
「……あ、そっか」

そう言えば、そうだったな、と思う。こうしてみんなで部室に集まるのが当たり前だったから忘れてた。でも、これからは違うんだ。バネさんや他のみんなは3年生だから、もういないんだ。

(……また、俺は残されるのか)

「そんな顔すんなよ。またしょっちゅう顔出しにくるから、な?」
「うん……」

俺があと一年早く生まれていればな、というまた無茶な考えをしてしまう。べつにまだ剣太郎だって残ってて一緒なのに。それでもやっぱり寂しいと思ってしまう俺は子どもなのか。

「そういや、昨日はあれから平気だったか?」
「……え?……ああ」

落ち込んだ風の俺を気遣ってなのか、バネさんはわざと明るい調子で話題を変えたみたいだった。だけど昨日のことを思い出したら思い出したで、それはまた。

脳裏によみがえる、パッと花火の明かりに照らされるバネさんと、の姿。

「……なあ、バネさん」
「何だ?」
「昨日ってさ…………」

そこまで言って止める。こんなこと聞いてどうするんだ、が何でもないと言ってたんだから、だからべつに何でもないことなのに。

「何だよ?」
「……」
「もしかして、のことか?」

目を伏せたまま聞くべきか考えていると、そんな俺の様子を察したのか、バネさんがそう言ったのでまた視線を上げる。

「あいつなら、何でもねえよ。だからお前は心配すんな」
「……」
「俺が、お前の大事なちゃんにヒドイことすると思うか?」

バネさんは安心させるように笑う。それを見て、俺はやっぱり子どもなんだと思った。ずっと一緒にいて、年齢なんて関係ないように感じていても、やっぱりバネさんは年上で、兄ちゃんで、いつも俺のこと気に掛けてくれてる。

「そうだよな……ごめん」

が好きなのはサエさんだけど。でも、昔から何か困った時とか、助けが必要な時とかはいつもバネさんに頼ってた。

それも当然だ、だってバネさんは面倒見もいいし男らしいし、頼りがいがある。それに女の子ののことを「あいつ」とか「お前」とか呼ぶバネさんはなんか、兄貴っぽくて格好良い。

昨日だって、きっと何か相談でもしていたんだろう。羨ましいとかそんなこと思う前に、俺だって近付けるように努力すればいいのに。

「バネさん」
「何だ?」
「俺……もっと強くなる。最強の男になる。バネさんみたいに」
「……ん?テニスのことか?そうか、まあ頑張れよ」

バネさんは笑ってた。俺も、そんな風にどんなこともドンと受け止める大きな男になりたい。大海原みたいな、広いな大きいなみたいな。そんな男になりたい。

そう、密かに心に誓った。




帰り道、バネさんと二人、並んで歩いていた。さっきバネさんが受験とか言うから、ふと、こうやって一緒に帰るのもあとどれくらいだろうなどと考えてしまう。

まあどうせ、同じ高校に行くつもりだけど。……そう考えてたら、のことを思い出した。バネさんは以前に、は女子高に行くのだと言っていたけど。

それを本人に聞いてみたら、はなんだか悲しそうな顔してた。本当にがそこに行きたいなら受け入れなければと思うけど、でも到底そんな風には見えなかったから。

(…………)

「バネさんバネさん」
「んー?」
「バネさんはさ、マイクにも心ってあると思うか」
「……は?」

バネさんは眉間にシワを寄せて微妙な顔しながら俺のことを見てるけど、気にせず続けた。

「今日校長が長話してたらさ、キーンってなったじゃん。俺、あれ絶対マイクがいい加減疲れて嫌になったからだと思うんだよな。バネさんだってそう思うよな?」
「……お前なあ、他に考えることねえのかよ」
「うーん?べつに、ない」
「そうか……聞いた俺が馬鹿だったわ。悪りい」

バネさんはため息を吐いたので「どうしたの」と聞いたら「お前のせいだよ」と力なく言った。本当はもっと色々考えてしまうことが、いっぱいある。けど、そんなの、これ以上口には出せない。

「そういう話はにしろ」
「なんで?」
「お前のわけわかんねえ話に付き合えんのは、くらいしかいねえだろ」
「そうだっけ」

そういえば、俺が何か話すとみんなには「意味分かんねえ」とか言われてた。まあべつにそれはいいけど、他の同級生とかにはしょっちゅう「変なヤツ」呼ばわりされたっけ。それにかこつけて、外見のこととか、色々からかわれたような。

まだ小学生だった俺は、よく落ち込みながら帰り道を歩いてた。そうするとが「どうしたの」と追いかけてやって来て、こんな風に言われたんだと話せば「そんなの気にすることないよ」と笑った。

はいつだって、俺のどんな話にも楽しそうに付き合ってくれた。だから、誰にどう言われようと気にならなくなった。だって、俺には、がいたから。

(……俺には、より大事なものなんてない)

だから、これからも変わらずに、ずっとそばにいて欲しい。……そう思うのは、我儘なのか。いくつになっても、を独り占めにしてしまいたいと思うのは、子どもなのか。

ついさっき、バネさんみたいな、海のようにデカい男になろうと決めたばっかりなのに。俺ときたら、まるで湖レベルだ。いや、違う。池だ、いっそ水溜りだ。

「……俺は、小さい男だ」
「何言ってんだ?お前はデカいだろ」
「いや背の話じゃなくて」

体はデカくても中身は全然小さくて、だから、にも頼りにしてもらえないのだろう。年齢を変えることはできなくても、心を変えることはできるから。俺も、デカくなってが頼ってくれるくらいの男になろう。

「やっぱり目指すなら太平洋だよな、バネさん」
「お前の不思議話もここまでくるといっそ清々しいぜ」


(神様、いじわるなんて言ってごめん)

もう誰かのせいにするのはやめる。だから、何だって全部受け止めるつもり……だけど。やっぱり、どうしても、が女子高に行くのを寂しいと思ってしまう自分がいるんだ。

デカい男への道のりは、なかなかに厳しいと見える。





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