フレンズ...28


「バネくん、すごーい!」

体育の授業でハルがダンクシュートを決めるのを、クラスの女子達が騒ぎながら応援していた。

ハルはずっと小さい頃からいつも明るくて楽しくて、みんなの人気者で。中学生になった今もそれは変わらない。そんな様子を遠巻きに眺めながら、私は足元のテニスボールを拾う。

授業の内容は、男子がバスケで女子はテニスだった。私がラケットを持つのは、小学生の時以来だ。オジイが教えてくれて、毎日打ち合って遊んで、ボールを追いかけてはよく転んでいた。

みんなと一緒にテニスできたのは、短い間だったけど。

(……楽しかったな)

ポーン、と青い空に響くボールの打球音が、今も耳の奥に残っている。懐かしい、遠い記憶のはずなのに。まるで、昨日のことのように思えた。


「すごい、さんてテニス上手だね」
「……え、そうかな」
「そうだよ。私なんてラケット、ボールにも当たらないもん」

練習の途中で、数名の女子生徒に話し掛けられた。授業で初めてテニスを体験した彼女達は口々に、テニスって難しいね、などと言っている。

私がみんなより少しばかりできるのは、昔ちょっと習っていたというだけだ。そんな理由を話そうとすると、

「バネくんに教えてもらうの?」
「……え?」

そのうちの一人にそんなことを聞かれて、思わず一瞬固まってしまった。

「な、なんで?」
「よく話してるでしょ。仲良いんじゃないの」
「……」

「バネくんってさ、やけにさんに優しいよね」

軽く首を傾げる彼女に何も返せずにいると、またべつの女子生徒がその後ろから顔を覗かせて、からかうようにそう言った。

「もしかして、付き合ってたりして」

けれど、その問いにも私は黙ったまま、遠くのバスケットゴールを眺めるだけ。違う、と首を振ることも、曖昧に誤魔化して愛想笑いをすることもできずに。

(友達だよ)

なぜだか、言葉にはできなかった。

女子は女子と、男子は男子と。お喋りをするのなら、一緒に遊ぶのなら、そうでなければおかしいのだろうか。男女で仲が良いのなら、それは、付き合っていることになるのだろうか。

そんなことを聞かれる度に、この心には疑問が湧き上がる。

ハルは、私達はずっと友達なのだと言ってくれた。昔も今も、ずっと先の未来も。私も、みんなも、きっとそう願ってる。

男も女も関係ない。みんな大切な友達で、いつも一緒にいたから大人になっても当然そうありたいと思うのは、周囲からすれば、変わって見えるのだろうか。ずっとこのままの関係を続けるのは、おかしいのだろうか……。




体育の授業が終わった後、片付けの当番だった私はテニスボールやラケットが入ったかごを持って倉庫へ向かって歩いていた。すると、急に誰かの腕がにゅっと伸びてきて、かごの取っ手を掴む。

「貸せ、。持ってやるよ」
「……ハル」

ちょっと驚きながら横を見ると、それはハルだった。私には重く感じたかごがパッと離れていってしまうと、今度はハルの手に移ったそれは随分と軽そうに見える。

「あ、ありがとう。でも平気、自分で持つよ」
「こんぐらい遠慮すんなって」
「……だけど」
「俺も倉庫に用があんだよ。だからついでだ、ついで」

明るく笑いながらそう言い、親切にしてくれるハルにそれ以上断ることなんてできなかった。

となりを歩きながら、さっきクラスメイトの女子に言われた言葉がふと脳裏によみがえる。すると、なんだか周囲の視線が気になってしまって、せっかく何か話し掛けてくれてもどことなく落ち着かずにどこか上の空で。

「ここでいいか?」

いつの間にか倉庫に着いていたらしい。かごを隅の辺りに下ろすハルがこちらを振り返り、はっとした私は慌ててそれに「うん」と頷いた。

『もしかして、付き合ってたりして』

耳の奥で繰り返される何度目かのその言葉に、この胸はわずかな苦しさを覚える。

すぐに恋愛に絡めようとする周囲の人間の声にどこかうんざりとしながらも、その”友達”に恋心を抱いていたのは私だ。夕日に照らされる虎次郎ちゃんの横顔を思い出せば、なんだか苦しさが増す。

(友達だよ)

……嘘ばっかり。

好きなくせに。彼女になりたいと、思っていたくせに。
友達では、嫌だと思っていたのじゃないか……。あの子達に意見する権利なんて、私にはない。

「どうしたよ、

ポン、と頭の上に大きな手を置かれて、首を上へ向ける。頭の中で考えていたことを結局口には出せず、「なんでもない」と小さく首を振った。

「そうか?何かあんならいつでも相談しろよ」
「……うん、ありがとう」

明るく元気に過ごすと決めたのに、なかなか思うようには上手くいかないものだ。それでもこれ以上心配させないように、無理にでも笑顔を作ってみせると、それにつられてハルも笑ってくれた。

「よし、んじゃ行くか」
「あれ、ハルの用っていうのは?」
「あ?あー……もう、済んだ。さ、行くぞ」

全然気付かなかった、いつの間に済ませたのだろうか。ちょっと疑問に思ったけど、それ以上は追及せずに倉庫を出るとまたとなりに並んで校庭を歩いた。

「いやもう秋だなー」

途中、ハルがしみじみとした様子でそんなことを言うので、私は声のした方へ首を動かした。それから「な?」と同意を求められたので、とりあえず頷く。

「金木犀の匂いするもんなあ。あの匂い嗅ぐと、秋を感じるよな」
「そうだね」
「この前夏だったのによ、ほんと早えーな。年が明けたら、もう受験だし」
「……うん」

受験、高校、進路……。そんな言葉が耳に入ってくる度に、私の胸はどきりと音を立てる。

みんなと離れたくない。ずっと一緒にいたい。と、海辺でハルにそう告白しながら泣いたあの夜以来、私はずっと考えていた。これから、自分はどうしたいのか。どうするべきなのか。

『ハル、私、高校……女子校に行くことにしたの』

そう口に出した時。私は、とにかく逃げ出したかった。みんなのそばにいることがつらくて、苦しくて。だから、離れてしまいさえすれば、きっと解放されるのだと思っていた。

けれど、自分の本当の気持ちに気が付いて、それを伝えられた今。……私は、迷っていた。

みんなは、約束どおりに同じ高校へ進むのだろう。来年には、ヒカルも……。いつも迷ってばかりで答えの出せない私とは違って、みんなの未来はずっと先まで真っ直ぐに続いているように見える。

みんなのそばにいれば、私の道も、真っ直ぐになるのだろうか。もう、悩むことも苦しむことも、なくなるだろうか。

金木犀の甘い香りを含んだ風に吹かれながら、髪の揺れるように心も揺れる。答えは……まだ出せない。ハルは、それ以上のことは何も聞かなかった。




それから数日後。私は、虎次郎ちゃんの彼女がみんなと同じ高校へ進むということを知った。

べつに、誰かに教えられたわけじゃない。偶然廊下で、彼女が友達と話しているところを通りすがりに聞いてしまっただけ。

私は、それまで、自分のことばかりで気付いていなかった。みんなと一緒にいたい気持ちは、私だけじゃない。彼女だって同じなのだ、ということに。付き合っているのならなおさら、そばにいたいだろう。

それなのに。どこか、もやもやとした感情を抱えてしまう。なんだか嫌だな、と思ってしまうそんな自分のことが、一番、嫌だった。




back / top / next