フレンズ...30 気温はどんどん低く、寒くなっていって。気が付けば、学校は冬休みに入ろうとしていた。 全校集会が終わり、教室で担任の教師から休みの間の諸注意などを受けた後、解散となりクラスメイト達は雑談をしながら部屋を出て行く。 私も帰ろうとして椅子から立ち上がり、上着を羽織る。それから首にはマフラーを巻いていると、となりの席の聡くんが去り際に声を掛けてきた。 「じゃあな、。また来年会おうぜ」 「うん」 「風邪引くなよ。あ、餅食い過ぎんなよ」 「聡くんもね」 お互いに笑いながらそんな言葉を交わした後、聡くんは教室のドアに向かって行き、ちょうどその近くにいたハルと何か話してる。 なんとなくその様子を眺めていると、ハルと目が合った。聡くんに軽く手を振って別れた、後こちらへ近付いて来る。 「おう、もう帰んのか」 「うん」 「そっか、気を付けて帰れよ」 頭に手をポンと置きながら、いつものようなお兄ちゃんぽい笑みを見せる。嬉しいけれど、クラスメイトの視線が気になってなんとなく落ち着かない。そんな気分。 「黒羽くんは、まだ帰らないの」 「俺はちょっと部室に顔出してから帰るわ」 「そうなんだ。じゃあ、またね」 なんでもないように笑って、ハルもそれに頷くと、その場を離れる。教室を出て、ふとまだ廊下に残っている他クラスの生徒を眺めると少し先に虎次郎ちゃんの姿を見つけてしまい、反射的に目を逸らした。 ……あの日、海で、本音を口にしてしまってから。虎次郎ちゃんとは話すことはなかった。というのも、私が勝手に避けてしまっているから。 あんなことを言って、それから、どんな顔して会えばいいのかわからない。言わなければよかったと何度後悔してみても、時間は巻き戻せないし記憶は消せない。 あれが私の本心なのだから。遅かれ早かれ、いずれはこうなっていたはずだ。 それでも……、どんなに達観してみたところで。せっかく、これからも仲良く一緒にいて欲しいと言ってくれた虎次郎ちゃんを、あんな風に突き放して傷付けてしまったことには変わりない。 オレンジ色した夕陽の中、悲しそうな表情をする虎次郎ちゃんを思い出せば、その度に胸が痛い。小さい頃からずっと変わらずに、優しくしてくれる……大切な友達、なのに。 一人で歩く冬の通学路は、この上もなく寒く、冷たく感じる。吐く息は白く、耳はツンと痛い。 「……さむ」 ぽつりと呟いた独り言でさえ、轟々と吹き荒れる風にかき消されてしまう。なぜ冬というものは、こんなにも寂しく、そして長く感じるのだろうか。 (早く、夏にならないかな……) 青い海と、白い砂浜。入道雲、色とりどりのパラソル。楽しそうにはしゃぐ、こんがりと日焼けしたみんなの声が、懐かしい。 ……でも、あの夏は戻って来ない。これから何度夏を繰り返しても、私はもう、みんなのいるあの夏には帰れない。 『何年経っても、何十年経ってもこうしてまた一緒に花火やろうな、』 ……ハル。 もう、帰れないんだ。 びゅう、と強風が髪を巻き上げる。マフラーで口元まで覆って、黙々と帰り道を歩きながら。毎日歩いているはずの距離なのに、今日はなんだかひどく長いように感じた。 休みの間、私は勉強ばかりしていた。受験生なのだから当然だけど、それでも普段の私からすれば考えられないくらい、本当にずっと勉強ばかりしていたのだ。 何か、気を紛らわせたかったから。みんなのことを考えずに済むなら、べつに何でもよかった。 大みそか、年を越すと私は早々に眠りについた。この頃は寝る前、わざと難しい数学の問題を解こうとして眠気を呼んでいる。それなら、色々と思い浮かべて寝付けなくなることもないから。 我ながらよくわからない、と思いつついつの間にか眠ってしまい、気が付けば次の日の朝になっていた。 お正月というのは案外退屈なものだ。こたつに入ってテレビを眺めながらぼんやりしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。誰だろう、と思いながらのそのそとこたつを出て行きドアを開けるとそこにはヒカルがいた。 「、あけましておめでとう」 「……あ、うん。おめでと……」 お正月だというのにまだ部屋着姿でだらけている私とは違い、ヒカルはちゃんと身なりを整えていた。突然のことに思考がついていかず、半ば固まったまま反射的におめでとうと言い、ぱちぱちと瞬きをする。 「もう初詣行ったか?」 「……行ってないけど」 「じゃあ、一緒に行こう」 そう言われては、頷くより他ない。中に入るよう促すと、「いい」と首を横に振ったので、急いで身支度を整えるとそのまま玄関で待っていたヒカルに「お待たせ」と言った。 「じゃ、行こう」 「うん」 軽く首を傾げながらも素直にヒカルの横を並んで歩く。気温は相変わらず低くて、寒い。風だって、頬を刺すように冷たいのに。となりにヒカルがいると、なぜだか、一人で帰ったあの日ほどは寒く感じなかった。 「……すごい人だね」 「うい」 元日なのだから当然だ。境内には人が溢れている。参拝を待っている間、時々人波に揉まれてはぐれそうになるところ、ヒカルは何も言わないまま私のことをかばってくれたり、支えるようにしてくれていた。 「、何お願いしたんだ」 なんとか参拝を終えた後、ヒカルがそんなことを聞いてきた。 「受験のことだけど……。そういうヒカルは?」 「俺は、やみんなが高校合格しますように、って」 「……そうなんだ。ありがとう」 「あと、俺が来年高校合格しますようにって」 「気が早いな」 本気なのか、冗談なのか。ヒカルと一緒にいると、なんだか気分が落ち着く。ここのところ、ずっと張り詰めたように勉強ばかりしていたから。来てよかったな、と思った。 「あ、。おみくじがある」 「せっかくだから、引いてみようか」 かしゃかしゃと念入りに筒を振り、出た棒に書いてある数字の紙を見つけて、読んでみる。せっかくなら、良い結果が出て欲しいと願いながら。 「、何だった」 「……凶」 「へえ」 「ヒカルは?」 「大吉」 いつもどおりの表情と声のトーンで、ぺろりと結果を見せてくれる。ヒカルは何故だかいつも、妙に運が良い。だけど彼自身はそれを自慢したりひけらかしたりすることはしない。無欲の勝利、というやつなのだろうか……。 「すごい。いいなあ、大吉」 「じゃあ俺の大吉、にあげる」 「え、いいよ。人のもらっても意味ないし……」 「そうなのか」 ヒカルは惜しげもなく大吉のおみくじを私に渡そうとするけど、運までは譲渡できないだろう。それに、それをもらったところでなんとなく虚しさを感じてしまう。 少しでも報われますように、と自分のおみくじを枝に括りつけているとふいに後ろから「ダビ?」という女の子の声が聞こえた。 「やっぱりダビだ」 振り向くとそこには、引退して今は元マネージャーの彼女と……虎次郎ちゃんがいた。彼女は、偶然だね、と嬉しそうだけれどとなりの虎次郎ちゃんの方はそうでもない。 「さんと一緒に初詣?」 「……うい」 「へえ、仲良いんだ。あ、今年もよろしくね」 「よろしく」 彼女とヒカルだけが会話して、その間私と虎次郎ちゃんは何も言葉を発さない。それでも、「じゃあ」と別れ際には、なんでもないようにいつも通りの笑顔を見せて去っていった。 「……」 二人と別れた後、境内を出て元来た道を歩いていても何故だか無言になってしまう。ヒカルも、何も言わない。頭の中では何度もさっきの光景が繰り返されるし、色々なことを思い出してしまうし。 自分でも、どうすればいいのかわからない。 「……」 「……」 「」 どれくらいの間考え込んでいただろう。ヒカルに名前を呼ばれて、はっとした。 「あ、……ごめん。なに?」 「パフェ食いに行こう」 「……は?」 「正月といったらパフェだろ」 そうだっけ……? 唐突にそんなことを言い出すヒカルに、ちょっとぽかんとする。雪がちらつきそうなこの寒い日に、冷たいスイーツとは。確かにヒカルをパフェが好きなことは知ってるけど。 ……でも、勉強と同じように、少しでも気が紛れるのなら。 「わかった、いいよ」 私はヒカルのことを見上げながら、小さくこくりと頷いた。 |