フレンズ...33
...side kurobane...


いよいよ近付いて来た卒業式に向けて、ついに予行練習が始まるらしい。俺はああいう堅苦しい厳かな雰囲気はなんだか苦手で、今からすでにうんざりとしていた。

(……に、しても)

卒業式の歌ってのは、なんでこんなにしんみりしたのばっかりなんだ?

配られたプリントの歌詞を眺めて思わず溜息を吐く。別れだの旅立ちだの……もっと明るい気分になれるような歌はないのかよ。せっかくの晴れの日なんだからよ。

などと紙に文句を言ってみたところで、返事はない。ただ虚しいだけだ。

ちらりとの方を見てみると、聡と何か話してる。すると視線に気が付いたのかうっかり目が合ってしまったので、思わず反射的に逸らしてしまった。

(……はあ、)

何やってんだ。俺。

今日二回目の溜息は、一回目より深かった。卒業式が来るってことは、あいつと別れる日も近いってことだ。いやべつに、一生の別れになる訳じゃなねえなんてことはわかってるけどよ。

クラスで仲の良い奴らなんかは、当然違う高校に行く奴もいて。だけど、そいつらに対してはダチじゃなくなるんじゃないか、なんて思ったりしない。離れることを、不安になったりしない。

それなのに、……は。なぜだ。

家なら知ってる。俺ん家のすぐ近所だ。あいつの家族ともみんな知り合いだ。保育園だって小学校だって同じだったし、ガキの頃はよく遊びに行ったりもした。

今も何も変わらないのに。あいつは突然、どこかへ行ったりしないのに。

(…………)


「ねえ。これ、落としたよ」
「……」
「黒羽くん」
「、あっ?!」

突然、の声が聞こえてびくりと反応し、ついでかい声で返事をしてしまったところ当然は驚いた様子で俺のことを見ていた。

その手には、いつの間にか机から転がり落ちていたらしい俺のシャーペンがあって、「わりい」と言いながらそれを受け取った。

「どうしたの……、大丈夫」
「あ、ああ……なんでもねえよ。ありがとな」

どうやら気付かないうちに休み時間になっていたようだ。まさか、お前のことを考えてたなどとは言えず、無理やり笑ってごまかした。

てっきりはすぐにいなくなるかと思ったけれど、実際にはそのままこの場に留まり、何事かを言いたげな雰囲気だったので不思議に思った。

「どうした。俺に何か用でもあるのか」
「あ、……うん、まあ」
「……?」

俯き加減にはっきりとした返答をしないに、軽く首を捻る。

「なんだ?」
「……えっと。私、次の授業で使う資料運ぶ当番なんだけど。重いかもしれないから……その、よければ手伝って欲しくて」
「そんなことか。いいぜ、いくらでも手貸してやるよ」
「ありがとう、……」
「どこにあんだ?」
「社会科準備室なんだけど」

が何か頼みごとをするなんて珍しいな、と思いながらも席から立ち上がって一緒に教室を出る。並んで廊下を歩きながら、どこか浮かない表情を浮かべるの横顔を、時々目線の隅で捉えていた。


「どれだ?」

薄暗い社会科準備室につくと、俺は辺りを見回しながら持って行く資料のありかを尋ねた。

「……うん」

けれどは頷くだけで、これだと資料を指差すことはない。そんな様子に、この胸の内で感じていた疑問が、いよいよ大きく膨らみ上がる。

「どうしたよ」
「……」
?」

少しの間黙っていたは、そろそろと俺の顔を見上げると小さな声で話し始める。

「……ごめん。本当は、資料なんてないの。ちょっと……話がしたくて」
「そりゃ、べつにいいけどよ……。でも話くらい、わざわざこんなとこ来なくてもいつだって聞いてやるぜ?」
「そっか……。そうだよね」

ごめん、とが寂しそうな顔を見せたのでそれ以上何も言えなくなった。それと同時に、じわじわ不安が募る。いくら俺でも、楽しそうな話じゃないことくらい、わかったからな。

「その、受験のことなんだけど」
「あ、ああ」
「一応、希望してた女子校……受かったから。報告しておこうかと思って」

心のどこかでは……まだ。きっとは、俺達と同じ高校に行ってくれるんじゃないかと思っていた。いつか心変わりしてくれるのではないか。なんの根拠もないけれど、とにかく、そう信じていた。

だけどそれは俺のただの、希望だ。には、の希望がある。だから、いくら俺の望みを押し付けたところでその通りにいくはずなどなかったというのに。

「そ……、そうか。よかったな」
「……うん」
「いやあ、しかしよかった。俺らも頑張らねえとな!」
「……」

わざと明るく振る舞ってみても、なんだか空回りで。

せっかく志望校に合格したというのに、寂しそうな笑顔ばかり浮かべるの様子に対して一体どんな態度をとったらいいのか、俺にはさっぱりわからなかった。

「この事、他の奴らには黙っといた方がいいか……?」
「ううん、」
「そっか」

あの夏の日の夜、浜辺で。は、俺達と離れたくない、ずっと一緒にいたいと言って泣いた。あれは、紛れもなくの本心だったに違いない。だからだろうか、同じ高校へ進むような気がしていたのは。

それなら、今は心変わりしてしまったということか……?いや。きっと、は今だってそう思っているはずだ。だってそれなら、もっと嬉しそうにしているはずだろう。

お前が選んだ道なら、俺だって手放しで喜んでやりてえのによ。よかったな、って。思い切り、これ以上ないくらい……祝ってやりてえのによ。

その部屋を出ると、教室に戻るため廊下を歩きながら、なんとも言えない沈黙に包まれることが耐えれなくなって俺は頭の中で話題を探す。

「まあ……その、なんだ。じゃあ後は卒業式を待つのみだな」
「うん」
「俺はああいうの、苦手でよ。みんな泣くしなあ……。もっとこう、明るく楽しい雰囲気になればいいのな」
「ハルらしいね」
「……そうか?」

は、小さく笑った。ちょっとでも笑顔が見られたことにほっとしていると、その視線が遠くの何かを捉え、途端に笑みが失せたことに気が付いた。

(……何だ?)

同じ方向を見ると、そこにはサエと、その彼女の姿があった。廊下の窓辺に寄り掛かり、二人で何か本を眺めている。それからへ視線を戻すと、はもうそちらは見ていなかった。

……そうか。そうだよな。
その時、わかった。にしてみたら、この選択は当然のことなのだと。

の選んだ道を、誰にも意見することはできない。それでも、は本当は、俺達と同じ高校へ行きたかっただろう。はなんにも言わねえけど、きっとそうに違いない。

そう思えば、急に胸が苦しくなった。ずっと一人でつらい気持ちを抱えて生きてきただろうのことを考えると、俺の方がつらくなる。どんなに同じ高校へ行こうと誘ったところで、もそう望んでいたところで、そんなの無理だったんだ。

俺はずっとあいつらと一緒にいられるから。どこへいく必要もないから、だから、わからなかった。わかって、やれなかった。

(……俺は馬鹿だ)

初めからどうしようもできなかったことなのだと気付けば、余計に寂しさが募った。どうにかできることなら、どんなによかったか。

「……どうしたの?」

いつのまにか黙りこくっていたらしく、の声にどきりとした。「いや、なんでもねえ」と言ってみても何でもないことはわかりきっている。だけど、それ以外の誤魔化し方なんて、今の俺には思い浮かばなかった。

「あ、……ああ。そういや、の行く高校は制服が可愛いって有名らしいじゃねえか」
「そうなんだ」
「なんだお前、知らねえのか?」
「うん」

ちっとも会話は盛り上がらず、微妙な空気を拭えないまま、じき教室というところまでやって来た。こんな当たり前の日常も、あといくらも経たずになくなってしまうのだと思えば途端に寂しさが募る。

「……卒業式なんて、ずっと来なくていいのによ」

思わず口に出していた言葉に自分ではっとすると、それに反応したのか俺のことを見上げると目が合った。

「黒羽くんでも、そう思うんだ」
「ん……なんだ、お前もか?」
「うん、……」
「……そうか」

寂しそうな笑顔に、それ以上は何も言えなかった。

教室のドアをがらりと開けると、後ろの黒板が目に入る。でかでかと大きな文字で、「卒業式まであと○日!」と毎日ご丁寧に書き直してくれる奴がいるから、嫌でも卒業のことを考えさせてくれる。

今日三回目の溜息を吐きながら、自分の席に座るとじきにチャイムがなって、授業が始まった。

ちらりと教室の窓から校庭を見ると、桜の木はまだ枝ばかりでつぼみもついていない。どこかのクラスでは、卒業式の歌を練習しているらしく、どこか切ないピアノのメロディーが静かな廊下に響いていた。

(卒業式まで、あと……)

(……)

中学を卒業したところで、べつに何も変わらないと思っていたのに。

俺はに拾って貰ったシャーペンで、ノートの隅に書こうとして……そして、やめた。






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