フレンズ...05 やっと今日の授業が終わって、部活は休みだし、さっさと帰ってドラマの再放送でも見ようと思いながら校庭を歩いているとどこか後ろの方から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。 「ちゃーん」 振り返ると、遠くのテニスコートのフェンス越しに誰かが元気よく手を振っている。 ケンだ、とわかってはいながらも私はわざと気づかないふりをして歩き続ける。 けれどめげないケンはもう一度私の名前を大声で叫んだので、見かねた通りがかりのクラスメイトが「あの子、さんのこと呼んでるよ」と教えてくれた。 こうなってはもう無視することはできない。とにかく恥ずかしいのと腹立たしいのとで、私はテニスコートへと早足で向かうと、嬉しそうに手を振っているケンに「ちょっとやめてよね、そーいうの」と言ってやった。 「ちゃん、久しぶり!元気?」 私が怒っているのなんてまったく気にもとめないケンに、心底脱力する。 「……久しぶり。じゃあね、私はもう帰るから」 もうこういうのはやめてね、と付け足した私に「えー何で」としつこいケンに「あのね」と低い声を出したところで、また最悪のタイミングでばったり虎次郎ちゃんと出くわしてしまった。 ちょうど私の立っているところがテニスコートのフェンスの出入り口で、邪魔をしてしまっているようだった。 あ、と思ってすぐにそこからどいた時、一瞬目が合ったので私の存在を認識してはいるだろうけれど、すぐにふいと目をそらして、何も言わずに中へ入っていってしまった。 もう構わないで欲しいと言ったのは私なのに、なんで、今少し傷ついてるんだろう。 (……私って、本当面倒くさい) 「あれ、サエさんちゃんだよ。話さないの?」 ケンの声にも虎次郎ちゃんは振り向かない。さっさと奥の方へ行ってしまう。 「……じゃあね、ケン」 「あれ、ちゃんもう行っちゃうの〜」 もうこれ以上ここにいたら涙が溢れてきてしまいそうだ。私って、一体何をやっているんだろう。これで望みどおりになったんじゃないか。 誰も私に構わなくなって、ひとりになって、それでいいんじゃないか。 どうして傷ついたりするのだ。 「……、」 涙を堪えて、歩きながら、そう必死に自分に言い聞かせていたら、ふいに腕を掴まれた。誰かなんてことは声でわかっている。だから顔を上げることが出来ない。 「、……?泣いてるの……?」 だから嫌だったんだ。これ以上誰かと関わったら涙がこぼれてしまいそうだったから、だから、早く一人になりたかったのに。 顔を覗き込まれて、でも恥ずかしくて、私はずっと下を向いたまま。ポタ、と涙の粒がコンクリートの上に落ちて、雨の時みたいに染みていくのが見えた。 「ちょっと、あっち行こうか……、ね」 「……ヒカルの、……ばか」 私は泣きながらヒカルに手を引かれて、人気のない体育館の裏に連れて行かれた。地面に転がっていたブロックに私だけ座らせたあと、ヒカルは私の前にしゃがみ込み、テニスウェアの裾で涙を拭いてくれたけど、その優しさのせいで余計に止まらない。 「は、本当は構わないで欲しいなんて、思ってないんだろ……?」 「……」 「その反対なんだよね?」 ああ、もうだめだ。やはりヒカルには何も隠せない。昔からそうだった、私が何か誰にも言えず秘密にしていることがあっても、ヒカルは絶対に見抜いてしまう。そして、いつも助けてくれるのだ。 「サエさんは、のこと怒ってるんじゃないよ」 子どもに言い聞かせるような、優しい口調。温かくて大きな手は私の頭を少し撫で、そのまま下に降りて頬の涙を拭った。どっちが年上なのかわからない。でも、私たちはずっとこんな関係だった。 「……うそだ……」 「嘘じゃない。がそうして欲しいって言ったから、そうしてるだけ」 全然嫌いになったわけじゃないんだよ、と、微かに笑った。 嫌われようとしたくせに、嫌われてないのだと知って安堵してしまう。 私には、嫌われ者になる度胸もないのか。 「……ヒカル、私もうどうしたらいいのか、わからない……」 だって、みんなと一緒にいても苦しくて、だけど一人になっても苦しくて、それなら私は一体どうしたらいいの……?この苦しみから解放される日は来るの……? 「、お願いだから俺には何でも言って。どんなことでも、力になるから」 「……ヒカル、……」 ヒカルは昔からずっと変わらず、絶対的に私の味方で、どんな時だってそばにいてくれる。幼なじみの中でも一番に近い存在かもしれない。 誰よりも私を理解してくれようとするヒカルがいなくなった時、それは私の終わりなのだろうか。 「ヒカル……、ごめんなさい……」 いつだって私に優しくしてくれて、どんなことでも許してくれるから、私は年下のヒカルに甘えてしまう。素直になれずに、傷つけるようなことを言ってしまうこともある。 いくつになっても子どものままで、さらにはヒカルの前では我慢できずに泣いてしまう私を、彼は情けないと思っているだろうか。 「、どうして謝るんだよ。は謝るようなこと何もしてない」 「したよ、いっぱい……ずっと、ヒカルに、してた」 「してないよ」 「したもん、私、いつも冷たくした……」 「いいんだそんなの。は俺のことなんか気にしなくていい」 ヒカルは少し低いトーンでそう言ったので、ちらりと上目遣いでヒカルの顔を見ると、目が合った。涙はいつの間にかもう止まっていて、濡れて乾いた頬が少しむずがゆい。 手で右の頬をこすっていたら、左の頬をヒカルが撫でてくれた。 「……ねえ、ヒカル」 「なに?」 「ヒカル……、」 「うん」 「……ヒカルだって、そのうち離れてくんでしょ……」 (何を言っているんだろう) そう思いながらも私はもう一度のその言葉を繰り返していた。いつまでも一緒にいられないことなんてわかりきっているのに。 いつまでも未練がましくてうじうじしている自分に心底うんざりする。 大人になんてなりたくないのに。 あの頃の日々がずっとずっと続けばよかったのに。 「……俺はずっと、のそばにいるよ」 「みんながいなくなっても、俺は、最後までのそばにいるよ」 |