フレンズ...07 虎次郎ちゃんは小さい頃からいつも優しくて、頭が良くて、格好よくて運動もできて、何もかもが理想だった。まるで王子様みたいだった。周りの女の子が虎次郎ちゃんのことを好きになるように、私も彼のことが好きだった。 私は虎次郎ちゃんと小さい頃から仲良くて一緒に遊んでいたし、他の女の子よりは虎次郎ちゃんにとって特別な子だって、思っていた。きっとそうだって願っていた。 けれど、気がついたのだ。 中学一年の時に学芸会で劇をやったとき、虎次郎ちゃんは王子様役だったけれど、私は名前もない町娘の役だった。綺麗なドレスを着た可愛いお姫様役の女の子とすごくお似合いで、私は、ただ遠巻きにそのハッピーエンドを眺めていることしかできなかった。 だからわかったんだ。 私じゃないって。 虎次郎ちゃんのお姫様は、私じゃないって。 「あれ、じゃん」 「……亮くん」 今日中に提出するようにと言われていた進路希望のプリントのことを思い出し、放課後慌てて職員室の前までやって来た。ドアに手を掛けたところで名前を呼ばれて横を見ると、制服のズボンに手を突っ込んだ亮くんが立っている。 「なに、呼び出し?」 「ううん、進路の紙、出してなくって」 「ああ、あれね」 私が手に持っていたプリントを見て、俺もギリギリだった、と笑う亮くんのさらりと揺れる髪の毛は相変わらず長くて綺麗で、うらやましかった。 「最近、あんま会わなかったけど」 「あ、うん……そうだね」 「元気なの」 「……元気だよ」 何となく後ろめたい気持ちになって、真っ直ぐにその目を見られない。私はがさがさと持っていた紙を広げて自分の文字を見ながら答える。 「そう。あ、は高校、なんて書いたの?」 「え、あ……えと、……」 思わず紙を折って背中の後ろにやってしまった。べつに隠すことなんてないけれど、何となくさらりと答えられず詰まってしまう。亮くんは言いづらそうな私に気がついて、「あ、いいよべつに無理に」と言った。 「……ごめん……」 「だからいいって」 「……」 「……」 私のせいで何だか気まずい空気になってしまって、どうしよう、と亮くんの上履きの辺りを見ながら考える。 「亮、……と……?久しぶりなのね」 のんびりした声に顔を上げると、やっぱりいっちゃんだった。そこにはいつも変わらない柔らかい笑顔があって、何となく亮くんもほっとしたように見える。 「なんで二人して職員室の前に立ってるんですか。おかしいのね」 「いっちゃんこれから部活行くの?」 「うん」 「俺も行くよ。じゃあ、また」 「もたまにはテニス部に遊びに来るといいのね」 「うん……」 「行こういっちゃん」と言って、亮くんは軽く私に手を振った後、いっちゃんと二人で歩いて行ってしまった。あの背中は、どうしてあんなに遠く見えるのだろう。 しばらく眺めていたけれど、角で曲がって見えなくなったので、私は「失礼します」とドアを開けて職員室に入った。 担任の机まで来たけれど、先生はいなかった。ここにおいておけばいいかな、と思って紙を伏せておいてから帰ろうと振り返ると、そこにハルが立っていてすごく驚いた。手には何か紙を持っている。たぶん私と同じ進路希望のやつだろう。 「……」 「……」 ハルとはこの前、腕を掴まれて逃げ出した一件以来、話をしていなかった。何か言おうと思ったけれど、頭に何も浮かんでこない。ハルは何だか複雑そうな表情をしている。 「……この前は、悪かった」 結局、何も言わずに通り過ぎようとしたら、ハルが謝ってきたので思わず足を止めてそろそろとその顔を見上げた。 (……謝らないでよ) 謝るのは、私の方じゃないか。いつだって。 「私も……ごめん」 「なあ、これから少し話できねえか」 「はなし……」 「そんな顔すんなよ……もう腕掴んだりしねえから」 そんなつもりじゃなかったけれど、私の顔はそんな風に見えていたのだろうか。ハルの困ったような苦笑いを見て、もう一度ごめんと謝った。 校庭に出て、近くにあった木のベンチに並んで座った。周りには誰もいなくて、遠くで運動部の練習する声や、笛の音が聞こえる。 「、何か悩んでることがあるんなら話してくれよ」 「……」 「俺には言えないようなことか?」 「……」 「そうやって黙ってても解決しないだろ」 ハルは昔からすごくはっきりした性格で、とにかく真っ直ぐだった。ずるや隠し事はしないし、嘘やお世辞も言わない。誰に対しても態度が変わらない。 正義感が強くて男気があって、小さかった頃、他の男の子にいじめられてる私をいつも助けてくれたのも、ハルだった。 「なあ、お前……今もサエのこと、好きなんだろ?」 突然虎次郎ちゃんの名前が出てきたので、自分の心臓がビクッと跳ねたのがわかった。ハルの方を見ると、まだ何も言っていないのに、やっぱりというような顔をしている。 「サエのことで悩んでんのか?」 「…………ち、がうよ」 「違う?どう違うんだ」 本当は違うことなんてなかった。反射的にそう言ってしまったけれど、もうハルには全部わかってしまっているようだ。それでもまだ言う覚悟ができなくて、私はスカートの生地をぎゅっと掴む。 「……」 しばらく私の言葉を待ってから、ハルは小さくため息を吐いた。急かしたり、いらいらしているわけではないようだけど、何だかいい加減言わなくてはいけないような気になってくる。 ……もう、仕方ない。誰にも言うつもりなかったけど、でも、ハルになら。今なら言える気がして、私はゆっくり口を開いた。 「……ハル。……私、虎次郎ちゃんと約束したの」 これは、ハルにしか言えないことだった。 |