2006年2月2日(木曜) 【旧暦正月五日】
天候:曇り後晴れ間が広がる 気温8℃(午前8時50分頃)
■写真は今朝6時40分頃、尾根道を上った丘の上から東側、相模湾の対岸に見える房総半島からのぼる朝日です。
地図にあるように、私たち北伊豆東海岸では日が昇る東方向は、三浦半島の先端とその背後に重なって見える房総半島 鋸山(のこぎりやま)周辺となります。
夜明け前はまだ厚い雲に覆われていました。それが、天と地、天と海のさかいにペーパーナイフで切れ目が入るようにして、今日の光がさしはじめました。
次の写真はそれから1時間ほどして。南側、真鶴半島と伊豆東海岸の風景です。大島も見え始め、雲が徐々に薄れて空から消えていくところ。
この文章を書き始めた9時には、もうすっかり青空は広がっています。
みなさまの地方、今日のお天気はいかがでしょうか。お変わりはありませんか。
■明日3日は節分、その翌日4日は立春。
現在の日本では新暦のお正月、新暦の七草、新暦の小正月、旧暦の正月、そして二十四節気にもとづく立春と、まぁ、「春がくるよね?」、「春になったはずだよね?」、「春だよね?」と何度も念をおすように、春の区切りを確認する「記念日」が続きます。
何度も「リセット・ボタン」をおしているようで。見方によれは「神経症的?」とでも言いたくなるほどです。
もう十分なはずなのに、何度手を洗っても汚れが落ちた気がしない、また手を洗い始める。
春が来るのは自然の営みであり、本当は人がどうこうできるものではない。
じっと成り行きを待っているしかない。でも我慢ができない。
「記念日」を作って、「春が来るよ」、「春がきたよ」と何度も確認しないと気が済まない。
「日本にはお祭りや行事や記念日が数え切れないほどあって驚いた!」、という人がいましたが、こういうのは日本人の気質をあらわしているのでしょう。
心理学で言えば、まるで「強迫神経症」的な体質です。
でも、これは日本人には珍しくありません。よくある気質として多くの人に観察されます。
たぶん春夏秋冬の四季に加え、その変わり目に早春の菜種梅雨、初夏の梅雨、初秋の秋霖(しゅうりん)、初冬の時雨(しぐれ)、おまけに夏から秋にかけての台風の襲来。
三日と同じ天気の続くことのない変わりやすい日本の気候風土が影響しているのだと思われます。
お祭りや年中行事を設定して、念には念をおしていないと秩序感覚がつかめなかったのかもしれません。
■1月31日、試験が終わりました。昨年四月から放送大学大学院で心理学の勉強をはじめました。その単位認定試験です。
後期は「臨床心理学特論」と「認知行動学」という科目でした。大学院レベルはやはり難しい。
テキストを読み込んだだけではだめで、主な心理学者や哲学者の著書にまで目を通して、じぶんなりにそれらの学説に対する評価ができていないと成果がでません。
ところが仕事をしながらでは、著書どころかテキストさえ読む時間を得るのは難しい。
また、学問の領域の「専門知」は、やはり現実生活の「実践知」とは大きくかけ離れています。
普段地を這うような生活をしている私たちには、あまりに迂遠…言葉や論理をもてあそぶだけで、「何の役に立つんだ?」という思いが沸いてきてしまいます。
それでも、夜机に向かってテキストを開き、「試験どうなるかなぁ?」と頭を抱えている姿は、中学生の子供達にはよい見本になるようです。
■わたしたち日本人のものの見方、感じ方を、日本列島の自然風土との関わりで理解してみたい、というのが勉強をはじめたきっかけです。
否応なく日本人である私たちには、日本の風土が影響を及ぼしていないはずはありません。
ところが、昭和30年代はじめ、高度成長時代がまさに開始された頃に生まれ、戦争で負けた農業国から世界有数の経済大国に突き進む中で育ち、今年50才を迎えるという私たちは、伝統的な日本の風土・習慣がまさに変容し崩れていくただ中で人生を過ごしてきました。
日本の風土の影響といっても、何かねじくれた形になっているに違いありません。
心と体、人と人との関係、あるいは周囲の状況とどう関わるか、ということについて、何かチグハグな感じを常におぼえて生きてきたような気がします。
これは私だけではなく、多くの人が感じていることではないかと思います。
生きるということは、このチグハグさを適当に誤魔化して、やり過ごしていくことだといっても過言ではありません。
でも、時にこの誤魔化しが効かなくなることがあります。
そんな時に、この「チグハグさ」に悩まされます。
そこで、何故「チグハグ」になるのかを考えてみることにしました。
■さて、足下にツバキの花が。昨夜の強い雨で落とされたのだと思います。