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折々の記 2017 ピケティ
【心に浮かぶよしなしごと】

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特別編集 ピケティ氏 21世紀の資本  r > g
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ピケティコラム

2016/01月~12月

トマ・ピケティ 知恵蔵2015の解説

フランスの経済学者。1971年生まれ、パリ近郊クリシー出身。主要研究テーマは経済格差と不平等の問題。2013年に出した『21世紀の資本(Capital in the Twenty-First Century)』の英訳版が翌14年にアメリカで出版されると、ノーベル賞受賞経済学者のR.ソロー、P.クルーグマンや元財務長官R.サマーズらから絶賛され、700頁にも及ぶ学術書にもかかわらず異例の大ベストセラーになった。
約15年をかけて収集した20カ国以上のデータ(18世紀以降のマクロな経済資料)を基に、資本主義がもたらした不平等拡大のメカニズムを実証的に暴き出し、健全で民主的な社会の再生には、国境を超えた公平な税制度(具体的には資産への累進課税)の導入が必要と提言する。14年12月には日本語版も刊行され、15年1月に初来日すると「ピケティ現象」と呼ばれるほど大きな話題になった。
ピケティは超難関のパリ高等師範学校に入学し、1993年にEHESS(社会科学高等研究院)とLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)で博士号を取得。その後2年間、米マサチューセッツ工科大で教鞭をとった後、2006年に設立されたPSE(パリ経済学校)の初代校長に就任した。07年の大統領選挙では、社会党ロワイヤル候補の経済ブレーンを務めている。政治的には穏健なリベラル派と見られるが、社会党が導入した週35時間労働制に異議を唱えたこともあり、国内の左派からは批判の目も向けられている。15年1月、社会党オランド政権は仏最高勲章のレジオン・ドヌール賞にノミネートしたが、ピケティは「名誉を決めるのは政府の役割ではない。経済成長に集中すべき」と述べ、受賞を拒否した。
(大迫秀樹 フリー編集者/2015年)



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【 ピケティコラム 】
    (ピケティコラム@ルモンド紙による)(2016/01 ~ 12)

    http://www.asahi.com/topics/word/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%B1%E3%83%86%E3%82%A3.html
    ル・モンド(フランス語: Le Monde)とは、フランスの新聞(夕刊紙)である。
      発行部数は約350,039部(2006年)。「ル・モンド」とは、日本語で「世界」という意味である。


(01)ベーシックインカム 公正な賃金、考える土台に (12/21)
 ベーシックインカム(BI)をめぐる議論には、少なくとも一つのメリットがある。すべての人に最低限の所得を保障するべきだとの合意が、フランスにはあると教えてくれることだ。むろん金額では意見が分かれる。子どもがいない単身世帯に給付される、月額530ユーロ(約6万5千円)の今の積極的連

(02)米大統領選の教訓 グローバル化、変える時 (11/23)
 まずはっきりさせておこう。ドナルド・トランプ氏が勝った要因は、何をおいても経済格差と地域格差が爆発的に拡大したことにある。何十年も前から米国で進むこの事態に、歴代の政権はしっかり対処してこなかった。市場を自由化、神聖化する動きはレーガン政権で始まり、ブッシュ親子に引き継がれた。

(03)フランスの経済停滞 財政赤字削減、急ぐよりも (10/26)
 フランス人が不機嫌なのはなぜか、としばしば質問されることがある。答えはかなり簡単だ。(フランスを含む)ユーロ圏諸国は、各国政府の失政の結果、第2次世界大戦後、最も長い停滞を経験している。2017年にはようやく07年の経済活動のレベルに持ち直す見込みだが、地域や社会階層の格差拡大

(04)中学での社会的分断 多様性高める進学制度に (09/21)
 学校が新年度を迎えるこの時期にこそ問いたい。フランス政府は社会的な多様性を高めることを本気で望むのか。それとも実体を伴わない宣伝にとどまるのか。 国民教育省は2015年、中学校において社会階層ごとに分断される現象を減らすため、新たに実効ある措置を実施する意向を示した。だが残念な

(05)大学進学選抜システム 教育の平等、欧州が見本を (07/22)
 大学入学の選抜方法と、APBというソフトウェアの問題点は、来年の仏大統領選の争点として大きく取り上げられるべき課題だ。APBは高等教育への進学手続きと進学先の振り分けをするシステムで、毎年フランスのバカロレア(中等教育修了と高等教育入学資格を併せて認定する国家資格)取得者ら70

(06)仏の資産税 古びた制度、近代化へ議論を (06/25)
 フランスでは「富に対する連帯税」と呼ぶが、いわゆる富裕税はなくすべきなのか。来年の仏大統領選に向けた右派の指名争いでは、間違いなくほとんどの候補者が廃止を主張するはずだ。 しかしそれでは、政治的にも経済的にも重大な誤りを犯すことになる。 金持ちの資産がぐんと増える一方、給与所得

(07)欧州危機への解決策 ユーロ圏議会、創設を (05/25)
 難民問題、債務問題、失業問題――欧州の危機に終わりはないようだ。一部の人たちにとっての答えは「自国にこもるしかない」というもので、そうした人が増えている。欧州から離脱し、国民国家へ戻ろう、そうすれば全てがよくなる――というのだ。これは空約束だが、分かりやすい。これに対し、進歩主

(08)「パナマ文書」の教訓 不透明な金融に立ち向かえ (04/20)
 タックスヘイブン(租税回避地)や金融の不透明さに関わる問題が、何年も前から新聞の1面をにぎわしている。この問題に対する各国政府の声明は自信に満ちたものだ。だが、残念ながらその行動の実態とはかけ離れている。ルクセンブルク当局が多国籍企業の租税回避を手助けしていたことが暴露された2

(09)欧州社会の差別・偏見 「イスラム嫌い」の衝動、抑えよ (03/24)
 欧州社会におけるイスラムおよびイスラム教徒のあり方について、世の議論の展開が、いよいよヒステリックになっている。情報も的確な研究もないため、議論の材料となるのは、いくつかの事件だ。パリのテロやケルンの暴行事件のような出来事は、確かに劇的だったが、一方で関係する人口のうちごくわず

(10)米大統領選 サンダース氏は新時代を開くか (02/24)
 米国大統領選の候補者指名争いで、「社会主義者」バーニー・サンダース氏が信じられないほどの成功を収めている。私たちはどう解釈するべきなのだろうか。 バーモント州選出の上院議員サンダース氏は、いまや50歳以下の民主党支持層ではヒラリー・クリントン氏をリードしている。それでも、彼女が

(11)インドの発展 不平等の解消が課題 (02/03)
 中国とその金融システムに対する不信感が募るなか、今後数十年にわたる世界経済の牽引(けんいん)役として、インドがますます注目を集めている。インドの2016~17年の経済成長は、中国が推定6%なのに対し、15年と同様に8%近くになると見られる。国民1人あたりの月間平均購買力は、中国

(12)欧州の危機 ユーロ圏の新議会発足を (01/07)
 2015年12月の地方選の結果の通り、フランス全体ではここ数年で、右翼が得票率を15%から30%まで伸ばした。40%を記録した地域も複数あったほどだ。背景には失業の増加や排外的な感情の高まり、そして政権与党の左派に対する強い失望がある。彼らがやれることはすべてやった。だから、こ



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(02)米大統領選の教訓 グローバル化、変える時 (11/23)
    http://digital.asahi.com/articles/DA3S12671539.html

 まずはっきりさせておこう。ドナルド・トランプ氏が勝った要因は、何をおいても経済格差と地域格差が爆発的に拡大したことにある。何十年も前から米国で進むこの事態に、歴代の政権はしっかり対処してこなかった。市場を自由化、神聖化する動きはレーガン政権で始まり、ブッシュ親子に引き継がれた。クリントン政権、そしてオバマ政権も、ともすればこの流れに身を任せることしかできなかった。それどころか、クリントン政権下の金融と貿易の規制緩和は、事態を悪化させる結果となった。

 さらに、金融業界との親密ぶりでヒラリー・クリントン氏に向けられた疑惑のまなざし、民主党とメディアのエリートたちの無能ぶりがダメ押しとなった。民主党執行部は予備選でバーニー・サンダース氏に投じられた票から教訓を引き出せなかった。本選の得票数はクリントン氏が辛うじて上回っている(有権者約2億4千万人に対し、クリントン氏6231万票、トランプ氏6116万票=11月15日現在)。しかし最若年層と低所得層の投票率が低すぎ、勝敗を左右する州を制するに至らなかった。

 何より悲惨なのは、トランプ氏の政策によって、不平等が生じる傾向がひたすら強まることだ。現政権が苦労して低所得層にあてがったオバマケア(皆保険制度)を廃止し、企業の利益にかかる連邦法人税率を35%から15%に引き下げるという。米国はこれまで、欧州で始まった、企業を国内につなぎ留めるための際限なき減税合戦に持ちこたえてきたのに、財政上のダンピングに巻き込もうとしているのだ。

 米国内の政治的対立はいよいよ民族問題の色を濃くし、新たな妥協点が見いだされない限り未来は見通せなくなっている。多数派である白人の6割がある政党(共和党)に投票し、黒人やヒスパニックといった少数派の7割超が別の党(民主党)を支持する構造の国なのだ。しかも、多数派の数的優位は失われつつある。2000年に投票総数の8割を占めていた白人は今回7割、2040年までに5割になる見通しだ。

    *

 欧州が、そして世界が、今回の米大統領選の結果から学ぶべき最大の教訓は明らかだろう。一刻も早く、グローバリゼーションの方向性を根本的に変えることだ。今そこにある最大の脅威は、格差の増大と地球温暖化である。この二つを迎え撃ち、公正で持続可能な発展モデルを打ち立てる国際協定を実現しなければならない。こうした新たな形の合意でも、必要なら貿易促進につながる措置をとることはできる。ただこれまでのように、取り決めの中心が貿易自由化であってはならない。貿易は本来あるべき姿、つまりより高次の目的を達成するための手段でなければいけない。

 関税その他の通商障壁を軽減するような国際合意は、もうやめにしないか。法人減税などによる財政ダンピングや、環境基準を甘くして生産コストを下げる環境ダンピングに対抗すべく、強制力のある数値規定をあらかじめ協定に盛り込んでおくべきだ。例えば法人税率の下限や、罰則を伴う二酸化炭素(CO2)排出量の確固たる目標値を定めよう。なんの対価もない貿易自由化交渉など、もはやあってはならない。

 この観点からは、10月末に調印された欧州連合(EU)とカナダの包括的経済・貿易協定(CETA)は時代遅れで、破棄すべきだ。内容が貿易に限られ、財政面でも環境面でも拘束力を伴った方策はない。そのくせ「投資家の保護」のためにはあらゆる手立てが講じられ、多国籍企業は国家を民間の仲裁機関に訴えられるようになる。開かれた公の法廷を回避できるわけだ。

 中でも調停員の報酬という重大な問題はこのままでは制御不能となろう。法的手続きにおける米国の帝国主義がますます強まり、米国のルールと義務を欧州企業に押しつけることになる。このタイミングで司法を弱体化させるなど常軌を逸している。優先すべきはその逆で、強力な公的機関を立ち上げ、その決定を守らせる力を持つ欧州検察庁のような組織を創設することだ。

    *

 地球温暖化をめぐるパリ協定の締結で、平均気温の上昇を1.5度未満に抑えるという建前的な目標に署名したことにどれほどの意味があろう。これでは土壌中の温室効果ガスは放置される。例えば、カナダはアルバータ州のオイルサンド採掘を再開したところだが、石油を抽出する過程で温室効果ガスが放出される。カナダはパリ協定に署名した数カ月後に貿易協定(CETA)を結んだが、温暖化対策にまったく触れない協定に意味はない。カナダと欧州が、バランスのとれた、公正で持続可能な発展に基づくパートナーシップを推進すると言うなら、双方のCO2削減目標と、達成する具体策をはっきりさせるべきだ。

 EUは、共通の財政政策を持たない自由貿易圏として作り上げられており、財政ダンピングへの対処と、法人税率の下限設定は、パラダイムの完全な転換になるだろう。しかしこの変化は避けて通れない。課税については若干前進しているが、課税の共通基盤に合意できても、各国がゼロに等しい法人税率であらゆる企業の本社を誘致するのなら、合意の意味はないに等しい。

 今こそ、グローバリゼーションの議論を政治が変えるべき時なのだ。貿易は善であろう。しかし、公正で持続可能な発展のためには、公共事業や社会基盤、教育や医療の制度もまた必要なので、公正な税制が欠かせない。それなしでは、トランピズム(トランプ主義)がいたるところで勝利するだろう。

 (仏ルモンド紙、2016年11月13-14日付、抄訳)

    ◇

 Thomas Piketty 1971年生まれ。パリ経済学校教授。「21世紀の資本」が世界的ベストセラーに




(06)仏の資産税 古びた制度、近代化へ議論を (06/25)
    http://digital.asahi.com/articles/DA3S12426092.html

 フランスでは「富に対する連帯税」と呼ぶが、いわゆる富裕税はなくすべきなのか。来年の仏大統領選に向けた右派の指名争いでは、間違いなくほとんどの候補者が廃止を主張するはずだ。

 しかしそれでは、政治的にも経済的にも重大な誤りを犯すことになる。

 金持ちの資産がぐんと増える一方、給与所得が停滞し、社会が危機にひんしている今、一番の富裕層を優遇している時ではない。

 富の再配分をいじる余地があるなら、別の、もっと大切なことにあてるべきだ。労働者にのしかかる税と、社会保障の重圧を軽くしないといけない。フランスでは社会保障の財源を確保するため、給与所得にかかる負担が大きすぎる。支出では教育と研究にこそ投資すべきなのだ。

 とりわけ資産税については、よくよく考えて全面改革する必要があろう。(資産税の一部である)富裕税のみならず、固定資産税は改革の対象になるはずだ。他国と同様、フランスでも資産税の中心は圧倒的に固定資産税である。富裕税の税収50億ユーロに対し、固定資産税のそれは250億ユーロにのぼる。不動産を買おうとする人々にとっては極めて重いうえ、その配分は不公平である。

 右派の政治家、時には左派の政治家でさえ富裕税の納税者、つまり金持ちしか見ていないのは嘆かわしい。固定資産税と富裕税を近づけることで、最終的に、不動産や金融資産、そして負債をも考慮した一元的な累進税を資産に課すことができよう。そうすれば、最低所得層の税負担を軽くし、資産の流動性を高められる。

 まず指摘したいのは、2016年のフランスの世帯資産が、負債を差し引いても計10兆ユーロを超すことだ。これをならせば、5千万人の大人1人につき約20万ユーロ(約2300万円)となる。

 これはあくまで平均で、富の分布には大きなひずみがある。人口の半分を占める下位層の資産はせいぜい全体の5%。上位10%が資産の60%を保有する。

 人口の50%が資産10万ユーロ(約1150万円)以下、それに続く40%が資産10万~40万ユーロに収まる。この中には、重い負債を抱える世帯が多くある。不動産価格の上昇で、ローンの返済期間はますます長くなっているのだ。

 同時に、各年齢層内の資産集中が依然として強いことにも留意したい。

 純資産の合計10兆ユーロの内訳は、不動産が5兆ユーロ近く(住宅の総資産価値6兆ユーロからローン残額1兆ユーロ超を引いた額)、金融資産(生命保険、株、債券、預貯金)は4兆5千億ユーロ、そして自営業者の事業資産が5千億ユーロ超である。

     *

 資産税の実態はどうなのか。

 富裕税は、純資産が一定額以上の納税者に課され、純資産1千万ユーロ以上の場合は累進課税率は最高の1.5%だ。さまざまな免税と控除があり、たとえば主たる住居に対しては30%が控除される。

 富裕税の対象は人口のせいぜい1%にすぎないが、該当する社会集団は資産を増やし続けている。つまり1%の最富裕層が全資産の約25%、2兆5千億ユーロを所有する。税収はそれでも50億ユーロを少し上回る程度で、課税率はせいぜい平均0.2%である。

 固定資産税は不動産を持つ人すべてにかかるので、別の論理に従う。

 近年、固定資産の税収は増え続け、250億ユーロを超える。これは課税対象となる資産価値の0.5%にあたる。固定資産税は、地域によるばらつきが大きいものの、原則的には資産価値に比例して払う。全員が、平均で資産価値の0.5%を納める。つまり20万ユーロの資産に対しては年間1千ユーロ、100万ユーロの資産なら5千ユーロを払うのだ。

 しかし、金融資産や負債が考慮されないため、実際には逆進性がひどく強い。たとえば20万ユーロの資産を持つ人が15万ユーロの負債を抱えているとする。この人の純資産は5万ユーロにすぎないが、20万ユーロの相続資産+30万ユーロの金融資産の計50万ユーロの純資産に恵まれた人と同額の固定資産税を納めなければならない。

 こうした異常な状況が生まれた背景はこうだ。

 固定資産税は2世紀以上前、米国などほとんどの国が用いる「財産税」という複雑なシステムと時を同じくして作られた。当時の所有物とは、主に土地や不動産のことであり、金融資産や負債は存在しなかったに等しい。

 いまや、この古びた制度を近代化しなくてはならない。まずは国レベルで税率と課税ベースを統一すべきだろう。地域によるばらつきが、さらなる不公平を生んでいるからだ。さらに負債の控除を導入し、金融資産も計上する必要がある。

     *

 オランド仏大統領の任期が終わろうとしている。その5年間では、予算相の資産隠しが取りざたされたカユザック事件や、パナマ文書が印象的だった。

 ここに至り、富裕税の申告における透明性を高めなければならない。フランスと外国の銀行が、金融資産の総額を税務当局に通達し、その額を申告するようにする。確定申告についても、同様の手続きをとるべきだ。

 きたる大統領選では、お決まりのやり方ではなく、資産への課税について有効な議論が行われることを期待しよう。

 (仏ルモンド紙、2016年6月12-13日付、抄訳)