写真・図版
香港島のデモで燃やされた道路を歩く人たち=2019年10月1日、香港、竹花徹朗撮影

写真・図版 写真・図版

 中国の建国70年を祝う国慶節の1日、香港では中国と香港の両政府に対する大規模な抗議デモが10カ所以上で行われ、デモ隊と警察が激しく衝突した。香港警察は、現場の警察官が実弾1発を発砲し、18歳の男子の左肩を撃ったと発表した。香港メディアによると、男子は高校2年生で重体だという。一連の抗議デモで参加者が実弾で撃たれたのは初めてとみられる。

 警察は8月以降、威嚇射撃で実弾を使うケースが続いていたが、デモ隊が負傷した例は確認されていない。警察が実弾を発砲したとする動画を大学の学生会が公開。ネット上で広く出回っており、警察に対するデモ隊や市民の怒りが一気に増幅する可能性がある。

  習氏「偉大な復興」強調 中国建国70年、香港なお混乱 

 男子高校生が撃たれたのは、九竜半島・ツェン湾の路上。動画によると、複数の警察官とデモ隊が乱闘になった後、警察官が至近距離から発砲。撃たれた男子高校生はそのまま後ろ向きに倒れ、道路に横たわった。警察官の呼びかけにも反応しなかった。

 香港警察は男子高校生を撃ったことについて、自衛のための発砲だったと釈明している。香港政府によると、1日夕方時点で、衝突に伴って31人が負傷し、うち2人が重体だという。

 香港各地ではこの日、道路を占拠したデモ隊に向けて、警察は大量の催涙弾を使って強制排除を進めた。デモ隊は火炎瓶を投げつけるなどして応戦。九竜半島にある中国軍の施設の前でデモ隊が物を燃やしたほか、中国政府を支持する立法会(議会)議員の事務所は火をつけられ、室内が炎上した。中国の国旗も相次いで燃やされるなど、この日の衝突は6月に抗議デモが拡大して以降、最大級の激しさとなった。(香港=益満雄一郎、宮嶋加菜子)


習氏「偉大な復興」強調 中国建国70年、香港なお混乱 
   2019年10月1日21時05分
   北京=冨名腰隆、香港=益満雄一郎
   https://digital.asahi.com/articles/ASMB154Y6MB1UHBI037.html?iref=pc_extlink

 中国は1日、建国70周年を迎え、北京の天安門広場で記念式典と大規模な軍事パレードを開いた。習近平(シーチンピン)国家主席は演説で「70年前の今日、中国人民が立ち上がり、悲惨な運命を変えて中華民族は偉大な復興の道を歩み始めた」と、共産党の下での発展ぶりを強調。一方、香港では激しい反政府デモが行われ、男子高校生1人が重体になった。警察が実弾を発砲したとの情報もあり、香港情勢はさらに緊迫する可能性がある。

  国慶節の香港で大規模デモ 警察発砲、男子高校生重体か 

 天安門楼上での演説に臨んだ習氏は「いかなる勢力も祖国の地位を揺るがすことはできない。中国共産党の指導を堅持し、新たな歴史的偉業を創造していく」と述べた。深まる米国との対立を踏まえ、政権としてさらなる国力の増強や国際的地位の向上を目指す決意を示したものだ。

 計59部隊の約1万5千人が参加した軍事パレードでは、射程1万キロ以上で米国本土に到達できる多弾頭のICBM「DF(東風)41」やステルス性無人攻撃機など、多くの最新兵器が初めて公開された。習氏が掲げる「世界一流の軍隊建設」への前進を内外に示し、米国などを牽制(けんせい)する狙いとみられる。

 デモによる混乱が長期化する香港については「一国二制度の方針を堅持し、長期の繁栄と安定を維持する」と明言した。

 しかし、香港では1日、10カ所以上で抗議活動が行われ、デモ隊と警察が激しく衝突した。地元メディアによると、31人がけがをし、1人が重体。メディアは警察が実弾を発射したと伝えており、事実なら一連のデモで初の実弾による負傷者とみられる。(北京=冨名腰隆、香港=益満雄一郎)


【動画】中国の国慶節に合わせ香港でデモ 男子学生が撃たれた現場=宮嶋加菜子撮影



香港特派員益満雄一郎が指摘する記事
香港にちらつく「戒厳令」 中国経済の「肺」はどこへ
   2019年10月1日08時15分
   香港支局長 益満雄一郎
   https://digital.asahi.com/articles/ASM9T3RH2M9TUHBI01K.html?iref=pc_rellink

経世彩民 益満雄一郎の目

 高層ビルが立ち並ぶ香港島中心部で9月28日夜、数十人の若者によるデモ隊が、香港政府の庁舎に向かってれんがを投げつけていた。パリンパリンという甲高い音とともにガラスの破片が飛び散る。デモ隊は拍手で大喜びし、「いいぞ、いいぞ」とあおる。

 この日は、2014年の民主化デモ「雨傘運動」からちょうど5年の節目。5年前、この目の前の大通りを占拠した学生らに警察が催涙弾を発射したのがきっかけで、79日間にわたるデモが始まった。学生側は「非暴力」を掲げ、警察の催涙スプレーに雨傘を広げて耐えたことから、雨傘運動と名付けられた。

デモはなぜ先鋭化したのか

  これまでの「経世彩民」  ここをプッシュ
経済という言葉の語源「経世済民」には「世をおさめ、民をすくう」という意味があります。新コラム「経世彩民」では、記者が日々の取材を経て思うこと、伝えたいことを色とりどりの視点でつづっていきます。原則、毎週火曜朝に配信します。
  アリババ集団率いたマー氏 第二の人生と、残された宿題 

 アリババ集団率いたマー氏 第二の人生と、残された宿題

経世彩民 福田直之の目

 中国のIT巨人、アリババ集団を率いたジャック・マー(馬雲)氏が、ついに会長を退いた。

 9月10日夜、杭州のスタジアムであったアリババ創業20周年のイベント。6万人とも言われる社員から歓声を浴びたマー氏は、まるで引退するスター歌手のようだった。そして感極まった様子で、顔を赤らめて語った。

 「今日はジャック・マーの引退ではなく、制度に基づいた会社の継承の始まりだ」

 マー氏は張勇CEO(最高経営責任者)にバトンを渡した。ネット通販の一大イベント「独身の日セール」を始めた人物だ。カリスマ経営は、張氏を中心とした集団指導体制へと移行する。

カリスマのセカンドライフは?

 そこで注目されるのが、マー氏のセカンドライフだ。「会長をやめるのは統制を強める政府への反感から」といった説から、「裏の政商になるのでは」といった見方まで、さまざまな臆測が飛び交う。

  これまでの「経世彩民」  ここをプッシュ 

  ニワトリ1羽の稼ぎ2~3円 資本の論理に答えはあるか  ここをプッシュ

経済という言葉の語源「経世済民」には「世をおさめ、民をすくう」という意味があります。原則、毎週火曜朝に配信するコラム「経世彩民」では、記者が日々の取材を経て思うこと、伝えたいことを色とりどりの視点でつづっていきます。

 ただ、本人は10日のイベントで「アリババは夢の一つに過ぎない。教育や社会貢献、環境保護に時間をかけられる」と語った。1年前に退任を発表したときも「教育に戻りたい」としており、「教育」への思いは一貫しているようだ。

 もともとマー氏は起業家になる前は英語の教師だった。起業家の道を歩んだのは「学生に教えられる経験をするため」で、いずれ教壇にもどるつもりだったという。

 マー氏はまず、自身の語学の技量を生かして翻訳会社を始めた。1995年には出張先の米国でインターネットに出会い、企業をPRをする「中国イエローページ」をつくった。

 アリババを創業したのは99年。中国は世界貿易機関(WTO)加盟を控え、貿易需要の増大が見込まれていた。そこで中小企業の対外取引を媒介する業務が出発点になった。その後、中国に進出してきた米eBay(イーベイ)との競争で、消費者向け通販に乗り出した。電子決済や物流にも手を広げ、中国ネット通販の最大手にのし上がった。

マー氏独特の経営観とは

 私は一度、記者会見でマー氏に質問したことがある。アリババが最高位のスポンサーになった、昨年の平昌オリンピックの会場でのことだ。東京オリンピックについての私の質問を受けたときの「外向け」の表情と、社員から技術について説明を受けたときの淡々とした表情との対比が印象深かった。

 マー氏は、根っからの商人でもなければ、技術者でもない。その経営観は独特だ。10日のイベントで発した彼の言葉からも、それは読み取れる。

 「アリババの重要な決定はカネと関係なくおこなってきた。技術や商品で、社会問題を解決できるか? そればかり考えてきた」

 「カネと関係ない」はさすがに言い過ぎだと思うが、アリババのビジネスが結果として社会課題の解決に役立ってきたのは確かだ。

 たった1日に通販の負荷が集中する「独身の日」セールは、中国の物流の改善を迫った。通販事業から派生した電子決済「アリペイ」は、中国のキャッシュレス化の立役者になった。個人の信用を得点で表す「ゴマ信用」は、きちんとした契約の履行を促す「てこ」になった。

残された宿題

 マー氏は社員にこんな言葉も残した。

 「今日、中国人は自信を持っているが、自己への見方と世界の我々に対する見方は異なる。世界は中国を怖がっている。技術を、そして強大な会社を怖がっている」

 世界中を飛び回ってきたマー氏は、「世界が中国をどう見ているか」を知っている。世界は国を超えてどんどんつながっていて、アリババのクラウド・コンピューティングや新たな決済システムも外国に広がり始めた。だが、「強い国家」が後ろにあると見られがちな中国企業は、世界から強い警戒感を持たれ、つながりから「疎外」されるリスクも抱えている。この問題は、マー氏でも解決できなかった宿題として残された。

 「国」とはつねに一定の距離をとってきたかのように見えるマー氏。社会主義を掲げる国の企業が抱える矛盾をどう解決するのですか? その経済発展の行く末は? いつかマー氏に再会できたら、ぜひとも聞いてみたい。(中国総局・福田直之)

 今回の一連の抗議デモは「非暴力」とはほど遠い。わずか5年で香港の若者はなぜここまで先鋭化したのか。

 雨傘運動は、2017年に予定されていた行政長官(香港政府のトップ)の選挙の民主化を求め、香港政府との対話路線をとった。だが結局、全く譲歩を引き出せないまま挫折した。失望や怒りを募らせた若者たちは平和的なデモの限界を悟り、一定の暴力行為を容認する道へ走った。

 一方、香港政府は、先鋭化の背景に経済問題もあるとみているようだ。不動産をはじめとする物価の上昇や貧富の格差拡大で、「生きづらさ」を抱えた若者が増え、怒りのマグマになっているという見立てだ。

 そこで香港政府は8月、全世帯への電気代の補助金支給を柱とする総額191億香港ドル(約2600億円)の「ばらまき」を発表した。だが、結局、行政長官の支持率は回復に向かわなかった。若者の本質的な不満が経済ではなく、進まない民主化にあるのは明らかだ。

ちらつく「戒厳令」 香港経済への影響は

 いらだつ中国政府は8月、別の一手を繰り出した。香港に隣接する深センで、金融機能を強化するという新方針を打ち出したのだ。香港が長年担ってきた「国際金融センター」の地位を、深センに取って代わらせるぞという牽制(けんせい)球。さらに武装警察を深センに集結させ、経済・武力の両面で香港を締めつける。

 それでも事態が収まらないとなれば、次にちらつくのが事実上の「戒厳令」だ。香港政府は、抗議デモへの参加を強制的に制限できる「緊急状況規則条例」(緊急法)の発動をちらつかせる。行政長官に強大な権限を与え、インターネットなどの通信や移動といった市民の自由を制限する。民主派は当然、猛反発している。

〔写真・図版〕
2018年の域内総生産(GDP)が香港を上回った中国・深センの夜景=2019年1月、竹花徹朗撮影

 仮に「戒厳令」が発動された場合、香港経済にはどんな影響が出るのか。

 香港に世界中の投資マネーが集まるのは、中国本土という「大消費地」をバックに抱えつつ、「一国二制度」で自由な経済活動や法治が確立しているからだ。米紙ウォールストリート・ジャーナルは9月中旬、「香港は中国の銀行が呼吸する肺だ」と題する記事を配信した。香港を介して「外気」を取り込まなければ中国本土の経済活動も立ちゆかなくなるという趣旨だ。事実上の戒厳令で「肺」が機能不全になれば、投資マネーは逃げ、市場はパニックになりかねない。

カギは国慶節のデモ

 習近平(シーチンピン)指導部は経済への打撃を気にして軟化路線にかじを切るのか、それとも、これまでと同様に「国家の統制」を重視して香港への締め付けを続けるのか。

 カギを握るのは、中国が建国70年を迎える10月1日の国慶節だろう。中国は最大規模の軍事パレードを予定しているが、香港で過激なデモが起きれば、共産党の統治が揺らぎ、メンツは丸つぶれだ。香港政府関係者は「デモ隊の暴力行為が続けば、緊急法の発動は早まる」と警告する。

 19世紀以来、英国の統治下で発展を遂げてきた香港。世界に散らばる華僑の貿易決済の中核としての役割を確立し、アジア通貨危機、リーマン・ショックという2度の金融危機も乗り越えてきた。経済の側面からも最大の試練ともいえるかもしれない今回の事態をしっかりと取材していきたい。(香港支局長 益満雄一郎)


香港特派員益満雄一郎が指摘する記事
デモの裏に見え隠れする香港商人の本音 何を恐れるのか
   2019年7月16日07時00分
   香港支局 益満雄一郎
   https://digital.asahi.com/articles/ASM7H3HR3M7HUHBI00N.html?iref=pc_rellink

経世彩民 益満雄一郎の目

 「逃亡犯条例」をめぐる香港の混乱が収まらない。週末のたびにデモ隊と警察が衝突し、抗議の自殺者は4人に達した。香港紙には「香港大崩壊」との見出しも躍り、取材する私も気が休まらない日が続いている。

 この混乱は、2014年に起きた民主化デモ「雨傘運動」とよく比較される。若者たちが79日間にわたって香港中心部の道路を占拠し、民主的な行政長官選挙の実現を要求した。しかし、運動は広がりを欠き、しだいに市民の支持を失っていった。

 ところが今回のデモ参加者は最大で200万人近く(主催者発表)にまで広がった。雨傘運動と今回は何がどう違うのだろうか。

雨傘運動との違いは?

 取材でデモ参加者を注意深く観察すると、大勢の若者に交じって、ホワイトカラーとおぼしき社会人の姿が目立った。

 さらに、香港の大学で働く知人が興味深い話を聞かせてくれた。雨傘運動では、子どもがデモに参加するのを認めない親が多かったが、今回は逆だというのだ。とくに経営者や企業の幹部クラスが、わが子がデモに参加することを認める傾向があるという。

 香港の企業はもともと民主化運動には冷淡だった。雨傘運動も「経済に悪影響が出る」との声で失速していった。しかし今回は、香港企業が運動を後押ししているフシがある。いったいどんな背景があるのか。

香港商人たちを脅かす条例案

  アメリカの左派に意外な「援軍」 日本にも相似形 

  エビの殻むきから考える移民問題 彼らは仕事を奪うのか 
経済という言葉の語源「経世済民」には「世をおさめ、民をすくう」という意味があります。新コラム「経世彩民」では、記者が日々の取材を経て思うこと、伝えたいことを色とりどりの視点でつづっていきます。原則、毎週火曜朝に配信します。
 なぞ解きのヒントは、火付け役となったあの法案にあるようだ。刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案だ。

 香港の民主活動家に「身柄引き渡しで最初に狙われそうなのは誰ですか」と聞いたことがある。活動家の名前が挙がるかと思いきや、答えは意外にも「経済関係者」だった。どうも今回の改正案は、香港商人たちにとって都合の悪いものらしい。

 香港企業は中国本土で工場を運営したり、中国企業と取引したりと、本土とビジネスで強くつながっている。改正案が通ると、ビジネス上のトラブルを刑事事件にでっち上げられ、経営者らが中国当局から身柄引き渡しを求められるという不安があるようだ。

 さらに香港企業の中には、中国本土で賄賂を渡したり、違法な商売に手を染めていたりするところも少なくないとみられる。改正案では過去にさかのぼって刑罰が適用されるため、つねに身柄引き渡しのリスクにさらされることになる。

願いは「現状維持」

 中国当局の目線で考えてみるといい。香港の活動家はもともと中国本土との接点が少なく、身柄を押さえたところで得られる情報は限られる。これに対し香港商人たちは中国本土に頻繁に出入りし、政財界に豊富な人脈を持ち、さまざまな情報をにぎる。中国当局からみれば、たとえば中国本土の汚職を摘発するようなケースでは、香港商人の身柄を押さえた方がずっと情報を得やすくなるのだ。

 そこは中国ビジネスの怖さを熟知する香港商人たち。改正案が持つ「危険な香り」をかぎとり、反対運動を後押ししたのだろう。

 香港の特徴は、中国政府の統治を受けつつも高度な自治が認められる「一国二制度」にある。この制度が骨抜きにされることへの危機感が多くの香港市民を突き動かした。この制度が揺らげば、香港商人たちが受ける打撃もはかり知れない。

 中国の一部でありながら、中国にはない自由がある。それが外国企業が香港に投資する大きな動機になっている。その独特な立場から恩恵を受けてきた香港商人たちの願いが「現状維持」にあるのは間違いない。民主化を願う学生らとは同床異夢ともいえる。

 中国・香港の良好な関係が自らの利益となるため、中国政府や香港政府を支持する「親中派」のスタンスをとってきた香港商人たち。今回も、顔をさらして改正案を激しく批判するような経営者は出てきていない。「現状」を変えようとしてくる中国政府に対し、彼らはどう立ち回っていくのか。注意深く取材を続けていきたい。(香港支局 益満雄一郎)