2005-06-23(Thu)
前◆ヒムロ
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原作に沿ったもの、前後編らしいサイズにできるようなので。
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十月の日はだいぶ短い、部活を始めて少し経てば陽が落ちる。終われば真っ暗だ。 「腹減った、なあ今日どっち行く?牛丼?バーガー?」 直接家に帰らずに、いつも何か食べて帰るのは戸叶が家に帰って飯を作るのが面倒だと言ったことと、十文字がやはり家に帰りたくなさそうにするからだ。黒木はどっちでもいい、家族は風当たり冷たい部分もあるが優しくて黒木をいつも可愛がってくれる、その家で夕飯を食べるのもいいし、友達と一緒に食べるのもいい。いつも気になるのは、自分がいないときに十文字と戸叶がどんな話をしているかだ。二人とも、自分から話をし始めるタイプではない。黙々と二人で牛丼やらバーガーやらラーメンやらを食べている絵面はどうにも寒い。 「俺そろそろ金ヤバい」 戸叶が練習用のユニフォームを鞄に詰めながら言った。そのユニフォームは帰りに十文字の物と一緒にコインランドリーで洗うのだ、戸叶は金が勿体無いし十文字は家では洗われたくないらしい(それに、十文字の物と一緒に洗えば洗濯代は十文字のおごりだ)。 「じゃ決まりな」 新しくメニュー加わった百円のチキンのバーガーがお気に入りらしい十文字が言った。またお前あれ食うのと言われて、今週から新しいやつ出るからそれ、と返す。 「お前らどうする?」 黒木に言われてセナとモン太が顔を見合わせる。 「お腹は空いてるけど、家帰ったらご飯作ってあるし」 「黒木みてーに軽く食って家でまた食うのはちょっと無理だって」 「俺だって毎日夕飯二食食ってるわけじゃねえって」 「え、いつも十文字君達と一緒に食べてない?」 「いっつも食うけど、家で食ってるのは二日に一回か、特別に肉が出る日」 どっと笑いが起きた、黒木君らしい、とセナが言った。 「太るぞー黒木、気がついたら栗田先輩みたく」 モン太の言った言葉に反応したか、向こうから「フゴッ」と声がする。音としては確かに「フゴッ」でしかないが、十文字は生ぬるい顔になった。 「多分…『太ってるってバカにするな、ラインとして肉体的に恵まれているのだ、ラインマンの誇りだ』とか、そういう意味だと思う…」 「こう…なあ、あいつの言ってることが何とはなしに分かってくると、俺ら栗田に近づいてんなあって…」 同じく生ぬるい顔をした戸叶が途中まで言って、二人一緒に溜息をついた。 「なぁに暗い顔してんの」 ボールのカゴを押して鈴音が入ってきた。ヘソ丸出しのチアガール姿は彼女のお気に入りなのか、大体いつもその姿でいる。 「お前、ヘソ冷えるぞ」 戸叶が言うと鈴音はいやな顔をした。 「トガくんが言うとなんかセクハラっぽい」 「黙れ。…もう夏じゃねェんだから、いつまでも幼児体型のヘソほっぽり出してんなよ」 ゴッ。 十文字が更に生ぬるい顔になって、歪んだやさしさって伝わらないよな、と言った。横で戸叶は足を抱え、黒木他一年生はそれぞれの程度に笑いを噛み殺している。 「アハーハー!マイ・シスター鈴音!ヘソを出していると危ないぞ、痴漢にだって幼女好きなやつがいるかもしれないだろう?」 更に歪曲した優しさは足どころでは無く顔面にローラーブレードを浴びた。顔を真っ赤にして「どいつもこいつもなんでこう失礼なのよ!」と怒る鈴音に、セナが控えめに、「もう秋だから、お腹壊しちゃうよ」と言った。 一つ上になると、雪光は必ず自宅で夕飯を摂ると決まっているし、武蔵はヒル魔や栗田に構うばかりで案外に付き合いが悪い、そのムサシや栗田も、ムサシがアメフト部に復帰してからはずっと三人でつるんでいる。栗田は皆を家に呼んで、法事の残り物を分けてくれた事もあったが今はそれも少なくなっている。しかし当然と言えば当然だ、今まで一緒にいられなかった分、存分につるめばいいと、十文字は思っている。 だいすきなともだちと。
結局いつもの三人の他は誰も付き合っては来なかった。 三人でバーガーを食べてシェイク早飲み競争をして、下らない話をして今日の部活も疲れたと言って笑う。 「月見ももう終わりだよなー」 十文字が食べていた、半熟卵をサンドしたバーガーを横から齧って黒木が言う。照り焼きのソースが口の端に付いて、十文字がガキ、と言った。 「月見終わったらグラコロだな」 「あれって、物によってソースの量違うから嫌いだ」 単品たけーし、戸叶が言う。 「でも、グラコロの頃には関東大会も終わってんだな」 今の東京大会を勝ち抜いて、関東大会に進んで優勝して、西と東の最強がぶつかるクリスマスボウルへ、それがヒル魔の、栗田の、ムサシの願いだったし、今はアメフト部全員の願いだ。 「…勝とうな、絶対」 十文字の声は周りを気遣ってか静かだが、強い願いは伝わる。戸叶がああ、と言い、黒木が絶対な、と言ってもう一口バーガーを齧った。十文字は仕返しに黒木のを食べてやろうとしたが、黒木のトレイの上はきれいさっぱり無くなってしまっていた。
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