【目次へ】 ポーランドにミサイル ウクライナの迎撃弾か
続折々の記へ
続折々の記 2022 ⑫
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】10/28~ 【 02 】10/29~ 【 03 】11/06~
【 04 】11/09~ 【 05 】11/10~ 【 06 】11/12~
【 07 】11/15~ 【 08 】11/17~ 【 09 】11/20~
――――――――――――――――――――――――――――――
【 08】11/17
(時時刻刻)NATO緊迫 ポーランド「ロシアに責任」 ミサイル着弾
<考論>ポーランドに着弾、どう見る 火消し急いだバイデン氏
(社説)ミサイル着弾 今こそ戦争を止める時
日中、安保の意思疎通強化 3年ぶりに首脳会談
(時時刻刻)日中、改善の糸口は 岸田氏「率直な議論できた」
対中国、二つの不安 ゼロコロナ政策、弊害/半導体、経済安保の影
解放「何よりもウクライナ!」 占領耐えたヘルソン市民
奪還の街、深い傷痕 止まったインフラ 通貨もTVも「ロシア化」
◆下平評
2022/11/17
ポーランドにミサイル ウクライナの迎撃弾か
ポーランドにミサイル ウクライナの迎撃弾か
NATO、初の被害 2人死亡
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15476151.html?ref=pcviewer
▼2面=NATO緊迫
(時時刻刻)NATO緊迫 ポーランド「ロシアに責任」 ミサイル着弾
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15476117.html?ref=pcviewer
▼11面=考論
<考論>ポーランドに着弾、どう見る 火消し急いだバイデン氏 防衛省防衛研究所の兵頭慎治・政策研究部長
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15476144.html?ref=pcviewer
▼14面=社説
(社説)ミサイル着弾 今こそ戦争を止める時
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15476021.html?ref=pcviewer
誤解や判断ミスが、誰も望まぬ全面戦争に発展する――。歴史上の数々の過ちが、繰り返されかねない事態である。
ウクライナ国境に近いポーランドの村にミサイルが着弾し、2人が死亡した。バイデン米大統領は「ロシアから発射された可能性は低い」と述べた。ウクライナの防空ミサイルが誤って着弾した可能性を指摘する見方もある。速やかな真相の解明を求めたい。
しかし、誰がミサイルを発射しようと、ロシアの侵略戦争がもたらすリスクを浮きぼりにした現実には変わりがない。
今回の事件は、ロシアがウクライナ全土のエネルギー施設などを標的にミサイル攻撃を行う中で起きた。ウクライナ側によると、ミサイルは約100発に達し、2月の侵攻開始以来で最大規模だったという。
軍事的な応酬が激しさを増せば、たとえ偶発的でも隣国に戦火が波及しかねないことは当初から懸念されていたはずだ。
特にポーランドは米主導の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)に加盟する。加盟国への攻撃はNATO全体への攻撃とみなされる。NATOがロシアに反撃していたら、ロシア側のさらなる反撃を招き、制御不能に陥った可能性がある。まかり間違えば、核兵器使用という最悪シナリオも排除できない危機だったとみるべきだろう。
だからこそ、米国は早くから自国兵を参戦させる可能性を否定し、ウクライナに供与する兵器の射程を制限するなど細心の注意を払ってきた。しかし、そもそも戦争が続く限り、予期せぬエスカレーションは起こりうるものとロシアを含む国際社会は認識する必要がある。
実際、戦争終結を求める声は地球規模で広がっている。折しもインドネシアで開かれていた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)は、「メンバー国の大半がウクライナでの戦争を強く非難した」との首脳宣言を採択した。
G20には、ロシアに制裁を科す欧米主要国だけでなく、中立的な立場をとってきた新興国も参加する。現在の食糧不足やエネルギー高騰に苦しむ各国の憤りを反映したとみるべきだ。会議を欠席したロシアのプーチン大統領は、かねて西側の制裁が原因だと主張してきたが、そんな強弁はもはや通用しない。
インドネシアのジョコ大統領やインドのモディ首相も戦争終結と外交での解決を訴えた。世界のGDPの8割以上、人口の約3分の2を占めるG20の宣言は重い。プーチン氏が国際世論の流れにこれ以上、逆らうことは許されない。ただちに撤退と停戦を決断してもらいたい。
2022/11/18
日中、安保の意思疎通強化 3年ぶりに首脳会談
【写真】会談の冒頭、握手する岸田文雄首相と中国の習近平国家主席=17日午後、バンコク、福留庸友撮影
岸田文雄首相は17日、訪問中のタイ・バンコクで、中国の習近平(シーチンピン)国家主席と会談した。首相は習氏に対し、中国による沖縄県・尖閣諸島周辺での活動や弾道ミサイル発射など軍事的な活動について深刻な懸念を表明。台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した。両氏は安全保障分野での意思疎通を強化することで一致した。会談後、首相が記者団に明らかにした。▼2面=改善の糸口は、7面=二つの不安
中国側の発表によると、習氏は台湾問題に関して「中国は他国の内政には干渉しない。いかなる理由があろうとも中国の内政への干渉は認めない」と言及。海洋や領土の争いについては「政治的な知恵を出し、意見の相違を適切に管理する必要がある」と述べたという。
日中首脳会談は安倍政権時代の2019年12月以来3年ぶり。両氏が対面で会談するのは初めてで、今回は約45分間行われた。
会談の冒頭、首相は「日中両国は地域と国際社会の平和と繁栄にとって、ともに重要な責任を有する大国だ。建設的かつ安定的な日中関係の構築を双方の努力により、加速していくことが重要だ」と話した。
一方、習氏は「世界は新たな変革期に入った。中日はアジアと世界の重要な国家であり、共通利益と協力の余地がある。新時代の要請にかなう中日関係を構築していきたい」と述べた。
首相によると、両氏は対話を進めるため、首脳レベルを含めたあらゆるレベルで緊密に意思疎通を図ることを確認。林芳正外相の訪中について、今後調整を進めていくことで一致した。
両氏は、ロシアがウクライナで核兵器の使用を示唆していることは極めて憂慮すべき事態で、核兵器を使用してはならないとの見解で一致。北朝鮮をめぐっては首相が「国連安全保障理事会を含め、中国が役割を果たすことを期待する」と求めた。
また、首相は習氏に対し、インフラ建設を通じて途上国に多額の借金を負わせて支配を強める中国の「債務のわな」の問題を念頭に開発金融についても触れ、「国際ルールに基づき、ともに責任ある大国として行動していく必要性」を強調した。
首相は東京電力福島第一原発事故後の日本産食品に対する輸入規制の早期撤廃も強く求めたという。両氏は環境・省エネを含むグリーン経済、医療、介護、ヘルスケアなどの分野で協力していくことでも一致したという。
中国側の発表によると、習氏は「中日は社会制度や国情が異なっている。互いを尊重し、信頼を高め、疑念を払拭(ふっしょく)すべきだ」と強調。両国は経済の相互依存性が高いとし「デジタル経済や金融、医療・介護などで協力を強化したい」とした。(バンコク=西村圭史、冨名腰隆)
▼2面=(時時刻刻)
日中、改善の糸口は 岸田氏「率直な議論できた」
首脳会談
【図版】日中関係をめぐる主な経緯
対面での日中首脳会談が3年ぶりに実現した。岸田文雄首相は中国の海洋進出や台湾問題への懸念を表明。習近平(シーチンピン)国家主席は台湾問題は「中国の内政だ」として対立するが、両氏は今後も意思疎通をはかることで一致した。会談は関係改善に向けた一歩となるか。▼1面参照
「日中関係の大局的な方向性と共に、課題や懸案、協力の可能性について率直かつ突っ込んだ議論ができた」
習氏との初の対面での会談を終え、首相は記者団に語った。会談にかける思いが強かっただけに、いつになく高揚した様子だった。
2019年6月に大阪市で行われた日中首脳会談で、安倍晋三首相(当時)は習氏に対し、「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と強調した。その年の12月には北京で会談し、安倍氏は「習主席の国賓訪日を有意義なものとし、日中新時代にふさわしい関係を築き上げるべく、協力して準備していきたい」と発言。20年春に国賓として習氏が訪日して、日中関係を安定軌道に乗せる――。こんな未来図を描いていた。
だが、その後のコロナ禍で習氏の訪日は延期に。官邸幹部は「この3年で当時とは状況が変わった」と言う。米中は対立し、中国は台湾海峡への軍事的圧力を強め、日本周辺の海域や空域での活動も活発化。日中関係は一転して冷え込み、対面による会談も行われなかった。
日本側はこの日の会談を首相と習氏による日中関係の仕切り直しだと位置づけた。外務省幹部は、会談の中身と同時に習氏が首相と会談すること自体が重要だと指摘。「習氏と首相が会談する姿を見せることで、1強体制の中国国内や習氏周辺が『忖度(そんたく)』して動いてくれる」と期待を込める。首相周辺は「トップが話し合うチャンネルがない事態は避けたかった」と明かした。
ただ、日本が一気に中国と間合いを詰める状況にはない。米中は14日に首脳会談が実現したとはいえ、対立は根深いままだ。それだけに首相は日中首脳会談を前に、一連の国際会議で米国などと足並みをそろえた。13日の東アジア首脳会議(EAS)では中国の李克強(リーコーチアン)首相を前に「東シナ海では中国による日本の主権を侵害する活動が継続・強化されている」と名指しで批判した。
この発言について官邸幹部は「どこまで踏み込むか、米国など各国と事前に話し合っていた」と明かした。直後の日米首脳会談で、首相はバイデン大統領と、習氏との会談に互いにどう臨むかを確認した。
「主張すべきは主張する」としつつ、「協力すべきは協力する」と、臨んだ会談。経済や気候変動への対応などで協調の道筋も探れた。首相は「建設的かつ安定的な関係の構築に向け、引き続き首脳レベルを含めて緊密に意思疎通をすることで一致した」と記者団に語り、「対話を進めていくための良いスタートになった」と評価した。(バンコク=西村圭史)
■習氏「経済、相互利益を」
岸田氏の主張は習氏とすれ違いともなりかねない。
台湾問題を「中国の内政」と主張する中国は、この問題を日本側と正面から議論する考えがそもそもない。とりわけ第2次世界大戦の終結まで、台湾を植民地としていた日本への感情は複雑だ。習氏は岸田氏に「歴史や台湾などの重大な問題は、両国関係の政治的基礎と基本的信義に関わるものだ。いかなる理由があろうとも中国の内政への干渉は認めない」とクギを刺した。
中国は岸田内閣が進めている国家安全保障戦略(NSS)の改定や敵基地攻撃能力などの防衛力強化の動きを警戒している。だが、それ以上に岸田首相に問おうとしているのは、「中国との関係をどこへ導こうとしているのか」だ。
習氏は会談の冒頭、岸田氏に「中日関係の重要性は今も昔も変わらない。両国関係の全体的な方向性を戦略的観点からつかむため、あなたと協力したい」と語った。
日本が強く反発する尖閣諸島を巡る対立では、現在、中国国内で報じられることはほとんどない。習氏は会談で「海洋・領土の争いについては、すでに達成している共通認識を守り、政治的な知恵を出し、意見の相違を適切に管理する必要がある」と提案した。
習氏の言う「共通認識」は、14年に交わした4項目の合意とみられる。日中はこの時、尖閣諸島などの海洋問題について対話と協議を通じて情勢の悪化を防ぐことで一致した。
だが、その後も中国公船の活動は増す一方で、昨年も接続水域に入ったのは332日を数える。すでに年間でパトロールできる態勢が整っており、日中間の火だねとしてくすぶり続けていることは間違いない。
それでも中国は、日本との関係を重視する。10月の共産党大会の政治報告では、「善隣友好を旨とする周辺外交方針を堅持し、周辺諸国との友好・相互信頼関係、利益の融合を深化させる」との戦略が示された。安全保障では日本との緊張が高まるが、友好的な対日外交との方針は維持されている。
最も重要な要素は経済協力だ。米国が半導体分野などで中国の排除ともとれる規制を強める中、日本が追随することは避けたい。中国は自国企業のみで先端半導体が製造できる能力確保を急ぐが、まだ目標に追いついていないからだ。
習氏は会談で「両国経済は相互依存性が高い」とし「デジタル経済やサプライチェーンの維持など、より高いレベルの相互利益を実現したい」と注文した。
習氏はこの10年、中国外交の担い手だった。安倍政権で5年近く外相を務めた岸田首相には、「中日友好のメリットをよく理解しているはずだ」(中国外交筋)との期待もある。支持率が落ち込む岸田政権の先行きとともに、長期的、安定的な関係を構築できるパートナーかどうかを見極める考えだ。(バンコク=冨名腰隆)
▼7面=二つの不安
対中国、二つの不安 ゼロコロナ政策、弊害
半導体、経済安保の影
【写真】中国・上海市で今月開催された中国国際輸入博覧会には、東芝や三菱電機など約400社の日本企業が出展した=5日、西山明宏撮影
17日に3年ぶりとなる首脳会談を実現した日中。岸田文雄首相は会談で「日本企業の正当なビジネス活動が保障されることが重要だ」と主張した。念頭には、ゼロコロナ政策と経済安全保障の観点から高まるチャイナリスクがあるとみられる。長らく「政冷経熱」と称されてきた経済の蜜月関係を見直す動きが日系企業の間で出始めている。▼1面参照
■ロックダウンで疲弊
突然のロックダウンによるサプライチェーン(供給網)の停止、厳格な移動制限、感染を疑われただけで強制隔離――。ここ数年、中国に進出する企業はゼロコロナ政策がビジネスにいかに障害になったかを体験した。
ロックダウンの影響で工場の生産停止が相次ぎ、部品供給が停滞した自動車大手のホンダは、中国製の部品を使わずに車を生産できるかどうか、供給網の見直しの検討に着手した。ホンダにとって、中国は世界全体の販売台数の約3割を占める主力市場だが、今後は中国で販売する車は原則、現地の部品だけで作れるようにするほか、日本向けの車は中国製部品から国内や他国製への切り替えを検討するという。
マツダも中国からの部品調達の停滞で、日本での生産に打撃を受けた。国内での部品生産を増やし、主力工場がある日本国内の生産を安定させたい考えだ。中国経由で部品を調達する取引先約200社に対し、国内に在庫を持つよう依頼した。
■技術ごと買収を警戒
経済安全保障上の懸念も強まっている。特に影響を受けるのが、工業製品に欠かせない「特定重要物資」として政府が指定する半導体だ。
世界的な半導体需要の高まりを受け、日本製の製造装置の販売額は急増しており、日本半導体製造装置協会によると、2021年度は3・9兆円に上り、前年度の2・8兆円から約4割増えた。今年度は初の4兆円超えの見通しだ。
米国による新たな対中規制は、日本製装置の対中販売にも影響しかねない。半導体製造装置大手の東京エレクトロンは今月10日、23年3月期の売上高の見通しを今年5月時点より2500億円少ない2兆1千億円に下方修正した。減少分の半分は、対中規制強化のリスクを織り込んだという。
半導体検査装置大手のアドバンテストも、現時点では米国の輸出規制の影響は少ないとしつつ、「非常に不安定な状況だ。我々としてはアンテナを高くして、何が起こったら何をするというプランニングに注力する」(吉田芳明社長)と警戒する。
中国側も米国の対中規制に対抗する動きを強める。日中外交筋によると、中国政府は重要な技術を持つ日本企業などの買収を検討するよう主要企業に指示したという。ある日系メーカー幹部は「重要な技術は中国側に知られないよう対策を進めている」と明かした。
経済界に対中警戒感が広がっても、中国市場を無視できないのも現実だ。日本商工会議所の小林健会頭(三菱商事相談役)は首脳会談に先立つ17日午後の記者会見で、中国について「サプライチェーンの大きな鎖のひとつであり、非常に大きな市場だった。経済的には日中の絆はなかなか切れない」と強調した。日本政府関係者は今後の対中ビジネスについてこう語る。「ここまでなら大丈夫、これ以上はだめという線引きがこれまで以上に重要になるだろう」(神山純一、伊沢健司、北京=西山明宏)
2022/11/18
解放「何よりもウクライナ!」 占領耐えたヘルソン市民
解放から3日たってもなお、市民の「祝祭」が続いていた。
ロシア軍が撤退したウクライナ南部ヘルソン州の州都ヘルソン市。今月14日、記者が街の中心部に入ると、国歌が聞こえてきた。広場で、青と黄色の国旗が掲揚されていく。終わると「何よりもウクライナ!」のかけ声が響いた。州政府庁舎前に集まった、100人以上の市民らの歓声だ。
このとき、式典には電撃訪問したゼレンスキー大統領の姿もあったが、銃を抱えた兵士に囲まれ、気づかない住民も多かった。
13歳の娘を連れた技術者ワレリー・グラバルさん(42)は「ものすごく感情が高まっている」と話した。「占領中は買い物に出て家に戻れるかもわからなかった。家族がどうなるかと、恐怖の8カ月だった」
式典が終わると、「ドーン」「ドーン」と激しい爆発音が響き始めた。ロシア軍が市内に埋めていった地雷を処理する音だ。
しかし、ロリータ・スミルノワさん(33)は言う。「今は爆発音も幸せに聞こえるんです」
8カ月間の占領中は砲撃音が響いた。撤退前は「ロシア軍に街を破壊される」と恐れた。だが、最初のウクライナ兵が11日、広場に現れた。広場周辺は大きな国旗を掲げる車のクラクションと、住民の歓声が響き渡った。「この日が来たことが今も信じられない」。話す目に涙がたまった。
広場に揚がった国旗を見つめて涙ぐむ人もいた。解放の象徴だったのか、市民は取材に来た記者さえ何度も抱きしめた。
侵攻前28万人が暮らした同市は、ロシアが唯一侵攻で占領した州都だった。9月にはロシアは一方的に併合宣言した。住民たちの喜びは、自分たちの国が戻ってくるのを耐えて待ち続けた苦しみの裏返しだった。(ヘルソン=喜田尚) (9面に続く)
▼9面=ウクライナ南部ヘルソン
奪還の街、深い傷痕 止まったインフラ
通貨もTVも「ロシア化」
(1面から続く)
ロシアから奪還したウクライナ南部ヘルソン市中心部の広場には、国旗掲揚式典とは別の人だかりができていた。
行政を再開した州政府が広場に設置した、臨時アンテナだ。発電機と衛星通信で住民に電波を提供するためだ。大勢の人がその周りを取り囲み、ずっと連絡がとれなかった遠方の家族、知人に自分の無事を伝えようと、必死で携帯電話の電波を拾っていた。
ロシア軍は2月の侵攻開始からほぼ1週間でヘルソン市を占領し、「ロシア化」を進めた。通貨はウクライナのフリブナからロシアのルーブルへ切り替えられた。スーパーなど商店で表だってフリブナでの買い物はできなくなった。
テレビはプーチン政権の主張を伝えるロシアの国営放送に切り替えられ、携帯電話もロシア企業のものしか使えなくなっていた。
さらに、ロシア軍は撤退前、市内のテレビ搭を倒し、インフラ設備も次々破壊。電気、水道、電話といった基本的な都市機能のほとんどは止まったままだ。
行政は様変わりした。
占領時のヘルソン市長はロシア軍への協力を拒んで拘束され、行方がわかっていない。
代わりに地元の「占領行政」を担った一人は、ヘルソンの元市長だった。親ロシア派幹部ウラジーミル・サリド氏で、ロシアに任命され「知事代行」を名乗った。住民たちに「操り人形」「裏切り者」と呼ばれていたという。ウクライナ語教師のオレーナ・ミトロファノワさん(52)は「いつも護衛に囲まれ、何かを怖がっていた」と話した。
サリド氏はウクライナ軍の攻勢が続いた10月下旬、市内の教会地下に埋葬されていた18世紀の軍人ポチョムキンの遺骸を持ち出し、東岸の親ロシア派占領地に移したと、ロシアメディアに語った。
帝政ロシア時代の「偉人」の遺骸を手元に置くことで、ロシア軍とともに州都を離れたあとも自らの権威を保つ意味があったとみられる。
「好きなものは何でも持って行ってくれればいいわ。私たちはもうロシアのことに関心がない」
遺骸があった教会前の公園で、主婦のテチャーナ・デムチェンコさん(37)は吐き捨てるように言った。
街中にあった「ロシアはここに永遠に」「ヘルソンはロシアの誇り」と書かれたポスターは解放後、住民にずたずたに引き裂かれた。ロシア国籍を付与する受付センターのプラスチックの看板も、たたき割られていた。
■「避難」親ロ派にせかされて
ヘルソン市奪還を目指すウクライナ軍が攻勢を強めた10月半ばから、親ロシア派勢力は住民にロシアの支配がより固いドニプロ川東岸へと「避難」するよう、せかすようになった。
看護師のテチャーナ・デクレットさん(34)は「武装兵らが何度も病院に来て、しつこく避難させようとした」と証言した。「(占領下で)ロシア国籍をとった人は避難に応じたけど、私たちはとにかく無視した」
ただ、工員のオレフさん(50)は、避難した人はロシア支持というわけではなく、恐怖心から応じたのだという。
親ロシア派は「ウクライナ軍はヘルソンを陥落させるため、犠牲をいとわず市街地に総攻撃をかける」と危機感をあおった。避難要請に応じ、市街戦から家族を守るのか。それとも残ってウクライナ軍による解放を待つか。
オレフさん自身は「ウクライナ軍が市民を攻撃することはない」と考え、踏みとどまった。しかし、避難をめぐって家族と意見が分かれた友人もいた。友人の仕事中に妻が子どもを連れて親ロシア派が用意したバスに乗ってしまい、その友人も後を追わざるを得なかったという。
親ロシア派の発表では、ロシア軍の撤退までに約11万人が東岸へ移った。数の真偽は不明だが、川を渡ったあと、「安全」を理由にさらに南部クリミア半島やロシア本土にまで移動させられた人も多い。
オレフさんの友人家族がその後も東岸にとどまれたのか、わからないままだ。
その東岸では、退却したロシア軍が防御ラインを築いている。西岸地域でも、ロシアの残留部隊に対する掃討作戦が続く。(ヘルソン=喜田尚)