やれば効果が出る糖質制限食を嫌う都合
誰かの都合によりネガティブキャンペーンが実施されている
では、もしもあなたが糖尿病の専門医で、学会の理事だったらどうするだでしょうか?道は2つしかないのです。1つは糖尿病学会を無用の存在として解散・消滅させるか、もう1つは、糖尿病学会の権威と糖尿病専門医の仕事(=飯の種)を守るために、糖質制限を攻撃・否定するかです。
まあ普通は、後者の道を選ぶのが一般的でしょう。自分で自分の「飯の種」を放棄する愚か者はいないからです。国会議員の定数削減を国会議員に任せていては、いつまでたっても定数が減らないのと同じ仕組みです。
だから、「糖質制限の安全性は確立されていない。別の病気が増えるかもしれない」と訴え、それを鵜呑みにしたマスコミは記事として掲載し広めます。一種のネガティブキャンペーンです。
これは言いかえれば、「患者を守るか、治療法を守るか」という2者択1です。じつは、このような「患者を守るのでなく、自らが提唱する治療法を守る」というようなことは、医学の歴史を振り返ると何度も何度もくりかえされ、枚挙にいとまがないくらいの歴史があります。その典型とも言うべき事例が、19世紀末の「虫垂炎治療論争」です。
虫垂炎( 一昔前は「盲腸」と言っていた)は、人類の歴史では長らく不治の病であり、発症したら死ぬしかない死の病だったのです。唯一の治療法は下剤を飲ませ、アヘンで痛みを取ることでした。
しかし、19世紀の後半、虫垂炎の原因が次第に明らかにされ、虫垂を切除すれば命が助けられることがわかり、若手の外科医たちがさまざまな手術方法を考案するようになりました。その先頭に立ったのは、若きアメリカの外科医、マーフィーでした。彼は初期虫垂炎を早期に発見できる診断法を確立し、安全な手術方法を考案し、1889年から怒涛のごとく手術を行ない、次々に患者の生命を助けていったのです。
しかし、当時の医学会は内科医がほとんどで、いくら治療結果を発表しても無視され、内科医たちは依然として下剤とアヘンの処方を止めなかったのです。
マーフィーと内科学会の10年戦争は、新聞などのマスコミが「虫垂炎は早期切除で助かる」ことを大々的に宣伝するようになったことで決着したのです。しかし、雌雄が決した時期になっても内科医たちは、古くからの下剤とアヘンに固執し、すべての虫垂炎の患者が内科を素通りして直接外科を受診するようにまってもまだ、「下剤とアヘンの治療が正しい」と専門雑誌に論文を発表していたといいます。
まさに「治療法を守って患者を守らず」の典型だが、「下剤とアヘンによる虫垂炎治療」→「虫垂切除による治療」というように、根本から治療法が変化する場合、従来の治療のスペシャリストにとって、その変化は飯の種を失うことにつながってしまうのです。下剤とアヘン治療だけで飯を食っていた内科医にとっては、これは文字どおり死活問題だったことでしょう。だからこそ、下剤とアヘンのスペシャリストほど、「治療法を守って患者を守らず」を選択したわけである。
糖尿病の糖質制限食に関するサイト