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折々の記 2010 E

【心に浮かぶよしなしごと】

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【 05 】08/19

  08 19 民主党代表⇒時期総理候補選出 慌しい動きになってきた ■「戦争」は意図されて起こる
  08 21 加賀千代女について
  08 23 【朝日新聞グローブ】 日本は低学歴過ぎないか 「大学院」を育てよう
  08 26 【NHKニュース】 民主代表選 菅氏・小沢氏対決へ

 08 19 (木) 民主党代表⇒時期総理候補選出 慌しい動きになってきた ■「戦争」は意図されて起こる

植草、あいば両氏のブログを見ていると、代表選出が風雲急を告げています。 プロパガンダに留意することも計算に入れておかなくてはならない。 日本が進むべき方向が決まってくるとすれば、無関心では済まされないことです。

こんなニュースが出ています。

@ 小沢氏、鳩山氏の研修会に出席へ
              8月18日16時41分配信 時事通信

 民主党の小沢一郎前幹事長は18日、長野県軽井沢町で19日に開催する、鳩山由紀夫前首相のグループの研修会に出席する意向を鳩山氏サイドに伝えた。 

A 山岡氏、小沢氏に出馬要請へ=野田グループは首相再選支持―民主
              8月17日17時35分配信 時事通信

 民主党の山岡賢次副代表は17日午後、国会内で自身が主宰する勉強会の世話人会を開いた。出席者からは9月の党代表選について、小沢一郎前幹事長を念頭に菅直人首相の対抗馬を擁立すべきだとの意見が続出。山岡氏は記者団に「19日の鳩山由紀夫前首相グループの研修会後に世話人会を開き、具体的な候補者をまとめる」と述べ、小沢氏に出馬要請する意向を示した。
 山岡氏は世話人会で「選挙の顔を選ぶのではなく、国と民主党の存亡の危機を打開できる人を選ばないといけない」と強調、小沢氏の出馬に強い期待を示した。
 一方、野田佳彦財務相を中心とするグループは17日夜、神奈川県小田原市内のホテルで研修会を開催。野田氏は「わたし自身は首相の続投が望ましいと思っている」と重ねて表明。グループとしても再選支持で一致した。野田氏はまた「新代表イコール首相なので、そういう覚悟を持った人が立候補しなければ茶番になる。覚悟のある候補者に出ていただきたい」と述べ、小沢氏自身が出馬せずに対抗馬を立てることをけん制した。
 今後、鳩山グループに加えて、旧民社党系や旧社会党系がそれぞれ会合を予定しており、代表選に向けて動きが激しさを増している。
 こうした中、再選を目指す首相は自ら支持拡大へ動き始めた。16日夜に自身のグループ以外の中堅議員と懇談したほか、17日には衆院当選1回議員と参院初当選組に対し、意見交換会を来週開催するとの案内を配布した。 

B 小沢氏が鳩山グループ研修会へ 首相陣営、23日に決起集会 
             2010年8月18日 17時33分  東京新聞

 民主党の小沢一郎前幹事長は18日、鳩山由紀夫前首相が民主党代表選に絡み長野県軽井沢町で19日に開くグループ研修会に出席する意向を固めた。小沢氏周辺が明らかにした。
 一方、菅直人首相を支える民主党の議員グループは18日、9月の代表選に向けた事実上の決起集会を23日に開く方針を決めた。

C 首相、新人150人と対話集会へ 小沢氏側と争奪戦激化
             2010年8月18日 02時08分

 9月1日告示の民主党代表選で再選を目指す菅直人首相は17日、党所属の衆参両院当選1回の議員約150人を対象とした対話集会を、告示直前の8月23〜25日に開くことを決めた。“大票田”の新人を囲い込み、一気に支持固めを図る狙い。
 ただ衆院1回生の多くは、菅政権批判を強める小沢一郎前幹事長グループに所属しており、新人争奪戦による小沢氏側との摩擦激化は必至だ。
 小沢氏も22〜25日に勉強会「小沢一郎政治塾」を都内で開き、1回生議員約10人が参加を予定している。首相側が重なる日程での集会開催を後からぶつけた格好で、新人議員の一人は「まるで踏み絵を迫られているようだ」と困惑している。
 首相が対話集会を呼び掛けたのは、昨年の衆院選と今年の参院選で初当選した新人議員。地域別、衆参両院別に6グループに分け各1時間ずつ意見交換する。
 首相名で各議員事務所に配った案内状は「与党になってからは日々業務に追われ、十分に話す機会が持てず、反省している。1期生の皆さんの声こそが一番国民に近い」と低姿勢で参加を求めている。
 民主党の新人議員は、党所属議員413人の3割強に当たる。

◆ 抑止力、国益 という言葉は、戦争へ誘導するプロパガンダの常とう用語

■ 「戦争」は決して偶然には起こらず意図的に起こされる    2010-08-18 16:22:34

    < http://blog.goo.ne.jp/yampr7 > 【杉並からの情報発信です】

今年も8月6日の広島原爆投下、9日の長崎原爆投下、15日の戦争終結とアジア・太平洋戦争の記念日がきました。

大手マスコミはTVや新聞で「戦争の結果」である戦争の悲惨さや残酷さを強調する特集を組みますが、「戦争の原因」を追及する報道は一切ありません。  なぜならば「戦争の原因」を追及すれば、昭和天皇の戦争責任を問うこととなり、また日本とナチス・ドイツとの戦争を希求した米国の支配層(ユダヤ金融資本と軍需産業)の様々な「戦争誘導の仕掛け」が暴露されるからです。

「戦争」は決して偶然には起こらず意図的に起こされるのです。

階級や民族や人種や宗教やイデオロギーなどの「相違」を故意に煽りたて、「相違」を「対立」に、「対立」を「戦争」に誘導する勢力が「戦争」を起こすのです。 「戦争」によって莫大な利益や利権を得る勢力が「戦争」を起こすのです。 「戦争」によって危機に瀕した支配体制を一挙に回復したい勢力が「戦争」を起こすのです。

なぜ「戦争」になったのか、誰が「戦争」を欲していたのか、どのように国民は「戦争」に駆り出されたのか、「戦争の原因」を追及する作業こそが今必要なのです。

「戦争の結果」だけを見てると、70年前のアジア・太平洋戦争と現在米軍が進めているアフガニスタンやイラクでの戦争との関係が見えて来ません。 「戦争の原因」が分かればこれらの戦争は実は同じ背景で繋がっていることが分かるのです。 悲惨で残酷で非人間的な「戦争」の正体を見て「二度と戦争は起こしません」と誓っても新たな戦争を食い止めることは出来ないのです。

「戦争」を止めるには「戦争の原因」を探り「戦争」を仕掛ける勢力をあぶりだし、彼らの様々な「戦争誘導の仕掛け」を事前に粉砕しなけれならないのです。


「戦争」を止めるには「戦争の原因」を探り「戦争」を仕掛ける勢力をあぶりだし、

彼らの様々な「戦争誘導の仕掛け」を事前に粉砕しなけれならないのです。


 08 21 (土) 加賀千代女について

@ 「蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら」  

    http://www.fukuishimbun.co.jp/modules/news0/index.php?page=article&storyid=22922&storytopic=14
    <福井のニュース > 越山若水 > 江戸中期の俳人>

▼ 江戸中期の俳人、加賀千代女の句に「とんぼつり今日は何処(どこ)まで行ったやら」がある。
▼ 千代女はトンボ捕りに興じる子どもの光景に、死んだわが子のことを重ね合わせている。
▼ 子を思う親の気持ちはそれほど深い。それは万国共通だが、とりわけ日本人の子煩悩ぶりは
   つとに有名で、来日した多くの外国人が驚きをもって記録に残している。
▼ 英国人女性、イザベラ・バードは明治初期、東京を起点に東北や北海道を旅して「日本奥地
   紀行」を出版した。その中で「これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない」と記
   述している。
▼ 子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときは手を取り、子どもの遊戯を見つめたり、野遊びや祭り
   に連れて行く…。父も母も「子どもがいないとつまらなさそうである」と。
▼ ところが日本人の“子煩悩伝説”も崩壊の危機にある。 2009年度の児童虐待が4万4千件を
   超え過去最多を更新。しかも19年連続で増え続けている。

▼ 最近も大阪で悲惨な事件が起きている。母親のネグレクト(育児放棄)で幼い姉弟の命が失わ
   れ、父親はしつけと称して長男にライターで火を付けた。
▼ 千代女もイザベラ女史も虐待のむごさに絶句するに違いない。

A あなたは、どちらの生き方を選ばれますか   サルスベリと加賀千代女

   http://www.eight-jp.net/green/column/a_015.htm<サルスベリと加賀千代女>

サルスベリ(百日紅)はミソハギ科、中国南部原産の落葉高木で江戸時代初期に渡来といわれる。『恋人と百日後に逢うことを約束した乙女が、約束の百日目の直前に他界、その死んだ日の後に咲いた』という中国の伝説がある。日本では元禄時代の園芸書「花譜」に、「紅花が100日間咲く」と説明があり、“百日紅(ひゃくじつこう)”と呼んだ。また、木の肌が滑らかなので、猿も滑ることから“猿滑”と付いたとも言われる。

加賀千代女の詩に、「散れば咲き散れば咲きして百日紅」とあるように、門柱脇や玄関の一角、あるいは庭の目立つ場所に植えられて、咲き散った枝先から再び芽を出し花をつけながら、台風シーズンの間を咲き続け、秋の半ばまで私たちの目を楽しませてくれる。花は、紅色、白色や紫色で蕾(つぼみ)の先半分が裂けて花弁が出てくる。花言葉は「雄弁」。その花の華やかな咲きっぷりからきたものだと言われている。同じく夏の花である朝顔(アサガオ)は、朝に咲く美しい花という概念で、「はかない一日花」であるのに、サルスベリは、「百日間も花を咲かせる長い生命」である。あなたは、どちらの生き方を選ばれますか。一花咲かせて後はゆっくりしたいというのはダメですよ。毎年、新しいことに挑戦して、幾つになっても美しい花を咲かせ続けていきたいものです。

    「散れば咲き散れば咲きして百日紅」

    「散れば咲き散れば咲きして我が身かな」

B 加賀の千代女(加賀國松任の俳人)にまつわる歴史逸話、朝顔に、鬼瓦、蚊帳のなか

   http://kanazawa.typepad.jp/weblog/kagakufudoki13.html <サイエンス(科学)から眺める歴史散歩の話題>

 加賀の千代女(かがのちよじょ、加賀千代、1703年(元禄16年)〜1775年(安永4年)、松任(まつとう)、金沢の西南約12キロ)は、江戸中期に活躍した女流俳人です。加賀國松任の表具師(ひょうぐし、俳諧をたしなむ)の父、福増屋六兵衛と、その向かいの家、村井屋の母つるの長女として生まれました。 

 千代女は、1714年(正徳4年)、12才の頃、岸屋弥左衛門(きしやざえもん、本吉の肝煎、19才年上)に弟子入りし、俳諧の手ほどきを受けたと言われています。1719年(享保4年)、千代女、17才の時、松尾芭蕉の門下の一人、各務支考(かがみしこう)の訪問を受け、、支考の面前で「行春(ゆくはる)の 尾やそのままに かきつばた」、「稲妻の 裾(すそ)をぬらすや 水の上」の2句を詠(よ)み上げ、「あたまからふしぎの名人」と讃えられて、日本全国に名が知れ渡りました。一生涯に詠んだ約1700の句は、どれも自然に対する畏敬の念(恐れ敬う心)、優しさ(思いやり)、感謝(ありがたい思い)に満ち溢れています。


【画像】内藤東甫画千代尼賛「朝かほに」の句「百生や」の句屏風

    朝かほに 釣瓶(つるべ)とられて もらひ水 (左の句屏風)

    百生(ひゃくなり)や つるひとすじの 心より (右の句屏風)

    千代尼(署名の号)

    句屏風(俳画、松任市立博物館資料より)

(解説) 「朝かほ(顔)に 釣瓶(つるべ)とられて もらひ水」の有名な句屏風(句そのものは若いときの作とか)は、名古屋の内藤東甫(東圃、とうほ、1728年(享保13年)〜1788年(天明8年)、尾張藩士、画人)の画に一句書き入れたものです。これは、東甫が朝顔の絵を屏風に描き、これに句をつけること(俳画)を望んで、千代女に送ったものに、千代女が賛を書いて(屏風の絵画を誉め、一句書き入れる、画賛)東甫に送り返したもので、1761年(宝暦11年)、千代女59才の頃の作品、と言われています。朝顔に、ではなく、朝顔や、となった真蹟もあります。

  また、もう一つの俳画の句、「百生(ひゃくなり)や つるひとじの 心より」(天台宗の観法の一つ、一念の心に三千の諸法を具すを詠み込む、25才のころ永平寺へ参拝したとき、禅師からの「三界唯心」句作の頼みによる、)は、千代女が最も好きな作品と言われています。なお、署名の号(ごう)が千代尼となっているのは、1754年(宝暦4年)、52才で剃髪して尼になっていたからです。その時から、素園(そえん)とも名乗っています。

 加賀の千代女の歴史的逸話として、1970年(昭和45年)の頃、金沢の市内観光ツアーの時、女性のバスガイドさんから聞いたお話ですが、今なお心に残る、加賀のお殿様と千代女にまつわる、次のような面白い逸話があり、なつかしく思い出されます。

 ある日のこと、加賀のお殿様((第10代藩主前田重教かも)が、女流俳人として名高い千代女の噂を耳にして、金沢城に召し出させたときのことですが、お殿様のお出ましがあり、御殿の大広間で平伏していた千代女が、「お面(も)てを上げてもよい」とのことで、お面てを上げたところ、「加賀の千代とやら 何にたとえよう  鬼瓦(おにがわら)」とおっしゃったので、千代女はすかさず「鬼瓦 天守閣をも 下に見る」、(江戸しぐさの中にも出ている)、とやり返したそうです(千代女、71才のときの自画像は、しとやかな品のある尼の姿です)。

 そこで、お殿様は千代女の俳人としての才能をためそうと、「一句のなかに四角と三角と丸を詠(よ)み込んで見よ」、と難問をお出しになったところ、千代女は一呼吸おいて「蚊帳のなか(□) ひと角はずして(△) 月をみる(○)」、(蚊帳の環一つはずして月見かな、禅林世語集(ぜんりんせごしゅう)に出ている)、と詠み上げ、お殿様は千代女の当意即妙な受け答えに感嘆の声を上げたそうです。

(解説) 1763年(宝暦13年)、千代女61才のときの第11次朝鮮通信史の来日の時の献上句は、加賀の千代女の名を全国に轟かせ、その後の逸話、俗説、口伝などが生まれる基になりました。千代尼、73才、辞世(じせい)の句は、「月も見て 我はこの世を かしく哉(かな)」でした。

 千代女の約1700種の俳句集の中には見られないが、古くから広く世人に好まれ、話題となり、知れ渡っている(畸人伝、奇人談にある)作品には、次のような句があります。 ほととぎすほととぎすとて明けにけり、起きて見つ寝てみつ蚊帳の広さ哉、とんぼつり今日はどこまでいったやら

C 『朝顔につるべとられてもらい水』

    http://www.i-hitachiota.com/trend/news/index.php?toretate_id=2346&a=disp<加賀千代女 朝顔の句>

この句は 加賀千代女(かがのちよじょ、1703年(元禄16年) - 1775年10月2日(安永4年9月8日))の代表作。千代女は、俳人。号は草風、法名は素園。 加賀国松任(今の白山市)で、表具師福増屋六兵衛の娘として生まれた。12歳の頃、岸弥左衛門の弟子となり、17才で各務支考(かがみしこう)に才能を認められ全国に名を知られるようになった。1720年(享保5年)18歳のとき、金沢大衆免大組足軽福岡弥八に嫁いだ。20歳の時夫に死別し松任の生家に帰った。30の時京都で中川乙由にあう。画を五十嵐浚明に学んだ。52歳で剃髪して尼となり、素園と号した。 「髪を結ふ手の隙あけてこたつかな」晩年には剃髪し、素園と号した。72歳の時蕪村の「玉藻集」の序文を書く。1775年(安永4年)73才で歿。辞世の句は「月も見て我はこの世をかしく哉」。1,700余の句を残したといわれている。 朝顔を多く歌っていることから、出身地の松任市(現白山市)では、市民への推奨花の一つに朝顔を選んでいる。 白山市中町の聖興寺に、遺品などを納めた遺芳館がある。

朝顔に つるべ取られて もらい水(代表される句・35歳の時に、朝顔や〜 と詠み直される)
月も見て 我はこの世を かしく哉(辞世の句)
蜻蛉釣り 今日は何処まで 行ったやら

D ひとかかえあれど柳は柳かな

    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1342373003<「文学、古典」に関する質問>

加賀の殿様のところへ伺った際に侍女等から容貌を揶揄されて、見返すために詠んだとの逸話があるようですが怪しいです。

「起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかな」は千代女より時代が古い。吉原の遊女・浮橋作とされています。
「蚊帳のつる一つ外して月を見る」もお殿様へのお目通りに関する逸話周辺の句で、どうも本人作ではないようです。

 08 23 (月) 【朝日新聞グローブ】 日本は低学歴過ぎないか 「大学院」を育てよう

   井蛙大海を知らず  (「井蛙不可以語於海者、拘於虚也、夏虫不可以語於冰者、篤於時也」から)

   知識を世界に求め大いに皇紀を振起すべし ……… 

基本中の基本、共通基盤としなくては論議も深まらない。

  自分の現在の知識で、すべての時勢の判断をし、他人の意見に耳を貸さないのは、井から海へジャンプすることができない。

朝日新聞グローブを見ていると、学問が如何にだいじになってくるか、痛感します。

喬木村の教育をどう仕組むか、なかなかの課題です。

   朝日新聞グローブ (GLOBE)|World Economy―先読み世界経済

日本は低学歴過ぎないか 「大学院」を育てよう

出口治明 Haruaki Deguchi ライフネット生命保険社長

わが国は未曽有の危機にある。少子高齢化や財政破綻より深刻なのは、政府、企業、学校・教育、個人、あらゆるレベルにおける国際的な競争力の劣化だ。

ここでは学校・教育の問題を取り上げる。例えば日本の大学で、国際的な大学ランキングのトップ10に入る大学はあるだろうか。学者間の評価などを基にした英国の教育情報会社QS社による最新調査では、世界における日本の最高位は東京大学の22位である。サッカーのワールドカップでいえば、決勝トーナメントに進めず、予選落ちだ。経済は世界3位以内でも、大学教育はこの体たらくである。

日本は大学院の進学率で見ても、先進国の中で明らかに低学歴国だ。

出口治明氏 経済協力開発機構(OECD)によると、人口1000人当たりの大学院の在学者数は、日本の2.06人(2008年)に対して、アメリカは4.56人(パートタイム在学者を含めれば8.53人。05年)、英国は4.03人(同9.36人。06年)、フランスは8.40人(06年)、いずれもわが国の2倍から4倍だ。
国際連合の事務総長を送り出しているお隣の韓国は6.12人(07年)である。
責任ある知的なポジションに求められる学歴のグローバルスタンダードは、ドクター(博士)やマスター(修士)という世界に移行している。この学歴格差が、国連などの国際機関で働く日本人が少ない原因ではないか。

生産性の向上は、人間の脳が活性化され、新たな発想やアイデアを産み出すところから生じる。大学院に代表される高等教育は、そのための場である。
だからこそ、わが国の有為な若手人材は、次々と海を渡って米英の(国際競争力のある)大学院の門をたたいている。

私とともに会社を立ち上げた副社長の岩瀬大輔もその一人だ。今年3月、ダボス会議で知られる世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」(約200人、日本からは5人)に選ばれた。日本の大学を卒業後、ハーバード大経営大学院で積んだ研鑽がなければ、今の彼はなかったろう。

なぜ、日本は大学院進学では「低学歴国」に甘んじるようになったのか。
それは企業が、この半世紀にわたって、学部の新卒採用をひたすら優先してきた当然の結果である。
文部科学省の学校調査では、就職率の数字は、学部卒68.4%、博士課程修了者64.3%とあまり差はない。だが、博士修了者は34.6%が「教育、学習支援業」に就職(学部卒は6.3%)しており、一般的な企業の学部卒選好は明らかだ。

企業は「博士」を敬遠?
こう言うと、企業経営者から反論が聞こえてきそうだ。「日本の大学院はハーバードとは違う。そこで学んでも役に立つ人材は育たない。学部の新卒を社内で教育した方がましだ」と。

私は、日本の大学院の現状に満足しているわけではない。だが、経営者を含め日本社会が、大学院教育に期待するレベルの知識・能力について明確なイメージを持ち、「それを身につけるための勉強をさせよ」というメッセージを発しなければ、世界で競争力のある大学院など持てるはずがないではないか。

企業人が「大学院に期待しない」というのは、天にツバする行為である。
面白いデータがある。05年の電通総研調査によると、新聞や雑誌を信頼すると答えた人の割合は、わが国が72.5%なのに対し、英国は12.9%、米国は23.4%だった。ドイツは28.6%、フランスでも38.1%であり、日本は突出して高いのだ。

日本企業が求め、社内教育で育ててきたのは、世の中の通説に疑問を抱くようなことはせず、馬車馬のように働くロイヤルティーの高い人材。そんな傾向とまったく無縁と言い切れるだろうか。

時代の変化は劇的だ。大量生産・大量消費を前提にした「モノ作り」の時代は終わりを迎えつつある。海図なき荒海に乗り出す日本の発展は、自分の頭で考える人材の創造力にかかっている。
多様な価値観の共存、それを支える個性的な商品・サービスの供給が21世紀の目指すべき方向だからだ。

私たちライフネット生命は、このような思いから、2011年度から始める定期採用の応募資格を学部卒業者に限定せず、「30歳未満の未就業者」とした。(この他に、求める資格・要件を明示して経験者を求める中途採用を行っている)

「求む」。使いにくい人材
私たちは、まだ開業して2年に満たない小さなベンチャー企業である。競争力を持つには「違うことをやる」しかない。このため、他の大企業とは全く違うことを自分の頭で考え出すスタッフが、のどから手が出るほど欲しいのだ。

大学院や大学で必死に勉強した人はもちろん、卒業後にボランティアをやっていた人、サッカーの中田英寿氏のように自分の目で世界を見てきた人など、多様で異質な経験を積んだ人々の中に、戦力を求めるしかない。

この考えをツイッターでつぶやいたところ、すぐに「使いにくそうな人が集まりそう」というレスポンスがあった。わが意を得たりである。使いにくいということは、自分の頭ですべての物事を考えるということとほぼ同義だ。

ライフネット生命は、迷い道、回り道、大歓迎である。定年制度がないため、慌てて入社する必要はない。働く意欲さえあれば高齢者も働くのが自然だし、高齢になるほど体力や労働意欲には個人差があるからだ。

採用試験については、原則として(相当な量の)論文を最重視する。
私が大企業(日本生命)に勤めていた時は、新卒採用は面接が中心だった。馬車馬のような性格を見るのに面談は効果的だろう。しかし、自分の頭で考える人材を探すには論文が一番適している。なぜなら、論文は、本質的に事実と数字とロジックで構成されるものだからだ。たまたま当たった面接官との相性は意味がない。

ライフネット生命は、全スタッフ合わせて約60人の本当に小さな企業だが、来年度の定期採用には、現時点で約3000人に興味を寄せてもらっている。
私たちのチャレンジはささやかだ。しかし、北京の蝶の羽ばたきが、ニューヨークを震撼させるように、わが国の学校・教育の競争力回復へとつながることを切に願っている。


 08 26 (木) 【NHKニュース】 民主代表選 菅氏・小沢氏対決へ

小沢一郎が民主党代表戦に出ることを決めた。 いよいよです。


民主代表選 菅氏・小沢氏対決へ
8月26日 13時0分

来週告示の民主党代表選挙をめぐって小沢前幹事長は26日朝、鳩山前総理大臣と会談し、立候補する決意を伝えました。一方、再選を目指す菅総理大臣は、再選を支持する若手議員との会合で「正々堂々と戦う」と述べ、代表選挙は、事実上、菅・小沢両氏による対決の構図が固まりました。

民主党代表選挙は来週、9月1日の告示を前に、再選を目指す菅総理大臣に対し、小沢前幹事長が立候補するかどうかが焦点となっていました。こうしたなか、小沢氏は26日朝、鳩山前総理大臣と国会近くの鳩山氏の事務所で会談しました。この中で鳩山氏は25日、菅総理大臣と会談し、今後の政権運営にあたって小沢氏に協力を要請するよう進言したのに対し、菅総理大臣からは、現在は連絡を取っていないという話があったことなどを伝え、両氏は、代表選挙への対応をめぐって意見を交わしました。会談のあと、小沢氏は、記者団に対し、「鳩山氏から『代表選挙への立候補の決断をするなら、全面的に協力し、支援していきたい』という話をいただいた。鳩山氏の前で、不肖の身だが、代表選挙に立候補する決意をした」と述べました。一方、鳩山氏は「小沢氏は『旧民主党と旧自由党の合併のときからの同志として、協力が得られるならば、立候補したい』という意向を述べられた。私の一存で、旧自由党にいた小沢氏に民主党に入ってもらった経緯からして、応援するのが大義だ」と述べました。小沢氏は、このあと、三井国会対策委員長代理や松木国会対策筆頭副委員長らと今後の対応を協議したほか、25日、小沢氏に立候補を要請した当選1回の衆議院議員およそ20人と会い、「一生懸命国のために汗を流したいと考え、立候補することにした」と伝え、協力を求めました。一方、菅総理大臣の再選を支持する当選1回の衆議院議員14人は、26日昼前、総理大臣官邸を訪れ、菅総理大臣に対し、「今必要な政策は、円高対策と政治行政の刷新にある。菅総理大臣には、闘う姿を国民に見せてほしい。常に目線は国民にあり、闘うリーダーをわれわれは望んでいる」と申し入れました。これに対し、菅総理大臣は「小沢先生が立候補の意思を固めたという報道があるが、私は、たいへんよいことだと思っている。正々堂々と『自分が党の代表になったときには、総理大臣として、国民に対し、こういうことをやっていくんだ、党運営はこういうことをやっていくんだ』と小沢先生も大いに発言してもらいたい。私もあらためて決意を国民や党の皆さんに明らかにしていきたい。再選したときには、命を懸ける覚悟で、1秒たりともむだにせず、国政にすべての時間を費やす」と述べ、再選に向けた決意を示しました。このように、民主党の代表選挙は、小沢前幹事長が立候補を決意したことで、事実上、菅・小沢両氏による対決の構図が固まりました。

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現在位置:asahi.com>ニュース>政治>国政>記事
小沢氏「不肖の身であるが出馬決意」 民主代表選
2010年8月26日11時0分

 民主党の小沢一郎前幹事長が26日朝、鳩山由紀夫前首相と会談後に記者団に語った内容は、以下の通り。

 「今、鳩山総理と、前総理とお話をして参りました。鳩山総理からは、前総理からは『お前が代表選に出馬を決断をするならば、自分としては全面的に協力し、支援していきたい』というお話をいただきましたので、今日ただいま、鳩山前総理の前で、不肖の身でありますけれども、代表選に出馬する決意をいたしました。今後ともよろしくお願い致します。後で、今日は、ちょっと……」

 ――出馬を固めたのはなぜか?

 「あとで、あとで」



現在位置:asahi.com>ニュース>政治>国政>記事
鳩山前首相「小沢氏を応援するのが大義」
2010年8月26日11時0分

 民主党の鳩山由紀夫前首相が26日朝、小沢一郎前幹事長と会談後、記者団に語った内容は、以下の通り。

 ――小沢さんが出馬の意向を固めたと

 「うん。その通りです。昨日の菅総理との会談の模様をたずねられたので、私のほうから概要を申し上げました。その結果『それならば、民由合併の時からの同志としての協力が得られるならば出馬をしたい』というご意向を述べられたところであります」

 ――鳩山前総理が全面的に支持をする?

 「私は……、私の一存で、小沢先生には民主党に入って頂いたと。その経緯からして私としては応援をすると。それが大義だと思っています」

 ――これまでは菅総理支持だった。

 「常に、今政権として行動しておられる総理に対して、民主党の一議員として応援するのは当然だという意味で申し上げてきました」

 ――首相が代われば1年で3人。国民から批判も

 「それは、よりよい国になれば、当然評価が変わると思います」

 ――小沢さんをめぐっては政治とカネをめぐって国民のからの批判。どういう風に説明?

 「うん。それは小沢先生が、そのようなことを背負いながら、しかし、それでもこの国のために行動しなければならんと。それを超えてね。自分自身の問題がありながら、しかし、国のために命を懸けたいと、そのように決断をされたということでしょう。すなわち、ご自身がそのことはしっかりとなさる」

――鳩山グループとして支持するのか。

 「……」(車に乗り込む)



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菅首相「小沢氏出馬、大変いいこと」
2010年8月26日11時31分

 菅直人首相は26日午前、首相官邸で開かれた当選1回の衆院議員らとの会合で、小沢一郎前幹事長について「小沢さんが出馬の意向を固めたとの報道がある。本当に大変いいことだと思う」と述べた。

 首相は「民主党は何度も代表選をしたが、分裂したことはない。正々堂々と戦った中で決まったリーダーが首相になると同時に党代表になり、大きなリーダーシップを発揮できる。私自身、どういう日本をつくりたいのか、全国民に訴えてまいりたい。再選したら、命を懸ける覚悟で、すべての時間を費やす覚悟で臨んでいく」と抱負を語った。

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小沢氏出馬「最悪の事態」 菅首相支持議員に衝撃
2010年8月26日13時31分

 民主党の小沢一郎前幹事長の党代表選への立候補表明に、菅直人首相の再選を支持する議員らの間に26日、驚きと衝撃が広がった。

 仙谷由人官房長官は首相官邸で記者団に「全然聞いていない」。首相側近の荒井聰国家戦略相はうつむき加減で「びっくりしている」と語った。玄葉光一郎政策調査会長は「代表選より予算の方が大事だ」と平静さを装うが、ある省の政務三役の一人は「ガチンコ勝負になった。仕事にならない」と嘆いた。

 首相側近は「首相は完全にファイティングポーズだ。『この代表選は、民主党が本当の民主党になれるかの分水嶺(ぶんすいれい)だ』と思っている」と対決姿勢。菅首相を支える議員グループの若手衆院議員も「望むところだ。堂々と戦う。小沢氏と手を握った瞬間に菅氏は終わりだ」と息巻いた。別の側近議員は「3カ月前に責任をとって(幹事長を)辞めた人が立候補するというのはいかがなものか」と小沢氏を牽制(けんせい)した。

 ただ、小沢氏は党内最大勢力を率いるだけに、グループ内からは「最悪の事態だ。民主党崩壊の始まりだ」(ベテラン)と党分裂への懸念も出ている。首相周辺も「首相は負けないと思うが、心配なのはその後。小沢氏をどう処遇するか」と漏らした。

 首相支持を公言していた鳩山由紀夫前首相が一転して小沢氏支持を打ち出したことについて、寺田学首相補佐官は25日の首相と鳩山氏との会談に触れ「党運営で親身なアドバイスがあったようなので、意外に思う」と語った。

 一方、小沢氏を支持する議員グループ「一新会」の幹部は26日午前、東京都内の小沢氏の個人事務所で小沢氏と面会。会長の鈴木克昌衆院議員は「一丸となって支援していく」と述べた。

 「政治とカネ」の問題などを抱える小沢氏の立候補について、側近の松木謙公衆院議員は記者団に「小沢政権ができたら支持率は低いかもしれないが、政権公約を実現することによって国民が幸せを享受できる」。別の若手衆院議員も「小沢氏は『挙党一致』を主張するだろう。党内の支持はある程度広げられる」と自信をみせた。



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小沢氏が民主党代表選に出馬表明 鳩山前首相も支持
2010年8月26日13時20分

 民主党の小沢一郎前幹事長は26日朝、東京都内で鳩山由紀夫前首相と会談し、「同志として協力が得られるならば出馬したい」と述べ、9月1日告示、14日投開票の党代表選に立候補する意向を伝えた。鳩山氏も小沢氏支持を表明した。代表選は菅直人首相と党内最大勢力を率いる小沢氏が対決する構図となり、党を二分する激しい選挙戦となるのは必至だ。

 小沢氏と鳩山氏の会談は、都内の鳩山氏の個人事務所で約30分間行われた。小沢氏は「(2003年の)民由合併時からの同志として出馬したい」と決意を表明した。

 会談終了後、小沢氏は記者団に「鳩山前首相から、『代表選に出馬を決断するならば、自分としては全面的に協力し、支援していきたい』というお話をいただいた。不肖の身であるが、代表選に出馬する決意をした」と語った。

 これまで菅首相支持を表明してきた鳩山氏は記者団に「(民由合併では)私の一存で民主党に入ってもらったので、その経緯から私が応援するのが大義だ」と述べ、小沢氏支持を明言した。

 小沢氏は会談後、鈴木克昌、松木謙公の両衆院議員ら小沢氏直系の議員グループ「一新会」の幹部を都内の個人事務所に集め、「挙党態勢ということで菅さん側に話をしてきたが、全く受け入れられなかった。国の危機を打開するためにも、立候補することにした」と語った。

 また、小沢氏は横路孝弘衆院議長、西岡武夫参院議長ら党内の主な実力者に電話で、協力を要請。羽田孜元首相とも会談し、支持を取り付けた。今後、鳩山、旧社会、旧民社、羽田の各グループへの協力要請を行い、今週中にも記者会見して正式表明する見通しだ。

 小沢氏は、代表選では消費税と普天間飛行場移設問題を争点に掲げる構えだ。

 一方、菅首相には、菅グループのほか、前原誠司国土交通相、野田佳彦財務相のグループが支持を表明。30日にも各グループ幹部らで構成する選対本部を設置する予定。ただ、鳩山氏が小沢氏支持を表明したことで、鳩山グループの動向が焦点になってきた。

 独自候補を模索する旧民社党系や旧社会党系は態度を決めていない。各グループ内で支持が分かれることも予想され、党員・サポーター投票も実施される代表選の勝敗は予断を許さない状況だ。


現在位置:asahi.com社説 2010年8月27日(金)付 小沢氏出馬へ―あいた口がふさがらない  どうしてここまで民意とかけはなれたことができるのか。多くの国民が、あぜんとしているに違いない。  民主党の小沢一郎前幹事長が、党代表選に立候補する意向を表明した。  政治とカネの問題で「責任を痛感した」と、幹事長を辞して3カ月もたっていない。この間、小沢氏は問題にけじめをつけたのか。答えは否である。  いまだ国会で説明もせず、検察審査会で起訴相当の議決を受け、2度目の議決を待つ立場にある。  鳩山由紀夫前首相にも、あきれる。小沢氏率いる自由党との合併の経緯から、この代表選で小沢氏を支持することが「大義だ」と語った。「互いに責めを果たす」とダブル辞任したことを、もう忘れたのか。  二人のこのありさまは非常識を通り越して、こっけいですらある。  民主党代表はすなわち首相である。党内の多数派工作に成功し、「小沢政権」が誕生しても、世論の支持のない政権運営は困難を極めるだろう。  党内でさえ視線は厳しい。憲法の規定で、国務大臣は在任中、首相が同意しない限り訴追されない。このため「起訴逃れ」を狙った立候補ではないかという批判が出るほどだ。政治とカネの問題をあいまいにしたままでは、国会運営も行き詰まるに違いない。  より重大な問題も指摘しなければならない。  自民党は小泉政権後、総選挙を経ずに1年交代で首相を3人も取りかえた。それを厳しく批判して政権交代に結びつけたのは、民主党である。  今回、もし小沢首相が誕生すれば、わずか約1年で3人目の首相となる。「政権たらい回し」批判はいよいよ民主党に跳ね返ってくるだろう。より悪質なのはどちらか。有権者にどう申し開きをするのか。  それとも小沢氏は代表選に勝っても負けても、党分裂といった荒業もいとわずに大がかりな政界再編を仕掛けようとしているのだろうか。  金権腐敗政治と決別し、2大政党による政権交代のある政治、有権者が直接政権を選ぶ政治を実現する――。そんな政治改革の動きの中心に、小沢、鳩山両氏はいた。20年余の歳月を費やし、ようやく目標を達成したと思ったら、同じ二人がそれを台無しにしかねないことをしようとしている。  ほぼ1年前、新しい政治が始まることを期待して有権者は一票を投じた。その思いを踏みにじるにもほどがあるのではないか。しょせん民主党も同じ穴のむじな、古い政治の体現者だったか――。政党政治自体への冷笑がさらに深まっては取り返しがつかない。  代表選をそんな場にしてはならない。有権者は政権交代に何を託したのか、根本から論じ直し、古い政治を乗り越える機会にしなければならない。